表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Simulated Reality : Breakers【black版】  作者: 高瀬 悠
【第一章 第一部】 おっちゃんが何かと俺の邪魔をする。
4/308

第4話 災いを呼ぶ力


 目が覚めても、現実世界に戻ることはなかった。


 どうやら俺はあれから解毒剤を飲んでしばらくの間気絶していたらしい。


 気がついて目覚めた時には部屋に一人っきりで、大型黒ヒョウの毛皮を掛けられ床で寝ていた。

 俺の額には濡れタオルの代わりとしてか、生きた小さな水色スライムが置かれていた。

 ひんやりとして気持ちいいのだが……なんか、笑える。

 俺はゆっくりと身を起こした。

 水色スライムが額から落っこちる。


 あ、悪い。


 落ちた水色スライムは俺の膝元で飛び跳ねながら人懐っこくじゃれてきた。

 手を差し出せば、水色スライムは手乗りし、そのまま俺の頭の上に飛び乗ってくる。

 まぁいいや。

 払い落とすのもかわいそうだったので、俺は水色スライムを頭に乗っけたまま辺りを見回した。

 開いた窓から外を見る。

 外はもう真っ暗で、夜であることがうかがえた。


 視線を転じ、俺は部屋の中を見回す。

 照明の代わりなのだろうか。部屋の中には飾りのように置かれた発光スライムが、俺をじっと見つめていた。

 俺はすぐに視線を反らし、リラさんの姿を捜した。


 いったいどこへ行ったのだろう。


 姿を捜しながら、俺は胃の部分を手で撫でる。

 解毒剤のことを思い出しただけでも気持ちが悪い。その上、さっきから自分の感情をコントロールできないような、暴れ出す力を無理に押さえ込んでいるかのような、そんな発散不良を起こしている気がした。

 なんか額がかゆくなってきた。

 スライム・アレルギー持ちだったんだろうか。

 俺は額を掻きながらその場を立ち上がると、リラさんを捜して部屋を歩き出した。


 ちょうどそこにリラさんが戻ってくる。


 リラさんは俺のことをとても心配していた。


「大丈夫か? お前、薬飲んで倒れた。ダーウィン来た。心配いらない言った。でも私、心配だった」


 ごめん。俺、こういうのは飲み慣れてなくて。けどもう大丈夫だから。


 リラさんが俺を見て不思議そうに首を傾げる。


「額、かゆいのか?」


 え? あ、うん。さっき急にかゆくなったんだ。俺、スライムに対するアレルギー持ちだったかもしれない。


「見せて」


 俺の手を退けてリラさんが俺の額をのぞきこんでくる。

 リラさんの顔が近づいてきたことで、俺はすごくドキドキと鼓動が高鳴った。


 すると、すぐにリラさんの表情が真剣になる。


「お前、クトゥルクの封印されている」


 え?


「額にクトゥルクの魔法陣出ている。クトゥルク、この世に災いを呼ぶ力。とても恐ろしい、強い力。この世を支配できる、最大にして最強の禁忌魔法。お前、それ持ってる。みんな、お前の力を狙っている」


 急に、リラさんが俺の腕を取ると部屋の奥へと引っ張り込んだ。


 そして部屋の壁に飾りのように掛けていた細長い黒ヘビ皮を手に取ると、俺の額を隠すようにして巻いていく。


「お前、悪い人間じゃない。私、この力のこと誰にも言わない。でも見つかる。お前、長く同じ場所に留まる、危険。黒騎士、すぐにクトゥルク嗅ぎつけてやってくる。お前捕まる、世界終わる。もう見つかったかもしれない、でも私逃がす。今夜、この村から」


 手を引かれ、俺はリラさんに家の外へと連れ出される。


 リラさんの家は高い木の上にあった。

 家を囲む足場は一人分ほどのスペースしか作られてなく、そこからすぐに縄梯子(はしご)で次の木々への道を繋いでいた。

 安全柵も手すりも取り付けられていないこの家は、見晴らしが最高だった。だからこそ足場から見下ろす地上はあまりにも高く、身の(すく)むような眺めとなっていた。

 俺は腰が抜けそうになり、思わず後退りして家の壁に背を張りつけた。

 

 リラさんは腰の引けた俺の手を無理やり引く。

 高所の竦みに力抜けていたこともあり、俺はリラさんに引っ張られる形で歩き出した。なるべく下を見ないようにして。

 縄梯子を渡るその手前で、リラさんは地上の様子に気付き、足を止めた。

 俺も足を止める。

 

 地上では、ある一ヶ所に人垣が出来ていた。

 最前列に長老が一人。

 村の入り口から対峙するような形で、黒の重装備に身を包んだ五人の騎士が黒馬に乗ったまま何やら長老と深刻な交渉をしている。


 リラさんが急に俺の手を引いて、再び家の中へと引き返した。


 え? 逃げるんじゃなかったのか?


 リラさんが焦るように俺に言う。


「今逃げる無理。奴ら来た。今外に出る。お前捕まる。長老、お前のこと守ってくれている。奴ら、この村の敵。戦って追い出す。でも奴ら強い。この村死ぬ。でもお前、逃げられる」


 みんなが戦っている間に俺に逃げろというのか?


 リラさんは頷く。


「討伐団、この近くいる。私、そこ案内する。討伐団、人間たくさんいる。お前も人間。そこ紛れる。紛れればたくさん人間、わからない」


 俺だけ逃げるなんてできない。俺の力のせいで奴らを呼び寄せたのなら、俺もこの村に残って一緒に戦う。この力の使い方を教えてくれ。


「お前の力、とても危険。どんな魔法も強くなる。私、お前に魔法教える。でもお前、コントロールできない。みんな死ぬ」


 じゃなんでもいい。戦う武器か何かを俺に貸してくれ。


「ここ、人間いない。お前、戦う。すぐ奴ら見つかり捕まる。でも戦い終わらない。奴らと戦う。この村の誇り」


 俺が残ろうが逃げようがこの村には関係ないというのか?


「そうだ。長老、もうすぐ戦い仕掛ける。でも奴ら賢い。戦わない。お前を捕縛する、それが目的。お前選択、逃げる戦うどれも危険。でも逃げる、運ある」


 だけど──


 言葉途中で、リラさんが俺の口に片手をそっと当ててくる。

 悲しそうな顔で。


「お願い……」


 それ以上何も言えず。

 俺は黙って口を閉じる。


 そのままリラさんと一緒に家の中に身を潜め、逃げるタイミングを待った。



 ※



 戦いの始まりは無音だった。

 リラさんの耳がぴくりと動く。


「始まった」


 え?

 俺の耳には何も聞こえてこない。


「魔矢の音、人間に聞こえない音。でも私たち、聞こえる」


 俺の頭上にいた水色スライムが激しく飛び跳ね出す。

 ちょっとうざかったので、俺は頭上の水色スライムを手で捕まえた。

 水色スライムは俺の手をすり抜けるようにして脱出し、今度は俺の体のあちこちを飛び跳ね出した。

 ハエ取り感覚で俺はイライラしながら、まとわりつく水色スライムを捕まえるのに必死だった。


 ──ってか。なんでコイツ、こんなに俺に(なつ)いてんだ? 


「スライム懐く。良いこと。心に闇のある人間、スライム懐かない」


 そんなこと言われたら無下に払えなくなる。


 結局、水色スライムは俺の頭上を定位置と決め込んだのか、最後は身を隠すようにしてそこに収まった。

 もういい。好きにしろよ。

 俺は頭上の水色スライムをそのままにした。


 リラさんが声を落として俺に言う。

「やはり奴ら反撃してこない。お前出てくるの、待ってる」


 このまま隠れていたらダメなのか?


「奴ら、そこまで待たない。お前が出てくる方法、きっと考えてる」


 それを証明するかのようにどこかで悲鳴が聞こえてきた。

 一人だけじゃない、何人もだ。


 次いで荒々しく駆け回る足音、緊迫した叫び声、誰かを呼ぶ声、子供の泣き声、金物を打つ音。

 雷が轟くような大きな音がした。

 家の中が異様に蒸すような暑さに包まれる。

 風に漂い、焼け焦げた臭いが鼻をつく。


 リラさんが俺に言う。

「ここで待て。私、見てくる」


 俺は無言で頷いた。


 リラさんが俺を置いて家を出て行く。

 そしてすぐに引き返してきた。


 慌てて俺の腕を掴んで引っ張り、その場から立ち上がらせる。


「これ以上隠れる無理! あちこち火の魔法、村燃えている! この家燃えたら落ちる! ここ危険、今逃げる!」


 俺はリラさんに引っ張られるようにして家を飛び出した。


 家を出て、俺が目にしたのは戦場だった。

 地上にいたエルフたちは散り散りになっており、黒騎士に向けて魔を織り込んだ矢を放っている。

 初めて目にする恐怖。

 俺の足が竦んで震えた。

 赤く燃えた家が次々と俺の目の前で大きな音をたてながら木から崩落していく。

 俺が聞いた雷のような音の正体はこれだったのか。

 音の正体がわかればわかるほど、俺の中の恐怖がより一層大きくなっていった。

 二本、三本と家を繋いでいた縄梯子が切れていく。

 誘い込まれるかのように脱出路がだんだんと限られてくる。


 ふと、一人の傷を負った青年エルフが俺たちの前に現れた。


「リラ、長老死んだ。奴ら、長老殺した。村のみんな、仇討つ」


 リラさんが俺の手を強く掴んでくる。

 俺はリラさんへと視線を移した。

 リラさんは怒っていた。苛立ち耐えるように奴らを一心に睨みつけ、口をきつく締める。

 その気持ちが、俺を掴む強さとなって伝わってきた。


 青年エルフがリラさんに言う。

「リラ、長老言ってた。リラ、客人守る。客人、この村関係ない」


 急にリラさんが俺を引っ張り走り出す。

 いつ切れるかもわからない縄梯子を、俺とリラさんは全力で駆け抜けた。

 地上から併走するように、二人の黒騎士が追いかけてくる。


 リラさんは俺に言った。

「お前、必ず逃がす。奴らの目的──私、壊す!」

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ