第6話 これって俺の力なのか? それとも……
──風景が一瞬にして、変わった。
気付けば馬車は見知らぬ街の中を駆けていた。
男が慌てて馬車を急停止させる。
いきなり停まったことで、俺は重力に引っ張られて幌の中で滑るように身を転がしていった。
後方から前方へ。
ごつん、と。
御者台付近に頭をぶつける。
痛ってぇ!
俺は打った頭を抱えるようにしてうずくまった。
男が動揺の声を上げる。
「ど、どういうこった!? ここ【アルデの街】じゃねぇか!」
声を聞いて、俺は打った頭に手を当てつつ御者台の男を見上げた。
男もちょうど俺へと振り返り、見下ろしてくる。
目が合って。
男は声を震わせ俺に言う。
「まさか……お前がやったのか?」
俺は慌てて両手を振り否定した。
わ、わからないよ! これ俺がやったのか? ってか、どこだよここ! 黒いドラゴンは!? リラさん達はどうなったんだよ!
「ンなもんこっちが聞きてぇくらいだ! ここはあの森から三千郷も離れた場所なんだぞ!」
え? 三千きょう?
俺は目を二度瞬かせる。
三千きょうってどのくらい遠いんだ? ってか、遠いのか?
「お前馬鹿か? 本物の馬鹿だったのか? 距離がわからないとかどこの原始人間だ?
──ん? いや、待てよ。そういや何人かギルドでいたな、そういう奴」
男は顎に手を当て眉間にシワを寄せて考え込む。
「そいつ等なんつってたか、『イカジ……いや、『イセカージン』とかなんとか言ってたな」
異世界人!?
「お。なんかそんな感じだ」
急に俺の頭上にぴょこんと一匹の水色スライムが飛び乗ってきた。
「ん……?」
男と水色スライムの目が合う。
水色スライムの攻撃。
男の顔に弱い水鉄砲が吹きかかる。
「……」
びきり。
そんな音が聞こえてきそうなほども男の顔が思いっきり引きつった。そのまま顔に付いた水を無言で静かに手で拭っていく。表情からして今にも怒りをぶちまけんとばかりに気持ちを溜め込んでいるようだ。
顔の傷が恐ろしいくらいに任侠さを醸し出している。
俺は慌てて謝り、頭上のスライムを背に隠した。
あ、あの! ほんとすみませんごめんなさい!
「……」
男は冷ややかな目に俺を睨み、俺が背に隠した水色スライムを指で示してくる。
「それ、お前のペットか?」
俺は声を震わせ首を横に振った。
い、いえ。一方的に懐かれているだけです。
再び俺の手をすり抜けて、水色スライムが俺の頭上に飛び乗ってくる。
それを見て、男は何かに気付いたようで。
「あーわかった。なんとなく読めてきた」
え?
「お前、魔獣使いだろ?」
俺は首を横に傾けて曖昧に答える。
い、いや、たぶん違うと思う。
「助けてやったんだから嘘つくな。正直に答えろ。エルフならまだしもスライムが人間に懐くなんざ聞いたことねぇ」
そうなのか?
「スライムってのは昔から色んな奇跡を起こしてきた森の神様だと云われてんだ。おそらくさっきの瞬間移動能力もコイツのお陰なんだろ? そんでもってお前は、そのスライムを守る為に村を出された。違うか?」
いや、なんか違うけど。スライムってそんなすごい生き物だったのか?
「聞き返してくるとはどこの天然だ。それともなんだ? こんな言い伝えもロクに知らない『イセカージン』とでも言い出すんじゃねぇだろうな?」
全くもってその通りです。
「わざと言ってんのか?」
いえ、真面目に言ってます。
男はしばらく俺のことを変わり者でも見るかの目で観察した後、
「お前、ギルドに送り届けた後の行き先はあるのか?」
……。いや、ない。
「だったら一緒に討伐やらねぇか? 俺のギルドを紹介してやる。お前、見た目と違って即戦力になりそうだからな」
俺は慌てて両手を振って拒んだ。
お、俺、討伐とかまだ無理だし! 今やったら絶対速攻で死ぬレベルだから!
男が鼻で笑ってくる。
「そうか。そいつは残念だ。無理強いするつもりはない。約束通りギルドで降ろしたらお前とはお別れだ。惜しい人材だったが仕方あるまい。ここの治安はすごく悪いから良心で誘ってやったんだが、お前がどうしても一人で生きたいってぇんなら諦めるしかないな。なぁーに、翌朝冷たい体で見つかったとしても、その後は俺が土に埋めてやるから安心しろ」
俺はごくりと唾を飲んだ。
慌てて首を縦に上下する。
や、やります、討伐。やらせてください……。
「じゃぁ決まりだな」
男が馬にムチを打つ。
馬車がゆっくりと動き出した。
その日の夜は近くに宿をとってもらい、そこで一睡した。
◆
──翌朝。
俺は迎えに来たその男とともに宿を出て、ギルドまでの道のりを徒歩で案内してもらっていた。
そういや俺、この人の名前知らない。
「あ? 俺の名か? ゼルギアだ。お前は?」
俺の名は……K。
「K? 変わった名だな。アイツ等と名前まで似たり寄ったりか」
アイツ等って、昨日話してくれた異世界人のことか? ギルドに何人ぐらい居るんだ?
「今のところ三人だな。この街を不審にうろついていて俺が保護してやった奴が一人と、自らギルドに訪問してきた奴が一人、あとは誰かに連れて来てもらった奴が一人だったかな」
そいつ等、今もギルドに居るのか?
俺の質問に、男─―ゼルギアは曖昧な表情を浮かべてお手上げする。
「居るかと聞かれれば正直『微妙』としか答えられねぇな。お前と違って突然消えたり、消えたかと思えばその数日後にいきなり現れたりする変な奴らだからな」
俺も一応その類なんだけど。
「嘘つくな」
本当だって。今帰れなくなってんだよ、元の世界に。
「元の世界?」
信じてもらえないかもしれないけど、こことは違う世界が存在するんだ。俺はそこから来た。街なんかもこんなもんじゃない。もっと大きいビルに囲まれているし、魔法も魔物も存在しない。もちろん馬車も走ってない。その代わり、車と呼ばれる乗り物で移動したり、新幹線や地下鉄もあって、それに空だってこんな静かじゃない。飛行機が──鉄の塊が空を飛んでいるんだ。
「へぇ……」
って、信じてないだろ!?
「お前が消えたらそれが本当だって信じてやるよ」
だから! 俺帰れなくなってんだよ、元の世界に!
「頭に野生のスライム乗っけている奴にどうこう話されても説得のカケラもないな。どこのジャングルで育ってきたか知らんが……故郷を恥じるな」
なッ──!? 俺がいつ『ジャングル生まれジャングル育ち、野生の魔物はだいたい友達』と言った!?
「初対面で会った時から俺はそう確信していた」
どんな誤解だよ!
怒鳴る俺をよそに、ゼルギアは足を止める。
「まぁお前がジャングル育ちだろうとイセカージンだろうと何者でも構わない。
ここのギルドはお前を歓迎する」
ゼルギアが俺に紹介した場所は、木造二階建ての酒場だった。