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Simulated Reality : Breakers【black版】  作者: 高瀬 悠
【第一章 第二部】 そして世界は狂い出す
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第53話 綾原の決心


 ふと──


 リン、と。

 隣から巫女の鈴の音が聞こえてきた。

 急に戦う体勢を解いた巫女が、綾原の顔をじっと見つめている。


「巫女様……?」


 不思議に呟く綾原。

 巫女は真っ直ぐ綾原の顔を見つめて告げる。


「あなたはまだこの世界の現実を知らない。故にここに居たいと思ってしまう。

 戦いだけがこの世の全て。強き者だけが支配できるこの世界で、あなたが生きていけるはずがない。

 今もこうして誰かの背に隠れて怯えるくらいなら、どちらの世界に居ても同じこと。

 結果を想像し、逃げることなら誰にでもできます。

 与えられし結果にのみ満足するのではなく、たまにはあなたを守る彼のように勝算もなく馬鹿みたいに立ち向う勇気を持ってください」


 俺は半眼になって内心で言う。


 おい、おっちゃん。誰が馬鹿だ、誰が。


 モップが俺の肩に登ってくる。


『俺に言うな』


 ん? え、あれ?


 スッと。

 巫女が綾原の持つ本を指で示す。


「――あなたが立ち向かう勇気を持った時、未来はきっと変わります」


 その言葉に、綾原は無言のまま顔を小さく俯かせていった。

 手中にある本をぎゅっと胸の前で抱きしめていく。

 そして、意を決したように綾原が顔をあげた時。

 綾原の目が変わった。

 敵意を表すかのごとく目前のセディスを睨み据える。

 セディスが笑う。

 そんな綾原を見て小馬鹿にするように。


「魔法理論を知っているからと、この状況で何の役に立つというのですか?」


 綾原は言い放つ。

 俺の背から抜け出るように一歩前へと進み出て、


「魔法に不可能はない。──あなたは私にそう教えてくださいました。たとえ私に魔力が無くても魔法を作り出すことはできる、と。

 その証明を今、あなたの目の前でしてみせます。

 魔法陣とは魔法が使えない者たちが魔法を使えるように発明した科学なのですから」


 抱いていた本のページを開き、ある一ページを破って床に捨てる。

 床に捨てられた紙切れは宙を舞って床に落ち。

 そこから小さな光の魔法陣が生まれた。

 セディスが何かに気付いてハッとする。

 慌てて神殿兵たちを俺たちへと向かわせるも、時すでに遅く、神殿兵たちは見えない壁によって阻まれた。

 俺は目を丸くして喜ぶ。


 す、すげぇ! 綾原の奴、魔法を使いやがった! 俺も魔法使ってみてー!


 おっちゃんが俺の頭の中で言ってくる。


『諦めろ。お前は力の都合上、無理だ。

 それとついでに、お前の足元にある魔法陣を踏むなよ』


 ん? あ、おっと。


 俺は床にあった紙切れから身を避けるようにして足を引いた。

 魔法陣を踏んだら、俺死ぬんだっけ。


『向こうの世界ではな。だがこっちの世界で魔法陣を踏んだら、封印のかせが外れるほどの馬鹿デカい力を発揮する。

 黒騎士を引き寄せてしまうくらいの馬鹿デカイ力をな』




 ※




 綾原が魔法陣を使って壁に作ったドアを利用し、俺たちは部屋の外へと脱出した。

 元は壁だったこともあり手薄となっていた回廊。

 俺たちはその回廊を駆け、ここから一番神殿の外に近い出口へと向かっていた。

 おっちゃんが俺の頭の中で言ってくる。


『さすがだな』


 何が?


『綾原だ。お前ならあの時あの状況で、絶対にセディスと勝負を挑んでいただろう?』


 ダメなのか?


『勝算がない。感染を考えてもこれが一番妥当な手段だ』


 やっぱりさすが綾原だよな。


『お前とは出来が違うな』


 うるせぇ。ほっとけよ。


『まぁいくら妥当な手段でも逃げの一手ばかりでは策を読まれる』


 読まれるったって──


 もうすぐ外だという手前で。

 前方から向かってくる複数の神殿兵と鉢合わせした。

 俺たちは慌てて足を止めてその場を引き返す。

 しかし、引き返した先にはセディス達がこちらに向かってきていた。


『やばいな。完全に挟まれたか』


 どうする? おっちゃん。やっぱり戦うしかないのか?


 すると巫女が、俺と綾原の手を取り引っ張ってきた。


「こっち」


 ──って、おっちゃん! そっちに行ったら余計神殿内に入って出られなくなるだろ!


『もうその体は俺じゃない。俺はここにいる』


 俺の肩の上でモップが「やっほー」と手を振る。


 え? そうなのか?


『巫女の言う通りについて行け。今はそれしか助かる方法がない』


 わかった。


 言われた通り、俺は綾原とともに巫女に引かれるままについて行った。

 巫女は、俺と綾原をとある部屋の前へと連れて行き、扉を開けてその部屋の中へと俺たちを押し込んだ。

 遅れて巫女自身も部屋の中へと入る。

 部屋に入れられて、俺は周囲を見回しハッとした。


 あ、ここって俺がずっと椅子に縛られて監禁されていた場所じゃねぇか。


 巫女が扉を閉めて内側から鍵をし、魔法陣を用いて扉を封印する。

 俺はそのことに慌て、巫女の腕を掴んで止めた。


 おい、ちょっと待て! これじゃまたさっきと同じパターンになるだろ! この部屋に逃げ場なんてねぇぞ!


 巫女は俺を無視して綾原に言う。


「奈々、どこに逃げても同じです。早く帰還魔法陣リ・ザーネを。ここは私が引き受けます」


 その言葉に綾原は泣きそうになって答える。


「待ってください。巫女様はどうなさるつもりなのですか? まさか──」


「行って、奈々。彼と一緒に。

 私はこの世界の人間です。この世界で起きたことは私自身の力で解決します。故にあなたとともには行けません。あなた達二人だけでも元の世界へ」


 綾原は激しく首を横に振った。


「嫌です。セディスはあなたもこの国の人たちも皆殺しにするつもりなのです。巫女様をここに置いてなんて行けません」


「ここで殺されたのなら、それも運命。この世界では戦いが全て。戦いに勝てぬ者は死ぬだけです」


「巫女様!」


「さぁ早く、奈々。リ・ザーネを。早くしなければセディスが来てしまいます」


「巫女様お願いです! 私たちと一緒に向こうの世界へ逃げてください!」


 その言葉に巫女は微笑で答えた。

 自分の髪に触れ、飾っていた片方の鈴を手に取る。

 手に取った鈴を綾原に差し出して、


「この鈴をあなたに。

 これは【結びの鈴】です。あなたが鈴を振れば私の鈴が反応を、私が鈴を振ればあなたの鈴が反応します。

 あなたが向こうの世界へ戻った時はその鈴を一度振ってみてください。その鈴の反応が返ってくれば、私は生きているという証拠です」


「巫女様……」


「住む世界は違えど、私とあなたはずっと結び合う友達だということを忘れないで。

 私とあなたは出会うことのなかった世界の者同士。でもこうして出会うことができた。この思い出を私は一生忘れない。

 私は巫女として、信者を置いてここを離れるわけにはいきません。

 ――あなたは早く彼とともに元の世界へ」



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