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Simulated Reality : Breakers【black版】  作者: 高瀬 悠
【第一章 第三部】 オリロアンの聖戦女(ヴァルキリー)
311/313

◆ 金と名誉【26】

さて、ここで推理問題です。

真犯人はいったい誰でしょうか?



 ◆


 2025/09/23 09:23


 大柄で長身の修道女が、出入口の扉の席へと向かって黙して歩み始める。

 出入口扉付近の席に座っているのは一人の一般兵。

 歩兵の駒に使われていそうな下っ端の兵士でありながらも、席に座る態度は太々しい。

 階級貫禄さながらと、悠然と足を組んで腕を前で組み、深々と帽子を被って顔を隠している。

 大柄の修道女が、その兵士の隣の席に無遠慮にどかっと腰を下ろす。

 隣に大柄の修道女が座ってきても兵士は何も言わない。

 驚く素振りも見せず、その相手の顔を見向きすらしない。

 大柄の修道女がその兵士に向けて、昔から慣れ親しんだかの態度で声をかける。

 見格好とは正反対の、男性を思わせる地声で、


「よぉ、ファヴニール。てめぇと顔つき合わせるのは何年振りか。

 相変わらず欲深くてズル賢い面してっから、すぐに分かったぜ」


「……」


 兵士──ファヴニールが、人差し指でちょいと帽子を押し上げて顔を見せる。

 そこから覗く短めのくせっ毛残る綺麗な金髪と、透き通るような青銅の瞳。

 帽子で隠してはいるものの特徴的なエルフ族を示すその長耳と家紋入りのピアスが、彼の身分を物語る。

 年齢は大柄の修道女と同じくらいか。

 運動は縁遠いような細身の体と、何かを企んでいそうな鋭く切長の目つき、裏で陰口をよく呟いていそうな片端吊り上がった陰険な口。

 ファヴニールが修道女を一瞥してから鼻で笑う。


「相変わらず女装がご趣味か? ブラック・シープ」


 大柄の修道女──ブラック・シープが鼻で笑い返す。


「お宅が熱心に信奉している "前クトゥルク様" からのご指導の賜物だと言ってくれ。

 俺の女装もなかなか悪くないだろ?」


 冗談めいた笑いを浮かべながら。

 ブラック・シープは座ったままでセクシーに身をよじって片目でウインクを投げかける。

 それを見たファヴニールがそっぽを向き、ケっと吐き捨てるようにして口を尖らせる。


「クトゥルク様ならまだしも、吐き気がするほど胸糞悪い」


 半眼でブラック・シープ。


「ゲス神なら許されるってぇのか?」


 そう問うと、ファヴニールが過去を懐かしむように思い返しながら遠い目をして、

 

「女装をしていた時のクトゥルク様は本当に可愛かったなぁ。もしあれが女だったら嫁にしていたところだ」


「お前があのゲス神をそういう目で見ていたとは思わなかった」


 過去を懐かしく二人で微笑して。

 ふと笑いを止めて、ブラック・シープがファヴニールに問いかける。


「ここへ何しに来た? ファヴニール。俺を捕縛しに来たって格好でもないようだな。

 あのプライド高いお前がそんな下っ端兵の格好で変装してくるとは、ついに頭でもイカれたか?」


 そう言ってブラック・シープは己のこめかみを人差し指で示す。

 言葉を受けて。

 ファヴニールが軽く笑いながらも、やれやれとばかりに首を振りながら呆れたようにお手上げをして見せる。


「"ここへ何しに来た" はこっちの台詞だ。

 俺の非番のルーティン中にお前()ここへやって来た。──そうだろ?」


 鼻で笑ってブラック・シープ。

 口端を歪めて、


「非番のルーティンだぁ? お前にそんな信奉心があったとは驚きだ。

 毎日祈りの時間になると魔物狩りに出かけていた荒くれ者のお前が、今更教会で祈りを捧げるようなタマじゃねぇだろ」


「今度新しくご即位されたシヴァ様には少しでも俺の忠誠心をアピールしておかないとだな」


「なぁーにが忠誠心だ。だったら今すぐ仕事しろ、お前。仮にも青の騎士団を束ねるトップだろうが」


「トップに立つのは長兄の仕事。次男の俺はそのお零れをいただく総括という仕事なんだよ」


「へぇ。俺を捕縛するのは仕事じゃないと言うのか?」


 その言葉に、ファヴニールが身を乗り出すように喧嘩腰になり、ブラック・シープと顔を付け合せる。


 2025/09/23 12:00

 2025/09/23 14:43


「俺たち騎士団を何だと思っている? 

 戦場で活躍してこその騎士であって、勲章があってこその家紋の繁栄だ。

 お前を捕まえて喜ぶのはディーマン卿と枢機卿ぐらいだろう」

 

「俺の捕縛は名誉じゃないってか?」


 ファヴニールの片眉がぴくりと跳ねる。

 不機嫌そうに顔を歪めて問い返す。


「お前が本当に神殺しをしたという証拠があるってんなら話は別だ。

 みんながお前を疑っている。

 結局、あの真相ってのはどうなんだ? お前を裁判にかける価値があるのか?」


「……」


 口を閉じて、ブラック・シープはしばらく言葉を躊躇った後。

 ゆっくりと長椅子の背凭れに身を預けて一息置く。

 虚空を見上げながら、


「殺ったのは俺じゃない。だがそれを証明するものは何もない」


「完全密室トリックの罠ってやつか」


「まぁな。それに俺はまんまと嵌められた」


「犯人は誰だ?」


「それは……まだここでは話せないな」


「──ということは、知っているんだな? 犯人が誰かを」


 ずずいと問い詰めてくるファヴニールに、ブラック・シープはうんざりとした顔で人生を諦めたように片手で払う。


「分かっているが証拠がない」


 フンと鼻で笑ってファヴニール。

 お手上げしながら肩を竦め、


「それは残念な話だ。裁判にかけられた時は遠目からお前に "ご愁傷様" と呟くとしよう」


「友情のために駆け回る気ゼロか」


 ファヴニールが片手の人差し指と親指の先をくっつけて円を象り、嘲笑う。


「所詮この世は金と名誉。自分(てめぇ)の命が一番可愛いってやつよ。

 名誉は長兄で、俺は金。金と階級の棺桶さえ手に入れたらそれで満足な男なんだよ、俺は」


 フッとブラック・シープが鼻で呆れ笑って、片手を振る。


「何をご冗談、見え透いた嘘を。お前の内に秘めた天下取りの野心は手に取るように分かる」


 急に、ファヴニールの表情から笑みが消えた。

 ブラック・シープも真顔になって言葉を続ける。


「狙っているんだろう? シヴィラのあの "運命の子" の予言を。

 たしかにシヴィラはこの地で運命の子の出現を示したかもしれない。

 だが、それが()()現れるとはハッキリと明言していないんだ。

 それなのに、なんの根拠もないお前の憶測でこの地に軍隊を引き連れてくるなんて正気か?」


 ファヴニールがチッチッチと人差し指を振りながら首を振り、舌打ち鳴らす。


「それが()()なんて、そんなモン待っていたら俺は勲章も得られずヨボヨボになって死んでしまうじゃないか。

 待つんじゃなくてこっちから仕掛けてやるのさ。

 魔族どもと戦争を起こせば運命の子ってのは自然と現れる。

 最悪、現れなければ俺の甥っ子を "運命の子" に仕立て上げるつもりだ。

 あとはそれに乗っかって、裏から我が軍総出でシヴァ様のお手伝いをして、無事に闇勢力を鎮圧できれば、シヴァ様から何らかの恩恵が受けられるってわけだ。

 兄の名誉を奪うわけじゃない。

 ()()()()俺が派遣された戦地で、()()恩恵を手に入れるってわけだ。

 俺ってば、なかなか知恵が回る男だろ?

 せめて聖天使の称号くらいは欲張ったって罰は当たらないはずだ」 


「昼行燈を演じて神殿庁にゴマをすり、金持ちの道楽に付き合うことで長兄よりも人気を得る。

 お前の裏にはいったい何人のハイエナどもが舌なめずりしながら潜んでいるんだろうな?

 聞いただけでも反吐が出る」

 

 ブラック・シープからその言葉を受けて、ファヴニールが危なげな笑みを浮かべながらクツクツと小刻みに肩を震わせる。

 提案でもするかのように片手を挙げて人差し指を立て、


「今回の戦いには裏で莫大な資金が動いている。

 暇を見つけて一度宮殿へ忍びに来い、ブラック・シープ。

 あの程度の警備を突破するくらい、お前には朝飯前だろ?」


「……」


 シカトした態度でブラック・シープが答えないでいると、ファヴニールが内密の話でもするかのように周囲の目を気にしながら声を潜ませて、何やら楽しそうに招待してくる。


「お前に、とっておきの面白いモンを見せてやる。お前の見学なら大歓迎だ。

 近代兵器って知っているか? 前クトゥルクが取引禁止するほど忌み嫌っていた第三勢力国家の化学兵器だ。

 そいつを密かに取り寄せたんだがディーマン卿が煩くてな。

 お前がディーマン卿を隠居先にぶち込んでくれたおかげで、口うるせぇー奴が居なくなって清々したよ。

 今この場でお前を捕縛しないのはその礼ってやつだ。目を瞑ってやる」


「悪いが俺もディーマン並みに口うるさくてな。

 前クトゥルクの元近衛兵として、見つけ次第その兵器は破壊させてもらう」


 ファヴニールが鼻で笑い飛ばして、


「それは勘弁してもらいたいもんだな。さっきも言ったはずだろ?

 "今回の戦いには莫大な資金が動いている" と」


 そのまま己のこめかみに人差し指を当てて、ファヴニールが声を落としたまま冷ややかに言葉を続ける。


「壊す前によく考えろ、ブラック・シープ。

 闇勢力が攻めてくれば、嫌という程その有難みがお前にも分かるはずだ。

 お前とは長年の付き合いだ。親友だと思っている。

 どうかこの俺を失望させないでくれ、ブラック・シープ」


 ──そんな時だった。

 新聞記者の格好をした青年が、転びながら周囲に謝りながらも慌ただしく教会から出て行く。


「……」


「……」


 二人してそれを目で見送って。

 ふとファヴニールが、最奥の方向──青年が駆け出してきた場所──の席に座る、もう一人の修道女の存在に気付く。

 その修道女が、まるでブラック・シープの知り合いであるかのようにチラチラとこちらに視線を向けていて、何やら言いたげにそわそわしているようだった。

 それを見たファヴニールが、一度視線をブラック・シープに移してから、ほんの少し思考を巡らせる。

 そして直感でピンと来たのか、ファヴニールが二つ指を鳴らしてから顎に片手を当て、関係性を疑う目つきでニヤリと笑い浮かべてくる。


(しまった。勘付かれたか)


 内心焦るブラック・シープ。

 なるべくポーカーフェイスで平静を装う。

 ファヴニールがわざとらしい口調でブラック・シープに問いかけてくる。

 

「おやおやぁ~? 偶然にしては珍しいな。

 お前以外の修道女がこんなところに来るなんて滅多にないことだ。

 風の噂で聞いてはいたんだが、お前にはちょうどあのくらいの年頃の隠し子が居るらしいと。

 そうかそうか。孤児として修道院に隠していたわけか。

 そりゃ神殿庁が全力で探しても見つからないわけだ。

 探し物は意外と俺たちの足元にあった、ってやつだからな。

 お前が捕縛されたらあの子も巻き添えで捕縛されて、そのまま一緒に刑に処されるなんて可哀想だ。

 親友の誼として、俺があの子を引き取って()()に迎えてやってもいいが、どうだ?」


「……?」


(養女……だと? 今、養女と言ったか? アイツは男だぞ)


 ブラック・シープは一瞬考え込むようにして無言の間を置き、目を二、三度瞬かせる。

 人質という意味でファヴニールは脅してきたつもりだろうが、肝心な性別に気付いていないことにブラック・シープは少し驚いた。

 まさか友人が見た目で騙されるとは思わなかっただけに、その言葉を受けて思わず噴き出し笑いそうになるのを必死に堪える。

 内心で、

 

(もしアイツがここで聞いていたら、きっと全力で否定して性別までバレていたことだろう。

 あの場に残してきた俺の判断は間違っていなかったようだ。

 まだ隠せる余地があるならこのまま放置しておくのも手、か)


 2025/09/23 16:34

 2025/09/23 20:23


 ブラック・シープはなるべく平静を装って真面目に、ファヴニールへと言葉を返す。

 片手を軽く振りながら、


「悪いがまだあの年頃だ。嫁に出すには早すぎてな。

 何分俺ですら手に負えないほどのじゃじゃ馬だからな。引き取ればきっと後悔することだろう」


 ファヴニールが、口をへの字に曲げてお手上げしてながらに言葉を続けてくる。


「それは残念だ。悪くない話だと思ったんだがな」


「そうか。ありがとよ、親友」


 ……。

 しばし無言の間を置いて。


 ふと。

 扉を開いて、一人の男装兵士が教会内へと入ってきた。

 気付いてブラック・シープがファヴニールに問いかける。


「ん? お前の迎えか?」


 ファヴニールが首を横に振る。

 お手上げながらに、


「いや。初めて見る顔だ」


「女兵士か」


「そのようだな」


 男装の兵士はファヴニールには目もくれず真っ直ぐに。

 最奥にあるクトゥルクの像へと向かって歩みを進めていく。

 それを見たファヴニールが呆れ笑う。


「あの女、俺が居るというのに素通りしていきやがった。俺への挨拶は無しか」


 ブラック・シープがファヴニールの姿を一瞥して答える。


「まぁその格好だ、仕方ない。今のお前は誰が見ても下っ端兵だ」


「それにしても、新入りのくせに一直線にクトゥルクの像へ向かっていくとはな。まずは教会職員への挨拶が先だろうが。どこの狂信者だ?」


「クトゥルクの像へ向かっただけでも褒めてやれ」


「──ん? いや待てよ」


 ファヴニールは彼女の後ろ姿にピンと来たのか、顎に手を当てしばし考え込む。

 その間にもその男装兵士はクトゥルクの像の前で片膝を折り、深い敬礼の意を示す。

 その姿にブラック・シープも思わず感嘆の声をあげる。


「ほぉ。前クトゥルク像に向かってあの敬礼をするとは、ただの新入り兵士というわけではなさそうだな。

 どこかの階級兵士でも偵察に紛れ込んできたか?」


 ファヴニールがブラック・シープの片腕を軽く叩いて合図をしてくる。


「気をつけろ、ブラック・シープ。アイツはただの女兵士じゃない」


 親友からの忠告に、ブラック・シープは顔を顰めて問い返す。


「気をつけろとは? どういう意味だ?」


 ファヴニールが女兵士を静かに指さして、


「あの雰囲気、あの後ろ姿。──間違いなく、戦場の女神(ヴァルキリー)だ」


 ブラック・シープが愕然とする。


戦場の女神(ヴァルキリー)だと? まさかあの──」


「あぁそうだ。他家の噂では聞いていたが、まさかこんなところに現れるとはな。

 戦場の匂いを嗅ぎつけては、その管轄する騎士団総督の前に押し入り、 "私は幼少の頃に教会でクトゥルク様の声を聴き、加護を受けた者だ" と自分の口から豪語してくるらしい。

 口先だけの女だと最初は皆彼女を嘲笑っていたが、いざ戦場に立たせると、まるで本当に加護を受けたかのように軍旗を掲げて数多の軍を束ね、士気を上げて剣一つで闇勢力に先陣切って突っ込み、必ずその手に勝利を掴んでくるという、まさに化け物級の頭イカレたカリスマ女だ」


「なんでこんなところに?」


 愕然と問い返すブラック・シープに対し、ファヴニールが笑い止らぬ声で答えてくる。


「これはきっと俺のために神が用意した導きかもしれん。幸運が全て俺に向かって吹いているようだ。

 あの戦場の女神(ヴァルキリー)が味方ならこちらの戦力は強固で手堅い。

 勝利は確実に約束されたようなもんだ」


「──ん?」


 ほんの少しの間だった。

 ブラック・シープがその女兵士から目を離していた隙に、いつの間にか女兵士が修道女と接触していた。

 しかも何やら言われたようで、修道女が激しくその手を振り払って怯えていた。

 離れているため、会話の内容も聞き取れず、何が起こったのかもここからではよく分からない。


(いったい何があった? 後で聞いてみるか)


 隣で、同じくそれを見ていたファヴニールが鼻で笑う。


「やはり戦場に出過ぎて頭がイカレているって噂は本当らしいな。あの女、お前の娘に対しても像の前でやったことと同じことしてやがる。

 そんでもって激しく拒絶されて怖がられているな。

 やれやれ。あの女に問題を起こされる前に、早めにラブコール送ってこちらの軍に回収しておくか」


「侯爵様」


 突然聞こえてきた可愛らしい声の闖入に、ブラック・シープは身を飛び上がらせて驚いた。

 いつの間に現れたのだろう。

 全く気配を感じなかった。

 振り返ればすぐ背後に、宮廷魔導士の服に身を包んだ少女が、手持ちの杖を片手に幽霊のごとく佇んでいる。

 腰までありそうな長くサラリとした髪を俯き加減で前へと垂れ流し、その隠れた顔の中からぼそぼそと声を出す。


「シヴァ様がファヴニール侯爵様を捜しておいでです。すぐにお戻りを」


 慣れた調子で片手を軽く挙げて了承の意を示し、ファヴニールが魔導士の少女に声をかける。


「ちょいと悪いがララベル。俺の回収ついで連れて帰りたい奴がいるんだ。定員が一人増えても問題ないか?」


「……」


 ララベルと呼ばれた魔導士の少女。

 その視線がブラック・シープへと向く。

 片手を軽く振ってファヴニール。


「その怪しげな修道女じゃなくて、あの向こうに居る女兵士だ」


 深々と頭を下げてララベル。


「これは失礼を。一人増えることに問題ありません。転送可能です」


 決まりだな、とばかりに少女へ向けて指で合図を送って。

 ファヴニールは席を立って女兵士の元へと向かう。

 それに続くようにしてブラック・シープも後を追った。





 ※





「やれやれ、連れない女だな」


 教会からあっさりと立ち去って行った女兵士。

 彼女の背中に言葉は無い。

 その場に取り残されたファヴニールとララベルが立ち尽くす。

 ファヴニールが後頭部を掻きながら溜め息を吐いて、ブラック・シープへと声をかける。


「見たか? あの女の態度。頭イカレてるどころか堅物ときている。

 何様のつもりか知らんが、青の騎士団総括であるこの俺のラブコールを即答で断ってくるとは、なんとも無礼極まりない奴だ」


 隣でブラック・シープが鼻で笑う。

 少しどこか心の中で安堵した声音で、


「どうやら一筋縄ではいかないようだな。ヴァルキリーって奴は」


 残念がる素振りでファヴニールが口をへの字に曲げて冗談を口にする。


「物のついでだ。お前の娘でも代わりに連れて帰るとしよう」


「嫁には出さんと言ったはずだ。振られた奴は素直に手ぶらで帰れ」


 ハエでも追い払うかのように、ブラック・シープはうざったくファヴニールに向けて手を払った。

 それにファヴニールが鼻で笑って、


「見逃すのは今回だけだ。次に会った時は久しぶりに剣でも交えようじゃないか、戦友。

 お前の襲撃を首を長くして期待しているぜ」


 別れの意を示すかの如くそう言って、ファヴニールがブラック・シープの肩を軽く叩く。

 そしてララベルとともに虚空に用意した魔法陣を通り、姿を消した。


「……」


 ブラック・シープと修道女がその場に取り残される。

 二人して顔を見合って目を合わせ。

 ふと、ブラック・シープが修道女へと内心で声をかける。


(いったい何があっ──)


『遅ぇよ! どんだけ長話してんだよ!』


 言葉半ばで、修道女の怒鳴り声がブラック・シープの内心に届いてきた。

 これはかなりご立腹のようだ。

 修道女は待ちくたびれたとばかりに激しく席を立って腰に手を当て、内心で言葉を続けてくる。


『ご近所の井戸端会議かよ! 俺がさっきからずっとヘルプ信号を送っていたのに無視しやがって!』


(そいつぁ全く気付かなくて悪かったな)


『おっちゃんのそういう反省の色無いところが余計腹立つ!』


(無事に家へ帰れるってことだけでも感謝してほしいもんだ)


『え……?』


 途端に肩の力を落として間の抜けた顔して、修道女がブラック・シープを見つめる。

 ブラック・シープは微笑して内心で答えた。


(俺と話していた相手を誰だと思っている? 青の騎士団のナンバー2だぞ)


『え!? ちょっと待て、いや……は? なんで? 戦友って言ってなかったか?』


 混乱気味に頭を抱えて、ようやく知った現実味に修道女があわあわと焦り始める。

 

(もちろん戦友だ。さっきまではな。だが次に会った時はお互い敵同士だ)


『え……? つまり、どういう関係?』


(まぁこの話の続きは家へ帰ってからゆっくり話そう。

 いつまでもこの格好でここに立っていると他の奴らから怪しまれるからな)


 そう内心で言って、ブラック・シープは片手の親指を立てると出入口の扉を示した。


『……』


(ん? 歩かないのか?)


『……』


 何かを言い悩むかのように頭を垂らして、修道女がその場を動かず言葉に迷っているようだった。

 ブラック・シープが心配して訊ねる。


(なんだ。どうかしたのか?)


『なぁおっちゃん』


(なんだ?)


『さっきさぁ、俺の傍に男装した女兵士が居たじゃん?』


(あぁ、そうだな。それがどうした?)


『あのさ、おっちゃん……』


 じれったく言ってくる会話に、ブラック・シープが少し苛立ちを滲ませる。


(なんだ?)


 少し困惑めいた表情を浮かべた後、修道女が意を決して内心で言葉を続けてくる。


『その人が俺にこう言ってきたんだ。

 月と太陽が重なりし運命の日に【大天使の審判】は訪れ、鬼神は封じられし【天魔界(ヴァルハラ)の扉】を開くって。

 なぁ、俺どうすればいい?』


 2025/09/24 00:15

 2025/09/24 20:26


(……)


 しばしの間を置いて。

 ブラック・シープは何の迷いもない当然とした顔できっぱりとその問いかけに答えた。


(別にどうもしなくていいと思うぞ、俺は)


 2025/09/24 21:27


ちなみにおっちゃんではありません。

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