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Simulated Reality : Breakers【black版】  作者: 高瀬 悠
【第一章 第三部】 オリロアンの聖戦女(ヴァルキリー)
305/313

その結び目が解ける時【20】

見直しは未来でやる!

とにかく今は全力でこれを駆け抜けて書き上げるしかない!

なぜなら今日がもう最後のGW5/6──明日から仕事だからだあああああああ!!!!щ(゜Д゜щ)


 2025/05/06 9:00


 ミリアとディープインパクトなアデルさんをリビングへと案内した後。

 おっちゃんが俺が居る部屋へと戻ってきて、出入口ドアに身を預けるような姿勢で俺に声をかけてくる。


「向こうの部屋で少し彼らと話してくるが、お前はこの部屋に一人で大丈夫か?」


 うん、もう大丈夫。


 俺は微笑して頷き、そう答える。

 上半身を起こしてもらい、ベッドの上部に背を委ねる姿勢で枕を腰の支えに付けてもらって。

 寝込んでいた時とはだいぶ気持ちも落ち着いてきたし、体も少しは動かせるようになったので、部屋に一人になっても安心出来るようになった。

 おっちゃんが安堵したように笑ってくる。


「昼にはまた呼びに来る」


 うん、わかった。──あ、そうだ。


 急に何かを思い出した俺は、去り際だったおっちゃんを呼び止める。


「なんだ?」


 ごめん、すっかり忘れてたんだけどさ。


 そう言って俺は辛うじて動かせるようになった手を震わせながら、着たままの兵士服の胸ポケットから一生懸命取り出そうとする。

 まだ指先とかが麻痺していて上手く取り出すことが出来ない。

 待ちくたびれたおっちゃんが溜め息を吐いて、俺の傍へと歩み寄ってくる。

 そして、手伝うようにして俺の胸ポケットに入っている物を代わりに取り出してくれた。


「これは?」


 あぁ、それはカルロスからもらった羅針盤。そっちじゃなくて二枚の紙。


「これか」


 うん、それ。


 羅針盤とワンセットで折り畳まれた二枚の紙。

 おっちゃんがその二枚の紙を手に取り、俺に見せてくる。


「中を見ていいのか?」


 勝手に見ないんだ。


「勝手に見ていいのか?」


 うん。その紙をおっちゃんに渡してくれって頼まれていたのを今思い出した。


「誰に?」


 シヴァっていう名の新しいクトゥルク様。

 おっちゃんの知り合いなんだろ? その紙を渡してくれって言われて預かっていたんだ。

 

「……」


 重い溜め息を吐きながら。

 おっちゃんが疲れ切ったような顔に片手を当てながら項垂れていく。


「何をどういう流れで生きてきたら偶然出会えるんだ、お前ら二人は。

 俺からのセッティングも無しにバッタリ鉢合わせるとか、もはや奇跡にも近いだろ?

 運命か? 何かの運命の導きでもあったのか?」


 いや、全然。


 俺は首を横に振って言葉を続ける。


 ただ兵士の格好で街を歩いていたら、偶然向こうも俺と同じような兵士の格好で街を歩いていて、それで例の馴染みの合図をしたら腕を掴まれて、その合図はもう変わっているから危険だって言われて、それで別の兵士たちから追いかけられて、シヴァと一緒に闇雲に逃げ回って、それで俺は帰り道が分からなくなって迷子に……


「なるほどな。それで偶然ゼルギアのギルドに辿り着いたってわけか。

 てっきり俺はそこへ行くために兵士の格好して出歩いたんだとばかり」


 誤解だよ。本当に偶然だったんだ。それでつい寄り道してしまって。


 おっちゃんが顔を挙げてきて半眼で俺に言う。


「寄り道なんだな、結局は」


 あ、うん。ごめん。俺もそれは反省している。


「シヴァからは他に何も? 言伝(ことづて)とか聞いていないか?」


 うん。その紙を渡してくれって頼まれただけ。


「ちなみにだが、まさかシヴァにクトゥルクの力のことはバレていないよな?」


 ……。


 瞬間、俺は思いっきりおっちゃんから視線を逸らした。

 おっちゃんが頭を抱えるように両手で己の髪を掴んで、愕然とした思いで床にへたり込む。


「あーあーあーこりゃマジでヤバイ。本当にヤバイことになっちまったぞ。

 ゲス神からはあれだけお前とシヴァを会わせるなと忠告されていたのに、ほんとこれは取り返しのつかないことになってきたぞ」


 ……え、何がそんなにヤバいんだ?


 俺の言葉を片手で払って。

 おっちゃんが蒼白したような顔で口元を手で覆うと、何かを考え込むように俺から視線を逸らす。


「シヴァはお前のクトゥルクの力を見て、何と言っていた?」


 ……。


 俺は過去を反芻するように顎に手を当てて考え込む。


 たしか、"君が使うその魔法は、もしかしたら本物のクトゥルクの魔法ではないのかもしれない"、とか……あと "スケープゴートがなんとか" とも言っていた。


「そうか……」


 ……え? それだけ? 何か言ってくれないのか? 俺が逆に不安になってくるんだけど。


 そう訊ねてみたが、おっちゃんが内心で何を考えているのかも読めるはずがなく、ただひたすらに俺から視線を逸らして口を閉じている。


「……」


 なぁおっちゃん。


「ん?」


 シヴァから神殿に来ないかって誘われたんだ。シヴァの補佐官をしないかって……。俺、神殿に行った方が良かったのかな?

 コードネームの契約書も渡すように言われ──


 言葉半ばで、おっちゃんが俺の言葉を切るようにして片手を払い、真顔で忠告してくる。


「絶対シヴァに契約書を渡すなよ。神殿にも行くな。ディーマンから受けた仕打ちを思い出せ。

 向こうの世界へ二度と戻れなくなることはおろか、それこそ一生神殿に閉じ込められて傀儡にされるだけだぞ」


 ……。


 気まずく口噤んで。

 俺の脳裏にふと、シヴァの言葉が過ぎる。


【昔からそういう人なんです、ブラック・シープは。彼の考えをこちらで勝手に汲み取るしかないんです。

 "それは言えない" とか "教えない" とか、口癖のように隠し事や秘密が多くありませんか? 彼って】


 俺はぽつりとおっちゃんに訊ねる。


 なぁ、おっちゃん。そろそろ全てを俺に話してくれてもいいんじゃないのか? 秘密主義過ぎるんだよ、おっちゃん。


「よし。この話はここで終わりにしよう。いつまでも二人をリビングで待たせるわけにはいかないからな」


 会話を打ち切るように手で払って、おっちゃんが床から立ち上がっていく。

 それを俺は黙って見つめる。


 ……。


 無視するように、おっちゃんは部屋のドアへと向けて歩き出した。

 そして。

 何かを言い迷うようにドアの前で足を止める。

 握りしめた拳をドアに当て、手紙を持つ手をそわそわさせながら、このまま立ち去ろうか踏み止まろうかとしているようだった。

 

 ……。


 やがて苛立つようにドアに軽く何度か拳を当てた後。

 おっちゃんが背中越しに口重く、俺に告げてくる。


「お前にはいつか話さなければならないことがある。

 だがそれは今ではないと俺はそう思っているんだ。

 お前が大人になって、心に余裕が持てるようになった時でもいい。

 タイミングを見ながらゆっくり時間をかけて、いつかお前に全てを話そうと思っている」


 その言葉を残して。

 おっちゃんは部屋を出て行った。





 ※



 


 毛むくじゃらの生き物──モップが謎に作り直して持ってきたカップを受け取って。

 ベッドで休んでいた俺は穏やかな時間を過ごしていた。

 丁度いい温度の【星の雫草】入りのミルクティー。

 改めて口にすると、すごく美味しくて飲みやすく、それを飲むことで俺の中のクトゥルクの力が暴れるわけでもなく、逆に安堵に和んでいるようにも感じた。

 リビングからの話し声。

 この部屋まではあまりよく聞こえてこない。

 話している内容は聞き取りずらかったが、三人の話し声がすることだけは分かっていた。


 ……。


 その内、俺はウトウトとそのままの姿勢で眠りにつく。

 すごく気持ちが良いくらいの眠りだった。





 ※





 どのくらいの時間を寝ていただろう。

 俺はゆっくりと目を覚ます。

 ベッドに上半身を起こしたままの前のめり姿勢で眠りこけていたせいか、背中を起こした時にじんわりと痛んだ。

 両腕を高く伸ばして大きな欠伸を一つ。

 ミルクティーを飲んだおかげか、俺の体は痺れを感じることなくすっかり元通りの元気を取り戻していた。

 足もストレッチかければ、気持ちがいいほどに屈伸運動ができ、自由に動かせるまでに快復している。


 ……。


 安堵の溜め息を一つ。

 これでやっとベッドから降りて自由に動き回れるようになったな。

 体に掛けられていた毛布を剥ぎ取って。


 ん?


 ふと、部屋のドアが開きっぱなしになっていることはさておくとして。

 その向かいの部屋のドアが少し開いている。


 ……。


 たしかあの部屋はおっちゃんに入るなと言われていた部屋だ。

 鍵がかけられて開かずの部屋になっていたはずなのに。

 誘いこまれる形に少しだけ開いたドアは、俺の興味をそそるのに充分だった。


 なんかすっげー気になるんだけど、あの部屋。

 何が置かれているんだろう。


 たしかあの時の話ではおっちゃんの亡き奥さんとの思い出が詰まった部屋だと言っていた。

 あの完全秘密主義のおっちゃんのプライベートが丸裸で隙だらけに晒されているのだと思うと、すごく気持ちがソワソワした。

 

 ……。


 いまだにリビングで三人の話し声が聞こえてくることから、おっちゃんはまだあの部屋のドアが開けっ放しに気付いていないようだ。

 俺は静かにベッドから足を下ろす。


 ちょっとだけ覗き見するぐらいなら怒られないよな? たぶん。


 なるべく足音を殺して。

 俺は忍び足で今いる部屋のドアへと辿り着き、そして廊下を覗き込んだ。


 ……。


 廊下には誰も居ない。

 相変わらずリビングからは話し声が聞こえてくる。

 すごく小難しいような真剣な話をしているようだった。

 これなら俺が隣の部屋に忍び込んだとしても、おっちゃんには見つからないはず。


 よし。


 内心で何かを確信して、俺は部屋を出ると、ゆっくりと忍び足で隣にある開かずの部屋へと移動していった。





 ※





 少しだけ開いていたドアをゆっくりとさらに開いて行って。

 俺は薄暗い部屋の中に頭だけを入れて見回す。


 ……。


 本当に当時のままというか。

 時間が止まってしまっているかのように、生活感がそのまま残されているような感じだった。

 いつ奥さんがひょっこりと戻ってきてもおかしくないくらいに。

 俺はふと、部屋の奥にひっそりと置かれたベビーベッドに気付く。

 もしかして二人の間には赤ちゃんでも居たのだろうか。

 買ってきたままというより、何度か使い古されている感はあった。

 妻子がどうなったのかまでは、とてもじゃないがおっちゃんの心境を思うと辛くて聞けない。

 きっとおっちゃんだって当時のことは思い出したくもないだろうし、話したくもないはずだ。


 そういえば黒騎士に殺されたって言っていたよな? たしか。


 状況から察するに、ここが殺人現場といった感じではなさそうだ。

 だけどこれはあまりにも辛すぎる。

 これ以上はもう覗かない方がいいよな。

 そう思った俺は廊下へと体を戻し、部屋のドアを締めようとしていた時だった。

 部屋の中から軽い物音が聞こえてきて、それがすごく気になってしまって。

 俺は締めようとしていたドアを再び開いていった。

 運命に導かれるように俺は、時を止めたまま部屋の中へと入り、そして部屋の中心で足を止めて見回す。


 ……。


 何かの心霊現象だろうか。

 特に何かが落ちたような形跡はなく、ひっそりと静かに当時のままの面影を残している部屋。

 何気に俺は、レトロな西洋の古い化粧台(ドレッサー)を目にし、まるで何かに誘われるようにそこへと歩み寄った。

 化粧台(ドレッサー)の鏡にそっと触れる。

 すると、俺の持つクトゥルクの力に呼応するかのように鏡がゆらりと波打ち、そこに一人の女性の姿が映る。

 十九歳くらいだろうか。異世界人を思わせるような、まだ幼さの残る日本人の顔立ちに、肩ほどまで伸ばしたストレートの淡い栗色じみた黒髪。

 ペンダントの写真で見たままの、すごく美人で可愛い人だった。

 白いネグリジェ姿は後から着替えるつもりでいるのだろうか。

 細く華奢な腕が露出していて艶めかしい。

 大人びた感じに鏡の前で唇に紅をひきながら、リビングに居るであろうおっちゃんに声を投げている。


【ねぇ、ナグラロク。今日はずっと家に居るんでしょ? それともゲス神とどこかへ出かけるの?】


 これは鏡が記憶している過去の映像なのだろうか。

 その声の直後に、彼女の背後にあったベビーベッドから赤ちゃんの泣き声が聞こえてくる。


【あぁ、ごめん。私が大きい声出したからびっくりしたよね】


 彼女が慌てて化粧台(ドレッサー)の席を立って、背後のベビーベッドへと駆け寄ると、そのまま泣いていた赤子を抱き上げた。

 抱いたまま慣れた様子で体を揺らし、赤子の背中をぽちぽちと軽く叩きながら宥める。

 赤子も落ち着いてきたようで彼女に抱かれながら泣かなくなり、静かに眠り始めた。

 彼女が赤子をあやす様に優しく声をかけながらその頬にキスをする。


【もう大丈夫だからね、K。私がずっと傍に居てあなたを守ってあげるから──】


 ──え?


 それを最後に、鏡から過去の映像がフッと消えて見えなくなってしまう。

 何かの聞き間違いだったのだろうか。

 あまりにも衝撃的なことに、俺は目を大きく見開いて鏡に張り付いた。

 もう一度さっきの言葉が聞きたくて、鏡に手を当ててみたが、鏡に反応はなくて今の俺の姿ばかりをそこに映すだけだった。


 Kって言ったよな……? たしか。俺の聞き間違いだったんだろうか。


 まるで運命か何かに引き寄せられるかのように。

 何気に視線を移した先に、俺はドレッサーの引き出しを見つける。

 その引き出しをゆっくりと開けて。

 そこに入った一枚の写真を恐る恐る手に取った。

 三人の家族写真。

 どこかの写真店で撮影したんだろうか。

 小綺麗な身なりをして、少し緊張気味の笑顔で映っている。

 おっちゃんと、さっき鏡で見たあの奥さん、そしてその奥さんの胸にお包みで抱かれた赤子。

 ふと写真の裏を見てみれば。

 奥さんの手書きだろう──そこには日本語で文字が書かれていた。


《最愛なる夫ナグラロクと私、そして二人の愛するKとともに、この幸せが末永く続くよう祈りを込めて》


 偶然……だよな?


 俺は動揺に震える手で写真を握りしめて口元を手で覆った。

 その脳裏を過ぎる、俺が初めてこの世界にログインしてきた時におっちゃんに告げられた言葉。


【じゃぁ彼女になんて答えればいい?】


【Kだ】


【K?】


【そうだ、Kだ。それがこの世界でのお前のコードネームだ】


【コードネーム?】


【ゲームをやり始める前にキャラに名前を入力するだろうが。あれと同じだと思えばいい】


 おっちゃんはあの時、何を思って俺にそのコードネームを与えてきたんだろう。

 何かの偶然なのか?

 自分の子供と同じ名前のコードネームを俺に与えてくるなんて。

 ふいに。

 背後にあったベビーベッドから赤子の泣き声の幻聴が聞こえてきて。

 俺は動揺ながらに背後を振り向いた。

 ベビーベッドに赤子の姿はない。

 でもたしかに、今もなお俺の耳の奥で赤子の泣き叫ぶ声が聞こえてくる。

 なんだろう、さっきからすごく心臓の高鳴りが続いている。

 俺の中のクトゥルクの力がすごく不安定だ。

 俺は両耳を塞いで辺りを激しく見回した。

 何があるわけでもない。

 そこに在るのは静寂する昔の面影を残した部屋の中。


 いったいなんだ? これは。俺はいったい何を思い出そうとしているんだ?


 すると突然。

 ドアのところから幽霊のように白い女性の影が現れて、まっすぐに俺に向かってくる。

 あの奥さんだった。

 周りに当たり散らさんばかりに憤怒の形相で勢いよく迫ってきて、そして俺の胸倉を掴み上げると同時に片腕を大きく振り上げてきた。

 幽霊のはずなのに、胸倉を掴んでくるその感覚がやけに生々しい。

 そして即座に彼女は俺の頬を激しく平手打ちしてきた。


 ──は?


 頬に走る生々しい衝撃。

 ぶたれた勢いのままに、俺は平手打たれた頬に手を当てて、その場に崩れるように座り込む。


 ……幽霊に、ぶたれた……んですけど?


 彼女は謝りもせずにすぐにベビーベッドから幽霊の赤子を抱き上げて、我が子を守るようにして俺を鋭く睨みつける。

 赤子は火がついたように激しく泣いていて泣き止む気配はないようだ。

 彼女の目からボロボロと流れ落ちていく涙。


【二度とこの子に触れないでって言ったでしょ? それなのになんでこの子はこんなにも泣いているの?

 ねぇ……! いつまでも白けた顔してないで答えなさいよ、ゲス神! 私たちの子にいったい何をしたの!】


 もしかして、俺に言っているんだろうか?


 一瞬そう思ったが、それが違うと感じたのはその直後だった。

 俺のすぐ背後から、俺と同じ声で答えてくるもう一人の幽霊。

 白銀髪に金色の竜眼、そして額に紋様を浮かばせた俺と同じ背格好のクトゥルクの姿だった。

 俺と同じように床に座り込んだままで叩かれた頬に手を当て、彼女へ向けて落ち着いた声音で言葉を返す。


【今まで生きてきた中で、オレに平手打ちしてきたのはお前が初めてだ】


【だから何? 神様相手に私が怯えるとでも思ったの? 子供を守るためだったら何度だってあなたの頬をぶっ叩いてあげるわよ!】


【忘れたのか? チヅル。お前は闇の勢力を束ねる魔界王ルシファーの転生体だ。お前からはもう魔界王ルシファーの力は微塵も感じない。

 じゃぁ魔界王ルシファーの霊魂はどこへ行ったのか?】


 その言葉とともに、クトゥルクが人差し指を彼女の赤子に突き付ける。


【その子が、お前の持っていた魔界王ルシファーの魂を受け継いだんじゃないのか? その赤子から絶大なる闇の魔力を感じる。オレが大嫌いな魔界王ルシファーの、あの力をな。

 その赤子が十四の誕生日を迎えれば、その子は自然と魔界王ルシファーに覚醒する。

 そうなれば闇の勢力は一気にその子の元に集結し、新たな魔王の誕生となる。

 そうなる前に、オレの中のクトゥルクの力がその子を殺せと騒ぐんだ】


 彼女が赤子を守りながらも怯えるように、クトゥルクから身を引く。

 声を震わせながら、


【なんて酷い人なの……ゲス神。頭おかしいわよそんなの……。

 この子はまだこの世界のことを何も知らない無力な赤ん坊なのよ? それをあなたの一方的な決めつけで殺すだなんて……。

 あなたは本当に神様なの? 一つの世界を光と闇に分断し合って、互いにいがみ合って戦って……それがいったい何になるっていうの?

 初めてこの世界に来た時からずっと思っていたけど、本当に馬鹿馬鹿しいわよ、この世界。

 どうしてもっとみんな仲良く、光と闇で手を取り合って平和に過ごせないの?

 だから私、この世界なんて大っ嫌いだった。だから全部闇の力で壊れてしまえばいいって、そう思った。

 でもそんなの違うって……ナグラロクが教えてくれたの。魔界王ルシファーの転生体だったこんな私を心から愛してくれたの。

 この願い叶うならナグラロクと一緒に向こうの世界で平穏に過ごしたい。

 私の言っていること分かる? ゲス神。

 あなたは今まで一度たりとも私とまともに卓上で話し合って和解してくれることなんてなかった。

 戦い合って決着をつけることで、あなたはそれで満足しようとしているのよ】


 クトゥルクがそれを鼻で笑い飛ばす。


【何も分かってないな、チヅル。オレとお前が話し合ったところで、お前の一声で闇の配下たちが大人しく従ってくれたのか?

 オレのところだってそうだ。オレなんて存在はただの表向きの偶像に過ぎない。

 闇の住民どもは光を嫌っている。逆に光に住む人間たちや闇を嫌っている。

 人間どもはクトゥルクの光が失われることに怯えているんだ。

 光の勢力にオレが居る限り、闇の勢力は反発して牙を剥いてくる。

 そもそもの歴史、この世界は一つの闇であり、オレが頂点となって全てを支配していた。

 それを人間側としてオレが味方に回ったから反発が起きて、双方で戦いが始まったんだ。

 じゃぁオレが闇の世界と和解して闇の勢力へ戻ったとしよう。どうなると思う?

 向こうの世界の常識はこの世界では通用しない。だからお前とオレの()()()()()話し合っても意味がないんだ】


【……】


 二人の言い合いに赤子が不安を覚えたのか、増々大きな声で泣き喚いている。

 彼女が声を震わせて言う。


【……だから何? 私たちの赤ん坊を殺すの?】


 クトゥルクが片手を払ってそれを否定する。


【いや、別の方法がある。その子を生かす方法がな。

 だがそれをするためには、それなりのリスクを覚悟しなければならない。

 十四歳の誕生日を迎えた後に全ての真実を知った時──この真実を、その子供がどう受け入れるかの判断一つで、この世界の未来が決まるってわけだ】


【真実……?】


【先ほどその赤ん坊にオレの霊魂であるクトゥルクの心臓を埋め込んだ。今のオレはただの人間だ。

 神殿庁にはどこまでこの真実を誤魔化せるか分からないが、どうにかなるだろう。

 そして問題の、その赤ん坊だが。

 もう十四歳の誕生日を迎えたとしてもルシファーには覚醒できないはずだ。

 その代償に、その子供にはクトゥルクとしての運命を背負ってもらう。永遠にな。

 まぁ元々ルシファーという存在は、オレが生み出して闇の世界へと放り込んだ内通者だ。

 なんか知らないけど、途中でオレを裏切ってきたけどな。

 それが元の魂と融合するってだけの話だから、後はその子供が十四歳になって全ての真実を知った時にどっちの道に進むかがポイントになってくるだろうな。

 しかし──どちらの道を選んだとしても、その子供にとっては茨の道となるだろう】


 違う……そんなの絶対違う。


 俺は全てを否定するように声を震わせて首を横に振った。

 

 きっと何かの偶然なんだ。俺のことを言っているわけじゃないんだ。

 赤の他人の過去を見ているだけなんだよ。

 だって俺は──


 そう俺には生まれた頃から向こうの世界で過ごした思い出がある。

 こんな世界なんてこの年齢になるまで微塵も知らなかった。

 ここが俺にとっての現実なんじゃない。

 俺の本当の現実は向こうの世界なんだ、と。

 頭を抱えて蹲り、否定し続けた。

 ふと、


 あ。そうか。


 俺の歳が十四歳だからといって、今見ているこの幻影たちがいつの時代のことを話しているかも分からない。

 もしかしたら五十年前とか、いや──

 俺の脳裏を過ぎるシヴァのこと。

 きっと彼のことを語っているんだと、俺はそう自分に言い聞かせて無理やり納得させた。

 そしてその確かなる証拠を得ようとして、俺は何かに焦るように写真を裏にして、言葉とともにそこに書かれていた西暦の日付を確認する。


 ……。


 その日付は赤子の年齢からどう逆算したとしても、俺と同じ年あるいは近い誕生日であることに違いはなかった。

 それが俺の中で大きなショックとなり、そのまま俺は力抜けるようにして気を失い、床に倒れ込んだ。

 2025/05/06 15:56


せめてあともう一話だけでも、

オラに書き上げるだけの時間をください……(꒪ཀ꒪*)グフッ

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