同情
「どこに行くのよ!?」
「俺の家」
「は?」
「研究所も兼ねている」
菜穂は、烈の車に乗せられて、烈の家へ引き摺られるようにして連れて行かれた。
列の家は、菜穂の家と意外と近い距離にあったが、山の斜面に面した高級住宅街の山頂付近にあった。
烈の家の中は社長室と同じようにブラウンとブラック、シルバーの色調でナチュラルモダンに統一されている。
小さな観葉植物が所々配置されている。
お洒落だが、生活感の無い部屋だ。
「あんた家族は?」
「居ない」
「そう」
「ここの部屋を使うと良い。生憎、客室は物置と化しているからな」
もう長い間、使われていないと思われる部屋だった。
埃が積もっている訳ではないが、どこか寂しい部屋だ。
古めかしいアンティークと思われる鏡台と、布団を取り払われたマットレスだけのベッド。
クローゼットの中身も空だった。
菜穂は、鏡台の引き出しで写真を見つけた。
小学生くらいの男の子が母親と思われる女性から肩を抱かれている。
二人共とても優しい表情だ。布団を抱えて戻って来た烈に菜穂は訊く。
「これ、あんた?」
「ああ、そうだ。だが、こんなものまだあったんだな」
「この部屋にあった」
「……この部屋は母が使っていた部屋だ。だからだろうな」
「お母さんはどうしてこの家に居ないの?」
菜穂の問いに烈は、しばし逡巡した。
「……母は、逆木製薬の初めての惚れ薬の被験者だ。父と結婚し、俺を産んだが、薬の効果が切れた合間に自殺した」
「自殺……」
「母は父との結婚を望んでいなかったらしい。ましてや子どもまで産まされたんだからな。当然といえば当然か」
元逆木製薬の研究員だった母親は、烈を見て、叫んで窓から落ちて行った。その写真を撮って間もなくの事だった。
「……」
菜穂は、言葉を失くした。
「……同情なんてするなよ」
「してないわよ、あんたには……」
「お父さんは?」
「俺が二十一の時、顧客に刺されてそのまま逝った」
「……何で、そんなに淡々としてるの?」
両親が亡くなった事を未だに引き摺っている菜穂には信じられなかった。
その菜穂の心情を知ってか知らずか、烈はにやりと笑って見せる。烈には、確信がある。
「過去の事だからだ。それに俺も誰かに刺される。お前かもな」
「そうかもね」
ベッドの上に、布団を敷き終わった烈は、部屋から出たと思ったら首だけ菜穂に向けた。
「ああ、そうだ。烈だ、菜穂」
「それは、……名前で呼べって事かしら?」
「そうだと捉えてくれると嬉しいが」
「……わかった」
菜穂のせめてもの譲歩だ。それは、同情とも言えるかもしれない。