第41話 綾原、お前……
地下に、音無き静寂の時間が訪れる。
ここには俺と綾原の二人だけが残された。
だからといって俺の枷や猿ぐつわが外されたわけではない。
しゃべることも、身を起こすことすらできず寝転んだ状態のまま、俺は静かに綾原を見つめ続けた。
……。
綾原は口を開いてくれない。
牢越しに、ただ黙って俺を見つめている。
その表情は少し、どこか悲しそうに。
俺の残念すぎる無様な姿に同情でもしているのだろうか。
やり場のない思いに、俺は綾原から目を背けるようにしてゴロリと寝返った。
その背に、ぽつりと。
綾原が声をかけてくる。
「どうして……?」
その言葉に、俺は自分の無様さを鼻で笑った。
内心で答えを返す。
あっちの世界でXに騙されてお前を助けに行ったらこの世界に召喚されました、色々あってこうなりました、なんて情けなくて言えるわけないだろ。
あーもう笑いたければ笑えよ。最悪だ。
「私の言葉を信じ、宝玉を捨ててくださったことには感謝します」
……ん? あれ? 敬語?
「ですが、あなたも信者なら神殿に踏み入ることがどんなに危険かわかっていたはずです」
カクン、と。
俺は頭を地に落として空笑いをもらした。
綾原、お前……まだ俺のことに気付いてなかったんだな。
ふと。
上階から何やら慌しい足音が聞こえてくる。
俺は何事かとごろりと寝返った。
綾原も同じ気持ちだったようで、ともに上階へと視線を向ける。
上階では一人の男が駆け込み、なるべく声量を落としつつも動揺を隠せないまま報告してくる。
「た、大変です、副神官様」
落ち着いた口調でセディスは言葉を返す。
「どうしたのですか?」
「み、巫女様が急にご乱心を……。それで大神官様が副神官様を捜しておいでで、今こちらに向かっております」
「大神官が!」
さすがのセディスも、これにはかなり動揺したようだ。
一瞬声を荒げたもののすぐに声を落とし、しかし内心の焦りを隠せることなく口早に番兵に指示を出す。
「すぐにここを出ます。番兵」
「はっ」
「急いで牢にいる彼をあの部屋へと移してください。その間は私が大神官の気を引いておきます」
「承知しました」
そんな慌しい上階での様子に、俺と綾原は戸惑った。
綾原が呟く。
「巫女様が……?」
すぐに地下への鉄扉が番兵の手により開かれ、番兵と伝令兵が階段を下りて駆けつけてくる。
綾原が伝令兵にすがりつくようにして問う。
「巫女様に何があったのです?」
伝令兵が首を横に振る。
「わかりません。急に巫女様が可笑しな言動を始められて、神殿中が大騒ぎになっています。そのことに大神官様はとてもお怒りのご様子で副神官様を捜されて……。
きっと大神殿前で騒ぎを起こした者が、巫女様に災いをもたらしたのだろうと……」
三人の視線が一気に俺に集う。
な、なんだよ。俺がいったい何をしたっていうんだ?
番兵が牢に近づき、檻の扉に鍵を差し込む。
その間、伝令兵は綾原を宥めるように言葉で促した。
「奈々様は早く巫女様のところへ」
「セディスに伝えてください。彼には手を出さないようにと。彼を傷つけるようなことをすれば私は──」
「ご安心を。さぁ早く奈々様は巫女様のところへ」
無言で。
綾原は頷いて、上階への階段を駆け上がった。
牢の扉が開き、番兵と伝令兵が俺のところにやってくる。
そして背後から目隠しを当てられ、その結び目を後頭部できつく締められた。
俺の視界は完全に閉ざされる。
これで状況を知る術は耳だけとなった。
手荒く両腕を掴まれると、俺はその場から無理やり立ち起こされる。
踏み出すことで、つながった足枷の短いチェーンが音を鳴らす。
俺は慣れない足枷のチェーンに歩幅を制限され、転びそうになってよろめいた。
「おい、こら歩け」
「とっとと歩け」
無茶言うな。
口が塞がれているので内心でツッコむ。
はっきりいって足枷を外してもらわなければ歩きにくい。
転びそうになりながらも俺は二人に両腕を掴まれ、強制的にそこから歩かされた。




