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Simulated Reality : Breakers【black版】  作者: 高瀬 悠
【第一章 第二部】 そして世界は狂い出す
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第39話 神殿侵入。やがてそれは一つにつながる


 本神殿の敷地に入り。

 さらにその中には【大神殿】と呼ばれる大きな建物があった。

 近づけば近づくほど、一際その大きな存在を放ってくる。

 荘厳で威圧的。

 神聖に相応しく感じる構造ながらも、まるで軍事を抱える要塞のようにも俺には見えた。

 大神殿を守る為、多くの神殿兵が武器を手に駐在し、睨みをきかせている。


 大神殿へは迂闊に近づけない。

 神殿兵の数が想像していたよりも多すぎる。


 俺は大神殿には近づかず、わざとそこから足を遠ざけ、その途中の【祈り場】と思われる──たくさんの信者が居る場所で、周囲を見真似るかのように祈る振りをしていた。

 さりげない仕草で辺りを観察しつつ、俺は侵入できる場所を目で探す。

 巡回する神殿兵。

 隙となる場所はどこもかしこも神殿兵が駐在し、目を光らせている。

 単独で行動するのは危険かもしれない。

 俺は人混みに紛れるようにして移動し、大神殿へ近づくことにした。


 人が止まればそこに留まり、移動すれば移動する。

 この人混みでは神殿兵も一人一人を怪しむことはできないだろう。


 建物は独特でどれも神聖。

 不可思議な紋様が描かれたものや、アーチっぽい建物、それに魔法陣らしきものをかたどったものもある。また、ポストくらいの小さいなサイズもあれば屋敷並みに大きいサイズのもの、細い棒のようなものもあれば、太い樹木のようなものまである。

 きっとそれぞれ意味が違うはずだ。

 俺は祈りの真似にも細心の注意を払った。

 しかし祈り方も人それぞれだ。

 何時間も同じ場所に居続ける人もいれば、数分でその場を離れ別の場所へ移る人もいる。ただひたすら祈るだけの人もいれば、何かをぶつぶつと唱えている人もいる。大地に伏せは立ちを繰り返している人もいれば、魔法で光を生み出して呆けている人もいた。


 巡回する神殿兵の目を気にしながらも、俺はなるべく目立たないよう自然を装い、行動を続けた。


 俺の足にしがみついて離れないデシデシ。

 そのまま俺を見上げてきて泣きそうな声で言ってくる。


「も、もう帰りたいデシよ、K。怖いデシ」


 頭の中でおっちゃんが言ってくる。


『これ以上先へは行かない方がいいな。今迂闊に踏み込むのは危険だ。兵士の数が多すぎる。一度作戦を立て直してからの方が良さそうだ』


 俺もそう思う。


「Kぃ……帰りたいデシよぉ……」


 わかっている。 


『もう充分だ。これだけ分かれば作戦は練れる。一旦退却しよう。このまま街へは引き返せそうか?』


 やってみる。


「Kぃ~……」


 大丈夫。


 俺は自分にも言い聞かせるようにしてデシデシを励ました。

 怖い気持ちは俺も同じだ。

 あまりの緊張感に手の平にはじっとりと汗がにじみ出ている。

 何か失敗してしまうんじゃないかと考えるたび、脳裏に死が過ぎって不安と恐怖に体が震えた。

 一つ一つを完璧にやらなければならないという命懸けの行動に、心が押しつぶされそうになる。

 こんなところで殺されたくはない。

 だから逃げ出したい。

 そんな思いがだんだん強くなっていく。

 元来た道を戻るには足を止めて振り向かなければならない。

 振り向いて集団から離れなければならない。

 しかし、神殿兵の姿が視界に入る度に不審に思われているような気がして、俺は怖くて引き返せずにいた。


 このまま引き返しても大丈夫だろうか?

 不審に思われないだろうか?

 撃ち殺されたりしないだろうか?


 そう思うと怖くて戻れなかった。

 イナさんの言葉が脳裏を過ぎる。


【何をどう聞くってんだい? 現地人なら知ってて当然のことだったら? 警戒するのは何も神殿兵だけじゃないんだよ。この街の住民だって異国人だと知ったら袋叩きにするんだからね】


 異国人だとバレてはいけない。

 クトゥルク持ちだとバレてもいけない。

 自然を装わなければならない。


 思えば思うほど俺は雰囲気に呑まれ、完全に萎縮してしまっていた。

 道行く人とすれ違うたびに、怪しまれているのではないだろうかと疑うような目で見てしまうようになり、俺はしだいに視線をあちこちに動かし落ち着かなくなった。


『大丈夫だ。落ち着け』


 おっちゃんのその一言が今の俺にはとても心強かった。

 そうだ。俺は一人じゃない。おっちゃんが傍についてくれている。 


『俺が傍に居る。機会を待つんだ。チャンスは必ず訪れる』


 ……わかった。


 おっちゃんの言葉が俺を安心させた。

 スッと心が軽くなり、体の震えが自然と止まった。

 俺はその場で足を止める。

 きっと大丈夫。

 俺はもう一度、自分を奮い立たせた。

 振り返ろうとした──そんな時。


 チリリン、チリリン、と。

 静かなる鈴の音が遠方から響き渡った。


 鈴の聞こえる方向へと目をやれば、何かの行列が大神殿へと向けてやってきている。

 人々は退き、静かに道を開けていった。

 俺も連れるようにして退き、行列に道を譲る。


 道を譲りし後、皆一様に口を閉ざして祈るように、行列に対し頭を垂れ始めた。

 俺も人に紛れるようにして不自然なき様、周囲に合わせて頭を垂れる。


 通り行く行列は階級高そうな人物たちだと見受けられた。

 偉そうに豪奢な輿こしに乗ってふんぞりかえる小太りの男。

 次いでその後ろから来る輿に──


 俺は思わずハッと目を見張った。

 そこに乗った人物に見覚えがあったからだ。


 白い巫女のような聖職者的服装と、腰の辺りまで伸ばした栗色の髪。その左右少しだけ無音の鈴の付いた髪留めをした女の子──あの時俺に水晶玉を託した女の子だった。


 良かった。無事だったんだ……。


 俺は安堵に胸を撫で下ろす。

 その女の子の表情はなんだか浮かない様子だった。巫女としての神聖なシンボルというよりも、ただ無理やり飾りをやらされているかのような、そんな感じに見えた。


 急にデシデシが焦ったように俺の服を引っ張ってくる。

 俺は足元にいるデシデシに目を向けた。

 小声で苛立たしく理由を問う。


 なんだよ、こんな時に。


 デシデシも小声で返してきた。


「K、あれを見るデシよ!」


 あれってなんだよ。


 デシデシがどこかを懸命に指し示している。


「ほら、あれデシ! 女の子の乗った輿の後ろを歩いている人物デシ!」


 言われて俺はようやく彼女の輿の後ろを歩く人物に目を向けた。

 見た瞬間──!

 俺は何かを察するように息を飲み込んで呆然と口を開けた。

 足元でデシデシが尚も俺の服を引いて小声で言葉を続けてくる。


「あの時地下で見た仮面マスケラデシ! あれと全く同じ仮面を被っているデシよ!」


 そう、あの日の夜。

 セディスの行動に違和感を覚えて忍び込んだ地下で、俺はデシデシが被っていた尾羽を付けた仮面マスケラのことを思いだした。

 あの時見たあのマスケラと全く同じ──。

 つまり。


 そういう、ことだったのかよ……。


 行列に気を取られていたせいで、俺はすぐ背後に迫る危険に気付かなかった。

 聞き覚えのある温厚そうな声音が俺の耳元にそっとささやいてくる。


「ようやく全てのカラクリに気付かれたようですね。ですが残念です。あれは私のダミーですから」


 ――この声、セディス!


 ゾクリ、と。

 背に悪寒が走る。

 すぐに俺はその場を逃げ出そうとして足を一歩踏み出した。

 だがそれをセディスが俺の腕を強く掴んでその場に引き止める。

 声量は落としたままで、


「おっと、今はまだ動かれない方がいいですよ。騒ぎを起こしたくはないでしょう?」


 クソッ、やられた!


 行列はまだ俺の前から通り過ぎておらず、今迂闊に動き出せば目立ってしまう。

 おっちゃんが俺の頭の中で苛立たしい声を上げてくる。


『なんてことだ、クソ! セディスを油断していた!』


 セディスが勝ち誇ったようにクスクスと静かに笑ってくる。


「まぁどちらにせよ、あなたはもうどこへも逃げられません。なぜならすでにこの一帯は神殿兵で包囲してしまっているからです。今さら焦ったところであなたはすでに捕らわれたも同然ですよ」


 それを示すかのごとく、傍にいた人物らが俺の周囲を固めてくる。

 気付くのが遅すぎた。

 神殿兵は変装し、周囲に紛れて確実に俺に忍び寄ってきていたのだ。

 セディスがほくそ笑みを浮かべ言ってくる。


「まさかこうもあっさりとあなたを捕らえられるとは思いもしませんでした。やはりエサはたくさん撒いてみるものですね。

 ──たとえばそう、綾原奈々はあなたを誘き寄せるための良いエサとなってくれました。奈々はまだ利用されていることに気付いていないようですが。

 それともう一人。我が国に侵入してきたエスピオナージの女。

 帳簿をいくつか盗まれてしまいましたが放っておいてみました。それがまさかあなたという大物をここまで連れ込んできてくれるとは。

 ──あぁいえ、別に彼女があなたを裏切ったわけではありませんよ。彼女を捕まえた際、彼女の記憶を少し魔法で探らせてもらいました。安心してください。彼女に手荒なことは何もしていません。あなたの力に殺されたくはありませんからね。

 あとは……そうですね。

 黒騎士にも降参する振りをして色々と情報を与えてみました。少々危険な賭けではありましたが、思いのほか手の上で転がってくれて、またこうしてあなたと再会を果たすことができたというわけです」


 俺はギリリと奥歯を噛み締め、セディスに言い返す。


 Xのことも、全てお前の計画の内だったわけだな?


 セディスは口端を引いて小さく微笑む。


「コードネームX、ですか。彼は私の良き手駒となって働いてくれました。黒騎士だった彼は今、仲間割れをしているご様子。異世界人である彼と手を組むのは実に簡単でしたよ。

 人は誰しも強い力を手にすると気が高まって傲慢ごうまんになり、自分がこの世界で一番強い人間だと粋がりたくなるものです。かわいいものですよね。この世でクトゥルクより強い力など存在しないというのに。

 ですがその力も、持つべき者が使わなければただの持ち腐れになってしまいます。もったいないことだと思いませんか?」


 おっちゃんが俺の頭の中で、その言葉を鼻で笑って付け加える。


『そうだな。たしかに最強の力も使う奴によってはただの宝の持ち腐れだ。だったらそれを誰かが補助してやればいい。――それだけだ』


 その言葉に俺も共感して微笑した。

 内心でおっちゃんに言う。


 俺、おっちゃんのこと信じるよ。だから悪いけど──


 頭を上げて真っ直ぐに、俺はあえて目立つ行動に出る。

 周囲にざわめきが走った。

 よそ者だと気付いたからだろう。

 俺は深呼吸して、さきほど止めていた言葉を独り言のように声に出して続ける。


 悪いけど、おっちゃん。俺を補助してくれ。


 俺は震える拳をきつく握り締めて気を奮い立たせると、決意を込めて足元のデシデシに告げる。


 デシデシ、お前は逃げろ。


 一瞬呆然としたデシデシがすぐに首を横に振って俺の足にしがみつく。


「い、嫌デシ!」


 いいから逃げろ! このことをディーマンに伝えてくれ、早く!


 デシデシを捕まえようとした手に気付き、俺はそいつに体当たりを見舞った。


 いいから行け!


 デシデシが猫走りで俺の傍から離れ、駆け出していく。

 それを見送る間もなく、俺は背後から誰かに襟首を捕まれ地面に引き倒された。

 捕らわれようとしたその時。

 俺の頭上にいたスライムが風船のごとくどんどん大きく膨らんでいき、周囲の変装した神殿兵たちを次々と駒倒しのように地面に押していった。

 俺はスライムに礼を言う。


 サンキュー、相棒!


 巨大化したスライムはすぐに息切れたようにパフンと元のサイズに縮み、俺の頭上に降り立った。

 俺はデシデシが捕まらないよう、あえて目立つ行動を開始した。

 全ての注目がなるべく俺に集中するように。

 真っ直ぐに、巫女の輿へと駆け上る。


 巫女が驚いた顔で俺を見る。


「あなたはあの時の──」


 別に彼女をどうこうするつもりは一切ない。

 ただ目立てばいいだけだ。

 予想通り、ほぼ全ての注目が俺に集った。

 俺を引きずり下ろそうと怒り狂った人の波が押し寄せてくる。

 魔法で打ち落とされそうにもなったが、そこはおっちゃんがカバーして守ってくれた。

 巫女が近くにいたこともあり、魔法はその一発だけ。

 あとは殴る蹴るの大乱闘の始まりだった。



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