第4話 コードネームE
「あの……私とこうして二人きりで話すのは初めてですよね」
え?
それはある日の日曜日だった。
結衣こと──コードネームMの一声でファミレスに集合となった俺たちは、異世界に行くわけでもなく、ただ会話だけで一日が終わるという相変わらずの穏やかな午後を過ごしていた。
俺の向かいの席には、くせっ毛と眼鏡が特徴の平凡な女子高生――今は私服姿のコードネームEが、くりくりした愛らしい目で俺を見つめて微笑んでいる。
「……」
……。
一息の間を置いた後。
Eは、少しズレた眼鏡の位置を人差し指で戻しながら俺との会話を続けてくる。
「だってほら、K君の隣にはいつもJさんかMちゃんのどちらかが居る感じでしたし、それにK君って普段自分からこう、あまり積極的にしゃべらないから」
……そう、ですね。たしかに。はい。
「最近、向こうの世界に行けています?」
いえ、最近は特に何も……。
「ですよね。私も一緒です。向こうの世界に全然行けなくて。なんだか毎日に刺激がなくなったっていうか、ちょっと退屈なんですよね。
──頭の中の人から何か事情めいたことを聞いていませんか?」
いえ。全然。
「私も一緒です」
そうですか。
「はい」
……。
「……」
少し間を置いた後。
Eが傍にあったオレンジジュースを引き寄せ、ストローをくわえた。
こくんと、一口すすって喉に流し込む。
そしてストローから口を離して顔をあげると、再び俺を見つめてぽつりと会話を続けてくる。
「そういえばK君って、私と話す時はいつも敬語ですよね」
そんなことないです。
「ほら、今だって」
……。
俺は黙って手元のウーロン茶を引き寄せて口に運ぶと、一口飲んだ。
そしてぽつりと答える。
Eさんは俺より年上ですから。
ぴっと人差し指を突きつけ、Eが不満そうな顔で口を尖らせ言ってくる。
「それ。K君との距離、すごく感じます」
……。
「K君って女の子とデートしたことないでしょ?」
……無いですけど、それが何か?
「やっぱり」
やっぱりって……。
自覚してなかったわけではないが、言われてちょっとショックだった。
傷心の気分を紛らわせるように、俺は視線を逸らして再びウーロン茶を口へと運ぶ。
すると、いきなりEが顔をのぞきこむようにして上目遣いで俺を見つめてくる。
「……」
……? な、なんですか?
そして面白がるように人差し指をくるくると回すと、からかうような口調で言ってくる。
「そんなムスっとした顔していたら女の子から嫌われちゃいますよ?」
……。じゃぁどうすればいいんですか?
「こう一度、にこっと微笑んでみてください。口角を軽く横に引いて、こう、にこーって。ほんの一瞬だけでいいですから。ね?
そしてこう言うんです。『おかえりなさいませ、お嬢様』って」
それ、完全にEさんの趣味じゃないですか。
「なんや、遊ばれとんのか? K」
するとそこにJがドリンクバーからコーラを片手に戻ってくる。
「おかえりなさいませ、J様」
「まいどー」
……もう帰りたい。
息の合ったEとJのコンビを見て、俺は静かにテーブルにうつ伏せた。
「ほんまノリの悪い奴やなぁ」
「ねー」
俺のことは放っておいてください。
Eが俺を見て、同情に目をうるませながら口に手を当てる。
「K君って奈々ちゃんが居なくなってから本当に静かになりましたよね」
「ほんま好きやったんやなー」
放っておいてください。
「隙ありー!」
ぐぎゃっ!
滑り込むようにして俺の隣に座り込んできたハイテンションの結衣が、俺の脇腹に片手の先を思いっきり突き刺してくる。
俺は蛙が潰れたような短い悲鳴を上げた。
そのまますぐに結衣から片腕を掴まれ揺すられる。
「ねぇK。後であたしの買い物に付き合ってよ」
俺は苛立ちに両手をわななかせると、頬を引きつらせて言い返す。
な・ん・で・だ・よ!
「どうせ暇なんでしょ? 男子ってなんかいつも暇してそうじゃん」
どこの基準だよ、それ。俺は暇じゃねぇよ。買い物ぐらい一人で行け。なんで俺がお前の買い物にいちいち付き合わないといけないんだよ。
「えー。Kが居てくれたらすごく助かるのにー」
荷物持ちが、だろ?
ごろにゃんとばかりに俺の腕に甘え抱きついてきて目をうるませてくる。
「お願い。後でお礼においしいクレープおごってあげるから」
わざとか? 俺が甘い物苦手だって知っててわざと言ってんのか?
「おつまみ系なら良いの?」
どこのオヤジだ、俺は。
「はい、決まりね」
ペイと俺を放り捨てて、結衣は何事なくEと話を始める。
「――ねぇそれより、さっき話していた続きなんだけど。その都市伝説ってどんな話?」
Eがここぞとばかりに目を輝かせて言う。
嬉しそうに両手を叩き合わせて、
「よくぞ聞いてくださいました、Mちゃん。今ちまたで囁かれているオンラインRPG【ブラッディ・ゲーム】って謎ゲーをご存知ですか?」




