第43話 セディスの真意
神殿内が慌しく思えたのは祭りの前夜であるせいか。
俺は気力もなく天井を見上げる。
どこか諦めにも似た気分で。
セディスを含む四人の神官たちが、拘束具が見えないよう俺の首下からの全身を大きなマントのような服で覆い隠していた。
誰の目からも不自然に見えないよう、さらに服を重ねて、より荘厳で神聖な感じにされていく。
もしあの時俺が、祭りの日までに捕まらなかったとしたら。
俺は視線を正面へと落として見つめる。
人を象っただけの簡易な人形。さきほどまで神衣──今、俺が着ている──を着飾っていた。
祭りがあるたびに人形を神に見立て崇めていたようだ。だいぶその人形は使い古され傷んでいた。
準備が整い、神官たちが俺から離れていく。
それと入れ替わるようにセディスが、人形から取り外した仮面を手に俺へと近寄る。
あの時見た尾羽のマスケラとは違い、そのマスケラには真っ白いライオンのたてがみを思わせるような毛皮がついていた。
そのマスケラを、セディスは俺の頭部全体を覆うようにして取り付ける。
フルフェイス型のマスケラ。
のぞき穴もちゃんとある。
その穴からセディスの様子がうかがえた。
セディスがとても満足げに息を吐く。
「これで完成です。ようやくこのときを迎えることができました。実に気が遠くなるほどの十年でしたよ」
十年……。
俺の脳裏にデシデシの言葉が過ぎる。
【もしかして十年前に死んだ狂人研究者のことデシか?】
「どんなに研究を重ねようが、どんなに策を講じようが、クトゥルクに勝るものなど最初からこの世に存在しなかったのです」
【有名な話デシよ。この世で黒騎士に歯向かえる奴なんて誰もいないデシ。唯一歯向かえるとしたらクトゥルクの力だけデシ。
セディスはそれに近い力を作り出そうとしていたんデシ。でも実際は、対抗するどころかたくさんの変な魔物を生み出して暴走させ、余計に魔物を増やす結果になってしまったんデシ。】
「なぜあなたがクトゥルクの力を持ってしまったのでしょうね。それだけが不思議でなりません。神の力に選ばれし人間が、私であれば良かったのに……」
セディスが俺の着ている神衣に触れた。
シワを整え、最後の仕上げでもするかのように。
そのままセディスは言葉を続けてくる。
「人々を救うはずの神は一向に現れず、現れたとしてもすぐに消えてしまう。
この世に残された者達は黒騎士の存在に怯え、戦い、そして死に……。
あなたにはわからないでしょう。この世界の住民がどれだけ不安な毎日を過ごしているのかを」
顔を俯け、俺は思う。
【今からこっちの世界に来ないか?】
おっちゃんに呼ばれても俺は拒み続けた。
それはこの世界から二度と出られない気がしたのと、この世界に馴染んでしまう自分が怖かったせいなのかもしれない。
黒騎士に対抗できる唯一の力──クトゥルク。
それを持っているが為にこの世界でロクな目にしかあっていない。
この世界に来れば来るほど心の傷が一つ、また一つと増えていく。
現実の世界では絶対に経験しないような心の傷が、だ。
「ただ無力に黒騎士に殺される人々の気持ちがあなたにわかりますか? あなたにこの世界の人々の苦しみが理解できますか?
不安、恐怖、悲しみ。
黒騎士が支配するこの世界から私は人々を救って差し上げたいのです。その為にはあなたからクトゥルクを奪い、そして私が次なる神になるしかありません。
クトゥルクはこの世から永遠に失ってはならない希望の光です。その光を遺すこと。それが私に課せられた使命。その為には多少の犠牲も仕方ありません」
【奴は祭りの日にクトゥルク化したお前を喰らうつもりでいる】
もし、クトゥルクの力を誰かに譲ることが可能であるならば……。
この力をセディスに譲ることで、この世界が平和になるのであるならば。
「本来ならもう少し早くあの街で儀式を終える予定だったのですが、あの時は先に黒騎士が来てしまいましたからね。最初からそう物事が上手く運ぶとも思っていませんでしたので、計画は幾重にも用意しておりました。
守護者である奴のことも、完全にあなたから引き離すことができましたし、もうこれで私の計画を邪魔する者は誰もいません」
……。
セディスが俺から離れて微笑を浮かべる。
「一刻も早く、その封じられた肉体よりクトゥルクを解き放ってあなたを楽にして差し上げますよ」
その言葉にようやく肩の荷が降りたような気がした。
俺はそのまま眠るように目を閉じる。
そうだよな。なんで俺、こんなに無理してこの世界で頑張っているんだろう。
この世界で俺は異世界人なのに。
クトゥルクの力をセディスに譲ることでこの世界が平和になるのなら、それでいいかもしれない……。




