第34話 本当のことを言ってくれないか?
「どこ行ってたんだい、ケイ! 捜したんだよ!」
それは本当に偶然だった。
路地裏から表通りへと出た瞬間、イナさんが俺を見つけてくれたのだ。
フードを取っていたのが幸いである。
俺は顔を上げてイナさんに告げる。
イナさん。俺……
言葉半ばで。
イナさんが俺の無事を確認するように、ぎゅっと抱きしめてきた。
「どこかで殺されたんじゃないかって、ずっと心配していたんだよ。生きていてくれて良かった」
ごめん、心配かけて……。俺、もう大丈夫だから。
するとイナさんは安心したのか俺から離れ、代わりにがしがしと俺の頭を乱雑に掻き撫でてくる。
「まったくもう。あたいに黙って勝手にどこかに行くんじゃないよ。迷子になったって捜しきれないんだから」
うん、わかった。そうする。
「Kー!」
デシデシが泣きながら駆け寄ってきて、俺の足にしがみついてくる。
「心配したデシよ! Kはいつの間にか居なくなるから困るデシ! 勝手すぎるデシ!」
ごめん……。
水色スライムが俺の頭上に飛び乗ってくる。
心配したんだよとばかりにいつも以上に頭上で跳ねて。
ほんと、みんな……ごめん。迷惑かけて。
俺の肩に小猿がよじのぼってくる。
首を傾げて、
「どうした? 小僧っ子。さきほどからあまり元気がないな。あの毛むくじゃらの生き物を連れていないようじゃが、何かあったのか?」
……。
俺は沈うつに顔を俯けて、そして無言で首を横に振った。
イナさんが心配して言ってくる。
「きっとケイもあたい等を捜していて疲れたんだね。近くに宿をとっているんだ。そこでしばらく休もう」
※
宿は少し古びた木造三階だった。
これでも他と比べればけっこうマシな方である。
二階の南端となる部屋に、イナさんは俺と相部屋でとってくれていた。
別々の部屋なんてとれない。
取るほどの余裕が俺もイナさんもない。
まず俺には金が無い。
なんだかイナさんは俺のことを男としてではなく弟として扱ってくれているようだ。
色々と世話をやいてくれる。
一人っ子として育った俺には、姉という存在がどういうものかよくわからなかったが、もし居たとしたらこんな感じだったのだろうか。
その上無銭でお荷物な弟ときたもんだ。
実の弟でもないのに本当に申し訳なく思う。
食事なんかもそうだ。
金が無くては何もできない。
一人で何かをやろうにも字が読めない。
俺にできることといえば唯一、会話だけだ。
魔法も使えない。
誰かに頼らないとこの世界では生きていけないのだ。
そう思うと、何かと歯がゆい気持ちと遣る瀬無い気持ちで胸が痛んだ。
その日の夜──。
俺はベッドで眠れない時間を過ごしていた。
電気の存在しない世界。
獣の声も聞こえない静かな夜。
皓々と、手燭の頼りない明かりが部屋を照らす。
隣のベッドではイナさんが穏やかに眠っている。
俺に対して何の警戒も抱かず、家族と一緒に寝ているかのように。
それを見て俺は思った。
本当にイナさんは心から俺のことを信用してくれているんだな。
──やがて。
俺はベッドから静かに身を起こした。
すると、傍で寝ていた水色スライムがすぐに起きて俺の頭上に乗っかり、怒ったように激しく跳ねてくる。
俺は小さく微笑すると頭上のスライムをなだめた。
大丈夫。もうお前を置いてどこにも行かないから。
静かになったスライムを頭上に乗せたまま、俺は物音を立てないようベッドから足を下ろす。
毛布を片手に取り、出入り口のドアへと向かって歩き出す。
なるべく静かにドアを押し開くと、デシデシとイナさんを部屋に残し、俺はそっと部屋を出た。
※
──外は薄暗い深夜。
俺は宿屋を一旦出て、宿屋の横に設けられた客専用の【馬車置き場】へと足を運んだ。
馬車置き場といっても馬が居るわけではない。
馬だけは別のところに預けていて荷車だけの置き場となっている。
盗難面を考え、荷車の中はどれも空っぽだ。
俺は人けのないその置き場の──イナさんの荷車へと移動すると、その幌の中へとごそごそ入っていった。
あれ?
幌に入って気付く。
そこにはすでに二匹の先客がいた。
小猿とモップが酒を酌み交わして呑んでいる。
ふと小猿が俺を無言で手招く。
手招かれるがまま、俺は小猿とモップの傍へと這い寄って、そこに腰を下ろした。
尋ねる。
どうしたんだよ、その酒。
「ワシのマイマネーじゃ」
酔いの回った小猿が、陽気に酒ビンを振りながら答えてきた。
その隣でモップがちびちびと小皿みたいな器で酒を飲みながら、
『持つべきはやはり友だな』
「うむ。今コイツが良いこと言った」
俺はあまりの酒臭さに不快に顔を顰め、そして鼻を指でつまんで手をあおいだ。
うわっ、酒臭ッ! なにやってんだよ、おっちゃんもディーマンもこんなところで。
ろれつ危うい口調で小猿が答えてくる。
「あんら寝静まった場所でチビチビやってられっか」
『酒場で珍獣二匹ってのも、なんだか寂しくてな』
ここで飲んでいても充分寂しいだろ?
『まぁな』
「二匹じゃない、三人じゃ。小僧っ子も入れたら三人になる。小僧っ子、お前も早く大人になれ。ワシ等と一緒に酒飲むぞ」
ははは。あー、えっと……
俺は微妙な笑いで返した。
『適当にうんと言っとけ』
あー、うん。
「よし! よく言った小僧っ子。でらく:*“#%@&……」
ぽてむ、と。
小猿は意味不明なことをごにょごにょ言いながら、そのまま倒れて横になった。
すぐにグーグーと寝息が聞こえてくる。
その隣でモップがちびちびと酒を口にしながら。
おっちゃんが鼻で笑って言ってくる。
『ざまねぇな、ディーマン。俺の勝ちだ』
いや、何の勝負だよこれ。
俺はため息を吐いてモップの傍へと移動した。
尋ねる。
もう平気なのか? おっちゃん。
『何がだ?』
……無理、してないよな?
『無理って何のことだ?』
体の心配してやってんだよ。誤魔化したり教えないとか言ったりするのはもうやめろよ。ちゃんと本当のこと俺に話してくれ。魔法を使うのと引き換えに命を削ってるって、本当なのか?
ことん、と。
モップが飲みかけの酒を下に置いた。
おっちゃんがいつになく真面目な口調で、俺に言ってくる。
『お前はXの言葉を真に受けるのか?』
だったらなんであの時いきなり倒れたんだ?
『寝不足だったんだ。突然睡魔に見舞われた』
そうやって誤魔化すなよ。気絶したおっちゃんを見てディーマンが言ったんだ。
──無理したせいだって。大きな魔力の使い過ぎだ、て。
『まぁあれだ。この姿は借り物だ。本音を言えばこれ以上精神だけ飛ばすってのもなかなか疲れるものがある。通信回線をちょんと切ってやるようなもんだ。俺だって休憩ぐらいする』
……。
『そう深く気にするな。ただの疲労みたいなもんだ』
……。
俺は黙り込むと、膝を抱えてそこに顔を埋めた。
きっとおっちゃんは俺が何を言っても本当の事を話してくれないだろう。
なんとなく、そんな気がした。
俺の脳裏にXの言葉がよみがえる。
【Kと切り離された状態で大きな魔力を使うのはやめときなよ。今のあんたは大きな魔力を使えば使うほど死に急ぐようなものだ。セガールさんは喜ぶかもしれないけど僕が困る。あんたには死んでもらったらまだ困るんだ。Kの封印を解いてからにしてもらわないと、こんな状態のKと戦っても何の面白みもない】
俺はぽつりと口にする。
なぁおっちゃん。
『なんだ?』
……死んだりしない、よな?




