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Simulated Reality : Breakers【black版】  作者: 高瀬 悠
【第一章 第一部】 おっちゃんが何かと俺の邪魔をする。
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第7話 討伐ギルド【前編】


 ゼルギアが酒場の両扉を開く。


「お前、先に入れ」


 トンと背中を押される。


 俺は前のめるようにして酒場の中に入った。

 そして驚く。


 入る前、酒場と聞いて真っ先にイメージしたのは、悪面した人たちが威張ったように酒を飲み、ギスギスと殺気に満ちた雰囲気でいつでも殴り合いの喧嘩が起こりそうな、そんな怖そうな感じだと思っていたからだ。

 でも、実際は違った。

 本当にゲーム世界の延長のような、そこには屈強の冒険者たちが朝から酒を飲み、仲間たちと獲物について自慢し、笑い語り合うような場所だった。


 良かった。

 俺はちょっと安心する。


 胸を撫で下ろす俺のところへ、黒猫がとてとてと二足歩行で出迎えてきた。

 黒猫の手には羽ペンと紙が器用に握られている。

 俺は身を屈めて黒猫に視線を合わせた。


 黒猫が不思議そうに俺を見て小首を傾げる。


 俺もつられるようにして同じ方向へと首を傾げた。


 黒猫が口を開く。

「貴殿はお客しゃまデシか?」


 うわっ! しゃべった、この猫!


 俺は逃げ腰に尻もちをついた。

 その後ろでゼルギアが呆れた顔で俺を見下ろしてくる。


「なーに猫見たくらいで驚いてんだ?」


 俺は声を震わせ黒猫を指差す。


 だ、だって、猫がしゃべったんだぞ?


 ゼルギアは肩を竦めてお手上げする。

「猫はしゃべって当然だろ? お前のジャングルにはいなかったのか?」


 だから! 俺、ジャグル出身じゃなくて異世界人だって!


 黒猫がゼルギアへと視線を移す。


「お帰りなしゃいデシ、団長。帰ってくるのが早すぎないデシか? もしかしてサボりデシか? 赤竜討伐に行かなかったデシか?」


「だーれがサボりだ、コラ。討伐任務は無事完了。帰り道にスライムのテレポート能力で三千郷もぶっ飛ばされたんだ」


「ほぉ、三千郷もデシか。それはすごいデシ。前人未到デシ。聞いたことないデシ。嘘はもっと上手につくデシ」


「嘘は言ってない。俺は本気で言っている」


「スライムにそんな力は無いデシ」


「何を言う。昔からスライムは奇跡を起こすっつーだろうが」


「あんなのただの伝説デシ。信じているのは団長だけデシ」


「お前は相変わらず夢の無い猫だなぁ。猫は夢を見てなんぼだろうが」


「うるさいデシ。余計なお世話デシ。それよりも赤竜討伐の終わった証拠が欲しいデシ」


「ったく。ほらよ」


 ゼルギアは懐に入れていた道具袋の中から赤竜の鱗を取り出し、黒猫に手渡した。

 黒猫が満足そうに頷く。


「たしかに受け取ったデシ。上層部に報告しとくデシ」


「あぁ頼む。それとこれも上層部に報告しといてくれ。『赤竜どころか黒炎竜に会った』とな」


 黒猫の耳がぴくんと動く。急に真顔になり、


「黒騎士が現れたデシか?」

「お陰でみんな、帰りがバラバラだ」

「黒騎士の戦いに巻き込まれたらみんな終わりデシ。殺されるデシ。誰かが死んだ報告するのはボク嫌デシ」


 しゅんと耳を垂れて気分を落ち込ませる黒猫に、ゼルギアは優しくその頭をなでた。


「きっとみんな無事に戻ってくるさ」


 ふいに黒猫の目が流れるようにして俺へと向く。羽ペンの先を俺に突きつけて、


「ところで団長、こいつ誰デシか?」


「あー、こいつか。──紹介しよう。Kだ。そんでもってこのギルドの新しいメンバーだ。俺の討伐戦力に入れることにした」


「また拾いものデシか。困るデシ。新しいメンバーはもういらないデシ。団長の拾い癖は病気デシ。一度病院に行って診てもらった方がいいデシ。しかもこいつ、自分のこと『イセカージン』って言ってたデシ。『イセカージン』はこれで四人目デシ。変なのいっぱい増えて困るデシ」


「仕方ねぇだろうが。ジャングルでエルフに人間のお持ち帰りを頼まれて断れなかったんだ」


「団長は甘いデシ。戦力にならない無駄飯食らいをこれ以上増やすわけにはいかないデシ」


「だが喜べ。今回の拾いもんは間違いなく金塊だ。俺の直感がそううずいている。こいつは充分な戦力持ちだ」


「団長の直感はいつも外れるからアテにならないデシ。説得力無いデシ。しかもこいつ、頭に野生のスライム乗っけてるデシ。額に黒ヘビの皮も巻いているデシ。変デシ」


「言うな。ジャングルでこういうスタイルが流行っていたのかもしれん。本人を目の前にして失礼だろ」


 てめぇが一番失礼だ!


 俺の言葉を無視するように、ゼルギアが黒猫に向けて言葉を続ける。


「誰が何と言おうと俺はこいつをここのギルドに登録する。責任は俺が持つ。モップをここに連れて来てくれ」


「もう好きにすればいいデシ。ボクが何言っても無駄デシ」


 ぷいと黒猫はいじけるようにそっぽを向いて、奥のカウンターへと歩いていった。


 しばらくして。

 黒猫は一匹の毛むくじゃらの小さな生き物を連れてきた。


 黒猫に手を引かれてやってきたのは小さな毛むくじゃらの生き物だった。


 ゼルギアはその毛むくじゃらの生き物を雑に掴んで持ち、そのまま流れ作業で俺に手渡してきた。


「お前、これちょっと持ってろ」


 も、持つって、生き物だろこれ!


「ペットと思え、ペットと」


 俺の両手の上に載っけられたその生き物は、子猫ほどの大きさだった。暴れもせず大人しく、それでいて生温かい。毛の中に二本足があるらしく、俺の手の上で懸命に踏ん張っていた。


 俺は目を点にしてゼルギアに問う。

 あの、なんですか? これ。


「その説明は上でする」


 上で?


 ゼルギアに指差され見上げた先には、人けの無い開けた二階部屋があった。


 俺は首を傾げる。

 二階で説明?


「まぁいいから黙って俺についてこい」


 ゼルギアは俺を連れてその二階へと案内する。

 黒猫ももちろん後をついてきた。


 二階は貸し切りの議論場となっていた。


 大きな机にたくさんの椅子が並べられており、奥の壁には黒板とチョークがある。おそらくここで討伐の作戦会議が行われてから出発するのだろう。


「よくわかったな。その通りだ。ここは討伐前に作戦会議をする場所だ」


 フロアは狭くもないが広くもない感じだった。ちょうど一階のスペースを半分にした広さか。手すりから身を乗り出すようにして見下ろせば、一階のフロアを優に見渡せた。


「おい、何をしている?」


 声が掛かり、俺は手すり部分から顔をあげて振り向く。


 ゼルギアが椅子に腰掛けながら言う。


「お前も座れ。どこでもいい。モップを机に置くことを忘れるな」


 モップ?


「お前が今その手に持っている毛むくじゃらの生き物の名前だ。

 ──ンで、ついでに紹介しとくと、お前の後ろにいるその黒猫の名はデシデシだ」


 俺は足元へと視線を落とす。

 ちょうど俺の真後ろ付近に黒猫は居た。愛想ない顔で俺を見上げて挨拶してくる。


「でしでしデシ。このギルドの受付全般及び上層部への報告をやっているデシ」


 上層部への報告?


 ゼルギアが答える。


「ここの運営資金は討伐賞金の他にも貴族どもの出資金と国の税金の一部でまかなわれている。何をして何に使ったかを議会で報告しないと貴族どもが金を渋って資金を回してくれなくなるんだ」


 いまいちよくわかんねぇ。


「ま、わかりやすく言えば『何をするでも金がいる』ってことだ」


 ふーん。


「理解してねぇだろ?」


 半分は理解した。


「まぁいい。座れ」


 言われるがままに俺は毛むくじゃらの生き物を机の上に置き、ゼルギアの向かいの椅子に腰を下ろした。

 俺の隣の席に黒猫が腰掛けてくる。


 向き合う形で座ったところでゼルギアが軽く手をたたき合わせて説明を始める。


「そんじゃ、まぁ軽くここのシステムについて説明を始める。

 お前がここで飯を食って仕事する以上、運営に不透明な金を発生させるわけにはいかん。貴族も浮浪者に金をバラまくほど心広くない。『何に使ったかわかりません』の報告を一番嫌う奴らだ。

 ──と、いうわけで。お前という無駄飯食いが一人増えたということを上層部、つまり金を出す貴族どもに報告してやらねばならん。俺が言いたいこと、わかるな?」


 黒猫が横から口を挟む。


「団長は優しすぎデシ。そこまで詳しく説明してやる必要ないデシ。住民登録しろだけでいいデシ。目の前に紙とペンを与えてやれば、こいつ書くデシ」


「デシデシ。お前ほんと心無い猫だよな。わけわからずに登録させられることがどれほど不安なことかわかってないだろ?」


「人間の心なんてわからないデシ。人間嫌いデシ。知らなくていいデシ」


 黒猫が手持ちの紙と羽ペンを俺に突きつけてくる。


「さぁ書くデシ」


 俺はわけわからずそれを受け取り、紙面を見た。

 眉間にシワを寄せる。


 なんだよ、これ。真っ白じゃねぇか。何書けっていうんだ?


 すると紙面に次々と変なインク文字が浮き出てくる。

 俺は驚きに目を見張った。


 ゼルギアが俺の様子を見て「あ」と何かを思い出す。

「そういやエルフは字が読めないし書けないんだったっけか」


 え?


 黒猫が首を傾げる。

「どういうことデシか?」


「デシデシ。こいつはな、見た目は人間だがジャングルでエルフとともに生きてきた奴なんだ。その登録は俺が代わりに書こう」


 だから! 俺は原始人間じゃねぇって言ってんだろ!


「じゃぁ書いてみろ」


 ゼルギアに言われ、俺は再び紙面に目を移す。

 ……。

 えーっと、これはどこのエジプト文字だろう。


 半眼でゼルギアが俺を見る。

「読めないなら読めないと素直に言え」


 すみませんでした。

 俺は謝罪とともに紙面と羽ペンをゼルギアに手渡す。


 ゼルギアは受け取り、紙面を机上に置くと羽ペンを走らせた。


「お前の名前はKだったな」


 黒猫の耳がぴくりと反応する。


「イセカージンと名前が似てるデシ。変わった名前デシ」


 俺は黒猫に尋ねる。

 なぁ。その異世界人って奴らの名前を教えてくれよ。


 ゼルギアが口を挟んで答えてくる。

「【F】、【B】、【9】。それがこのギルドにいる三人のイセカージンの名前だ。興味があるなら自分で捜してみるといい」


 俺が捜すのか?


 お手上げするように肩をすくめてゼルギアは言う。

「当然だ。いつ姿を現すかわからん奴らだからな。俺もそこまで暇じゃない」


「ボクも暇じゃないデシ。早く書くデシ」


「はいはい、わかったよ」


 ゼルギアはつらつらと書面の続きを書いていく。


「出身はジャングルでよかったよな?」


 違ぇーよ。


「性別は男。年齢は少年。特徴なしの平凡。採用理由はこのギルドに獣使いがいなかったから。人間では珍しく野生のスライムを飼い慣らしていたため。特殊能力は人妻(マダム)・キラー」


 ちょっと待て! なんだその最後の俺の特殊能力!


「そうだっただろお前。去り際に人妻エルフとキスして『一生忘れない』とか言われて、それ俺の方が忘れられねぇよ」


 どんな誤解だよ! リラさんはそんな意味で俺に言ったんじゃない!


 ぼそりと黒猫。

「だから人間は嫌いデシ」


 お前が嫌っている理由はそれなのか!?


 毛むくじゃらの生き物が急にうずくまって泣き出す。

 

 ──ってか、お前は何があったんだ!?


「登録は以上だ。こんなもんでいいだろ。デシデシ、これを上層部に提出しとけ」


「はいデシ、団長」


 お前らテキトー過ぎだろ! 最初の説明はいったいなんだったんだよ!



 ◆



 二階から一階へ。

 登録を終えた俺はゼルギアとともに一階の酒場へと顔を出した。


 酒場で飲んでいた仲間たちが俺に明るく声をかけて歓迎する。


 てっきりガキだから馬鹿にされると思っていた俺は、はにかむように笑みを浮かべて頭を下げることしかできなかった。


 みんなへの紹介はゼルギアがしてくれた。

 本当に簡単な紹介。

 その中にもちゃんと、ジャングルから来たという言葉は含まれていた。

 もうそれでいいよ。頭にスライム乗っけてるし、何言ってもどうせ説得力ないから。


 紹介を終えた後、俺はゼルギアに連れられて奥のカウンターへと座らされた。


 カウンターを任されていたのは一人の若い女マスターだった。

 俺はちょっと驚いた。マスターは男がやるんじゃないんだ……。


 フフと笑って女マスター。

「あら。マスターが女じゃ不満?」


 い、いえ。違います。珍しいなと思って。


 ゼルギアが女マスターに言う。

「こいつに一杯頼む。見りゃわかると思うがアルコール無しだ」


「ずいぶんと若い子を連れてきたのね。この子もイセカージン?」


「いや、エルフの村からの難民だ。勝手がわからないことがあると思うから色々と世話してやってくれ」


「難民? 何があったの?」


「事情はあとで話す」


 そう言って、ゼルギアは俺を置いてどこかへ行こうとした。

 俺は慌てて引き止める。


 待ってくれよ。ここで飲まないのか?


「お前はしばらくここで飲んでろ。俺はデシデシと話がある」


 話って何? しばらくってどれくらいだ?


「すぐに戻る」


 それだけを言って、ゼルギアは半ば俺を無視するように黒猫とともに再び二階へ歩いていった。


 カウンターに一人残された俺はふてくされるようにうつ伏せる。


 なんだよ、話って。気になるなぁ。


 すると女マスターがくすくすと笑って俺に声をかけてきた。

「不安? それとも心配?」


 俺はカウンターから顔を上げて女マスターへと視線を移した。

 答える。


 両方かな。俺、ゼルギアのことあんま知らないから。


 女マスターは飲み物を作りながら微笑して答える。


「安心して。(ゼルギア)があなたを助けたのは本心だから。悪い人のように見えるけど、本当に根は優しくて善い人よ。あなたを悪いようにはしないわ。

 あなたをここに登録させたのも、一日でも長くあなたに生きていてもらいたいから。生きてさえいればまたみんなに会える。会えればきっと元の生活に戻れる。だからこそエルフの人たちは彼にあなたを託したんだと思うわ」


 言葉とともに、女マスターは俺の前にトロピカルジュースみたいな飲み物を置いた。


 生きてさえいれば。


 カウンターに置かれた飲み物を見つめながら、俺は思い出す。

 あの夜の出来事を。

 エルフの村を焼いた漆黒の竜、そして黒騎士。

 リラさんたちは無事なのだろうか。


 ──痛っ!


 急に俺の額に走る鋭い痛み。

 俺は手を当てその場にうずくまった。

 反動で俺の頭上にいた水色スライムがカウンターの上に落ちてくる。


 俺の様子に心配した女マスターが声をかけてくる。

「どうしたの? 大丈夫?」


 鋭い痛みは一瞬で引いたものの軽度な鈍い痛みだけが残った。

 我慢できる程度の痛みになったので俺は顔を上げて答える。


 だ、大丈夫です。


 そんな時だった。


 俺の頭の中でいきなり砂嵐のようなラジオのノイズ音が聞こえてきた。

 そのノイズに混じって微かに、懐かしい声が聞こえてくる。


『お……い、聞こ……るか? 聞……てたら……か言え』


 おっちゃん!


 俺は感極まって椅子から立ち上がった。


 おっちゃん! 俺はここだ、ここにいる!


 急にノイズが頭の中から消える。

 すっきりと無音になった頭の中で、最初に聞こえてきたのは──


『へっくしゅッ!』


 おっちゃんの盛大なくしゃみだった。

 俺は思わずその場にひっくり返った。


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