第11話 おっちゃん。俺、行くからな。
制服に着替え、俺は二階から一階へと下りた。
するとちょうど母さんが俺を見かけて声をかけてくる。
「あら。今から学校へ行くの?」
あぁ。
「部活?」
いや、ちょっと用があって出掛けてくるだけだ。
母さんが首を傾げる。
「部活でもないのに?」
俺は頷く。
学校に忘れ物があって、それを取りに行ってくるだけだから。
「午後には帰ってくる? ちょっとおつかい頼みたいんだけど」
悪い。今日は帰りが遅くなるかも。
「夕方には帰ってくるんでしょう?」
たぶん。
「たぶんって……」
心配そうな顔をする母さんをよそに俺は靴を履き、そして玄関のドアに手をかけた。
背を向けたままで言葉を続ける。
晩御飯までには帰るから。
「晩御飯って、そんなに遅くまで──」
皆まで聞かず、俺は無言で玄関のドアを開けて家を出た。
※
学校に着いた俺は、Xに指定された図書室へと向かって歩いていた。
夏休みもあと九日。
その時期になると、ほとんどが体育会系の部活だけとなる。皆、運動場に出て練習をしている為、校舎を歩いていてもほとんど人を見かけない。
やがて。
離れ校舎にある図書室の出入り口の前にたどり着いたところで、俺は一旦足を止めた。
おっちゃんが頭の中で話しかけてくる。
『お前をまだXと戦わせるわけにはいかない』
もう今更だ、おっちゃん。俺はXと戦う。
『そんな状態でどう戦うつもりだ? お前はまだクトゥルクの力を完全に制御できていないんだぞ』
じゃぁ今すぐ教えろ。
『やーだね』
俺は鼻で笑った。
それでも俺は行くからな。
『目上の忠告は素直に聞くものだ』
綾原を見殺せっていうのか?
『そうは言っていない。相手の安い挑発にホイホイ乗るなと言っているんだ』
挑発だろうと何だろうと俺は行く。綾原には借りがあるんだ。
『……そうか。じゃぁお前の好きにしろ』
俺は図書室のドアに手を当てた。
鍵はかけられていないようでドアは簡単に押し開く。
図書室の中は薄暗く、誰も居ないようでシンと不気味なほど静まり返っていた。
綾原もXも居る気配はない。
辺りを見回しながら俺は一歩、室内へと足を踏み入れた。
そして二歩。
図書室内に踏み込んだ後、俺は静かに後ろ手でドアをゆっくりと閉めていった。
──その瞬間!
おっちゃんが頭の中で叫んでくる。
『あ!? ちょっと待てお前!』
え?
思わず俺はドアから手を離す。
ガチャンと音を立ててドアが閉まった。
『クソッ、やられた! そういうことだったのか!』
俺は激しく周囲を見回した。
え? な、なんのことだ? おっちゃん。やられたって何が?
おっちゃんが焦りある声で俺に言ってくる。
『お前の足元をよく見ろ』
下を見れば、図書室全体の床に広がる巨大な魔法陣。
俺の体はその中に入っていた。
慌てて外へ出ようとドアを押すも、ドアはびくともしない。
ダメだおっちゃん、開かない! 閉じ込められたぞ!
おっちゃんが諦めたかのような絶望的な声で答えてくる。
『あーだろうな』
だろうなって──!?
次の瞬間、俺は背後から頭部に打撃を受けてそのまま気を失った。




