第27話 神殿兵には気をつけろ
東の空に陽が昇り始め、空が明るくなってきた頃。
森を抜けた先に、次なる町──ファンタジーっぽい小さな田舎の町並み──【アタン】が見え始める。
お? 町だ。町が見えてきた。
嬉々とした反応を見せる俺の隣で、イナさんが微笑する。
「喜ぶのはまだ早いよ。まぁようやく一段落ってところだね。あと二つほど町を過ぎたところに【アネル】って町があるから、それを過ぎれば国境を越えられる。それまで油断は禁物だから」
そうだ。まだ国境を越えたわけではない。
俺は笑みを静めて緊張を走らせる。
イナさんの言う通り、まだ油断はできない。
その言葉を表すかのように、町の入り口には検問が待っていた。
複数の神殿兵が門の前に佇んでいる。
その検問に辿り着く前に──その道中で、ふと。
馬車を走らせつつ前方を見たままで、イナさんが俺に話しかけてくる。
「ケイ。あんた、【アタン】に着いたら何か予定でもあるのかい?」
え? 予定? いや、特には……。
「だったらあたいにちょいと付き合いな。面白いもの見せてあげるから」
面白いもの?
「その前に──」
イナさんの表情が変わる。
フードを目深に被って顔を隠し、
「検問に居る神殿兵には気をつけな。よそ者ってことがバレたらその場で首をはねられるよ」
俺は身震いした。
そしてイナさんを真似るように慌ててフードを目深に被って顔を隠す。
馬車はゆっくりと検問へと向かって走り出した。
※
検問所にて。
馬車の停止を求められ、俺たちは素直に応じて馬車を停めた。
馬車が停まり。
二人の神殿兵が俺たちのところへとやってくる。
先にイナさんが懐から古い木切れのような物を取り出して神殿兵に見せた。
一目見て、神殿兵はその木切れをイナさんへと返す。
神殿兵の目が俺へと向いた。
「おい、お前。身分証を見せろ」
え? 身分証?
予想外のことに俺は動揺し、慌てて服の中を探る。
もちろん入っているはずがない。
俺は内心でおっちゃんに苛立ちを込めた泣き言を喚く。
ってか、おっちゃん! こういう大事なことは事前に教えてくれ!
『俺も知らなかったんだ。入国時はモップの姿で売買されたからな。必要なかった』
マジでどうするんだよ、この状況! 俺殺される!
慌てふためく俺の様子を見て、イナさんが青ざめた顔で言ってくる。
「まさかあんた、身分証を持っていないんじゃ……」
俺の肩に居た小猿が「やれやれ」とばかりに木切れを渡してくる。
声を落として耳打ちに、
「運が良いな小僧っ子よ。Dの身分証がある。使うがよい」
俺は安堵に胸を撫で下ろした。
ありがとう、助かったよディーマン。
木切れを小猿から受け取り、俺はそのままその木切れを神殿兵へと渡した。
神殿兵がそれを受け取り一目見て。
無言で俺に木切れを返してくる。
良かった。
俺もイナさんも互いに見合って安堵に胸を撫で下ろす。
神殿兵が淡々と職務的なことを尋ねてくる。
「目的は?」
その問いかけにイナさんが真顔で答える。
短く、簡略に。
「アーテネル巡礼」
「滞在期間は?」
「三日」
一人の神殿兵が道を開ける。
「通れ」
「いや、待て」
もう一人の神殿兵がそれを止めた。
「そこのお前、もう一度身分証を見せろ」
え? 俺?
俺の心臓がドキンと跳ねる。
何かマズイことでも書かれていたのだろうか?
俺は再び神殿兵に木切れを渡す。
神殿兵が俺に質問してくる。
「お前、名前は?」
え? えっと……
戸惑う俺に小猿がひそひそと耳打ちしてくる。
「あの木切れに名など記されておらん。適当に言えばよい」
俺は不安残る声で神殿兵に返事する。
け、ケイです。
「では馬車の後ろからついてきているのは誰だ?」
言われて俺は御者台から身を乗り出して振り返った。
そこに居たのは手押し車を引いたケンタウロスだった。
俺は眉間にシワを寄せて唸り考え込む。
……。
あれ? そういや上半身だけ人間の場合って、身分証はどうなるんだ?




