第32話 お前、もしかして……
綾原、か?
俺を連れ回した女の正体とは、すごく綾原奈々にそっくりな女だった。
一瞬本人かと思ったが、綾原はたしかXに拉致されて──
「勝手にここまで連れてきてごめんなさい」
頭を下げてくる彼女に俺はさらに戸惑った。
あれ? なんか急に敬語で謝られた。
「追われていたが故の咄嗟だったとはいえ、あなたを巻き込んでしまったことは心から謝ります。これ以上あなたに迷惑をかけるつもりはありません。追っ手のことは私が何とかします。その手にある宝玉も捨てるのが迷惑であれば私が引き取ります」
宝玉? 俺が持っているこの水晶玉のことか?
「そうです。その宝玉はあなたの手にあっても何の役にも立たない代物です。どこかに売ればそれを足に神殿兵があなたを殺しに来るでしょう」
いや別に売ったりとか、そんな非道なことをするつもりはしないが……その前に、俺の最初の質問をスルーするな。お前は綾原じゃないのか? 別人か?
彼女は苦渋の表情で一度唇を噛み締めてから、静かに告げてきた。
「たしかに私は巫女様と生活を共にしてきた綾原奈々です。信者のあなたにとっては目を疑うような馬鹿な行為に見えるかもしれませんが、これには深い理由があるのです」
え? ちょっと待て。俺のことを信者って……もしかして綾原、俺のことに気付いてないのか?
俺は慌てて被っていたフードをはぎ取った。
綾原が俺の顔を見て、一瞬驚いた表情を浮かべる。
言葉を交わそうとしたその時――!
「居たぞ!」
「あそこに居る!」
「奈々様を捕らえるんだ!」
遠く建物の向こうから複数の追っ手が走ってくる。
それを見た綾原の目が再び鋭くなった。
そして何を考えてか、いきなり俺に接近してくると、そのまま俺の手にあった水晶玉を俺の懐に隠すようにして押し込み入れてきた。
「宝玉をあなたに託します。どうかお願いです。この宝玉をガーネラの手が届かないくらい、どこか遠くに捨ててください。彼の手に渡ればあなただけでなく、国中の人たちの命が危険にさらされるのです」
代わりに綾原は懐に入れていた別の水晶玉を取り出す。
きっとダミーに使うつもりなのだろう。
しだいに追っ手との距離が縮まってくる。
綾原が早々と俺の背を押した。
「逃げてください、早く! どこか遠くに! ここは私が引き受けます。今の内に逃げてください」
俺はその場に踏み留まり、彼女の片腕を掴んだ。
お前を置いて逃げられるわけないだろ!
掴む俺の手を払って、綾原は少しだけ笑って見せる。
俺を安心させるかのように。
「私は大丈夫です。巫女様がついていらっしゃいますから」
頭の中でおっちゃんが言ってくる。
『たしかに彼女が殺されることはないな』
え? 殺されないってどういうことだ? おっちゃん。
『言葉を聞く限り、奴らの中でまだ彼女は【奈々様】だ。たとえ彼女が捕まったとしても手荒な仕打ちは受けないだろう。
──だが、お前は逃げた方がいい』
けど、おっちゃん!
『追ってくる奴らの中に黒騎士が一人、変装して何事ない顔で紛れ込んでいる。どういう理由かは知らんけどな』
なんで黒騎士が紛れこんでいるんだよ!
『理由を考えるのは後だ。お前が捕まったらヤバイことになる。とにかく今はお前だけでもそこから逃げろ』




