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Simulated Reality : Breakers【black版】  作者: 高瀬 悠
【第一章 第二部】 そして世界は狂い出す
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第52話 俺と一緒に帰ろう、綾原

 

 ふいに。

 部屋を軽くノックしてくる音が聞こえてきて、俺たちは行動を止めた。

 雰囲気が変わる。

 ノックしてきたのが誰であるか気付いたからかもしれない。

 一瞬にして張り詰める空気。

 ドアの向こうからセディスの声の優しい声が聞こえてくる。


「ここを開けなさい、奈々。それともそこに居る彼とともに死の道を選びますか?」


 俺はすぐさま綾原に駆け寄ると、その腕を掴み、部屋の奥へと連れて行った。

 壁際を背に綾原を後ろに庇い、目前の戦いに備えて気を集中させる。

 巫女が小机にあった手燭てしょくを手に取り、急いでろうを抜いて俺に放り渡す。


『これを使え』


 受け取って。

 俺は観察する。


 手燭?


 巫女が俺の隣に来て、手の平に魔法陣を出現させる。


『素手でどうにかなる相手じゃないだろ。考えろ』


 サンキュー、おっちゃん。


 俺は手燭を両手に握り締めると、ドアに向けて戦闘の構えをとった。

 おっちゃんが俺の頭の中で言ってくる。


『戦うことだけに集中しろ。戦い方はお前の体が知っている』


 再び聞こえてくるノックの音。

 セディスは奈々へと言葉を続ける。

 優しげな声でありながらもどこか苛立ちを含んだ口調で。


「聞こえないのですか? 奈々。ここを開けなさい」


 綾原が俺の後ろで怯えている。

 殺されるのが分かっているからなのかもしれない。

 俺は綾原の手を握った。

 安心させるように。

 絶対に俺が守ってみせると伝える為に。


 背中越しで、綾原が俺の服をきゅっと軽く握ってきた。

 ぽつりと言ってくる。


「小学三年の頃、私がいじめられて泣いていた時もこうして助けてくれたよね」


【あの時助けてくれたお礼。これで返せたかな?】


 あの日校門前で、別れ際に綾原に言われたあの言葉――。

 心当たりとなる記憶を、俺はようやく思い出した。


 あれはたった一度の正義心。

 助けたというよりも、女の子一人に対し大勢でからかって泣かせていた奴らにムカついたから喧嘩を売った。ただそれだけだった。

 その後俺は、泣いている綾原にこう言ったような気がする。


【もう泣くな、泣き虫。そうやってすぐ泣くからいじめられるんだろ。お前は頭良いんだから勉強でみんなを見返してみろよ】


 俺は頬を引きつらせて苦く笑う。


 ……あれ? もしかして綾原の原因作ったのって、俺じゃね?


『今はそんなことどうでもいいだろ。目前の敵に集中を切らすな』


 おっちゃんに怒られ、俺は真顔に戻って頷いた。


 わかっている。


 ノックが止まり、静けさが訪れる。

 少しの間を置いて。

 ドアの向こうから、セディスが諦めるように声を沈ませ、告げてくる。


「そうですか。これがあなたの答えなのですね? 奈々。──残念です」


 瞬間。

 金具が弾け飛ぶ激しい金属音が部屋に響いた。

 俺たちはびくりと身を震わせ警戒する。


 次いでノブが回り、ゆっくりとドアが開いていく。

 ドアの向こうから姿を見せるセディス。

 同時、複数の神殿兵が部屋になだれ込んできた。

 それぞれ手中に魔法陣を展開させて、俺たちと距離をとって構えてくる。


 スッと。

 セディスが無言で俺たちに向けて右腕を掲げ、突き出してくる。

 ――直後に。

 風船が割れるような軽い音を立て、巫女の展開させていた魔法陣が弾け消えた。

 巫女が反射的に細腕で己の顔を庇い防御する。


「無駄ですよ」


 セディスが微笑して言う。


「Kから引き離されたそんな仮染めの姿で、私の相手になると思っているのですか?」


 俺は内心でおっちゃんに確認する。


 マジで?


 腕を退けた巫女の顔に焦りのようなものが浮かんで見えたのは気のせいか。

 おっちゃんが真面目な声で答えてくる。


『マジだ』


 マジかよ。


 俺も共に焦り出す。


 なぁおっちゃん。


『なんだ?』


 戦い方は俺自身の体が知っているって言ったよな? それって、がむしゃらに突っ込んで行けばわかるってことなのか?


『逆に問うが。なぜセディスがそこで止まって動かないか、お前にわかるか?』


 俺は首を横に振った。

 巫女が鼻で笑ってくる。


『食虫植物と同じだ。お前が脳無しに突っ込んでくるのを、口を開けて待っているのさ』


 一斉に。

 神殿兵が俺たちに向けて魔法陣を放ってきた。

 どうすることもできない俺たちは魔法陣に挟み囲まれる。

 床下に現れる大きな魔法陣。

 俺は焦った。


 どうするんだよ、おっちゃん!


『クソ、ここまでか……』


 そう諦めかけた時だった。

 ふと。

 俺の背後から詠唱の声が小さく聞こえてきた。

 それと同時に周囲の魔法陣がフッと消える。

 詠唱が止まり。

 綾原が怯えるように俺の後ろに隠れる。

 俺の服を掴む綾原の手が小刻みに震えていた。


 セディスの表情から笑みが消える。

 射殺すように綾原を睨みつけて、


「私が教えたその魔法で、私の邪魔をするというのですか? 奈々。私が与えたその恩を仇で返すというのですか?」


「……」


 綾原は何も言わない。

 ただ俺の背に隠れ、怯えるように体を震わせている。


「そうですか」


 セディスは肩を落とし、そう吐き捨てた。

 その次の間。

 何を思ったのか、セディスは隣にいた神殿兵の肩を何気にぽんと叩いた。

 呼ばれたと思った神殿兵が一度セディスを見るも、セディスは神殿兵に顔を向けない。

 無視するかのように真っ直ぐ俺たちを見据えたまま、俺たちへと向けて穏やかな声で言葉を続けてくる。


「本当に残念です、奈々。あなただけは生かして差し上げようと思っていたのに……」


 ぐほっ、と。

 セディスに肩を叩かれた神殿兵が急にドス黒い嘔吐物を吐いていきなり倒れる。

 異変に気付いた神殿兵が心配に仲間に駆け寄るも、駆け寄った瞬間に、皆次々と何かに感染するように喉を掻き掴んで苦しみ出し、黒い嘔吐物を吐いて床に倒れていった。

 俺はおっちゃんに指示を求める。


 おっちゃん!


『馬鹿、そこを動くな! 感染するぞ!』


 感染?


 ゆらりと。

 倒れた神殿兵が起き上がってくる。まるで墓から這い出てきたゾンビのごとく意思のない体で。

 死人のような神殿兵の目からは黒い血の涙が垂れ、両の眼球が真っ黒に染まっている。

 その光景を目にして、俺は綾原を庇いつつ恐れるように後退した。


 な、なんだよ、これ……。


 巫女も同じように後退する。


『何もクソもない。これが複合喰鬼サイエント・ヴァッカルだ』


 俺はごくりと唾を飲みこんだ。


 なぁおっちゃん。もしかして喰らうってそういう意味だったのか?


『どういう意味だと思っていた?』


 なんかこう、デシデシが言ってたみたいに頭からバリバリと──いや、なんかそれも嫌だけど。


『喰らうと一言で言っても様々だ。生きる者の精神を殺して操り、意思のない人形を作り出すこともあれば、魂を喰らって体を乗っ取ったり、時には自分のクローンを生み出したりもする』


 怖ぇーだろ、それ!


『馬鹿言え。戦いが全てのこの世界でセディスだけが化け物だと思うなよ。お前がクトゥルクの力に目覚めれば、これよりももっとさらなる化け物どもを相手していくことになるんだからな』


 おっちゃん。


『なんだ?』


 頼むからもう二度と俺をこの世界に誘わないでくれ。


『そういうのは向こうの世界に帰ってから言うんだな』


 当然だろ。この世界に長居なんてしたくない。早く帰るんだ、元の世界へ。――綾原をこんな世界ところに一人にしておけるかよ。


 俺は綾原の片手を掴むと、その手をぎゅっと握り締めた。


 俺と一緒に帰ろう、綾原。ここは俺たちが生きていける世界じゃないんだ。


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