第11話 この世界で生きていくということ
おっちゃんを待っている間、俺はずっと竜人の家に居るはめになった。
竜人の家はとにかく蒸し風呂のように暑い。
まるでサウナだ。
俺は茹でられた蛸のようにぐったりと、カウンターに身を投げ出すようにしてうつ伏せた。
あづい……。
服も脱げない。
扇風機もクーラーも無い。
飲める水さえここには無い。
在るのはただ、窓から熱を含んだ温風がそよそよと吹き込んでくるだけ。
外はギラギラとした太陽が容赦なく照りつけている。
ここは地獄だ。早く帰りたい……。ログアウトしたら速攻、冷凍庫からキンキンに冷えた氷を出して、冷蔵庫から出した冷たい水に入れて、それを一気飲みするんだ。
その後は一階のリビングにあるエアコンを親に内緒で真夜中につけて、そのままソファーでのんびりとゴロ寝するんだ。
あーなんて幸せなんだ。
やばい。なんか今すぐカキ氷が食べたくなってきた。――あ。そういやたしか、夏の残りのカキ氷アイスがまだ冷凍庫に入っていたはず……。
思えば思うほど、俺の喉はカラカラに渇いていった。
もうダメだ。限界だ。
これもう熱中症かもしんない。
なんだか頭がクラクラしてきた。
何もしたくないし、する気力もない。
早く家に帰りたい。家に帰っておいしい水が飲みたい。涼しいところに帰りたい。異世界なんてもうたくさんだ。
ふいにコトン、と。
俺の前にヤシの実の器が置かれる。
そこに揺れる潤いの水。
丁寧にストローのような筒が差し込まれていた。
顔を上げれば竜人が俺にヤシの実を勧めてくる。
「これ飲メ」
俺は直感した。
これを飲んだら絶対お金を取られる。
「喉、渇いたダロ。これ飲メ」
俺は尋ねる。
これは有料ですか? 無料ですか?
竜人は肩をすくめる。
「お前、客なら無料」
客なら無料?
理解できず俺は首を傾げる。
「お前の連れ、戻ル。金、払ウ。お前、客ゴ、グェ」
そういうことか。
つまりおっちゃんが戻ってきて金を払ってくれれば、俺は客になるわけだ。
──ということは、だ。
俺の目の前にあるこの器の水は総合的に考えて無料ということになる。
今の俺には水分が必要だった。
ゆらゆらと揺れ潤う水の透明感に、俺はごくりと生唾を飲み込む。
たとえどんなに苦い木の実の味がしようとも。
たとえどんなに有料だと言われようとも。
俺は無言で木の実の器を手に取った。
目元付近まで覆っていた布を喉元までずらして顎に引っ掛け、そのままストローを口に運び、一口すすって液体を喉に流し込む。
途端に、俺の顔面は崩壊した。
苦ぇー。しかもすげークソまずい。
でもなんだろう、この潤い感。すごく生き返った気がする。
砂漠のオアシスとはこのことか。
おいしいとか、おいしくないとか、そんなことはどうでもいい。
生きる為に、俺は潤いを喉に流し込んだ。
味覚なんて麻痺していた。
そう、今の俺には水分が必要だったのだ。
――ふと。
外から黒虎の唸り声が聞こえてくる。
誰だろう?
俺は窓へと視線を移した。
竜人も窓から外の様子をうかがう。
「ム? 客が戻ってきたのカ? だが黒虎の様子が変だナ。何をそんなに警戒していル? また変な客でも来たのカ?」
呟いて。
竜人がキセルの先でコンコンと俺の頭を軽く叩きながら言う。
「少し外に出てくル。腹がすいているなら奥にある戸棚から勝手に探して食っていロ」
お断りします。
俺は爽やかな笑顔で拒否した。
絶対あとで清算されそうな気がしたからだ。
この木の実の器だってそうだ。いつ気分を変えて有料にしてくるかわからない。
……もう飲んでしまって手遅れだけども。
俺は飲んでいませんと言わんばかりに木の実の器をさりげなく横に退け、顎に引っ掛けていた布を戻して、再び目元の部分まで覆い隠した。
「ここで大人しく座っていロ。すぐに戻ル。騒いだら承知しないからナ」
竜人は言い聞かせるようにしてまたキセルで俺の頭を軽く二、三度ほど叩いた。
そのまま重い体を揺らして外へと出て行った。




