第31話 逃げて逃げてと言われたら、答えてあげるが世の情け
女の子が俺にぶつかり、俺は少し前のめりによろめいただけだったが、女の子の方が転倒してしまった。
見た目は小学一年生くらいか。その女の子は巫女のような白い法衣を身にまとっていた。腰の辺りまで伸ばした栗色の髪、その左右少しだけの髪を束ねて無音の鈴の付いた髪留めをしている。
俺は様子をうかがうようにして声をかけ、手を差し伸べた。
だ、大丈夫か?
すると、その女の子は俺の手を掴むどころか、すかさず持っていた手毬ほどの水晶玉を俺に押し付けるようにして手渡してきた。
切羽詰った顔で言ってくる。
「お願い、それを持って逃げて!」
は?
「遠くに捨てて! 二度とガーネラの手に渡らないくらい、できるだけ遠くに!」
え? ちょ、待てよ。そんな急に言われても──
「いたぞ!」
「あそこだ!」
追っ手と思わしき複数の人たちがこちらへ向けて走ってくる。
女の子はハッとするように、すぐに俺の背に回って突き飛ばしてきた。
「急いで逃げて! 早く!」
言われたが、理由もわからず俺は水晶玉を片手にしどろもどろとする。
逃げるって、これを持って俺にどこへ行けというんだ?
いきなり。
どこからか駆けつけてきた人物が俺の腕を掴んで勢いよく引っ張ってきた。
グンと急に勢いよく引っ張られ、俺は前のめりに転びそうになりながらも仕方なく一緒に走り出す。
俺の腕を掴む強さと細い指先からして、女だ。
顔はフードで隠していて見えない。
女は無言で俺をどこかへ逃がそうとしていた。
追っ手を撒くように人混みに紛れ、さらに人混みの間を上手くすり抜けて走り、そのまま建物の影となる細い裏路地へと連れ込んでいく。
彼女は尚、走りを止めなかった。
俺も腕を引っ張られたまま、仕方なく彼女と一緒について走る。
目的は分からない。
いったい俺をどこへ連れて行くつもりなのだろう。
ふと、おっちゃんが俺の頭の中で呆れた声で言ってくる。
『またお前……。もうさ、事あるごとに面倒ごと増やす癖やめような』
はぁ!?
俺は内心で怒りをもって言い返す。
なんだよ、俺のせいだっていうのかよ!
『まぁ巻き込まれちまったもんは仕方ない。とりあえずその水晶玉をストレスこめて、どこか遠くへぶん投げてやれ』
だから、ぶん投げろとか捨てろとか急に言われても、この街を出ない限りはどうせ捨てても誰かにすぐ回収されるのがオチだろ!
『そりゃ言えてる』
他人事のように気楽に鼻で笑ってくるおっちゃんに、俺はさらに苛立ちを感じた。
解決策がないんだったら黙っててほしい。
その後──。
複雑に入り組んだ街の細い裏路地を、俺は彼女とともに駆け抜けた。
やがて、しばらくしたところでようやく彼女が足を止める。
彼女が止まったことで俺も足を止めた。
振り返れば追いかけてくる者の姿はすでにそこにはなく。
事が落ち着いたところで、俺たちはその場で一旦休憩を挟むこととなった。
呼吸落ち着く間もなく俺は彼女のところへと歩み寄り、彼女の肩を荒く掴むと無理やりこっちに振り向かせた。
そして苛立ち気味に声をかける。
あのさ。いきなり腕引っ張って走らされて、いったい何なんだよ。
「…………」
掴む俺の手を無言で払い退けて、彼女が俺へと顔を向けてくる。
な、なんだよ。
睨むように鋭い彼女の眼。
俺は軽く防御の構えをとった。
俺の肩でモップもいざという時の為か警戒に小さな魔法陣を展開させる。
空気が一瞬張り詰めた気がした。
そういえば彼女が敵か味方かも判断しないまま、俺はついてきてしまった。
もし、彼女が黒騎士だったら──
そう思うと俺の心に、いつになく緊張が走った。
彼女が静かに両手を上げてくる。
そのことで俺は反射的に数歩後退し、彼女から距離を置いた。
攻撃……してくるのか?
彼女の手は頭上へと行き、フードに触れる。
そのままおもむろに被っていたフードに手をかけて、ゆっくりとフードを肩へと下ろしていく。
フードを取り、彼女の正体を知った俺は大きく息を呑んで目を見開いた。
思わず震える指先を彼女に突きつけ、
お、お前──!?




