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Simulated Reality : Breakers【black版】  作者: 高瀬 悠
【第一章 第二部】 そして世界は狂い出す
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第65話 想い、届くとき


 現実世界へと戻り、二週間が過ぎた頃――。


 夏休みも終わり新学期を迎えた俺は、帰宅後すぐ自室にこもり、制服のままベッドの上に寝転んで鈴を見つめていた。


 一階で母さんが夕飯の用意が出来たことを知らせてくる。


 軽く返事をしつつも。

 それでも俺はまだしばらくベッドの上で鈴を見つめていた。


 急に。

 チリリ、と。

 静かだったはずの鈴が魔法にかかったように勝手に揺れて音を鳴らす。

 その一度だけ。

 振りは弱まっていき、そして止まる。


 俺は少し間を置いた後、答えるように鈴を軽く振った。

 すると鈴がまたチリリと鳴った。

 そう、それはまるで嬉しそうに言葉を返してくるかのように。


 頭の中でおっちゃんが声をかけてくる。


『遊んでいるところ悪いな』


 遊んでねぇよ。


『巫女の所在がわかったから知らせておく。西のフェルマーレ帝国。彼女は無事だ。しかし……』


 俺はそっけなく問い返す。


 しかし、何?


『巫女は今までの記憶を全てなくしてしまっているようだ。綾原奈々のこともな』


 そっか……。でも、元気なんだよな?


『あぁ。今は皇帝の養女として静かに暮らしている』


 Xは? 巫女と一緒にいるのか?


『Xは行方不明だ。巫女をその国に置き去りにしてな。まぁあの帝国なら情勢も安定しているし、黒騎士や魔物に襲われる心配がないから大丈夫だろう』


 わかった。ありがとう、おっちゃん。


『それよりお前、暇そうだな』


 暇じゃねぇよ。これから夕飯だから。


『夕飯か。それならそんなに時間はかからないはずだな。今夜十時だ。十時にお前をこっちの世界へ飛ばす』


 もう行かねぇよ。あれからどんだけ俺がこっちの世界で苦労したと思ってんだ。捜索願い出されていたんだぞ。警察に事情を説明しなければならなかったし、父さんも母さんも俺の交友関係を気にしてくるし、学校では夏休みの神隠しだとか言われてUMA扱いされて大変だったんだからな。


『俺のせいだっていうのか?』


 自業自得だってのはわかっている。だからもう行かないっつってんだよ。それに夏休み明けのテストが散々だったせいで、出された宿題が終わらないんだ。


 おっちゃんは鼻で笑った。


『冗談だ。しばらくは誘わねぇよ。しばらくは、な』


 その言葉を最後に、おっちゃんはぶつりと俺との交信を切った。

 

 しばらくは、か……。


 内心でため息まじりに呟いて、俺は鈴を見つめた。

 揺れる鈴から視線を、手首に巻かれたミサンガへと移す。

 あの日のことを、思い出すかのように。


 ※



「綾原が転校するんだってよ」

「マジか?」

「どこに?」

「アメリカらしいぜ」

「うへぇ。さすが綾原だな」


 あれは新学期が始まって、すぐのことだった。

 その日はいつになく真面目な顔をして重く話を切り出す担任の言葉。

 いつもと違うホームルームにクラス中がざわめいた。

 本当に突然だった。

 綾原は父親の赴任先であるアメリカへ留学する為、転校の挨拶をしてきたのだ。

 でも、そのことに誰も驚きはしなかった。

 彼女らしい旅立ち。

 誰もがそう思っていたからかもしれない。

 何も知らなかった俺はただ呆然と綾原を見つめることしかできず……。




 ※




 ――空港で。

 綾原が日本を発つその日、俺と結衣は、Jの車に乗って綾原を見送りに来ていた。

 おっちゃんの話によると綾原はもうコードネームを外されてしまったそうだ。

 綾原とはもう二度とあの世界で会うことはできない。

 それは結衣もJも知っていた。

 綾原もたぶん、何となく気付いているのかもしれない。

 こっちの世界でも綾原は遠くに旅立ってしまう。


 するといきなり何を思ってか、結衣が俺の背後に回りこんでくる。

 そしてJとともに無言でぐいっと、後ろから俺の背を押してきた。

 俺は前のめるようにして綾原の前へと行き、向き合う。


 ……。


「……」


 俺と綾原は言葉無く、互いに視線を逸らすようにして顔を俯かせた。

 後ろでJと結衣が言ってくる。


「なんか言ってやれや」

「これが最後のチャンスなんだからね」


 ……。


 たしかに言えるとすれば、これが最後のチャンスなのかもしれない。

 これから綾原は遠くに旅立ってしまう。

 アメリカなんて、俺は行けない。

 次に綾原と会えるのは何十年後の話になるんだろう。

 この想いを、ずっと伝えられないまま。


 そう思った俺は咄嗟とっさに綾原の手を掴んでいた。

 綾原が呆然と俺を見てくる。

 俺は勇気を出して綾原に告げた。


 絶対帰って来いよ、日本に。アメリカなんて俺、助けに行かないからな。


 すると綾原は泣きそうになりながらも静かに微笑んだ。


「ありがとう」


 綾原は告げる。


三回・・もあなたに助けてもらったから。今度はちゃんと強くなって自分の足でここに戻ってくるね」


 三回……?

 たしか俺が綾原を助けたのは二回だったはず。


 その疑問は解決されないままに出発の時間が近づき、やがて別れを惜しむかのように。

 さっきまで笑顔で話していたはずの結衣が突然泣き出し、最後に綾原と抱き合って泣き出した。


 コードネームは外されてしまったけど、綾原はいつまでも俺たちと繋がりある仲間だ。

 あの時結衣が買ったミサンガ。

 Jも結衣も俺も、そして綾原も。

 買い揃えた同じ色のミサンガを右手首に結んでいる。

 いつまでも永遠の繋がりをもった結びの絆。

 どんなに遠く離れていても。


「また絶対日本に戻ってくるから」


 綾原は涙を浮かべて笑い、右手首のミサンガを俺たちに見せた。

 だから俺たちも、同じ色のミサンガを綾原に見せて、共に誓った。


 どこにいても俺たちはずっと一緒だ、と。

 たとえどんなに遠く、次元を越えて離れ離れになってしまったとしても──。



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