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Simulated Reality : Breakers【black版】  作者: 高瀬 悠
【第一章 第三部】 オリロアンの聖戦女(ヴァルキリー)
301/313

正しい兵士の見分け方(下)【16】

やっと出番です


 2025/05/03 16:28


 はぁ……。


 俺は重い溜め息を吐いて部屋のベッドに腰を下ろした。

 おっちゃんは出かけて不在。

 この家には俺一人だ。

 だからといって、何もやることはない。

 ベッドに腰を下ろしたままの姿勢で、そのままゆっくりと身を横たえていく。

 

 まだ朝が来たばっかだぜ? こんな状態が夕方まで続くのか?


 だからといって本を読んでまでは過ごしたくない。

 "何もしなくていい"が今は一番の地獄だ。

 せめて掃除でもしたいんだが、物が無さ過ぎて掃除道具すらもなくて何をどう片付けていいのかも分からない。

 

 ……暇過ぎる。


 何気にチラリと向けた視界の先に、衣装棚が目に入る。


 ……。


 下の引き出しには兵士用の服が一式入っている。

 今着ているこの民族衣装で外出すれば白騎士たちに怪しまれるかもしれないが、もしかしたら兵士の服ならば1回くらいは(ワンチャン)いけるような気がした。

 

 ……。


 要するに、兵士同士で交わすあの仕草さえ出来ていればいいんだよな?

 ここの近所を少し散歩するぐらいなら俺一人でも大丈夫なのではないだろうか。


 よし。


 思い立ったが吉日とばかりに。

 俺はベッドから勢いよく身を起こして立ち上がった。

 衣装棚へと赴き、その下の引き出しに入っている兵士服を一式取り出す。

 そして着ている民族衣装をその場で脱いでベッドに放り、いそいそと兵士服に着替えた。





 兵士服にも着替え終わって、さぁいざ外へ出かけようとそう思った時だった。

 ドアが軽く2度、ノックされる。


 ……誰だろう?


 心当たりのない訪問者に首を傾げながら。

 俺は玄関のドアへと向かった。





 ※





 玄関へと向かうまでにも、また2度ほどの催促のノックがあって。

 俺はめんどくさそうにドアを開けた。


 はいはい、どちら様でs──


 そこまで言いかけたところで、ドアの向こうにいるのが白騎士の兵士であることを知り、俺は思わずその場で固まった。

 途端に兵士からガッとドアを掴まれて閉められなくされてしまう。

 仕方なく呆然とその場に立ち尽くすしかない俺。

 訪問してきたのは3人の兵士だった。

 男性2人と活発そうな女性が1人。

 その内2人はよく目にする甲冑衣装だったが、もう一人はあまり見かけないような白い軍服衣装に青のペリースを身に着けている。

 階位ある白騎士だろうか?

 そういえばカルロスもそれと色違いの赤いペリースを身に着けていた気がする。

 年齢的に見てもカルロスと近い気がするし、もしかして彼とは友達だったりするんだろうか。

 くわえ煙草を吹かしながら、インテリぶったようなツンとした態度で青い短髪のその男が俺に質問してくる。


「勤務中にここで何している?」


 え……?


 俺が兵士の格好をしていたからだろう。

 急な質問に言葉を詰まらせながら、しどろもどろと視線を彷徨わせながら動揺交じりに答える。


 えっと……その……


「オレの質問に答えられないのか?」


 あの……実は……暇だったんでちょっとここでサボっていました。すみません。


 青髪の男の両脇に居た兵士二人が、俺を指さしながら目を剥いてギャーギャー喚く。


「レン様、この子絶対怪しいですって! 捕縛しましょう、捕縛!」


「そうですよ、レン様! どう見ても捕縛確定じゃないですか! レン様がしないなら僕たちでやりますよ?」


「……」


 二人の兵士を手で静かに制して。

 青髪の男──レンが無言のまま俺の傍へと近付き、そして俺の胸ポケットに入れていた羅針盤のペンダントのことに気付いたのか、それをすぐさま奪っていく。


 あ──!


 奪われたことに気付いて俺は思わず声を上げたが、取り戻すのは無理だと察して成り行きに身を任せるしかなかった。

 レンが手中にある羅針盤──そこに刻まれた家紋をジッと観察するように見ている。


 ……。


 兵士二人もレンの指示を無視してまでは動けないようだ。

 俺とレンを交互に見ながらソワソワしている。


「……」


 しばらく羅針盤を見つめていたレンだったが、やがてその羅針盤を静かに俺に返してくる。

 動揺ながらに黙って受け取って。

 俺は目を二、三度瞬きさせながら再び胸ポケットへと羅針盤のペンダントを収納した。

 咥えていた煙草を手に取り、レンが俺にぽつりと言ってくる。


「カルロス・ラスカルド・ロズウェイは元気か?」


 え……? あ、まぁ……はい。


 動揺ながらに、俺は頷く。

 つーか、さっきから煙草の副流煙がこっちにも流れてきて喉が痛い。

 俺は思わずその煙に激しく咳き込んだ。

 そのことに気を利かせてか、レンが手持ちの煙草を火の魔法で焼却して消す。

 

「悪いな。煙草を吸うのが癖になっているんだ」


 ……。


 いや、普通に謝られたし。しかも煙草マナーも完璧かよ。

 え、何? 実は良い人っぽいのか、この人。

 レンが言葉を続けてくる。 


「その羅針盤を持っているということは、カルロスとは相当仲が良いようだな」


 まぁ……うん。カルロスは俺の大事な友達なんだ。


 緊張気味に俺がそう答えると、レンは黙り込んでしまった。

 彼を知っているということは彼の友達なんだろうか。

 でもなんだろう、このレンって人。

 すごく良い人そうなんだけど、ものすごく話し方に距離感がある。

 俺の返答を聞いても始終表情を変えることなく、インテリぶったツンとした態度を維持したままレンが口を開いて言ってくる。


「そうか、友達か。だったらあの腰抜け野郎に伝えといてくれ。

 オレの邪魔をするようなら家紋ごとお前をぶっ潰すとな」


 ……。


 それだけを言い残して、レンがくるりとその場を方向転換していずこへと歩き出す。

 そして、その場で呆然とする二人の兵士に声をかける。


「撤収だ」


「え? でもレン様──」


「コイツの捕縛は?」


 二人の兵士がレンのその言葉に唖然と問い返す。

 歩きながら背中越しに、レンが言葉を続けてくる。


「聞こえなかったのか? 撤収だ」


「は、はい!」


「待ってレン様!」


 ……。


 まるで嵐が去ったかのような気分で。

 俺は呆然と三人の後ろ姿を見送るしかなかった。





 ※





 俺は兵士服姿のまま、ブラブラとあてもなく街中を歩いていた。

 胸ポケットに入れていた羅針盤のペンダントを手に取って見つめる。


【もし白騎士に捕まった時はそれを見せて僕の名前を出せばいい】


 カルロスの言うように、これのおかげでものすごく助かった。

 今頃これがなかったら俺はレンって奴に捕縛されて連行されていたことだろう。

 このままあの家で大人しく留守番していたら、その内ディーマンがやってくるかもしれない。

 そう思った俺は夕方まで街の中をアテもなく探索することにした。

 あの騒動以降、まだ一部で沈鬱なところもあるけれど、店も通常通りに営業を再開していて、人々に少しずつ元気が戻ってきたようにも思える。

 きっとクトゥルク様の存在が彼らを心の支えになっているのだろう。

 たしかに神殿庁が来たというだけですごく安心感はある。

 だけど、以前のような平穏さは感じられなくて、どこかギスギスとした緊張感というか、兵士がうろついているというだけでまたいつ戦いに発展してもおかしくないかなという雰囲気がある。

 俺の前から、ほらまた一人。

 警邏中の兵士が歩いてくる。

 服装的にもたぶん俺と同じ一般兵士っぽい感じかな。

 俺は手持ちの羅針盤を胸ポケットに入れて、帽子を目深に被ってなるべく顔を隠し、緊張ながらにその兵士との交錯を試みた。

 交錯した時の合図はおっちゃんを見ていたから知っている。


 ……。


 その距離はもう間近。

 俺がスッと手をさりげなく横に差し出すと、相手もさりげない仕草で手を横に伸ばしてきた。

 あとはすれ違い際に軽く手を叩き合うだけ。

 しかし──!

 その兵士は、俺とすれ違い際に手を叩くどころか俺の片腕をしっかりと掴んできた。


 え?


 驚きに戸惑う俺に体を寄せて、その兵士は声を潜ませて俺に言ってくる。


「その合図はもう古いですよ、K。ブラック・シープから聞いていませんか? その姿で街を出歩くのは危険だと」


 なんで……俺の名前を?


「いたぞ!」


「こっちだ!」


 通路を前と後ろから挟み込むようにして。

 小団の白騎士がワラワラとこちらに向けて集まってくる。

 俺の腕を掴んだままのその兵士が、なぜか戸惑うように前と後ろを交互に見ながら、焦りある声で俺に言ってくる。


「僕についてきてください、K。一緒に逃げよう」


 え? 逃げるっていったいどこ──


 言葉半ばで無理やり片腕を引っ張られて脇道に連れ込まれ。

 俺は仕方なくその兵士に拉致られる形でついていくしかなかった。





 ※





 はぁはぁ、と。

 民家と民家の間の細い路地裏の軒下に、積み上げられた酒樽に身を潜めて。

 壁に背を当てる形で二人して腰を下ろして休息する。


「なんとかあの兵士たちを上手く振り切れたみたいですね。良かったぁ。

 ──あぁ、なにかすみません。僕の騒動に巻き込んでしまって」


 そう言って安堵に胸を撫で下した後に、急に低姿勢でペコペコと謝ってくる兵士。

 あまり聞き馴染みのない初めて聞く少年の声だ。

 年齢は見た感じだと俺の少し上だと思う。

 なんとなくだが、丁寧な物腰と語り口の優しい感じから察するに、どこにでもいるようなただの平民というわけではなさそうだ。


 しばらくお互いに呼吸を整えてから。

 俺はそいつに声をかける。


 なんで俺のことを知っているんだ?


 問いかけると、その兵士は帽子の影からニコリと微笑みを浮かべて答えてくる。

 握手を求めるかのように俺に手を差し伸べてきて、


「いつか君に会いたいと、ずっと願っておりました」


 いや……本気で誰だ? お前。


 俺は警戒心を持って、そいつと握手できずにいた。

 するとそいつが小首を傾げて言ってくる。


「ブラック・シープから僕のことについて何か聞いていませんか?」


 あー……特に何も。


 俺が頬を掻きながら気まずくそう答えると、その兵士は口をへの字に曲げ、諦めるように肩を竦めてお手上げしてくる。


「僕のことを口にしたくないブラック・シープの気持ちも分かりますが、これはちょっとさすがに傷つきますね……」


 なんか……ごめん。


「君が謝る必要なんてないですよ。それより君が捕縛される前に伝えることが出来て良かったです。

 ブラック・シープにはすでに伝えていたのですが……」


 え、俺、何も聞いてない。


「そうだったんですね。君が僕にやったあの合図、実は昨日から変更されていたんです。

 あまりにもブラック・シープもKも見つからないからとディーマンに勘付かれてしまいまして。

 ディーマンのあの徹底ぶりにはいつもゾッとさせられていますよ、ほんと」


 ディーマンのことを知っているのか?


 俺が身を乗り出すようにしてそう問いかけると、その兵士は優しい笑みで頷きを返す。


「もちろん知っています。ディーマンだけじゃなく、白の騎士団とか、この国の王宮とかにも詳しいですし、神殿庁内部のことについては僕はとてもよく知っています。

 僕から何か聞きたいことはありますか?」


 ……。


 特に聞きたいこととか何もなかったが、とりあえず。


 お前、誰?


 たまらずその兵士が噴き出して笑ってくる。


「僕に面と向かって "お前" って言ってきたのは君が初めてですよ、K」


 ……。


 俺は腕を組んで考え込む。

 言い方がなんかカルロスっぽい感じなんだよなぁ。

 そうなると勇者とか何かそこら辺の上位階級の人なんだろうか、この人。


 ……。


 俺が黙って眉間にシワを寄せて考え事をしていたからか、その兵士が徐に帽子を脱いできた。

 帽子から雪崩れるように。

 きれいな緑色のストレートのセミロングが、そいつの顔元に流れ込んでくる。

 細身で秀才でピアノとか弾いてそうな優男。

 手入れの行き届いたような長くきれいな指先で前髪を掻きあげて、虫も殺さぬような顔で微笑んでくる。

 絶対女子が影でキャーキャー言ってそうな、図書室の似合う文系の先輩といったようなそんな男だった。

 改めてそいつが俺に向けて手を差し出してくる。


「初めまして、K。僕が白の騎士団総括であり、現在神殿庁に即位している現クトゥルクです」


 ──え?


 一瞬、何かの聞き間違いかと思った。

 そのくらい、俺の中で意味と現状が一切よく分からないディープ・インパクトな衝撃だった。

 俺はニ、三度瞬きをしながら呆然とした。

 そいつが言葉を続けてくる。


「幼名はシヴァと言います。僕のことは "シヴァ" と、気軽にそう呼んでください。

 これからもよろしく、K」


 待って。一周回ってちょっと待ってくれ。


 俺は激しく眉間にシワを刻むと、そこに人差し指を当てながらそいつに向けて片手を翳して待ったをかけた。

 その翳した俺の片手をぎゅっと掴んで。

 そいつが無理やり俺と握手を交わしてくる。

 怖くなって俺は、激しくそいつの手を振り払うと数歩退いて距離を置く。


 俺とは初めまして、だよな? なのに、なんでそんなに俺との距離が近いんだよ?


 何食わぬ顔でニコリと笑ってそいつ──シヴァが首を傾げて訊ねてくる。


「近いと何か不都合でも?」


 いや……なんか、俺が無理。


 自分でもよく分からなかったが無理だった。

 なんか俺の中のクトゥルクの力が吸い取られていきそうな、そんなブラックホールめいた感じがしたからだ。


「そっか……」


 寂しそうにそう呟いて。

 シヴァが沈鬱の表情を浮かべて気落ちしていく。


 いや、あの、えっと……。


 罪悪感に苛まれた俺は慌てて両手を振って取り繕う。


 だ、だからってお前──じゃなかったクトゥルク様のことが嫌いって意味じゃないから。だからその


「僕に対するその "クトゥルク様" って言い方、やめてもらっていいですか。

 シヴァって気楽にそう呼んでください」


 いや、なんで?


 俺がそう問うと、シヴァはさも当然とばかりに答えてくる。


「僕は君のことをKと呼んでいます。どうして君は僕のことをシヴァと呼ばないのですか?」


 ……いや、なんで?


 俺は再度そう疑問を投げかけると、シヴァが気分を害したように顔を顰めてくる。


「友達とはそういうものだと本に書いてありました。僕と君は歳が近い者同士、友達ではないのですか?」


 とも……だち?


 疑問を疑問で返すと、シヴァが笑顔で頷いて俺にずずいと近づいてくる。


「はい。僕と君は友達です」


 いつから?


「今日からです」


 ……今日、から?


「はい。何か不都合でもありますか?」


 不都合はないです、けど……。


「じゃぁ僕と君は今日から友達で決まりです。僕のことはシヴァと呼んでください」


 ……。


 身を大きく反らせる俺に対して、近距離まで近づいてきて目をキラキラさせながら俺の手を無理やり両手でしっかりと掴んでくるシヴァ。


「君の手を握ると、すごく他人とは思えないほど親近感が湧いてきます。まるで前クトゥルク様にお会いした時のような、ワクワク感を覚えるのです。

 そういえばなんだか容姿も前クトゥルク様にすごく似ていますよね。デジャヴでしょうか?」


 いいえ。気のせいだと思います。


 俺はハッキリとそう告げた。


「──あ、そういえば」


 そう言って、シヴァが何かを思い出したらしく、閃いた仕草をしながら俺から手を離し、ポケットから何やらごそごそと探し始める。

 見つけたらしく。

 ポケットから取り出した一枚の紙を俺に手渡してくる。


「これをブラック・シープに渡してください。渡せば分かるはずです。

 僕はこれをブラック・シープに渡すために近衛兵の目を盗んで王宮から抜け出してきました。

 きっとそろそろ白狼竜も心配してくる頃合いですし、またディーマンさんから叱られる前に王宮へ戻らないと。

 ここを巡回する白騎士のことは僕が引き付けておきますから、君は兵士に見つからないよう、すぐに家へ戻ってください。

 その格好のまま街をウロつくのは危険です」


 ……。


 受け取って。

 俺は顔を顰めながら、その紙を広げて中を確認する。

 これまたよく分からない異界の文字が、長文の手紙のようにして綴られていた。


 ……。


 なんとなく無意識に。

 俺はその文字を指でなぞって読もうとした。

 シヴァがそれを見てハッとしたように愕然とした表情で食いついて、俺のその手を激しく掴んで問い正してくる。


 え、何……?


「ちょっと待ってください。なんで君がそれを?

 君が使っているその魔法──クトゥルクの力ですよね? どういうことですか?」


 2025/05/04 00:21

 

なんか短いな

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