第10話 コードネームX
──正午を少し過ぎた頃だった。
俺は受話器を取り、名刺の裏に書かれたJの携帯番号を確認しながら電話をかけた。
要は外に出なければいいんだよな?
みんなの無事くらい確認しておきたい。
三度目のコールの後、Jが電話に出る。
あ、えーっと……。
そういや俺、Jの本名を知らない。
「Jでええ。その前に、お前の学校ってどこやねん。場所言うてから切れや」
やっぱりJのところにも俺から電話があったのか?
「そういう反応してくるっちゅーことは電話してないんやな」
うん、してない。
Jが舌打ちしてくる。
「ついに黒騎士が仕掛けてきたいうことか。ヤバイなー、こっちは何も準備できとらんのに」
俺も。
「お互い頭の中ン奴にこのこと急かしといた方がええで。奴ら何を考えとんのかわからんからな。まぁそっちも気ぃつけーや」
わかった。
「ほな、まいど」
Jとの電話はそこで切れた。
俺は静かに受話器を置く。
そしてホッと安堵の息を吐いた。
Eもさっき結衣から連絡があって無事だと確認した。
あとまだ確認できていないのは綾原だけだ。
まさか綾原に限ってそんなことはないよな?
うん。そういうところはちゃんとしっかりしてそうだし、きっと大丈夫だ。
そこへタイミング良く電話がかかってくる。
俺は受話器を取って電話に出た。
もしもし?
電話先の声は結衣だった。なにやら緊急に切羽詰った声で言ってくる。
「お願い、K! すぐに学校に来て! 奈々ちゃんが」
俺は慌てた。
学校に!? 携帯は? アイツ携帯持っていただろ? 連絡つかないのか?
すると電話先の相手が結衣ではなく別の男の笑い声へと変わった。声からして小学生のガキだ。悪戯に成功したような馬鹿笑いをしながら、
「僕を本当にMだと思った? Kって単純なんだね。もしかして本物の馬鹿? こんな能力で騙せるなんて、クトゥルクって実は大したことないんじゃない?」
俺は苛立ちに腸が煮え沸ちそうになりながらも、相手よりも自分が年上であることもあり、なるべく感情を押し殺して平静を装った。
声を落として尋ねる。
お前、名前は? どこの学校のガキだ?
「初めまして、K。僕のコードネームはX。君を狩る為に僕は生まれ変わった」
ゲームの延長に付き合う気はない。いいかげんにしないと本気で怒るぞ。名前と学校名を言え。
「バトルをしよう、K。僕の力が君と戦いたくてうずうずしているんだ」
ふざけるのも大概にしろ。何の機械を使ってやってるのか知らんが、次にこんな手の込んだ悪戯してきたら警察に──
電話の向こうでXが笑った。
「あれ? もしかして君、焦っている?」
焦るだと?
「そう。君はまだ完全にクトゥルクの力を操れていない。だからいきなりバトルを申し込まれて焦っているんだろう?」
馬鹿馬鹿しい。そんなにこの力が欲しいんだったらお前にやるよ。どうやってやるのか知らんけどな。
途端にぴたりと、Xは笑うのを止めた。ぼそりと言ってくる。
「ほんとムカツク」
は?
「そんなに日常が楽しい? K」
何が言いたい?
「だったら僕が君の日常を壊してあげるよ」
その途端、急に受話器からハウリングのような音が聞こえてきた。
鼓膜が裂けるような奇怪音に、俺は思わず受話器から耳を離す。
同時──頭の中でおっちゃんが怒鳴ってくる。
『何をしている、この馬鹿野郎が! 今の内に電話を切れ!』
は?
『電話を切れと言ってるんだ!』
受話器の向こうからXの声が聞こえてくる。
「君の同級生に綾原奈々って居たよね?」
……。
悪い、おっちゃん。俺、なんかコイツのことを許せそうにない。
俺は真顔になり再び受話器を耳に当てて言った。
場所を言え。
「君の学校の図書室で待っている。早くしないと彼女が大変なことになるよ」




