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Simulated Reality : Breakers【black版】  作者: 高瀬 悠
【第一章 第三部】 オリロアンの聖戦女(ヴァルキリー)
297/313

手負いの熊は深酔いの猿【12】


 2025/04/20 09:18


 陽も傾きかけた夕刻の頃。

 炊き出しのボランティアから帰宅した俺は、二人分の配給を両手持ってリビングのドア前に佇む。

 今日の夕食は細長いバケットのパンと、黒豆と肉を味付けして炒めたもの、そして皮に入った簡易な水筒。


 ……。


 閉められたドア。

 塞がれた両手。

 誰も開いてはくれない。

 俺はドアの前で声だけを投げる。


 おっちゃん、ただいまー。


 すると、リビングからおっちゃんが声だけを返してくる。


「無事に帰って来られたか」


 あーうん。まぁね。


「白騎士の様子は? 危ない目に遭わなかったか?」


 別に。普通。お尋ねとか全然されなかったし、白騎士たちもそれどころじゃなさそう。

 クトゥルク様が来ているということで警備も手厚くてハンパなかった。


「ディーマンは見かけたか?」


 え?


 俺は目をきょとんとして問い返す。

 首を傾げながら、

 

 いやぁ……小猿の姿は見かけなかったと思うが。


「あぁそうか。お前、ディーマンの本体を知らないのか」


 え……本体があるのか?


 おっちゃんの噴き出す声が聞こえてくる。

 腹を抱えてケタケタと笑い残る声で、


「お前それ、ディーマンの前で言うなよ。

 生前あのゲス神ですら、本体のディーマンを前にしてつい口を滑らせて【人類史上最強の霊長類】と言ったら、ディーマンの機嫌を損ねて罰で一年くらい神殿内に監禁されてたからな」


 あー……なんかよく分かんないけど、そういうことを気にする人なんだな。

 分かった。面と向かって言う機会はないだろうけど気を付けるよ。


「他の様子はどうだった?」


 炊き出しとかみんな忙しくて大勢の中で手伝ったし、配給も長蛇の列で凄かった。

 露店とかは閑古鳥が鳴いてる感じ。

 そんなワイワイした中で手伝ったから、怪しまれたりとかKかどうかを質問されたりとか全然だった。


 そう言って俺は鼻で笑い、お手上げするように肩を竦めた。


 なぁ、おっちゃん。夕食どうする? 作りたての温かい内がいいと思うけど。冷えたらおいしくなさそう。

 この気温の中だと食中毒も心配になる。早めに食べないか? 俺も疲れてお腹すいたし。


「お前は介護業界からの回し者か?」


 ヤングケアラーと言ってくれ。


「随分と頼り甲斐のあるケアラーさんだな」


 で? どうする?


「あぁ分かった。それなら夕食をいただこう。台所のテーブル席に置いていてくれ」


 うん、分かった。おっちゃん歩けそうか?


「丸一日休んだしな。少しでも歩けるようにしないとな」


 無理しなくていいよ。俺、そっちに夕食運ぼうか?


「いや、いい。俺がそっちに行く」


 手伝いは?


「必要ない」


 ……。


 俺は鼻で笑う。

 なかなかの頑固者だな、このオッサン。


「お前の心の声は聞こえてるぞ」


 ……。


 いつものことなので軽く無視(スルー)

 俺は仕切りドアの無いキッチンへと移動し、両手に抱えていたものを次々とテーブルの上に並べ置いた。


 ふぅ。


 額の汗を袖で拭って。

 どうやらまだおっちゃんの両足のケガは完治していないらしい。

 昼間は俺が介助してソファまで移動させて横に寝かせたが、歩けなくはないんだろうけど、かなり痛みはあるようだ。

 あんなに猛獣だったあのおっちゃんが、今はこんなにも手負いで弱々しいなんて笑える。


「誰が弱々しいだって? 俺を年寄り扱いするんじゃねぇ」


 おっと。俺の内心はダダ洩れで聞こえていたんだった。


「足が完治した時は覚えていろよ、お前」


 今までの仕打ちを返すとするなら今がチャーンスってわけか。


「何が "チャーンス" だ。馬鹿め。これはチャンスじゃなく加点式だ。倍返しにしてやる」


 ──あ。


 俺は急に忘れていた何かを思い出して、開いた両手を軽く叩き合わせた。


「どうした?」


 いや、俺炊き出しの手伝いしている時に思い出したんだけどさ。


「何をだ?」


 そういえば俺、アデルさんの足のケガを治癒したことがあったんだった。


「は? なんだそりゃ。初耳だぞ」


 うん。そういや俺、まだおっちゃんに言ってない。


 思い返せばあれは、俺たちの乗るギルドの船がアカギ率いる盗賊団の船との闘いに転じた時。

 船内のキッチンで洗い物をしていたアデルさんは、大きな揺れに見舞われて転倒し、足を捻挫して蹲っていた。

 そんな時に俺とデシデシが一緒に助けに行って、俺はそこで……まぁ色々あって時間を繰り返した際にアデルさんの足を治癒したことを、炊き出し中に思い出した。


「その使った力はクトゥルクの魔法か?」


 たぶん、そうだと思う……。


 俺は曖昧に首を傾げながらそう答えた。

 おっちゃんが落ち着いた声音で微笑してくる。


「そうか。じゃぁ、ちっとこっちに来い。話がある」


 うん、分かった。


 頷いて、俺はおっちゃんの居るリビングへと行き──。

 そして速攻。

 話の前にゲンコツを一発頭に受けた。


 ……痛ぇ。なんでだよ?


 俺が頭を押さえてソファの前で蹲り、涙目でおっちゃんにそう問うと、おっちゃんが不機嫌に言ってきた。


「なぜ息を吸うようにクトゥルクの力を使った? あの時はまだ使うなと俺は言っていたはずだよな?」


 アデルさんがケガしていたから助けたかっただけだ。それだけだよ。


「お前が向こうの世界に戻れないのは過去に何度も力を使ったことによる蓄積が原因なのもあるんじゃないのか? 自業自得じゃないか」


 助けられる力があるのに放置するなんて、俺には出来ないよ。


「お前はいったいどうしたいんだ? 向こうの世界に帰りたいのか? それともこの世界に居続けたいのか?」


 その両方だよ。


 そう答えると、おっちゃんが苛立たし気に舌打ちしてくる。


「──ったく。そんな我儘まるごと全部お得にバリューセットが通用すると思っているのか?」


 なんだよ、その急に思いついたみたいな携帯お得プランみたいなネーミング。


「クトゥルクの力を使うなら使う、使わないなら使わない。どっちかにしろ」


 嫌だ。俺はこの力で誰かを救えるなら救いたいし、向こうの世界にも帰りたい。


「やること成すこと全部不器用なお前に、そんなヒーローめいた芸当は無理だ。出来てお前は村人Aなんだよ」


 たとえ村人Aでも、目の前で困っている人や助けたい人が居るなら救ってはいけない理由なんて無いはずだ。


 俺は真顔でそう言い返して、おっちゃんの両足を両手で包み込むように当てると、クトゥルクの力を少しだけ解放した。

 手に集うクトゥルクの優しい仄かな光。

 その光がまるで音波光のように、おっちゃんの両足を優しく治癒していく。


「……」


 ……。


 たぶんそろそろ治癒したはず。

 直感で適当だったけど、俺はクトゥルクの力を消しておっちゃんに問いかける。


 足、動かせそうか? まだ痛む?


 無言で。

 おっちゃんが軽く両足を交互に動かして、足の指を曲げたり、伸ばしたり、振ったりしてからぽつりと答えてくる。


「痛みは消えたようだ……」


 そうか。それなら良かった。


 俺は安堵の笑みを返して、両足から手を離し、その場を立ち上がる。

 おっちゃんが静かに笑ってくる。

 いつもとは違った、元気もなく少し沈んだ声音で。


「クトゥルクの力をコントロール出来るようになったんだな」


 うーん、いやぁ……まぁまぁかな。完全に自制することは難しいけどこの程度なら、たぶん何とか。


 俺は照れ臭く笑って肩を竦めてお手上げしてみせた。

 おっちゃんが悲し気な表情で微笑してくる。


「そうか……」


 ……。


 俺は気まずく頬を掻いて、上目遣いでおっちゃんに問いかける。


 やっぱり使わない方が……いいかな? クトゥルクの力。


 おっちゃんが気だるく片手を振りながら答えてくる。


「いや。これだけ上手くコントロール出来れば上出来だ。俺から教えられることはもう何も無い」


 ……。


 いつもと違う気落ちしたようなおっちゃんの返答に、俺は変な突っかかりを覚えて心の中がモヤモヤした。

 2025/04/20 11:57

 2025/04/20 13:35

 俺は何か元気づけようとしておっちゃんに声をかける。


 なぁ、おっちゃん。俺さ──


 おっちゃんが手で制してきて、俺の言葉を止める。

 俺は仕方なく言葉を切って口を噤んだ。

 おっちゃんから俺に声をかけてくる。


「いい。この話はもう終わりだ。飯にしよう。ちと、お前の肩を貸してくれ」


 あ、うん。いいよ。


 ソファから立ち上がろうとするおっちゃんに肩を貸して、俺は立ち上がるのを手伝った。





 ※





  

 台所のテーブル席へと移動して。

 

「もういい。あとは自分で座れる」


 ……。


 おっちゃんが俺を突き放して単独で立ち、どこかぎこちない動きで椅子に腰かける。

 俺は心配で問いかけた。


 やっぱり俺のかけたクトゥルクの魔法失敗だったのかな。アデルさんにかけた時はすぐにピンピンしてたけど。


 おっちゃんが鼻で笑ってくる。


「いや、お前の術は完璧だ。お前に出会ってからこの短期間で、俺は一切何も教えていないのによくここまでコントロールできたもんだな。感心する。

 痛みもないし骨に響くわけでもない。ただの精神的なもんだ。一度自分の複雑骨折した足を目にしちまったら、たとえ完治していたとしても脳が疑っちまってなかなか思うように歩けないんだ。またすぐに折れるんじゃないかってな。

 しかしここまで体重かけて歩いても痛みもなく、鈍かった足の動きも戻ったとなると、今夜には感覚を取り戻して歩けるようになるだろう」


 ……良かった。


 おっちゃんにこんなに褒められたの、この世界に来て初めてだ。

 俺は照れ臭く頭を掻いて微笑ながらに呟いた。

 おっちゃんがすぐに表情を変えて真顔になり、俺に指を突き付けてくる。


「だからといって調子に乗るなよ、お前。クトゥルクを使ったら使った分だけ、その代償がお前にどんどん蓄積されていくからな。

 その清算に苦しむのはお前自身だ」


 うん。分かっている。


 静かに頷く俺に、おっちゃんが「よし」と言ってニコリと笑い、向かいの席を指さしてくる。


「俺の説教はここまでだ。もう座れ。飯にしよう。早く食べないと冷めるぞ、ケアラーさん」


 もうおっちゃんのケアラーは金輪際ごめんだ。ケガしないでくれ。


 俺はうんざりとお手上げして、向かいの席に着く。

 おっちゃんがバケットを一口頬張って、鼻で笑ってくる。


「お前には迷惑をかけて悪かったと思っている」


 今まで俺がおっちゃんにかけた迷惑料の清算だよ。これでプラマイゼロでチャラだから。


「釣りがあってもいいはずだ」


 ねぇよ。そんなもん。──いただきます。


 言って。

 俺はおっちゃんを無視するようにして黒豆と肉を味付けして炒めた器を自分の元へと引き寄せた。


 あ。


 スプーンが無いことに気付く。

 席を立つことなく無意識に、俺は片手の平を軽く掲げる。

 すると背後にあった戸棚が開いて、そこからスプーンが俺の手の中に飛んできた。

 それを無意識に掴んで受け取って。

 そのまま流れるような手慣れた作業で、俺は器の中にスプーンを突っ込む。

 そして流れるように速攻で。

 俺はおっちゃんに細長いバケットで頭を叩かれた。


 ──痛ッて!


 叩かれた頭に手を当てて、俺は不満を口にする。


 なにすんだよ。


「クトゥルクの魔法を使うなって話したばかりだろ」


 あー……


 そこでようやく気付いて、俺は空の片手を開いたり握ったりして何かを誤魔化そうとする。


 なんかよく分かんないけど、つい、やっちゃった感。


 すると、今度は勝手に戸棚が開いてナイフが一本、宙に浮かぶ。

 そして俺に向けてそのナイフが勢いよく飛んでくる。

 反射的に避ける前に、おっちゃんが反射的にそのナイフを手慣れた感じで掴んで、俺の身を守ってくれた。

 おっちゃんが俺を睨みつけながらドスのきいた声で叱ってくる。


「前言撤回だな、お前。全然コントロール出来てねぇーじゃねぇか。やっぱりお前はクトゥルクを使うな。感心した俺の純情な心を返してくれ」


 まぁまぁまぁまぁ。


 宥めるように俺は、冷や汗ながらにその場を笑って誤魔化す。


 た、たまたまだから、おっちゃん。……偶然、な?


 するとおっちゃんが怒りのままに俺にナイフを見せながら、


「お前の場合は偶然で死者が出るんだよ。見ろ、このナイフを。コントロール失敗で俺を殺す気か?」


 狙われたのはおっちゃんじゃなくて俺だったし。おっちゃんならきっと俺を助けてくれると信じてた。


「ほぉ。お前が反射的にナイフを避けない確率は? 言ってみろ」


 ……。


 避けない確率を訊かれたら、それはそれで無意識なことなので何とも言えない。

 おっちゃんが溜め息を吐きながら席に座る。


「──ったく。とんでもねぇガキだな、お前は。無意識なのがまたさらに拍車をかけて恐ろしいな」


 いや、なんか……ごめん。


 申し訳ない顔して、俺はバケットを口にしながらおっちゃんに謝る。


「反省の顔色がない」


 クトゥルクの力は使わないようにする。


「それは何度もお前の口から聞いた」


 今度は絶対。


「もういい。うるせぇ。しゃべるな。飯がまずくなる」


 ……。


 ハエでも払うかのように片手を振って、おっちゃんが俺との会話を打ち切ってくる。

 そしておっちゃんが手持ちのナイフを、黒豆と肉を味付けして炒めた器の中に刺し込んで、急に怒りの感情のままに喚いてくる。

 ナイフをテーブルに投げつけて、


「──って、ナイフで飯が食えるかッ! 何やってんだ、俺は!」


 !


 ピンときた俺は、すかさず席も立たずにクトゥルクの力で戸棚を開け一本のスプーンを宙に浮かばせる。

 そして無意識に。

 まるでスプーンに指示するかのごとく人差し指を軽く立てて、その先をおっちゃんに向けて折り曲げると、その宙に浮かんだスプーンが勢いよくおっちゃん向けて飛んでいく。


 受け取れ、おっちゃん!


 クトゥルクの力を最小限に抑えて加減したつもりだったが、コントロールが上手くいかなかったようだ。

 

「ぶほっ!」


 時速200キロを超えるほどの豪速球を受けたキャッチャーのごとく、それを受け取ったおっちゃんが勢いのままに後方へと椅子ごと倒れ込んだ。

 スプーンを片手におっちゃんが地面から起き上がって椅子を戻し、よろよろと席に座り直してくる。

 そして。


 ……。


 俺は再び無言で、おっちゃんからバケットで頭を叩かれた。

 2025/04/20 15:09





 ※




 2025/04/20 16:58

 陽も暮れた頃──。


 コンコン、と。

 家の玄関ドアが軽く2回ほど音を立てる。


「……」


 ……?


 地下倉庫の水瓶から桶に水を汲みだして移し、その桶の水を使って共同作業で洗い物をしていた俺とおっちゃん。

 気のせいだろうか?

 無言で、間を置くことしばし。

 再び玄関ドアが軽く2回ほどノックされる。

 おっちゃんが俺に訊いてくる。


「そういやお前、外から帰ってきた時に玄関のドアに鍵かけたか?」


 え?


 俺は目を二、三度瞬かせる。

 首を傾げて。


 いや……。そもそも鍵のかけ方すら分からないし。


「無施錠、か」


 たぶん。そうだと思う。俺、外から帰ってきた時は両手塞がってたし、鍵かけれないし。


 おっちゃんが俺に向けて「しっ」と小さく言って、己の口元に人差し指を当てて黙るよう言ってくる。

 声を落として、


「お前は奥の部屋に隠れてろ。白騎士かもしれん」


 それだったらもう勝手に突入してきてると思うけど。


「……」


 ……。


 おっちゃんが俺を見て鼻で笑ってくる。

 玄関ドアを顎先で示しながら、


「じゃぁお前が行け」


 あ、うん。行ってくる。たぶん大丈夫。


「たぶんだぁ?」


 もしもの時はおっちゃんよろしく。


 俺は洗い物をそのままにクルリと背を向けた。

 無言のまま、おっちゃんが「行け」とばかりに俺の尻を蹴飛ばしてくる。

 蹴飛ばされた勢いのままに数歩たたらを踏んで。

 俺はその場に踏み止まると、後ろを振り向いておっちゃんを睨みつける。


 ……。


 ジェスチャーだけで俺はおっちゃんに怒りを伝える。

 するとおっちゃんもジェスチャーだけで感情を返してきた。

 玄関ドアの叩き方がコンコンからドンドンへと変わる。

 向こうもだいぶ待ちくたびれて苛立っているようだ。


 はい、すぐ行きます。


 俺はそう玄関ドアへと先に声を投げて、溜め息ながらに歩き出した。





 ※






 玄関ドアを軽く押し開いて。

 俺は来客を出迎える。

 

 はいはい、どちら様です──

 

 言いかけて。

 俺はその人物を一目見てから言葉を失い、その場に固まった。

 そこに佇んでいたのは一人の修道服姿の少女──ミリアだった。

 今までの踊り子のようなセクシー衣装から一変し、高く結んでいた髪を解いて長く垂らし、清楚で可憐な修道女姿で佇んでいる。

 大きな薬ツボを片手に、俺の前で仁王立ちして溜め息を吐く。

 声をかけられる前に。

 バン、と激しく。

 俺は玄関ドアを閉めた。

 ドアの向こうからミリアが呆れた声音で溜め息交じりに言ってくる。


「なぜドアを閉めるのですか? ケイ。ここを開けてください」


 ……。


 俺は冷や汗ながらに、ドアに背を張り付けて固まった。

 なぜこの場所に居ることがバレたし。


「炊き出しの手伝いをしているあなたを見かけて内密にここまで尾行してみました」


 バレてるー! なんだよ、このストーカー女怖ぇー!

 しかもあの場所にミリア居たのかよ!


 顔面蒼白ながらに、俺は内心全力で叫んだ。

 おっちゃんが静かに俺の傍にやってきて、そして呆れ顔の半眼で、備蓄用の細長いバケットで俺の頭を叩いてくる。


 ──痛ぇッ!


「なんでお前はいちいち何かしらの尾行を引き連れてくるんだ?」


 尾行されてるなんて知らなかったんだよ!


 両手を戦慄かせて、俺は全力で言い訳する。

 ドアの向こうからミリアの声。 


「内密ですのでアデル様はこのことを知りません。

 もちろん白騎士にもバレないようにこの格好で来ました。

 ここを開けてください」


 ……。


 指示を仰ぐように、俺はたじたじとおっちゃんに視線を向ける。

 おっちゃんが顎先でくぃっとして指示を伝えてくる。


「中に入れてやれ」


 ……。


 俺は口を尖らせて不満の表情を浮かべると、おっちゃんが俺を押し退けてきて、玄関ドアを開けてミリアを迎え入れる。

 家の中へといそいそと入ってくるミリア。

 入ってすぐにおっちゃんがドアを閉めて、魔法の呪文でドアにカギをかける。

 ミリアがおっちゃんを鋭く見据えて言ってくる。


「やはりあなたが裏でケイを操り、そしてここに匿っていたのですね。ブラック・シープ」


 その言葉におっちゃんが口をへの字に曲げてお手上げする。


「俺は何もしていない。行動したのはコイツの独断だ」


「安心してください。白騎士に通報はしません。

 ただし、前クトゥルク様を罠にはめて決戦の地で殺害したことは別として。私はあなたを一生許すつもりはありません」


 言われておっちゃんは平然とした顔で肩を竦めてお手上げする。


「証拠は?」


「ディーマン様がそうおっしゃっていました。決戦の地で最後までクトゥルク様と一緒に居たのはあなただけだと」


「言っておくがディーマンはあの戦いに参加していない」


「ディーマン様が証拠もなしに嘘をつくはずありません。だからこそあなたを指名手配し、裁判にかけるおつもりなのです」


「そりゃとんでもねぇ魔女裁判になりそうだな」


 ミリアの言葉に呆れ笑うおっちゃんに対し、ミリアは表情をキッと鋭くさせ勝気な性格で言い返す。


「では逆に問いますが、あなたがクトゥルク様を殺していない確かな証拠でもあるのですか?」


 その問いかけに、おっちゃんが鼻で笑って首を横に振ってくる。


「いや、ない。目撃者も誰も、な。だからこそ魔女裁判だと言っているんだ。証拠も何もない空論と妄想をでっち上げて俺を罪人扱いして処刑する。ディーマンがやろうとしているのはそういうことだ」


「ディーマン様を侮辱することは精霊巫女として許しません、ブラック・シープ」


「もういい分かった。これ以上話すのは無意味だ。

 ──それで? 結局お前はここへは何しに来た? ケイの回収作業か?」


「……」


 するとミリアが急に暗く顔を俯けて黙り込んでくる。

 俺とおっちゃんはどうしたものかと互いに顔を見合わせてお手上げした。

 ミリアがぽつりと言ってくる。


「ケイを尾行すればブラック・シープに会えると思っていました。

 前クトゥルク様の近衛兵で常に傍に居たあなたなら、このことを相談できるような気がして……」


 そしてスッと。

 俯き加減のまま、ミリアは手持ちの薬ツボをブラック・シープに差し出す。


「両足にケガをした兵士がこの付近で休んでいると聞きました。

 あなたのことですよね? ブラック・シープ。

 ケイがいつも二人分の配給を持ち帰っていたので、念のためにと持ってきてみました」


「……」


 ……。


 クトゥルクの魔法で治癒したとは言えなかった。

 おっちゃんが素直にミリアの差し出した薬ツボを受け取る。


「ここで立ち話もなんだ。キッチンに椅子がある。そこで座って話さないか? 長くなるんだろ?」


「はい……」


 ミリアは小さくこくりと頷いて、おっちゃんの案内を受ける。

 おっちゃんが俺に指を向けてきて、


「椅子が足りない。お前の椅子は木箱でいいか?」


 俺が木箱なんだ。おっちゃんが、じゃなくて。


「あぁ?」


 分かったよ。木箱でいいよ。座れるなら何でもいい。


 おっちゃんがリビングを指さして、


「木箱はリビングにある。自分で持ってこい」


 はぁ? なんで俺が?


「俺は怪我人だ。ちったぁ気を遣え、お前」


 ……。


 両足完治しているくせに何が怪我人だ。

 いつもながらのコキ使いに俺はイラっとした。


「いいから取ってこい。あと水もコップに入れて三人分用意しろ」


 ……。


 俺は無言で感情任せにリビングのドアを蹴飛ばして開けると、部屋の隅に置かれた木箱を取りに向かった。


「お前、だんだん行動が俺に似てきたな」


 ……。


 木箱に拳を壊れない程度に叩きこんで。

 俺は木箱を無言で抱き抱えると、台所へと足取り荒く運んだ。

 2025/04/20 20:08


なんか無駄に引き延ばした感あるな

監督ぅ!そこ居るんだったら声かけてこいよ!

つーか、急に足痛くなったんッスけどこれ監督の仕業ですか!?

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