第8話 スタート一万は高過ぎじゃね?
スタートが一万円!?
『まぁだいたいな。向こうの世界の金銭感覚で例えるとすればそのくらいにはなるだろう』
高すぎだろ。
『竜人だからな。初っ端はそのくらい吹っ掛けられる』
ってことは、レンタル二頭で二万スタートか。めちゃくちゃ高いな、これ。
俺は今乗っている黒虎をマジマジと見下ろした。
乗馬のような鞍をつけられた黒虎は一頭に一人と単独乗りになっている。
それを俺とおっちゃんでそれぞれ一頭ずつレンタル。
合計二万。
しかもそこから使用時間ごとに少しずつ加算されていくのだから驚きだ。
ちなみに黒虎の歩く速さはラクダ程度である。
非常にゆったりのんびりとした感じだ。
なんかイメージと違ってめちゃくちゃ遅いなぁ、黒虎って。
『走らせようと思えば走らせることはできる。だが、暴れ牛に乗ったことはあるか? 黒虎が走り出したらそんなことになるぞ』
……墓まであと、どれくらいあるんだ?
『まだだいぶ先だ』
まだ先って……。これ、十五分ごとに使用料が発生していくんだよな? こんなスピードで往復したら大変なことにならないか?
『何が?』
お金だよ。これの支払い。どーすんだよ、こんな高い乗り物。
『大丈夫だ』
え?
意外な返答に、俺は目を丸くする。
もしかしておっちゃんって金持ちだったのか?
『そう見えるか?』
見えない。
『ハッキリ言うな』
本当に大丈夫なのか? 信じていいんだよな? ちゃんと払えるんだよな?
『ガキがいちいちそんなこと気にするな』
気にするだろ。もし払えなかったらどうするんだ?
俺の心配を苛立たしく思ったのか、おっちゃんが軽く舌打ちしてくる。
それにはなんかちょっと俺もイラっとした。
おっちゃんが面倒そうに説明してくる。
『普通に乗ればそんな金額を払わないといけなくなる。だからこそ乗る前に交渉したんだ。話のわかる竜人で良かったよ』
拳銃で脅したのか?
おっちゃんが半眼で呻いてくる。
『お前なぁ。俺を歩く殺人兵器か何かと勘違いしてないか? 俺だってな、時と場合と場所と相手ぐらい考えてやってる』
じゃぁどうやって交渉したんだ?
『知人の名を出しただけだ。そいつが竜人に広く顔が利く奴でな。竜人の機嫌が良い時にそいつの名を出せば無料で乗れたりする。だが、機嫌が悪い時に名を出すと断られたりする』
へぇ。誰?
『お前の知らない奴』
だろうね。
俺は素直に納得した。
おっちゃんが尋ねてくる。
『乗り心地は?』
うん、いいよ。この値段高そうな鞍のおかげで安定していて悪くない。
『鞍の掴みから手を離すなよ』
わかってる。──なぁおっちゃん、墓まであとどのくらいの距離があるんだ?
『そうだな……』
呟くようにそう言って、おっちゃんが前方にある──遠く小さく見える一番背の高そうな岩山へと目を向ける。
何を思ってかその岩山の頂上近くに指を向け、そこを示す。
『だいたいあの辺りで到着だ』
はぁ!?
その言葉に俺は愕然と目を丸くした。
なんで岩山の頂上なんかに墓を作ったんだ? そいつ登山家だったのか?
おっちゃんが首を横に振る。
『いや、そういうわけじゃない』
じゃぁどういう理由で──
『あの頂上に登ればアイツの死に場所が見渡せるからだ』
死に……場所?
『遺体が未だに見つからくてな。戦場になった場所が広すぎて捜しきれなかったんだ』
……。
俺は気まずく視線を落とす。
なんか……ごめん。変なこと聞いて。
『いやいい。そのうち見つかる。せめて弔いぐらいはしてやらないとな』
なぁおっちゃん。
『なんだ?』
その……
『なんだ?』
……。
言うか言うまいか少し迷った後。
俺は思い切っておっちゃんに聞いてみることにした。
戦争のこと、少し聞いてもいいか?
おっちゃんが不機嫌に言う。
『教えない』
だよな。ごめん。
言って、俺は気まずく謝り首を落とした。
するとおっちゃんが口を開いてぽつりと尋ねてくる。
『──お前、今のこの世界を見てどう思う?』
え?
俺はおっちゃんへと顔を向けた。
どう思うって……?
『……』
いつになく真面目な顔で、おっちゃんは俺の言葉をただ無言で待っていた。
俺は視線を落とし、答える。
なんかよくわからないけど。ゲームの世界っぽいっていうか。普通、かな?
『この空を見てもか?』
空?
顔を向けるとおっちゃんが空を見上げていた。
俺もつられるようにして空を見上げる。
おっちゃんが言葉を続けてくる。
『この空を見て、お前はどう思う? 平和に見えるか?』
……た、たぶん。この世界の住人じゃないからよくわからないけど。
『率直な感想でいい。どう思う?』
……。
しばし言葉を悩んだ後、俺はぽつりと答える。
平和だと、思う。
『結界なんてなくてもいいと思うだろ?』
でもそれが無くなったら魔物が来て大変なことになるんだよな?
『そうだ。結界がなくなったら大変なことになる。──|北の砦(あの時)のようにな』
……。
おっちゃんの言葉が俺の心に重く響いた。
俺は空から視線を下ろし、静かに顔を俯ける。
なぁ、おっちゃん。
『なんだ?』
北の砦って、あれからどうなったんだ?
『教えない』
教えないじゃなくて教えてくれよ。俺、知りたいんだ。
『知ってどうする?』
素っ気無く、でもハッキリと。おっちゃんは俺にそう言い返してきた。
……。
俺は俯いたまま黙り込む。
そんな俺を気遣ってか、おっちゃんがぽつりと話し出した。
『元々、あの砦は黒騎士どもに狙われていた。結界が古すぎて、いつ壊れてもおかしくない状態だったんだ。
長引く攻防戦で国の資金が底をつき、兵力にしても民間人の寄せ集めと友好国からの少しの支援。侵攻されるのは時間の問題だった。黒騎士の数は膨大。とても太刀打ちできる戦力じゃなかった。
それを知った上で、俺はそんな危険なところにお前を送り込んだ。あの国の最後の希望になれば、とな』
俺は顔を上げて首を傾げ尋ねる。
最後の希望?
おっちゃんは視線を落とし、言葉を続けてくる。
『結局は俺も、心のどこかでクトゥルクの力にすがっていたのかもしれん。この世界にはクトゥルクが必要だ。だから──』
そこで言葉を止めておっちゃんは微笑する。
そして首を横に振ってから、再び空へと視線を向けて明るく言葉を続けた。
『いや。願わくば、クトゥルクも結界も必要としない平和な世界になってもらいたいもんだ』
俺は口を開いてぽつりと言った。
おっちゃんってさ……。
空から視線を落とし、おっちゃんが尋ねてくる。
『ん? なんだ? 俺がどうした?』
俺はおっちゃんから視線を逸らし、静かに首を横に振った。
……いや、なんでもない。




