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惚れ薬  作者: 谷藤灯
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きっかけは……

比嘉菜穂ひがなほはこの日、絶望というものを知った。

菜穂には全く関係の無い言葉だったはずだった。

一人、公園の中で梅雨の雨空だというのに、傘を差さない菜穂の横をすれ違う人は奇異の眼で見て行く。


きっかけは、今朝の事。

婚約者だった男の言葉だ。


「好きな人ができたんだ、婚約を解消して欲しい」


菜穂の目の前に座るのは、菜穂の婚約者の二ノにのみやりゅうだ。

大事な話だからと、仕事の合間に時間を作ってきたらしい。

菜穂も突然、呼び出しを受けての話だったので、面食らった。

さほど菜穂と歳が変わらないように見えるが、これでも菜穂よりも三つ年上の二十二だ。


「は?竜……今なんて?」


オフィス街の外れにあるビルの一階、テラス席も設けている行き付けの喫茶店は、サラリーマンやOLが良く利用する。ただこの九時から十一時の間の時間帯は近くの大学生の利用が多い。だが菜穂には、モダンなインテリアとは似つかわしくない、辛気臭い言葉が聞こえた気がした。


「君が動揺するのも、無理も無いと思う。だけど、僕も予想もしなかった出来事なんだ。君よりもまさか、好きな人ができるなんて」

「私が嫌いになったの?」


菜穂は、声が自分の物とは思えなかった。

とても、弱々しい。


「君を嫌いになったんじゃない!……ただ、僕は君よりも魅力的な人を見つけてしまっただけなんだ」

「同じことじゃない!!」


ただの言い訳だ、そうとしか聞こえない。


「……ごめん。でも解って欲しい……」


項垂れて、竜が懇願する。

いつも優柔不断な竜にしてみれば、珍しい事だ。

ただ、それが自分に向かう情熱ではないのが菜穂には納得できない事だった。


「相手は誰なの?」


躍起に菜穂は問いただす、相手がどんな人なのかというのは知っておきたかった。


「相手は、僕の会社の社長令嬢だよ」


項垂れたままだが、それは心苦しいというよりも、恥ずかしいから頭を上げていない様だ。


「は?」


思わず菜穂は素っ頓狂な声を出してしまった。


「菜穂?」


その声に元婚約者は面を上げる。


「あんた、その女に言い寄られて困ってるってあれほど嫌がってたじゃない!」


竜に指を突きつけて、菜穂は叫ぶ。

数ヶ月前から、上司に紹介された社長令嬢に気に入られた竜は、社内メールを通してくる、ラブメールに気を病んでいた。

……はずだった。

元々、親同士が戯れに決めた婚約だったとしても竜は菜穂という婚約者と仲良くやっていた。

むしろ、恋人と呼んでも差支えが無かったはずだ。

二人とも、初めて付き合った同士だから周りから見ればママゴトに見えたのかも知れない。

けれど、二人は真剣だったと、少なくとも菜穂はそう思っていた。

それなのに、目の前の現実はそんな夢の日々を易々と打ち破る。


「そうなんだけれど、会うのはこれで最後だからって言われて、食事をした時にね。

実は、僕が彼女の事を良く解っていなかった事が良く解ったんだよ。

我儘で押し付けがましくなってしまうのは、社長令嬢っていう肩書きから自分をちゃんと見てくれない周囲へのあてつけなんだよ。淋しいからだと思うんだ」

「私だって、社長の娘よ!私の事はどうでも良いの!?」


菜穂の父親は、社長といっても中小企業の成り上がりで、竜の言う社長令嬢とは全国に支社を持つ大企業の娘で規模が違うのだが。

けれど、菜穂はそれを原因にされるのは癪に障った。


「菜穂……、君は一人でも生きていけそうだけど、彼女には僕が居てあげないと駄目なんだよ」

「!?」


怒りで視界が赤く染まった。

菜穂は、竜に飲みかけのアセロラジュースを浴びせかけて席を立った。

竜の茶色の頭や、仕立ての良い青味がかったスーツが台無しになる。


「最低、幻滅したわ」


菜穂は小さな肩掛け鞄の紐を掴んで、今すぐにこの場から立ち去りたい衝動に駆られた。

野次馬が騒いでいるのが、菜穂の耳に入る。

自分のヒールの音もやけに煩く感じる。


(もう、嫌っ!!)


早く、一人になりたかった。

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