第20話 あれを探し出せ
デシデシに手燭の火を点してもらい、ようやく明かりに目が慣れた頃。
俺はおっちゃんの指示で、地下室に隠された“あるモノ”を探していた。
見つからねぇぞ、おっちゃん。
『そんなはずはない。もっとよく調べろ』
俺は苛立つ気持ちをため息に変え、内心で言い返した。
もう充分調べたさ。他にどこ探せっていうんだ?
『探しきれていない場所がもっと他にもあるはずだ』
だから。無いっていっているだろ、さっきから。
デシデシもモップもスライムも、みんな協力して一緒に探してくれている。
「卵なんて無いデシよ、K。まだ探すデシか?」
あーわかっている。ちょっと待ってくれ。
デシデシの言葉を一旦手で止めて。
俺は内心でおっちゃんと会話を続ける。
まだ探すのか? おっちゃん。
『隠すとしたらここ以外に考えられない』
さっきから何をそんなに焦ってんだ? いつものおっちゃんらしくないだろ。
おっちゃんが独り言のように呟く。
『いつ孵るかもわからんあの卵をセディスがそう遠くに手放すはずがない』
俺は眉間に人差し指を当てて唸った。
ちょっと待て。まさかその卵、生きているとか言わないよな?
『……』
おっちゃんはしばらく黙り込んだ後、
『バリバリ生きている』
バリバリってなんだ?
『ヒルって生物を知っているか? ジャングルや泥水の中を歩いているといつの間にか足に噛み付いて血を吸っている黒くて小さな生き物だ』
それがどうした?
『今探している卵からそれが孵るんだが、そのヒルはただのヒルじゃない。
合成獣って分かるか? 二つの生物を人工的に一つの生物にすることで誕生させる異形魔物のことだ。
卵からはその魔物が生まれてくる』
ちょい待て、おっちゃん。そんな危険なモンを俺らに探させているのか?
おっちゃんが急に声を抑えて言ってくる。
『お前に一つ、話しておかなければならないことがある』
今更?
『そうだ、今更だ。実はお前と一緒に居たセディスという人物だが……。
──奴は十年前、すでにこの世を去っている』
本当なのか? それ。
『嘘だと思うならデシデシに聞いてみるといい。セディスはこの世界では有名な研究者だった。狂っているっていう意味でな』
俺はデシデシに問いかけてみる。
なぁデシデシ。
「何デシか?」
セディスって奴のこと、知っているか?
『研究者も付け加えろ』
研究者の。
「もしかして十年前に死んだ狂人研究者のことデシか?」
『そうだ、そいつだ』
そう。そいつについて、何か知っているか?
「知っているデシ。有名な話デシよ。黒騎士の力に対抗しようとして変な魔物を造り出した狂人研究者デシ」
黒騎士に対抗?
「そうデシ。この世で黒騎士に歯向かえる奴なんて誰もいないデシ。唯一歯向かえるとしたら神の力だけデシ。
セディスはそれに近い力を作り出そうとしていたんデシ。でも実際は、対抗するどころかたくさんの変な魔物を生み出して暴走させ、余計に魔物を増やす結果になってしまったんデシ。
その後セディスという研究者は世界中からの討伐首になり、討伐されて死んだデシ。今も奴の造り出した魔物が他の魔物を従えて結界の弱い村や町を襲っては各地で暴れているデシ」
知っていたならなんでもっと早く俺に教えてくれなかったんだ。
デシデシはきょとんした顔で小首を傾げる。
「何がデシか?」
セディスだよ。俺たちとずっと一緒に居たじゃないか。狂人研究者だとわかっていてお前はずっと一緒にいたのか?
「何を言っているデシか? そいつが今も生きているはずないデシ。同じ名前だからって偏見は駄目デシよ」
『つまりはそういうことだ。死んだ者は生き返らない。それはこの世界でも常識だ。
俺も最初はお前を通じて奴の名前を聞いた時は「まさか」とは思っていたんだが、こうしてモップを通じて直接奴に会い、この目で見て本人だと気付いた。後はその証拠さえ見つかれば──』
証拠?
『その証拠さえ見つかれば奴が今尚生きている証明になる。もしかしたらあの実験は成功していたのかもしれん』
俺は内心でおっちゃんに尋ねる。
実験って?
『それを今、お前に探してもらっているんだ』
「あ。見つかったデシよ、K」
デシデシの無邪気な声が聞こえてきた。
目を向けると、モップとスライムがそれぞれ孵化後の割れた毒色卵の殻を頭に被っていた。
俺の頬が恐怖に引きつる。
み、見つけたぞ。おっちゃん。
『よくやった』
しかも孵化後だ。まさかこの近くに魔物が潜んでいたりしないよな?
『安心しろ。孵化したなら奴がすでに連れ出しているはずだ。恐らくさっき家を出たのはその魔物に餌をやる為だろう。それが奴の正体だ』
正体?
『奴自身、人の面した合成獣だってことだ』
キメラ……セディスが? 普通だったぞ?
『見た目はな。奴はあの日、確実に討伐されて死んだ。だが生きている。つまりはそういうことだ』
キメラだったから死ななかったってことか?
『そうだ。──奴は祭りの日に計画を実行するとお前に言っていたな?』
あ、うん。
『これで全てが繋がった。奴の目的はお前だ。祭りの日にクトゥルク化したお前を喰らうつもりでいる』
俺を喰らう?
『複合喰鬼。──強い力を喰らい取り込むことで己を強化していく禁忌手法だ。
奴はお前の力を取り込むつもりでいる。人が多ければ多いほど見失うのは黒騎士じゃない、お前だ。
お前がセディスを見失うんだ』
俺の脳裏にセディスとの会話が過ぎった。
【地味に街の人口が増えるだけか。しかもこんな格好した奴らがゾロゾロと】
【えぇ。その日であればあなたがどんな行動をしようと目立ちませんし、人が多ければ黒騎士から逃げることも容易くなります。
それに万が一、闇に閉ざされてしまおうとも大勢の魔法使いがいれば光を作り出すことができます。ですがその前に──あなたがクトゥルクとなってくだされば、その必要もなくなるのですけどね】
おっちゃんが言葉を続けてくる。
『敵は黒騎士だけとは限らん。セディスもまた、お前の力を狙っている』




