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Simulated Reality : Breakers【black版】  作者: 高瀬 悠
【第一章 第三部序章 前編】 バトル・ドラゴンズ
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第1話 超能力はある日突然やってくる


 ──空港にて。

 俺は勇気を出して綾原に告げた。


 絶対帰って来いよ、日本に。アメリカなんて俺、助けに行かないからな。


 すると綾原は泣きそうになりながらも静かに微笑んだ。


「ありがとう。今度はちゃんと強くなって自分の足でここに戻ってくるね」


 そして、彼女は約束通りこの地に戻ってきた。

 隆々と鍛え抜かれた筋肉、その迫力ある百キロを超える巨体を揺らし。

 短芝のように刈られた髪は金色に染められ、顔は恐ろしいほどにペイントが施されている。

 片手には、床まで伸びた重々しい鎖。

 それをジャラジャラと鳴らして……。


 彼女は戻ってきた。

 歴戦の悪役レスラーとなって。


「約束通り、強くなったから。今度はリングの上で勝負しよう」




 ◆




 うわぁぁ!! 


 短い悲鳴とともに、俺は勢いよくベッドから飛び起きた。

 慌てて辺りを見回す。

 何のこと無い。

 代わり映えのない自分の部屋の中だった。

 少しずつ現状を理解し、あれは夢であることを悟る。

 額に滲む汗。

 動悸の激しい心臓に手を当てる。


 良かった。


 安堵の息を吐いて心を落ち着ける。

 あれは夢だったんだ。


 本当に嫌な夢だった。

 まさか正夢なんかにはならないよな?

 はは……。まさか、な……。


 背筋に走る悪寒にぶるりと身が震う。

 無意識に両腕を抱き寄せ、擦る。 

 冬の訪れが近づいているせいか少し肌寒い。


 馬鹿馬鹿しい。寝よう……。


 俺は再びベッドに寝込み、毛布に包まった。

 お布団の中がほんのり温かい。


 あーそういや今何時だっけ?


 閉められた遮光カーテンから漏れる日差し。

 それが朝であることを伝えてくる。


 今日は何しようかな……。 

 ん……あれ? 今日って日曜だったか?

 たしか昨日が日曜で朝からテレビ見て──


 俺はそこでようやく意識を覚ました。


 だったら今日は……月曜日ではないのか……?


 ゴロリと寝返り、そのままちらりと机上の置き時計を見やる。

 時計の針はしっかりと七時五十分を刻んでいた。


 なッ、七時五十分だと!?


 一気に眠りが吹っ飛んだ俺は勢いよくベッドから飛び起きた。


 ちょちょ、ちょっと待て。そうだよ、今日は月曜じゃねぇか。平日の朝に何を暢気に寝てんだ俺。落ち着け、俺。休日は昨日で終わりだ。今日は学校に行く日だ。それなのに、なんで今日に限って目覚ましが鳴らな──って、昨夜はおっちゃんがしゃべりかけてきてそのまま寝たんだったぁぁぁぁッ!


 自分の馬鹿さに頭を抱えて大絶叫した後、俺は慌ててベッドから飛び出す。

 急いで制服に着替えて、シャツも頭髪もボロボロに大慌てで鞄を片手に部屋を出る。

 慌しく階段を駆け下りた俺は、そのまま急いで一階の台所へと直行した。


 台所に入って──

 すると。

 台所に居た母さんが出迎えて、のんびりと爽やかに朝の挨拶してくる。


「あら、おはよう」


 なんで起こしてくれなかったんだよ!


 母さんは気楽に笑って言ってくる。俺の口真似して、


「『俺、もう母さんとは話さねぇから』って言ってきた反抗息子はどこの誰だったかしら?」


 朝は別だよ! 今から走っても完全に遅刻じゃねぇか!


「ほら、そこにパン置いといたから。パンだけでも食べないとお腹すくわよ」


 急いで俺は食卓の上にあったパンを口にくわえる。


「はい、お弁当」


 サンキュー!


「走るのはいいけど、車に気をつけて行きなさいよ」


 わかってる!


 それだけを言い残して、俺はパンをくわえたまま家を飛び出した。




 ※




 走っている俺の後ろを一匹の子猫がとてとてとついてくる。

 ずっと、である。

 無視していればどこかに行くだろうと思っていたのに、ついには交通量の多い表通りまでついてきた。


 原因はわかっている。

 俺がパンをくわえていたからだ。

 ちょっとそこらの公園で目が合っただけなのに。


 猫は飼い猫なのか、鈴の首輪をつけていた。その首輪の鈴がさきほどからずっとチリンチリンとうるさく音を鳴らしている。


 俺はちらりと子猫に目をやった。

 諦める様子のない子猫。

 ずっと俺の後ろをついてくる。


 やがて俺は走る速度を少しずつ落とし。

 根負けしてとうとうその場で足を止めた。

 俺が足を止めたことで子猫が甘えるように駆け寄ってきて俺の足にまとわりついてくる。


 ……。


 俺はため息を吐くと、仕方なく口にしていたパンを手に取った。

 腰を下ろして路地に座り込み、パンを小さくちぎって子猫に与える。


 ほら、食えよ。


 子猫は嬉しそうに──俺にはそう見えた──与えたパンを口にくわえた。

 そんな時だった。

 ただでさえ歩行幅の狭い路地に俺が座って道をふさいでいたせいで、背後から来た自転車が急ブレーキをかけた。

 錆びついた金きり音が辺りに鳴り響く。

 自転車は寸前で止まってくれたが、俺の傍にいた子猫が驚いて車道へと飛び出していってしまった。

 俺は慌てて立ち上がる。


 ちょ、待て! そっちは車道──


 飛び出した猫のことしか頭になかった俺は、反射的に追いかけて車道に飛び出してしまった。

 けたたましいクラクションと急ブレーキの音でハッとする。

 猫はその音に驚いてすぐにターンして歩道へと引き返したが。


 あ、やべぇ……。


 迫り来る車。

 俺の思考はやけに冷静で。


 次の瞬間、気付いた時には。


 俺はなぜか校門の前に呆然と立ちつくしていた。

 背後から何事なく友達が親しげに声をかけてくる。


「よぉ。なんだよお前、今日は早ぇじゃん。珍しい。まだ七時五十分・・・・・だぜ。

 ──ん? あれ? おーい」


 ……。


 呼びかけられるも俺の思考は完全に止まったまま、話しかけられていることさえ気付かずに呆然とその場に立ちすくんでいた。



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