Prorogue.2「影」
遅くなりました。第2話です。
フィリップ隊長を先頭に廃墟となった市街地を進む。
今ここにいるのは俺、マーティン、フィリップ隊長、小柄なゴーグルの兵士、それより小柄なディープグリーン色の髪の若い女兵士、細身で俺と同年代くらいの黒人兵士の7人だ。それ以外の兵士は降下中かここに来るまでの道でやられてしまった。
既に街中で戦闘が始まっており、四方八方から銃声や爆発音が鳴り響いている。無線からも味方の怒号が聴こえる。かなりの激戦らしい。上空でも味方の航空機が飛び交っている。
「ここだ」
フィリップ隊長がそう言ってある建物の前で立ち止まった。
至るところに弾痕や焦げ跡が残っているボロボロの6階建てアパートだ。このアパートの屋上がポイントブラボー……即ちブラックボックスが投下される場所だ。
「ドアを爆破するぞ。クライバー! やってくれ!」
「了解!」
フィリップ隊長に呼ばれて、小柄なゴーグルの兵士がアパートの扉の前に向かい、爆弾の設置に取りかかる。
ヘルメットにゴーグル、バラクラバを着けているため顔は見えないが、恐らくクライバーという名前的にヨーロッパ系の奴だろう。
「爆破準備完了! 皆さん、下がってください!」
クライバーの指示で隊員全員が退避する。
「爆破しろ!」
隊長達が安全な場所まで退避したのを確認し、フィリップ隊長が指示を出す。
「爆破!」
クライバーが起爆スイッチを押す。
直後に扉に仕掛けてあったプラスチック爆弾が炸裂し、扉が派手に吹っ飛んだ。
「突入!」
兵士が一斉にアパート内に雪崩れ込む。
俺もそれに続く。
「右クリア!」
「左もクリアだ!」
女兵士とマーティンがそれぞれ報告する。
アパートの1階はひどい有り様だった。椅子やら机やらが散乱し、壁は砕け、床は穴だらけだ。とにかくなにもかもが滅茶苦茶だった。
「ひでぇな……」
マーティンが小さく呟いた。
こんな状況下だし、暴動や略奪なんかがあってもおかしくない。逆に無いほうがおかしい。
残念ながらこの世界に善人はいない。いるとすれば"偽善者"か"悪党"だけだ。まぁ一部は除くが。
とにかく人は誰でも邪心を持っているということだ。魔が差してついやってしまうこともある。俺もガキの頃に近所の女の……いや、今はそんなことは関係ない。任務に集中だ。
「誰か! 誰か来てくれ!」
黒人兵士が声を張り上げた。
俺が一番彼の近くにいたのですぐに向かった。
「どうした?」
「ここが開かないんスよ」
見ると青い扉があった。
真ん中辺りが大きく窪み、形が変形していた。
そのせいで普通に開けてもびくともしないのだ。
「こじ開けるしかないようだな。えっと……」
「ナイジェル・タリス二等軍曹っス」
「そうか。俺はジェイク・ナイトレイ曹長だ。今更だが、よろしくなナイジェル」
「こっちこそっス」
「じゃあ、3つ数えたらやるぞ」
「任せてくださいっス!」
「行くぞ……1、2、3、やれ!」
「フッ!」
黒人兵士こと、ナイジェル・タリス曹長とともに扉を蹴り破った。
バァンという音とともに扉が吹っ飛び、埃が舞う。
「ゲホッゲホッ! 暗いな、ライトをつけろ」
「了解っス」
ヘルメットに備え付けられていたライトの電源を入れる。
「階段だな。これで上に行ける」
そこは階段だった。
さっきの部屋より更に散らかっていて埃まみれだが、歩けるスペースはあるようだ。
「きったねぇなぁこりゃあ」
マーティンがいつの間にか後ろにいた。
「とりあえず屋上に向かうか」
「そうだな」
俺、ナイジェル、マーティンの順番で階段を上がる。
一歩昇るごとに、階段がギシギシと軋む。
老朽化がひどいな。
「何か危なそうだな。ジェイク、ナイジェル。お前達で見てきてくれないか? フィリップには俺が伝えとくからよ」
「そうか。頼んだぞ」
「おう!」
そう言ってマーティンは踵を返し、昇ってきた階段を降りていった。……いや、正確には逃げていった。
あいつは何しに来たんだよ……。
そう思いつつ、再び階段を上がっていく。
2階に着いた。
そこは1階よりも暗く、何だかジメジメてしていて気味が悪かった。
「なんか出そうな雰囲気っスね」
「確かにな」
「もし出ちゃったらどうするんスか? 幽霊って銃とかは効かないんスよね?」
「まぁ……よく分からないが、そうなんだろうな。出たら出たで何とかするさ」
「臨機応変ってことっスね」
「そういうことだ」
ナイジェルとそんなやり取りをしながら、今度は3階へと昇っていく。
3階も今までと同じ、散らかり放題で埃だらけで真っ暗な状態だった。
唯一違うのはさっきよりも空気が冷たいことだ。マジでヤバイな。本当に何か出そうだ。
「寒いっスね……ジェイクさん……」
「ああ」
「いやぁ……寒いな……最悪だ……」
「寒さは苦手か?」
「へい……ジェイクさんは?」
「俺は一応カナダ生まれだからな。寒さには慣れてるよ」
「ああ、そういえばそうだったっスね」
「お前はどこなんだ?」
「ヴィックスバーグっス」
「ミシシッピか」
ミシシッピ州……確かそこには俺の親友が住んでるんだったな。
いや、厳密に言えば、住んでいただ。今はどうか分からない。俺があいつと最後に会ったのは10年以上も前だしな。もしかしたら死んでるかもしれない。
「ジェイクさん!」
「なんだ?」
ナイジェルが突然叫んだ。
何事かと思い駆け寄ってみると
「階段が無いっす!」
4階へ続く階段が崩落していた。
「これはひどいな」
「どうするんすか? これじゃあ上に行けないっすよ」
うーん……。
これはどうしたものか。
足場になりそうなものは無いし、下手にやると二次災害に繋がるからな。
ここは一旦下に降りてフィリップ隊長の指示を仰ごう。
それが最善策だ。多分。
「とりあえず隊長達のところへ戻ろう」
「了解っス」
そう言って階段を降りようとし瞬間、
ガッシャーン
「うおっ!?」
「ジェイクさん!」
大きな音とともに突然階段が崩れ落ちた。
危うく俺も落ちそうになったが、ナイジェルに助けてもらい、何とか落ちずに済んだ。
「大丈夫っスか!?」
「ああ……すまん、助かった」
「いえ……」
「くそ……これじゃ、下に行けないな。無線で隊長達を呼ぶしかないな」
そういえば無線があるじゃないか。
なんで今まで使わなかったんだろう。
「フィリップ隊長、聞こえますか?」
無線に向かって呼びかける。
《――――》
だが、返事が来る気配がない。
さっきからノイズばかり聞こえてくる。
「隊長、応答願います」
再度呼びかけが、やはり返事はない。
無線の故障か?
来る前にしっかり確認したはずなんだがな……。
そんな時、
《――ライ―――そ―――へ――か――――》
無線から途切れ途切れのフィリップ隊長の声が聞こえてきた。
「隊長! ナイトレイです! 応答してください!」
俺は三度、無線に呼びかけた。
《――――》
だが、返ってきたのはノイズだけだった。
「クソ! ダメか!」
無線は使えない。
じゃあどうすればいい。
ここから大声で呼ぶか?
それじゃあ敵を引き付けてしまう。
どうすりゃいい……。
「ジェイクさん! これ見てくださいよ!」
またナイジェルが何かを見つけたらしい。
今度は朗報であってほしい。
「梯子っスよ梯子! 上に行けるんじゃないスか?」
朗報だった。超朗報だ。
これで武器を取りに行ける。
「そうだな。こいつを使おう。手伝ってくれ」
「了解っす!」
俺はナイジェルとともに梯子を運ぶ。
「ここに置くぞ」
梯子を階段の崩れた部分に置き、橋を作った。
距離は5メートル程だ。
かなり傾斜があるが。
「これで行けるっスね!」
「ああ、だが油断するな。またいつ崩れるか分からんからな。慎重に行こう」
階段は今にも崩壊しそうだ。
渡っている途中で崩れたりしたらシャレにならない。
「まずは俺が行く。俺が渡り終わったらお前も来い」
「了解っス。気をつけてください」
ナイジェルにそう言うと、俺はゆっくりと梯子に足を掛けた。
梯子がギギギギと音を立てて軋む。
折れないでくれよな……。
半分くらいまで来たところで、梯子が若干しなった気がした。
これはまずいと思い、俺は一気に駆け上った。
「危なかった……。」
あのままいたら今ごろ階下で悶えていただろう。
「よし、ナイジェル、次はお前だ。来い」
「り、了解っス」
ナイジェルが渡り始めた。
やはり俺が渡った影響で梯子が脆くなっているのか、さっきよりも軋んでいる気がする。
いや、単にナイジェルが重いだけなのかもしれないが。
「慎重にな」
「へい……」
ナイジェルが怯えている。
さすがに怖いのか。
そう思っていたら。
バキィ
「うわぁ!」
「ナイジェル! くっ!」
梯子が折れた。
俺は咄嗟に手を伸ばし、ナイジェルの腕を掴んだ。
「間一髪だったな。大丈夫か?」
「なんともないっス。助かったっス」
ナイジェルは無事のようだ。良かった。
彼を急いで引き上げて屋上に向かおう。
「今引き上げるからな……!」
ナイジェルを引き上げようとしたとき、視界の端に人影のようなものが見えた。
気のせいか? まさか本当に幽霊が出たのか? そんなオカルトめいたことがあるわけない。きっと見間違いだ。
「フッ!」
ナイジェルを引き上げる。
さっきナイジェルが重いとか言ったが、それほどでもなかった。てか軽かった。
「すいませんジェイクさん。助けてもらってばかりっスね」
「いいんだ。気にするな。俺だってさっき助けてもらっただろ? これでおあいこだ。さぁ、屋上に急ごう」
「了解っス!」
俺達は階段を駆け上がった。
そのときには既に、人影は消えていた。
もっと早く書ける方法はないのか……。毎日更新を目指して頑張ります。