第62話 伝言
白狼竜に匹敵する巨体の黒炎竜は、闇から生まれ出てきてすぐ大きく口を開けて、鋭い歯で白狼竜の首元に噛み付いた。
噛み付かれた衝撃で白狼竜が口を開ける。
口を開けたことで俺は自由の身になるも、直後に、まるで安全ベルトの無いジェットコースターに乗っているかのごとくその身を振り回される。
さすがにこんな危険な状態になると、俺は振り落とされまいと必死になって白狼竜の牙にしがみついた。
ふと、黒炎竜の炎の一部が白狼竜の口の中へと入ってくる。
炎は人型を形成し、やがて一人の人物が姿を見せる。
俺はその人物に見覚えがあった。
お前……たしかセガールと一緒にいた【赤猿】と呼ばれていた男!
白狼竜の口が閉じられる寸前に、赤猿は俺の体を抱えて連れ出し、外へと飛び出した。
そのまま宙に静止するわけでもなく、俺たちは確実に真下へと向かって落ち始める。
――って、ちょっと待て。まさかこのまま地面に叩きつけられたりするわけじゃないよな? 魔法を使ってくれるんだよな? 宙に浮いてくれるんだよな?
赤猿がニヤリと意地悪そうな笑みを見せて言ってくる。
「死ぬ気で魔法使わないと、お前、このまま落ちて死ぬぜ」
は?
言われると同時にパッと、赤猿は俺の体を離してきた。
俺だけが重力に従い真っ逆さまに地面へと向かって落ちていく。
ちょっと待てぇーッ! 魔法の使い方なんて俺知らねぇぞ!
しだいに迫ってくる地面。
どう使えばいいのか何も思い浮かばず、俺は落ちていく。
誰が助けてくれるわけでもなく、しだいに目前へと地面は迫ってくる。
もうダメだ。俺はここで死ぬんだ。
次に襲いくるだろう痛みと衝撃を覚悟し、俺はきつく目を閉じた。
そして次の瞬間、痛みが俺の全身を襲──
痛みが全身を……。
全身を……。
……ん? あれ?
しばらくして。
目を開けた時には、俺は何事なく地面に着地していた。
……。
体の無事を確認するも、どこも何も痛くないし、血も出ていない。
それどころか本当に上空から落ちていたかどうかも疑わしくなる。
いったい、これはどういうことだ?
自分の両手を不思議に見つめ、握ったり開いたりして確認する。
なぜだ?
ふと見上げた空に──。
同時、赤猿が俺の隣にストンと着地してくる。
まるで一階からそのままジャンプして降りてきたかのように、しごく簡単に。
赤猿が俺を見て面白がるような表情を浮かべる。
「へぇ。鬼神にならなくても高度な魔法使えるじゃねぇか、お前。
魔法を使わないのは演技か? それとも頭ン中の奴に何か言われているのか?」
俺は慌てて攻撃の構えをとる。
そういやコイツ!? セガールの──
赤猿が手を払い、素っ気無い口調で言ってくる。
「行けよ」
え?
「向こうの世界へ帰るんだろ? チャンスを作ってやったんだ。早く行けよ」
……。
思わぬ言葉に、俺は肩抜けるように攻撃の構えを緩めていった。
呆然と問い返す。
助けてくれるのか? 俺を。
赤猿はくるりと俺に背を向けた。
そのまま振り返ることなく言葉を続けてくる。
「言っとくが勘違いするなよ。オレはセガールさんの伝言をお前に言いに来ただけだ」
伝言?
「【次にこの世界に来る時は奴ではなく俺を呼べ】だってよ。
――伝言、確かに伝えたからな」
それだけを言い残して、赤猿は俺の前から去っていった。




