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Simulated Reality : Breakers【black版】  作者: 高瀬 悠
【第一章 第三部】 オリロアンの聖戦女(ヴァルキリー)
304/313

言葉では言い表せないものがある【19】


 2025/05/05 13:23


 ん……──。


 小さく唸って、俺はゆっくりと目を開いていった。

 まだかすみ目の残る視界に見えてきたのは、どこか見慣れた部屋の天井。

 気が付けば俺は、おっちゃんの家の──見慣れた部屋のベッドの上で毛布を掛けられ、仰向けに寝かされていた。


 ……。


 体はまだ痺れていて思うように動かせない。

 口の中も、あのクソマズイ味が残っていて不快感がある。

 俺はそこから身を起こすことも出来ずに、顔だけを動かして周囲を見回す。

 ベッド脇のすぐ近くに用意したであろう小机と椅子で、おっちゃんがそこに肘をついて顔を載せた状態でうたた寝していた。

 おっちゃんの口から聞こえてくる疲労のいびき声。

 机に置かれていたタオルと水の入った小桶が、俺のことを寝ずの看病していたことを物語っている。


「……ぅふごっ!」


 ふいに、おっちゃんの顔が肘からがくっと落ちて、それに驚いた形でおっちゃんがハッと目を覚ました。

 俺が目を覚ましていることに気付いたらしく、おっちゃんのその表情が安堵へと変わり、溜め息を吐いてくる。


「やっと気が付いたか。気分はどうだ? 大丈夫か?」


 ……ここは、どこ?


 分かっていてもつい、口に出てしまう。

 おっちゃんが微笑してくる。

 片手で部屋の中を示しながら、


「俺の家だ」


 どうやって俺……ここへ戻ってきたんだろう?


 おっちゃんが呆れにも似た笑いを見せると、タオルを手に取り、机にあった小桶の中へと沈めた。

 軽い水音が聞こえてくる。

 浸したタオルをきつく手で絞りながら、


「俺が助けに来てやったこと、覚えていないのか?」


 ……。


 まだ眠気の残る思考をぐるぐると回転させながら、俺はしばし過去の記憶を考え込む。

 

「そっか……」


 呟いて。

 おっちゃんが絞ったタオルで、俺の顔を丁寧な仕草で優しく拭いてくる。


「冷や汗は止まったようだな。顔色もだいぶ戻ってきている。

 体は動かせそうか?」


 ……。


 俺は無言で首を横に振った。


「そうか。じゃぁ──」


 そう言って、おっちゃんがぐったりとした俺の片手を取り、それを両手で優しく握ってくる。


「掴まれている感覚はあるか?」


 ……。


 俺は静かに首を横に振った。

 おっちゃんが口をへの字に曲げて、俺の手をそっと元に置き戻す。


「まだ少し時間がかかりそうだな。意識が戻ってきただけでも何よりか」


 なぁおっちゃん。


「なんだ?」


 俺の髪色は? 目は? どうなってる?


 その言葉におっちゃんが微笑してくる。

 俺の頭を撫でながら、包み隠すことなく正直な答えを返してくれる。


「まだディーマンのあの薬が効いているようだから、少しゲス神の面影が残っているな。

 だがそれもしばらくすれば時期にお前の体内でクトゥルクの力に浄化されて消えていくだろう」


 なぁ、おっちゃん。俺がディーマンから飲まされたあの薬って何? 注射器みたいなものも腕に撃たれたんだ。


 するとおっちゃんが、考え込むように下顎を撫でながら虚空を見上げて答えに迷う。


「んー……そうだなぁ。どう説明してやればいいか……。

 小難しいことだからあまり深くは説明してやれないが、簡単に言えばお前を楽に拘束しやすくする薬だな。

 ディーマンもあぁ見えて、お前の持つクトゥルクの力には敵わないからな。

 いざという時は遠慮なくクトゥルクの力を使って全力で抵抗するといい。

 ゲス神もそうやって昔は抵抗していたようだったが──まぁ、その積み重ねがディーマンを余計に過激な道へと導いていったんだろうな。

 もはやあそこまでくると、ディーマンのあの拘束のやり方は正直虐待に近いと思える。

 いくらゲス神といえどもあの瞬間だけは、本当に見るに堪えない可哀想な感じだった」


 視線を俺へと戻して、おっちゃんが言葉を続けてくる。


「今はまだ体が動かせないだろうが安心しろ。

 一時的な効果だから、その内ある程度の時間が経てば、お前の中にあるクトゥルクの力がそれを勝手に浄化してくれるはずだ」


 ……。


 俺は理解できずに目を何度か瞬かせる。


 つまり?


「──以上だ。詳しいことは俺もよく知らん」


 え?


 素っ気なくそう答えて。

 おっちゃんは俺との話を打ち切ってきた。

 そのまま小桶を手に持って椅子から立ち上がろうとする。

 俺は焦るように声で呼び止めた。


 なぁ、おっちゃん。


 おっちゃんが動きを止めて俺を見てくる。


「なんだ?」


 どこへ行くんだ?


 俺のその問いかけに、鼻で笑って「やれやれ」とお手上げしてくるおっちゃん。

 空いた片手をめんどくさそうに振りながら、


「どこって、キッチンに決まってるだろ。水を変えてくるだけだ」


 待って。


 歩き出そうとするおっちゃんを声で引き留めて。

 急に俺の中で言い知れぬ不安が込み上げてきて、俺は泣きすがるように告げる。


 2025/05/05 16:43

 2025/05/05 20:57


 まだ行かないでほしいんだ。せめて俺の体が自由に動かせるようになるまでは傍に居てほしい。

 一人になるのは怖いんだ。

 またおっちゃんが居ない間に兵士に取り囲まれそうな気がして……


「大丈夫だ。俺がここに居る限りは安心しろ。

 こういう状況はゲス神を護衛する時に嫌というほど体験させられたから慣れている」


 でもおっちゃん。この家まで来たんだよ、青の騎士団が。ディーマンを引き連れて絶対またここに──


「大丈夫。心配し過ぎだ。少し目を閉じてぐっすり寝てろ、お前は」


 だけど──


「大丈夫だから、寝ろ」


 ……。


 そう言って、おっちゃんは俺を安心させるように俺の頭を軽く撫でてから、小桶を持って部屋のドア前へと向かった。

 そして、ドアの前で何を思ってか、ふとその足を止める。

 

「……」


 ……?


 いったいどうしたのだろうと、俺はおっちゃんの背中を見つめる。

 しばらく無言の間が続いて。

 おっちゃんが何かを思い出すように微笑しながら、片手を軽く上げて背中越しに俺に言ってくる。


「良い仲間を持ったな、お前」


 ……。


 突然どうした?

 そう思って俺は目を何度か瞬かせる。


「ゲス神を護衛していた時には、あんな光景なんて見たこともなかった。

 きっとお前とゲス神の違いはそこにあるんだろうな」


 ……?


「実はお前を助けに行った時、作戦とか退路とか、何も考えずにただただ突っ込み、お前を救うことだけを考えていた。

 ゲートからお前を引っ張り出して、ゲートを消し、ディーマンをゲートの向こうに閉じ込めるのが精いっぱいで、あの場に残された兵士の数とか何も考えていなかった。

 だから退路も当然なかったし、お前を抱えたままの状態での戦いなんて、正直無謀過ぎたんだ。

 当然捕まるだろうと覚悟はしていたんだが、そんな時にゼルギアの合図で、ギルドの仲間が一斉にディーマンの兵士相手に暴動を起こした。

 白騎士に危害を加えるなんて神殿庁に対する反逆行為だ。ましてや相手はディーマン直属の兵士たち。

 ゼルギアも、その仲間も、相当な覚悟だったに違いない。

 俺たちの退路もゼルギアが確保してくれた。

 彼らが居なかったら、今頃俺たちはここに戻ってくることは出来なかっただろう」


 ゼルギアが……? なぁ、おっちゃん。あれからみんなはどうなったんだ?


「この国に居続ければ処罰の対象になるだろうから今頃みんなで国外逃亡だろうな。

 自前の船は持っているようだったから無事にみんな、逃亡は出来たはずだ。

 あのギルドもいずれは白騎士たちに取り壊されることだろう。

 ゼルギアのことだ。どうせ拠点はあちこちの国に居を構えているだろうが」


 ……全部俺のせいだ。

 俺が軽率な行動をしたからみんなに迷惑かけてしまった。


 声を震わせ、俺は泣いた。

 俺のせいでギルドのみんなを犯罪者にしてしまったんだ、と。


「誰もお前を責めている奴なんていなかった」


 おっちゃんが振り向いてくる。

 俺を安心させるかのように微笑を浮かべて、


「ディーマンに一方的に虐められているお前を見て助けたくなったんだろう。

 お前を助けられたことにみんな清々しい笑顔で見送っていた。

 ──またどこかで会おうと伝えてくれ、だってさ。

 本当に良い仲間と出会えたな、お前」


 ……。


 こんな時に腕で目を覆えないのが歯がゆい。

 俺はカッコ悪くも無様に、ボロボロと涙を流して声を上げて泣いた。

 反省というか、感謝というか、本当に心からギルドのみんなに土下座したい思いだった。

 そんな俺を見て、おっちゃんが気を利かせてか、何も言わずにそっと部屋を出て行った。





 ※





 なぁ、おっちゃん。


「なんだ?」


 今、何時ごろなんだ?


「そうだな。さっき外を見た時は夕刻前くらいだったな」


 俺の問いかけに、おっちゃんが絞ったタオルで俺の泣き顔を丁寧に優しく拭きながら答えてきた。

 さっき思いっきり泣いたせいか、少し気分も自分の中で落ち着いてきたように感じる。


「お腹は空いてきていないか?」


 ……。


 俺は無言で首を横に振る。


「水は?」


 今はまだ何も欲しくない。


「体の調子はどうだ? 髪色も目もだいぶ元に戻ってきたが、体はまだ動かせないのか?」


 まだ痺れていて感覚がない。


「そうか。クトゥルクの効力がやけに遅いな。久しぶりの薬にショックを受けて昏睡しているのか?」


 ……?


「少し水を飲もう。

 以前お前が口にした【星の雫草】のことを覚えているか?

 隻眼の少女にもらって飲んだ紅茶のことだ」


 あ……うん。覚えてる。


「その粉を、少し水に混ぜて持ってくるから飲むといい。

 お前の中に在るクトゥルクが、まだ昏睡しているのかもしれない。

 【星の雫草】で少し刺激を与えて叩き起こしてやらないとな」


 叩き起こす……?


 おっちゃんが鼻で笑ってくる。


「深く考えるな。理解できないなら聞き流せ。

 そもそもあの薬は耐性あるゲス神用に開発された強力な薬だっただろうからな。まだ全然耐性のないお前には効きが強すぎたんだ。

 あの薬を緩和するには【星の雫草】が一番だ。

 ──お?」


 え?


 俺もおっちゃんも、何かに気付いてそこへと視線を向ける。

 いつの間に机で準備していたんだろう。

 毛むくじゃらの生き物──モップが、どこから取り出したか不明の高価なカップに注がれた紅茶を両手に高く掲げて、ぴょんぴょんと無言で嬉しそうに飛び跳ねている。

 飛び跳ねるたびに、カップの中に入った紅茶が振動で外に零れ落ちた。


「おいおいおいおい、跳ねるな落ち着け、零れてるぞ」


 言いながら、おっちゃんが机に零れた紅茶をタオルで拭く。

 拭きながらもモップから流れるような仕草でカップを取り上げて。

 おっちゃんがそれを徐に口に含んで温度を確かめる。

 そしてカップを口から離して、眉間にシワを刻む。


「あ、これは確かに【星の雫草】だ。いつの間にこんなもん作って──しかもロイヤルミルクティーか。贅沢だな。

 だが少し生温いな。病人に飲ませるには適した温度かもしれんが」


 え?


 おっちゃんが俺に目を向けて言ってくる。


「お前も少し飲んでみるか?」


 ……うん。ちょっとだけなら飲めると思う。


 俺が頷いてそう答えると、おっちゃんが片手で俺の後頭部を支えながら少し持ち上げて、もう片手でカップを俺の口元に近づけてそっと当てる。

 たしかにそこまでカップも熱くない。

 おっちゃんがカップを持つ手をゆっくりと傾けてくる。


「最初は口付ける程度にしとけ。咳き込むからな」


 言われた傍から一気に一口飲んで、俺は咽る。

 カップを口から離して、おっちゃんが溜め息を吐く。


「人の話はちゃんと聞け、お前。大丈夫か?」


 咳き込みながら俺は無言で頷きを返す。

 ある程度咳き込んだところで、俺はようやく落ち着いて息を吐いた。


「まだ飲めそうか?」


 ……いや、もういい。大丈夫。


 俺は首を横に振って断った。

 おっちゃんが俺の頭から手を離し、カップを下げて机に置く。


「そうか」


 なぁ、おっちゃん。


「ん?」


 なんでそんなに優しいんだ? 怒っていないのか? 俺がおっちゃんの言う事を聞かずに勝手に家を出たこと。


 俺のその問いかけに、おっちゃんはさほど怒った様子もなく、お手上げするように肩を竦めて鼻で笑ってくる。


「勝手に家を出たことも去ることながら兵士の服も着るなと、俺は忠告していたはずだったんだけどな」


 なぁ、おっちゃん。……怒ってる、よな? やっぱり。


「なぜそんなことを訊く?」


 その……色々と謝りたくて。


「謝ればそれで何かが解決するのか?」


 ……。


 小桶にタオルを浸して、それをきつく絞り。

 おっちゃんが俺の口元をタオルで軽く拭きながら、真面目な顔して言葉を続けてくる。


「結果オーライだったんだろ? ならそれでいいじゃないか。

 いつまでも俺の顔色ばかり窺って行動していたんじゃいつまで経っても俺から離れられないだろ?

 ちったぁ自分の身は自分で守れるようになれ。俺だっていつまでもお前を守ってやれるほど、もう若くはないからな」


 爺かよ。まだ若いくせに。


「爺だよ。いいかげんこの仕事から足洗わせて引退させてくれ。

 ゆっくり縁側で茶でも飲んでまったり過ごしたいんだ」


 似合わねぇ……痛てててッ!


 おっちゃんが半眼で、悪意を持って俺の鼻をぎゅっと掴んでくる。


「おーおー、どの口がそんなことを言うんだ? ここか?」


 そこ口じゃなくて鼻だろ。痛いから、やめろよ。


 抵抗できずに、俺は悲鳴を上げることしかできなかった。

 おっちゃんが俺の鼻から手を離してくる。

 そして安堵するように笑みを浮かべながら、


「少しは元気が出てきたみたいだな。顔色も良くなったし、姿も完全に元に戻ってきた。

 もうしばらくすると体も動かせるようになろうだろう。

 起きられるようになったら飯でも食って、紅茶を飲んで、ゆっくり療養しろ」


 そう言って俺の頭を武骨な手でくしゃりと撫でてくる。


「ディーマンは神殿庁に押し込んでやったからしばらくこっちには来られないだろう。

 時間稼ぎにしかならんだろうがゲートもすぐにここと繋げられないように一時的に封印してやった。

 だから安心して、しばらくゆっくり休んでろ。

 青の騎士団だけが相手だったら俺だけでも悠に対処できる」


 ……。


 俺はようやく安心することが出来て微笑し、ゆっくりと目を閉じた。

 

 なぁ、おっちゃん。


「なんだ?」


 ごめん、色々迷惑かけて。助けてくれてありがとな。


「……」


 それに対して返事はなく。

 おっちゃんは言葉の代わりに俺の肩を軽くぽんぽんと叩いた。





 ※





 ──あれから。

 どうやら俺はしばらく眠っていたらしい。

 おっちゃんが朝を告げるように窓のカーテンを開けてくれる。

 眩しい陽の光が部屋全体に明るく差し込んできて。

 俺はゆっくりとベッドで目を覚ます。


 ……。


 おっちゃんが俺へと顔を向けて声をかけてくる。


「どうだ? 体の調子は。動かせそうか?」


 言われて俺は、片腕を持ち上げるようにして動かすと、少しまだ痺れは残るものの動かせるだけの感覚が戻ってきたようだ。

 試しにその手を顔前へと引き寄せて、ゆっくりと握ったり開いたりしてみせる。


 ……まぁ、うん。少しは。


「起き上がれそうか?」


 起き上がれるかもしれないけど一人ではまだ無理。


「そうか。じゃぁ手を貸そう」


 言って、おっちゃんが俺の背に手を回して体を起こしてくれた。

 久しぶりに起き上がる感覚。

 病み上がりのようで、体がちょっとダル重い。


「ベッドから降りて歩けそうか?」


 うーん。それはまだ無理っぽい。


 足はぎこちなくも動かせるようになったが、まだ痺れが残っているようだ。

 とてもじゃないがまだ自力で立てそうにはない。


「わかった。じゃぁ朝食をここに持ってきてやろう」


 その言葉に、俺は微笑する。


 至れり尽くせりだな、おっちゃん。


 おっちゃんが鼻で笑ってくる。


「そういう時は "上げ膳据え膳" って言うんだ、覚えとけ。

 ──まぁ、なんだ? 俺もお前からの介護を受けた身だ。ヤングケアラーと呼んでくれ。どういう意味かは知らんが」


 知らなかったのかよ。普通に訊いてこいよ。


「その場のノリは大事にする性格なんでな。

 朝食は何が食いたい? ズッパ料理でも作ってやろうか?」


 うん。ズッパ料理が何か知らないけどそれでいい。


「知らないなら訊いてこい、お前」


 その場のノリは大事にする性格だから。


「俺の言葉をそのまま返してくるな」


 ふいに。

 玄関のドアがガチャリと開く音が聞こえてくる。


 え?


「おかしいな。たしか鍵はかけていたはずだったんだが」


 曖昧に言ってくるなよ、どっちだよ。


 ドアの閉まる音が聞こえてきて。

 二人の足音がこちらに向かって歩いてくる。


 なぁ、おっちゃん。白騎士か?


 おっちゃんが慌てる様子もなくあっさりと答えてくる。


「いや、それはない。もし白騎士だったらドアを破壊して入ってくるはずだ」


 どこの討ち入りだよ、それ。


「普通に開けて入って来られるとしたら恐らく──」


 そこで言葉を止めると同時、俺たちの居る部屋の閉められたドアの前で、二人の足音がぴたりと止まる。

 次いで軽めのノックが二回。

 ドアの向こうから聞き馴染みのある少女の声が聞こえてくる。


「開けないなら勝手に入ります」


 言って勝手にドアを開けて。

 部屋の中に入ってきたのは薬壷を片手に持った修道女姿のミリアだった。


 ミリア? 王宮で待っているんじゃなかったのか? いったい何の用事で?


 呆然と不思議に首を傾げる俺。

 おっちゃんが鼻で笑ってくる。


「なるほどな。そういうことか」


 え? 何が?


 俺がミリアとおっちゃんの顔を交互に見ていると。

 遅れて、ドアの向こうから咳払いが聞こえた後。

 不気味な男の人の野太い裏声が聞こえてくる。


「失礼しまーす☆(ゝω・)vキャピ」


 ……は?


 次いでドアの向こうから部屋の中にそう言って入ってきたのは、ぱっつぱつの修道女服に身を包んだ大柄のアデルさんだった。

 一瞬で俺の脳が思考を止めて、目がディープインパクトにその光景を脳に焼き付ける。

 死にかけた魚のように、俺は口をパクパクとさせながらぐうの言葉も出ない。

 投げかけるべく色んな疑問があったが、もうそんなものはどうだっていい。

 なんだろう。

 こう──えっと、その……何と声をかけてあげるべきだろうか。

 そんな言葉では言い表せないものがそこにはあった。

 2025/05/06 01:03


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