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Simulated Reality : Breakers【black版】  作者: 高瀬 悠
【第一章 第二部】 そして世界は狂い出す
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第19話 暗闇の訪問者


 この街の夜は早い。

 夕日が沈み、辺りは暗くなる。

 窓から見える家々もほとんどの明かりが消えていた。

 昼間のような活気はなくなり、街は水を打ったようにしんと静かになった。

 犬が遠吠えるわけでもなく本当に静かな夜。


 俺はセディスにもらった手燭てしょくの明かりを頼りにして部屋に入った。

 手燭をテーブルの上に置いて、ゴロリとベッドに寝転がる。


 うー……疲れたぁ。


 思いっきり手足を放り出してくつろぐ。

 なんだか今夜はすごく眠れそうだ。

 俺の隣でデシデシが身を丸めて眠りにつく。


「ボクはもう寝るデシ」


 あぁ。俺も寝るよ。


 スライムが俺の額の上に飛び乗ってきて眠りにつく。

 それがひんやりと冷たくて気持ちいい。

 仰向けになって目を閉じると、なんだかそのまま眠れそうな気がした。


 そんな時だった。

 ──スパン! と、小さな手が俺の頬を爽快にぶっ叩く。


 痛ッてぇー!


 俺は叩かれた頬に手を当ててうずくまった。


『起きろ』


 俺は涙声になって答える。


 起きてるだろ。普通に声かけてこいよ。


「どうしたデシか?」


 傍で丸まっていたデシデシが飛び起きる。

 俺は涙声で答えた。


 大丈夫。なんでもない。


「そうデシか」


 再び俺の傍で丸くなるデシデシ。

 するとモップがくいくいと俺の服を引っ張ってきた。


『もう充分だろうが。今の内にここから抜け出すぞ』


 俺は怪訝に顔をしかめる。


 抜け出すだと?


『そうだ。まさか祭りの日まで馬鹿みたいにここでのんびりと暮らすつもりでいたのか?』


 別に、俺は……


『綾原を助けたくはないのか?』


 助けたい。


『だったらなぜ自分から動き出さない?』


 できるわけないだろ。クトゥルク無しに俺にどう動けっていうんだ? 何よりXの居場所も分からないんだぞ。綾原のことは取引でどうにかなるし、セディスがちゃんと計画を立ててやってくれている。余計なことをするわけにはいかないだろ?


『まだわからないのか? セディスはお前にクトゥルクの力を使わせようとしているんだぞ』


 ……っ!


 言い返そうとして。

 俺は言葉を詰まらせた。

 たしかに何の力もない異世界人にここまで親切にするはずがない。それにセディスは俺に力を貸してほしいと言っていた。それはつまり──


『セディスはお前の力を真っ向から黒騎士にぶつける気でいる』


 わかっているよ、そんなこと。だけどちゃんと黒騎士から逃げるルートも考えてくれているし、みんなの安全だって考えてくれている。あの時みたいには絶対にならないよ。それにセディスは綾原も俺も元の世界に返してくれると約束してくれたんだ。


『それを絶対に守るという保障がどこにある?』


 ……。


 俺は力抜くようにため息を吐いた。


 じゃぁ逆に聞くが、おっちゃんが俺と綾原を元の世界に返してくれるという保障はどこにあるんだ?


『ない』


 だろ? 俺はこの世界でいったい誰を信じればいい?


『俺を信じろ』


 絶対いやだ。


『ほぉ。絶対とまで言うか』


 だったら何もかも本当のことを全部俺に話してくれよ。おっちゃんの正体とか秘密にしていることとか全部だ。そしたら俺もおっちゃんのことを信じるよ。


『甘ったれるな。真実を知りたければ自分で探れ』


 わかった、もういい。何も教えてくれなくていいし知らなくていい。その代わり俺が誰を信じようと今後一切、絶対に口出ししてくるな。


 俺はおっちゃんとの会話を拒むようにしてモップを手で払い退け、そのまま背を向けてベッドに寝転んだ。

 ふと──


「K。ちょっとこっちに来るデシ」


 小声で、デシデシが俺を窓辺へと手招いて呼び寄せる。

 いつの間にそこに移動したのだろう。

 俺はベッドから身を起こし、窓辺に居るデシデシを見やった。

 尋ねる。


 そんなとこで何してるんだ?


「いいからこっち来るデシ」


 仕方なくベッドから足を下ろし、俺は窓辺へと移動した。

 デシデシが声を落として密やかに窓の向こうを指差す。


「セディスがどこかへ出掛けていくデシ」


 言われて窓から外を見てみれば。

 たしかにセディスがどこかへ出掛けていく。

 しかも外套衣も無しで、だ。


 こんな夜にいったい……?


 デシデシが俺に尋ねてくる。


「何か怪しいデシ。追いかけてみるデシか?」


 俺は頷く。


 よし、あとをつけてみよう。


 デシデシとともに俺は部屋の出入り口へと向かう。

 しかし、頭の中でおっちゃんが声をかけてくる。


『やめとけ』


 俺は足を止めた。


 なぜだ?


『あからさま過ぎる』


 行かない方がいいって言うのか?


 部屋の出入り口付近でデシデシが俺の方へと振り返ってくる。


「行かないデシか?」


 ちょっと待ってくれ、デシデシ。


 俺はデシデシを引き止めた後、頭の中でおっちゃんと会話を続ける。


 何か考えがあるのか?


 おっちゃんは声を落として言ってくる。


『地下へ行ってみてくれないか? 少し調べたいことがある』




 ※




 頭上にスライム、肩にモップ、そして足元にデシデシを引き連れて。

 俺は手燭を片手に地下室のドアを開いていった。

 外国の幽霊屋敷に入ったかのような雰囲気。

 ドアを開く時の、木が軋む独特な音が響き渡る。


 開かれた先は暗闇に包まれていた。

 共に、地下へと降りる階段が姿を現す。

 湿気を含んだカビくさい匂いに、俺は思わず顔を顰めて鼻を腕で覆う。

 いつゾンビか何かが出てきて襲われても不思議じゃない気がした。


 デシデシが俺の足にしがみついてきて震えた声で言ってくる。


「ち、地下は嫌デシ。いつ魔物が出てきてもおかしくない所デシ」


 言うな。


「本当に入るんデシか? 魔物が出てきたらボク達食べられちゃうデシよ?」


 わかっている。俺だって地下はトラウマだ。けど、セディスの秘密を探るには地下に行かなければならないらしい。


「それ、誰が言ったんデシか?」


 えっと。


『言うなよ。俺のことを話せばクトゥルク持ちだってことがバレるぞ』


 俺は頬を掻いて唸り考えた後、遠い目をして答える。


 ──という、妖精さんの声が聞こえた気がしたんだ。


 デシデシが鼻で笑ってくる。


「さすがジャングル育ちデシね」


 どういう意味だ? それは。


 言い合う俺とデシデシの間を裂くかのように、俺の頭上にいたスライムがポンと跳ねて足元に落ちる。

 そのままピンポン玉が跳ねるようにしてスライムは先に暗闇の階段を下りていった。


 ……。

「……」


 それをしばし見送った後。

 俺とデシデシは無言で顔を向き合わせる。

 デシデシが階下を指差して、


「安全みたいデシよ?」


 そうだな。


 俺とデシデシは素直に階段を下りていった。




 ※




 地下は一フロアとなっており、祭壇や本棚、魔術の素材、道具、それ等を並べる縦長い陳列机が置かれていた。

 魔法使い独特の部屋って感じがする。ここで魔術の研究をしたりしているんだろうか。

 俺とデシデシは物珍しそうに見ながら部屋奥へと歩を進めた。

 そしてある物を目にして俺は足を止める。


 鍋?


 材料もそのまま置いてある。何かを調合する前だったのだろうか?

 その脇に本。どうやらこれらを書き記す途中だったらしい。

 俺は手燭を台の上に置き、そこにあった一本の羽ペンを手に取った。


 羽ペンか。なんか魔法使いって感じでいいな、これ。――ん? おぉ! なんだこれ、宙に光の字が書けるぞ! おもしれぇ!


 宙に字を書いて遊んでいると、ツンツンと服の裾を引っ張られた。

 なんだろうとその方向へと目をやれば。

 そこには尾羽を付けたマスケラで顔半分を隠したデシデシがいた。

 俺は声を上げてその場で腰を抜かす。

 デシデシが口端を歪めて馬鹿にしたように鼻で笑ってくる。


「驚き過ぎデシ。ボクを魔物かと思ったデシか? Kは面白いデシね。まるで冒険初心者みたいな反応だったデシ」


 いや、俺からすれば猫が立ってしゃべっている時点ですでに異常の度合いを越しているんだが。


 デシデシはマスケラを顔から取って俺に渡してくる。


「片付けよろしくデシ」


 自分でやれ。


 ──そんな時だった。

 上階からドアが開く音が聞こえてくる。


 一瞬セディスが帰ってきたのかと思ったが、その考えはすぐに否定へと変わった。

 複数の乱れた足音。

 見上げた木造床──地下からすれば木造の天井上では幾度となく行き来する足音。何人かでウロウロと何かを探しているようだ。

 俺もデシデシも雰囲気を察して口を手で押さえ、声を押し殺す。

 上から声が響いて聞こえてくる。


「居たか?」

「いや、居ない」

「二階もだ。さっきまで寝ていた形跡はあったが、すでに抜け出した後だ」

「勘付かれたか」

「祭りの日までは大人しくしてくれるものだと思っていたんだが」

「裏口から外へ逃げたかもしれん」

「外といえど街のどこかに居るはずだ。門はすでに神殿兵たちが封鎖している。結界を超えたとしてもこの夜だ。塀の外は魔物もいるし、隣町までは丸二日かかる。そう簡単に逃げられはしないはずだ」


 ガタン、と。

 やたら近いところから物音が聞こえてきた。

 俺は心臓が止まりそうになった。

 目を向ければ、そこに積み上げられていた物が今にも崩れそうにしている。

 隣でデシデシが「わぁお」と小さく声を上げる。


「やはりあのマスケラは取るべきではなかったデシ」


 お前のせいかッ!


 同時、積み上げられていた物が音を立てて崩れ出した。

 俺たちは急いで逃げ場を探す。

 音を聞いて上階でも会話が止まる。


「地下だ」


 一人の声を合図の一斉に複数の駆け出す音が聞こえてくる。

 その音に俺は焦った。


 袋のねずみじゃねぇか、ここ! ──って、あれ? デシデシが居ない!?


「ボクはここデシ」


 猫鍋だと!? ずるいぞ、お前だけ!


 急いで手燭の火を消して、俺はとっさに手に持っていたマスケラを顔に付けて人形のようにその場に固まった。

 すぐに複数の外套衣を着た人たちが地下室へと入ってくる。

 しばらく地下に彼らの向けた明かりが彷徨う。


 そして、ある場所で明かりが止まった。

 そこに一匹のスライムが飛び跳ねていたからだ。

 原因が判明し、彼らはため息を落とす。


「なんだ。研究素材が逃げ出して暴れていただけか」


 その直後──。

 ドン! と地鳴るような音が轟き、微弱な振動がくる。


「この強い魔力は!」

「まさか黒騎士!?」


 一階から声が聞こえてくる。


「黒騎士だ! 黒騎士が現れたぞ! 緋炎の赤猿だ!」


「もう乗り込んできたというのか」

「このままだと奈々様の身に危険が──!」


 会話を切り、そのまま彼らは慌しく一階へと駆け戻っていった。



 その後。

 彼らが居なくなり真っ暗闇となった地下の一室で。

 俺は何気に手を叩き合わせた。

 無意味であることに気付いて、ぽつりとデシデシに声をかける。


 あのさ。お前、猫目なんだから暗くても見えるだろ? どこかから火を見つけてきてロウソクに点けてくれないか?


「……やっぱりKは馬鹿デシ」



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