第16話 頼みがある
俺はセディスと一緒に街を見て回り、計画を立てていった。
黒騎士が来た時の逃げ場や退去方法。
そしてどうすれば綾原を黒騎士から奪還できるか。
セディスのやり方に俺は素直に感心した。
おっちゃんよりもこの国の事情を何でも教えてくれるし、それに次に何をすればいいのかもきちんと説明してくれる。
「当日はこのルートで行きましょう。このルートで逃げれば黒騎士があなたを見失うのは確実です」
わかった。
「私はルートの最終地点に帰還魔法陣をご用意し、待機しておきます。それでよろしいですか?」
うん、それでいい。
理解し頷く俺に、セディスは安堵の笑みを浮かべた。
思わず俺も笑みを返す。
「他に、何か私に聞いておきたいことはないですか?」
問われ、俺は周囲を見回す。
……特に無いかな。
「そうですか」
あ。でも一つだけいいか?
セディスが首を傾げる。
「なんでしょう?」
実はちょっと行ってみたいところがあって……。
「行ってみたいところ、ですか?」
問いかけに、俺は無言で頷く。
せっかくこの世界に来たんだ。綾原を助ける方法も分かったし、元の世界へ戻れる方法も分かった。それに何より今はおっちゃんが傍に居ない。たまにはこの世界を観光気分で満喫したいものだ。
俺は近くにあった一軒の魔法道具屋を指で示し、セディスに言う。
あの店に行ってみたいんだけど、いいかな?
「よろしいですけど……。あの店には魔術に必要な道具しか置いてありませんよ?」
それでもいいんだ。魔法は使えないけど、どんなのがあるのか見てみたいんだ。
セディスは穏やかに微笑する。
「わかりました。お付き合いします」
※
俺とセディスは店のドアを開けた。
涼しげな乾いた音色が店内に響く。
エスニック雑貨屋のような雰囲気の漂う、不思議な店だった。
俺は珍しげに見回しながらセディスとともに店の中に入る。
……あれ?
店主の声がしない。
薄暗い室内奥を目で探すも誰の姿も声すら聞こえてこなかった。
不思議に思った俺はセディスに尋ねる。
留守なのかな?
──その瞬間、俺の耳元で。
「いらっしゃいませ」
突然聞こえてきた不気味で暗い声に、俺は思わず悲鳴を上げてその場に腰を抜かす。
見れば、俺のすぐ傍には褐色の外套衣に身を包んだ店主と思わしき人物が、ぬっと立っていた。
そのままそいつは俺を見下ろすようにしてぼそぼそと何かを言ってくる。
「何かお探しでしょうか?」
怖ぇーよッ!
セディスが俺の代弁として店主に答えを返す。
「いえ、品を見ているだけです」
店主が俺から離れていく。
「そうですか。では何かあればお声掛けください」
言い残して、店主は奥へと歩いていった。
俺はセディスの手を借りてその場から立ち上がる。
店主の気配を全く感じなかったんだが。どこの店もあんな感じなのか?
「どこか変でしたか?」
いや、それが普通ならそれでいいよ。
「私は少し傍を離れます。あなたはここで品を見ていてください」
え? セディスはどこに行くんだ?
「私は二階にある魔術素材を見てきます。何か欲しいものがあれば遠慮なく言ってください」
俺は頷く。
わかった。
「それでは」
セディスはそう告げて傍を離れ、二階へと歩いていった。
※
一階に一人残された俺は、仕方なくぶらぶらと店内を見て回ることにした。
置いてあるのは主に小物関係が多い。
魔法陣の描かれた魔札や、怪しげな光を持つ宝石とか、おまじないに使われそうな小さな人形とか、聖杯とか、そんな本格的なオカルト関連の類のものばかりだ。
まぁ俺としても「そういう不思議系な物が置いてあるんだろうな」と思ってここには入ったわけだから、予想通りといえば予想通りといった感じだ。
特にワクワクするような真新しさが無かったのは残念なところ。
何気にそこら辺にあった小物に手を伸ばして、俺はその小物に触れようとした。
そんな時だった。
俺の頭の中で懐かしい声が聞こえてくる。
『なぁーにが懐かしいだ、久しいだろうが』
今更何の用だ?
『何の用だと? お前、セディスって奴が本当に元の世界に戻すと思っているのか?』
おっちゃんより信用できる人だよ。これから何をするのかもちゃんと説明してくれるし、何よりあの綾原が信用する人だ。約束を破るとは到底思えない。
急におっちゃんが深刻ぶった声で言ってくる。
『お前に一つ頼みがある』
な、なんだよ、いきなり。
『俺が今から指示するから、その場所まで来てくれないか?』
行って百メートルまでだ。
『五十もない』
近いな、オイ。
俺は周囲を見回した。
『店の奥に古びたドアがあるだろ?』
入りたくないドアならある。
『入れ』
うげっ、マジかよ。なんでそんなこと──
『いいから急げ』
……わかった。
俺は警戒するように周囲を見回して店主が居ないことを確認すると、おっちゃんに言われた通りに店の奥へと歩いていった。
※
指示されたドアの前に佇み、そのドアにそっと手を当てる。
『早くしろ』
うるさいな。今やってる。
俺はもう一度周囲のあちこちを見回し店主の姿を捜す。
店主が居ないことを再度確認した後に、ゆっくりとドアを押し開いていった。
ドアは軋む音を立てながら開いていく。
って、オイおっちゃん。中が真っ暗だぞ。
『いいから入ってすぐドアを閉めろ。明かりの付け方は以前教えてやっただろうが』
あー、あのやり方か。
俺は暗闇の部屋の中へと入ると、後ろ手で静かにドアを閉めていった。




