第45話 全ての真相
椅子に縛られている俺を見て、巫女が呆れるようにため息を吐いて肩を落とす。
それに合わせるかのごとく頭の中でおっちゃんが俺に言ってくる。
『こりゃまたずいぶんとやられ放題にやられたもんだな。まるでこの世の神様みたいになっちまってるじゃねぇか』
俺は呆然と巫女を見つめた。
雲を掴む思いで、内心で問いかける。
本当に、おっちゃん……なのか?
巫女が目をぱちくりとさせ、自身の顔に指を向ける。
『ん? なんだお前、まだ俺を疑っているのか?』
巫女の肩によじのぼるモップの姿。
俺に向けて「やっほー」と言わんばかりに裸手を振ってくる。
巫女が無言のままお手上げをした。
それに合わせるようにおっちゃんが俺の頭の中で言葉を続けてくる。
『まぁなんつーか、セディスに捕まって殺されそうになったところをこの巫女に助けられてそのまま体を借りたってわけだ』
乗っ取ったのか?
『最初は乗っ取るつもりだったんだが、巫女の方から体を譲ってきたんだ。「これだとセディスが手を出せないから使ってください」ってな。たしかに生き残る為にはこうするしか他に方法がなかった。
だがしかし俺としては、できれば綾原奈々のあのメリハリついたナイス・バディに──』
ぶっ飛ばすぞ、てめぇ!
『本音だ。そう怒るな』
本音にしか聞こえねぇから怒ってんだろうが!
ふと。
俺の懐からスライムがひょこと顔を出してくる。
スライムはそのまま巫女に飛びついた。
巫女が一瞬驚いた顔をするも、すぐに嬉しそうに笑う。
『お。お前そんなところにいたのか。あちこち捜したんだぞ』
モップも巫女の肩からダイビングしてスライムと仲良くじゃれ合う。
それを見て俺はようやく安堵感を覚えて微笑をもらした。
良かった、みんな無事だったんだ。
頭の中でおっちゃんが言ってくる。
『安心しろ。みんな無事だ。デシデシもディーマンも捕まったという話は聞かない。どうやら上手く逃げ切ってくれたようだな』
そっか、よかった……。
俺は胸を撫で下ろす。
ぷっ、と。
いきなり巫女が俺を見て吹き出し、くすくすと笑ってきた。
な、なんだよ。
それに合わせるように俺の頭の中でおっちゃんが笑い堪える声で付け足してくる。
『たしかにみんな無事だ。お前以外は、な』
悪かったなッ!
俺は縛られた手に拳を固めると、内心で思いきり叫んだ。
あの時少しでも心配した俺が馬鹿だった。
なんだよ全員無事って。捕まっているのは俺だけじゃねぇか。
『馬鹿ついでに言っておくが』
オイ、今ハッキリ馬鹿って言わなかったか?
巫女の顔がスッと真顔になる。
それに合わせて、頭の中に聞こえてくるおっちゃんの声も急に真面目になった。
『お前、大神殿に来る前にディーマンに宝玉を預けていたよな?』
え? あ、あぁ。あの水晶玉のことか?
『そうだ。巫女の体になって分かったんだが、どうやらあの宝玉は彼女らから受け取った時点ですぐに廃棄すべきだったようだ』
捨てるっつっても
『たしかにあの時捨てる場所なんてなかった。だが壊すことならあの場でできたはずだ。
あれは大事にとっておく物じゃない。このままだとディーマンたちの身が危ない』
危ないって……。あの水晶玉がなんだってんだよ。
『あの宝玉はセディスが造りだした合成獣の卵だ』
キメラの卵!? あれが!?
巫女はこくりと頷く。
『そうだ。なんでこんなことになったかという経緯を今からお前に一から説明するから、まぁそのまま黙って聞いてくれ。
大神官──っつっても分からんよな。この国で一番偉い、王様みたいな人物──名をガーネラっていうんだが、そいつがある日、森の中で神の光を見たことから全てが始まる』
神の光?
『あぁそうだ。そんでその光に近寄ってみたわけだが、そこには合成獣に囲まれたセディスが倒れていたそうだ。どうやら記憶を失っていたらしい。
ガーネラは彼を神のお告げだと信じ、神殿へと招いた。それが十年前だ』
十年前……セディスが死んだ日……。
内心で呟く俺に、おっちゃんと精神同調した巫女が無言で頷く。
おっちゃんが頭の中で言葉を続けてくる。
『たしかに奴は死んだ。だからこそガーネラもそれが狂人研究者だと疑わなかったのだろう。ましてやこの鎖国的な国のことだ。セディスという存在を知っていたかどうかも怪しい。
──まぁそんなこんなでセディスは何食わぬ顔でこの国に溶け込み、馴染んでいったわけだ。巫女の相手役として、そして大神官の右腕として。
優秀で人望も厚く、良き働きをしていたみたいだぞ』
やけに詳しいんだな、おっちゃん。誰かに聞きまわったのか?
『いや、巫女の記憶だ』
記憶が読み取れるのか?
巫女が無言で、片手で小さくCの字をかたどる。
『まぁな。大方読み取れている』
オイ、シンクロが噛み合ってねぇぞ。
気を取り直すようにして。
おっちゃんは軽く咳払いした後、話を続ける。
『やがてセディスはガーネラに取り入り、この国で地位を得て、そして【神の宣託】としてガーネラにあるプレゼントを贈った。それがあの宝玉だ』
あの水晶玉のことか?
『そうだ。ガーネラはセディスの言葉を信じ、大切に祭っていた。まさかそれがキメラの卵で、ガーネラと巫女を喰らおうと刻を待っているとは知らずにな。
セディスは記憶を失くしたと偽り、地下で密かに研究を続けていたようだ。それを偶然、巫女に見られてしまっている』
巫女に?
『あぁそうだ。しかし巫女はセディスを問い詰めなかった。意図を探ろうとしたのだろう。悪い意味ではなく、今までの人柄を信じたい一心でだ。
だが調べて出てきた答えは、セディスは大神官も巫女も殺すつもりでいたということだけだった。
セディスは少しずつ周囲を固めて反乱を起こすキッカケを作ろうとしていたようだ。──あぁなるほど』
何を納得したんだ?
『セディスが巫女に逆らえない理由だ。セディスは一度反乱を起こそうとして、その直前で巫女に見つかり失敗している。
巫女はセディスの弱みを掴むと同時に事を内密に処理したわけだ。
だから大神官ガーネラはセディスを追放していないし、セディスは巫女に逆らえないという構図ができている』
そんな絡みがあったのか?
『あったらしい。そして失脚しようとしていたはずのセディスに勝機が訪れる。
綾原奈々という異世界人との交信だ』
なぁおっちゃん。前から気になってたんだが、それってどういう仕組みで──
『セディスは綾原奈々に取り入り、味方であると刷り込むことで利用し、巫女を殺そうと目論んでいた。だが計画はそう上手くはいかなかった。
綾原奈々が巫女の味方についてしまったんだ。そのことでセディスはさらに崖っぷちに追い込まれる。
あーおい嘘だろ、そんな……。なんてことだ……』
巫女がガックリと床に膝をついてうな垂れる。
ど、どうした? 急に。
『マリアベル──いや、コードネームMが綾原奈々にKの存在を話している。それをセディスに盗み聞きされていたんだ』
そういや綾原と結衣は仲のいい友達だったからな。
『崖っぷちに追い込まれていたセディスは、Kの情報をネタに黒騎士に取り入ろうと考えていた。
そしてセディスが突然神殿に人を連れてくる。それがXだ。
セディスは巫女に、Xのことを【神の宣託】と紹介している。
巫女は一目でそれが黒騎士だとわかった。直感っつうのかな。巫女にしかそれは分からなかったようだが』
証拠がなかったってことか。
『まぁそういうことだ。やはり向こうの世界で綾原奈々に話しかけていた人物の名を聞きだしておくべきだった。完全に俺のミスだ。すまん』
真面目に謝られ、俺は戸惑う。
あ、謝るなよ。この世界に来たのは俺自身の選択だし、その、なんつーか、俺の方こそ……色々とごめん。
急に巫女がハッとした顔で身を起こす。
『そーいやそうだったな。今謝ったのは無しで』
はぁ!? じゃぁ俺も無しだ!
「――おぉ、そなたはこんなところにおったのか」
その声は突然だった。
俺と巫女はその声の方向へとすぐに目を向ける。
部屋に入ってきたのは、豪奢で位の高いそうな衣装に身を包んだ小太りの男だった。その後ろには数人の神官兵を連れている。
あれ? この男、どこかで見たことある。あれはたしか行列の先頭で輿に乗っていた──
巫女の顔がものすごく嫌そうに引きつる。
一歩二歩と後退しながら、
「ど、どうなさったのです? ぱ、大神官」
パパだとッ!?
俺は驚きに悲鳴じみた声で内心絶叫した。
おっちゃんが頭の中で言ってくる。
『大神官は巫女の父親だ』
いやいや、絶対嘘。全く顔似てねぇーし。
『母親似だ』
なるほど。
俺は素直に納得した。
大神官は巫女にニコリと笑って優しい声音で話しかける。
「神から何か言霊でも受け取ったのかい?」
巫女が無言で首を横に振る。
髪が揺れ動くたびに飾りの鈴が音を鳴らした。
大神官が残念そうに呟く。
「そうか。宝玉もまだ見つかっておらぬ故、祭りまでに宝玉を見つけ出して中央広場に飾っておかねば信者が不安がってしまう」
『中央広場に飾る!?』
中央広場に飾る!?
おっちゃんと俺の声が、俺の中で見事に重なった。
巫女が無言で俺と視線を合わせてくる。
俺は内心でおっちゃんに尋ねた。
どういうことだよ、おっちゃん! あんなモンを広場に飾ったら──
『卵が孵化した時に大パニックだ。まさかセディスは信者もろとも巻き添えにする気でいるのか!?』
俺の脳裏にあの時のセディスの言葉がよみがえってくる。
【クトゥルクはこの世から永遠に失ってはならない希望の光です。その光を遺すこと。それが私に課せられた使命。その為には多少の犠牲も仕方ありません】
犠牲は俺だけじゃないってことか。
『否定できんな。とにかく今は──』
大神官が会話に割り込んでくる。
「宝玉のことなら心配せずとも良い。神の使いであるイクスより宣託を授かった。
祭りの当日は宝玉の代わりにエスピオナージの女を【神の生贄】として差し出すことになっておる」
『神の生贄だと!?』
……!
俺はXの言葉を思い出し、無言で奥歯を噛み締め、拳を強く握った。
体の中に沸々と、怒りと苛立ちの感情がこみ上げてくる。
大神官が巫女に向けて言葉を続ける。
「もう夜更けだ。そなたは安心して床についてよい」
言って。
大神官は巫女の手を取り、ここから連れ出そうとする。
『え? ちょ、マジか? ここを離れるわけにはいかないんだが』
やむなしか、巫女と俺はしだいに引き離れていく。
俺は内心でおっちゃんに告げた。
おっちゃん。
『なんだ?』
綾原に会ったら伝えてくれ。
──ここから逃げろと。
生贄に失敗した時点でXが綾原を殺そうとしている。イナさんのことは俺がなんとかするから。
遠く消えかけた声でおっちゃんが焦るように言ってくる。
『なんとかするってお前──! まさかそんな気持ちでクトゥルクを使うんじゃねぇだろうな? 絶対ダメだからな! 必ずお……』
最後の言葉はノイズに混ざって。
やがてノイズさえも消えて、俺の頭の中は静かになった。




