第21話 お前は誰だ?
地下を出て一階に着き。
すぐに異常を察する。
なんだか変な胸騒ぎだ。なんだろう、胸の中が落ち着かなくてソワソワする。
辺りを見回して無人であることを確認した俺は、そのままデシデシを連れて玄関へと飛び出した。
玄関のドアを開けた時、横殴りの強い熱風が肌を叩いた。
俺は思わず口元を腕で覆う。
街の外はまるでサウナ状態に蒸されていた。
闇に覆われた空。
月も星も消えてなくなっている。
街は誰一人として姿を見かけない。
すでに避難した後なのか、それとも──
俺は視線をある場所へと向けた。
ここから程遠い中心地にある神殿辺りが一際赤く燃え上がっている。
そこにそびえ立つ黒い牛の頭を持つ巨人。
そいつが手持ちの棍棒を高く振りかざしている。
頭の中でおっちゃんが驚愕の声をあげた。
『戦闘巨人だと!? ──ってことは、奴がこの街に来ているというのか!』
俺はおっちゃんに尋ねる。
奴って誰? セガールか?
『いや、セガールよりもっと厄介な黒騎士野郎だ。奴だけは絶対に、お前を会わせたくない』
そんなに厄介なのか?
『後悔するほどもな』
ミノタウロスを囲むようにして浮かぶ幾輪もの魔法陣が虚空に現れる。
その瞬間、それが打ち上げ花火のごとく音を出して炸裂した。
効果はあまりなさそうだ。
ミノタウロスは平然とした顔で振りかざした棍棒を神殿に叩き下ろした。
その威力が振動となって俺達のところまで伝わってくる。
伝わる地揺れに足をとられ、俺は地面に手をつき腰を落とした。
デシデシが腑抜けるように俺の足元で卒倒する。
あ! おいデシデシ! しっかりしろ!
俺は慌てて足元のデシデシを抱き起こす。
腕の中で微かに目を開けてデシデシ。震える声で、
「も、もう駄目デシ……。ボクたち終わったデシ……。あんな魔物にバリバリと食べられてしまうくらいなら気絶したままの方がいいデシ」
それだけを告げて、デシデシは目を閉じて首をカクンと落とした。
おい、デシデシ!
体を揺すってみたが起きる気配はない。
俺の肩でモップがくいくいとフードの裾を引っ張ってくる。
それに合わせるかのように頭の中でおっちゃんが話しかけてきた。
『遊んでいる場合か。今すぐここを離れるぞ』
俺はデシデシを胸に抱くとそのまま辺りを見回した。
おっちゃん、どっちへ逃げればいい?
『西だ。西へ向かって行け。この騒動だ、もしかしたら検問が手薄になっているかもしれん。
影は魔物が潜んでいる。なるべく明るい道を探して行け。
援護は俺がやる。お前は絶対にクトゥルクの力を使うな。使えば黒騎士がお前の力に引き寄せられてこっちに来るからな』
わかった。けどおっちゃん、俺の援護ってどうやってするつもりなんだ?
『それは秘密だ』
またそれかよ。
『いつものことだろうが』
わかってるけどさ。もっとこう、ちゃんと──
ふいに。
俺の行く手を遮る人物が一人、現れる。
白い外套衣を着た知的眼鏡な青年だった。
味方、というわけではないらしい。
頭の中でおっちゃんが苛立たしげに舌打ちしてくる。
『クソ。こんな時に余計な邪魔が』
俺は警戒して攻撃の構えを取る。
どうする? おっちゃん。
『お前は何もするな。攻撃は俺がやる』
だから、やるってどうやって?
ふと。
その青年が冷静に、顔の眼鏡を人差し指でくいっと上げると、ぽつりと俺に言ってきた。
「……君は誰だ?」
いや、お前が誰だ?
俺はツッコまずにはいられなかった。




