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Simulated Reality : Breakers【black版】  作者: 高瀬 悠
【第一章 第三部】 オリロアンの聖戦女(ヴァルキリー)
296/313

異変に気付くことが最善の手段である【11】

仕事休みの毎週土日が更新日です

安全ベルトは外さずに、まったりと茶を飲んでお待ちくださ・・・アッΣ(_´・ω・)_ |□、.。・:.。


2025/24/19 12:41


「大丈夫ですか? あともう少しで助かりますから頑張ってください」


 声の闖入は突然だった。

 瓦礫(がれき)に埋もれて暗闇の中、ベッド下から脱出することもできずに身動きもとれなかった俺とおっちゃんに、外から一人の男性の声がかかった。

 外側から瓦礫の一部が取り除かれて小さな隙間が作られ、そこから一条の眩しい太陽の光が差し込んでくる。

 俺とおっちゃんは思わずその光を手で影を作って遮って、目を細めながらその人物を見やった。

 逆光で顔は分からない。

 白い一兵服からして白騎士で間違いないようだ。

 被災者の救助でも行っているのだろうか?

 おっちゃんが鼻で笑って言ってくる。


「お前、白騎士を何だと思っている? 戦うだけが仕事じゃない。敵が去れば手の空いた下っ端兵士は民間人の救助に回るしかないだろ」


 全てを下っ端がワンオペでやらされるとか、やっぱり白騎士の企業カラーはブラックだ。


「じゃぁ被害を受けた民間人は放置して、騎士は全員戦場に行けっていうのか? お前は」


 別にそういうこと言っているわけじゃないんだけど。


 不貞腐れた感じでブツブツ言う俺を、おっちゃんが微笑ながら肩を軽く叩いてくる。


「とにかく敵が去ってくれて助かったな。お前はどこもケガしてないか?」


 うん。俺は大丈夫。おっちゃんは?


「……」


 ……。


 異変を察知できないほど俺も鈍感じゃない。

 心が読めずともおっちゃんが一瞬見せた表情の変化を俺は見逃さなかった。

 おっちゃんが誤魔化すように笑いながら俺の頭をくしゃりと撫でて言ってくる。


「救助が来たらお前は先に外に出て、近場の安全な場所で身を隠して待機してろ。きっと外は白騎士でごった返しているはずだ。

 もし俺の身に何かがあったとしても、お前はそこを動くな。絶対にだ」


 ……。


 俺は素直に頷くことが出来なかった。否定を込めておっちゃんから視線を逸らす。

 

「お前が白騎士に捕まれば、俺はもうお前を助けてやることが出来ない。俺が捕まったとしてもお前は逃げられる。それを忘れるな」


 ……なぁ、おっちゃん。


「なんだ?」


 俺もおっちゃんみたいに、モップとかゼルギアとか──誰かの体を乗っ取って行動することは可能なのか?

 もし、俺にそれが出来るのなら俺がおっちゃんを助けに行く。


「お前にこの術を教え込むにはまだ早い。まずは仙人並みの厳しい修行を経験してからだな。この術にもそれなりのリスクがある。

 失敗すれば二度と元の体には還れなくなる」


 それでもいい。おっちゃんが捕まったら俺が絶対助けに行くから。


 おっちゃんが鼻で笑ってくる。


「今まで俺にされてきたことをよく思い返してみろ。あれだけ今までさんざん俺にコキ使われて駒にされて利用されて、それを今更いったい何の同情だ?

 俺が居なくなればお前は晴れて自由の身だ。清々するだろ? 指名手配も解除されて自由に生きられるんだぞ。

 そのままゼルギアの居るギルドに行くもよし、アデルって奴と一緒に勇者を目指す旅に出るもよし、元の世界へ帰る手段を探すもよし、この世界でお前の好き勝手に生きるも自由だ」


 ……なぁ、おっちゃん。


 俺は真剣な顔しておっちゃんに言う。


「なんだ?」


 この際だから面と向かってハッキリ言わせてもらうけど、おっちゃんって馬鹿だろ?


 途端におっちゃんの顔が不機嫌に歪む。


「あぁ?」


 だったらなんで俺を助けたんだよ? 用済みだって言って最後まで俺を突き放せよ。馬鹿だろ?


 外で、乱れた足音と複数の話し声が聞こえてくる。

 そして瓦礫を取り除く作業が開始される。

 次第に小さな隙間だったものが、複数の人たちの救助によりどんどんと穴が大きくなっていく。

 そんな中、おっちゃんが静かに俺を見つめ、そして呆れるように笑ってくる。


「お前も馬鹿なら俺も馬鹿か。同じ馬鹿なら──」


 助けにゃ損損。


 俺が真顔でそう言い返すと、おっちゃんが口端を引きつらせて鼻で笑ってくる。


「今のこの状況はお前にとって笑い事か?」


 ……。


 訊かれたから真面目に返したのに酷い言いようである。


「だったらリズミカルに言葉を返してくるな。たかだか "もしも" の話をしただけだっつーのに真剣に返してきやがって。

 俺の白騎士逃走の場数を嘗めんなよ」


 ……。


 訊かれたから真面目に返したのに酷い言いようである。


「うるせぇ、リピートしてくるな。何かのバグかと思うだろうが」


 ……。


 おっちゃんが誤魔化すように俺の頭を武骨な手でくしゃりと乱してくる。


「その "もしも" が絶対に起こらないとは限らんからな。それに、逆にお前が一人になることで捕まる可能性だってある。油断するなよ」


 お互いに、な。


 抜け出せるくらいに瓦礫が取り除かれた時。

 3人ほどの兵士が俺に救助の手を差し伸べてくる。

 俺はその手を掴んで先に、ベッドの下から脱出した。





 救助された後に知った話だが──。

 俺があの時まだ民間人の服から着替えていなかったこと、そしておっちゃんが兵士の格好をしていたことが幸いして、白騎士たちに不審な目を向けられることはなかった。

 たまたま通りかかった兵士こと──おっちゃんが、たまたま家の中にいた民間人の俺を救助した。

 そんな感じで白騎士たちの間で話がまとまったようだ。

 だから通報されることもなかったし、捕縛されることもなかったから、俺はおっちゃんの傍に留まることが出来た。

 それよりも、おっちゃんのケガの具合だが……。

 ベッドからはみ出し、瓦礫に埋もれていたおっちゃんの両足は、救出が早かったこともあり切断には至らず、駆け付けた救護隊からの治癒魔法を受けて無事に足を再生、回復することができた。

 たとえ再生できたとしても、数日は後遺症が残って歩けないだろうから安静にするように、とのことだった。





 ※





 2025/04/19 14:49


 救出後に、俺が見回した街の様子は、口を覆い、言葉にも出来ないほどの酷い状況だった。

 目を背けたくなるほどの地獄絵図。

 さきほどまで平穏だった建物は一瞬にして崩れて、一部の壁の残骸だけを残してなくなっていた。

 大きく抉れた地面。倒壊した建物。壁に焼け付くいくつもの人の影。

 ケガをして血を流している人、倒壊した建物に埋もれたり、救出しても息を引き取っていたりの遺体の数々。

 すっかり生きる気力を失った人たちが雑踏に溢れ、ボロボロに汚れた体で誰もが絶望に頭を垂れてその場に座り込み、子供の泣き声や呻き声が聞こえてきていた。

 今もまだ救助活動が行われていて、気の遠くなるような一つ一つの手作業を見て、俺は愕然とその場に座り込んだ。




 おっちゃんが自宅の瓦礫跡地で安静にしている間。

 無事だった俺は、勇気を出して自ら白騎兵士に声をかけて救助の手伝いを申し出たのだが、断られてしまった。

 そして「余計なことをするな」とおっちゃんに叱られるまでがワンセット。

 断られた理由としては、被害が街の一部だったこと、応援が来て人手が足りているということ、俺がまだ子供であり覚束ない作業で危なく作業の邪魔になること、そして精神的なトラウマを抱えることを心配してのことだった。

 救助に行ったとしても、必ずしもみんながみんな無事というわけではない。

 大ケガをしている人もいれば命を落としている人だっている。

 俺に出来ることと言えば、兵士と民間人のために炊き出しの手伝いをするくらいだった。

 それが今の俺に出来る精いっぱい。

 王宮からの緊急な備蓄放出もあり、壊滅を免れた場所からの協力的な運搬もあって、炊き出しの材料に困ることはなかった。

 食堂のおじちゃんおばちゃん達の協力もあって、炊き出しの作業はスムーズに進んだ。

 明日には神殿庁からの物資輸送が来るとの噂も耳にしている。

 

 おっちゃん、ご飯もらってきたー。


 二人分の配給──パンと野菜スープの入った器を両手に抱えて、俺はおっちゃんの居る自宅へと戻っていく。

 もはや瓦礫しか残っていない自宅の壁に身を横たえていたおっちゃんが、身を起こして俺を出迎える。


「状況はどうだった?」


 あぁ……まぁ……うん。


 言葉を濁し曖昧に、俺の口からはそれしか言えなかった。

 おっちゃんに配給を手渡して、俺はその隣に腰を下ろして自分の配給のパンを口にする。


「 "うん" だけじゃ分からん。状況を説明しろ」


 特に被害が大きかったのは俺たちが居る東側の街の一部くらいだったらしい。

 ゼルギア達のギルドも無事そうだし、カモメ亭も西寄りだから無事そうだった。

 露店とかもそれほど人は混んでいない。

 白騎士たちがいっぱい居てどこもワイワイしている。


 俺の言葉に耳を傾けながら、おっちゃんが無言で野菜スープをすする。


「……」


 もしあの時攻撃が終わらず3回目が来ていたら、きっともっと被害が甚大なものになっていただろうって。

 青の騎士団がなぜ全く反撃をしなかったのかってみんな不思議がってた。


 それだけを言って、俺は野菜スープを口に含んだ。

 おっちゃんが真顔で答えてくる。


「下手に反撃すると倍返しを食らう恐れもある。だがそれに怯むほども弱小の騎士団ではないのも確かだ。白騎士の中でも、青と赤は二大柱の主戦力だ。みんなが首を傾げるのも納得するし、俺も何かがおかしいと首を捻りたくなる」


 一応攻撃はしていたよ。俺見たんだ。王宮から放たれた砲弾が街の外に飛んでいくのを。


「1回だけだろ? しかもたった一発」


 うん。


「おかしいと思わないか? まるで──」


 相手を挑発している感じに見えた……。


 おっちゃんが「その通り」とばかりに俺に人差し指を向けて突き付けてくる。

 それを教鞭のようにして振りながら、

 2025/04/19 15:50

 2025/04/19 17:27


「ま、事の真偽は空論でしかないが、御託を並べりゃいくらでも理由は出てくる。

 そのいずれかが真実になるだろうが、分かったところで今の俺たちには何の意味も成さない」


 ……。


 俺は黙ってパンを一口かじる。

 おっちゃんも黙って野菜スープをすすった。

 そしていきなり話題を変えてくる。


「あの時、お前の頭を通して聞こえてきた声のことだが」


 ……うん?


 あまりに急な話題に俺はパンを咥えたままおっちゃんを見て首を傾げた。

 おっちゃんが真顔のまま言葉を続けてくる。


「一つの声主はたしかにミランだ。だがもう一つの声──あれが向こうの世界でお前を脅していた奴の声か?」


 ……。


 俺はパンを口から取り、そして静かに首を横に振って否定する。


 違う。あの声じゃなかった。もっと別の声だったと思う。


「──ということは、あの魔族と深い繋がりのある黒騎士が、お前の友達をこの世界に引き込んだ大元ってわけか」


 大元が分かったから何?


 俺がそう訊ねると、おっちゃんが微笑して人差し指を振ってくる。


守護者(そいつ)を俺が見つけ出して始末し、そいつが持っている異世界人に付与した契約書(コード・ネーム)を破棄すれば、お前の友達は強制的に元の世界へ帰ることができる。

 かつてセディスが綾原奈々との契約書を破棄したようにな」


 え? じゃぁもしかして逆もか?


 俺が眉を潜めて問うと、おっちゃんも顔を顰めて問い返してきた。


「逆? どういう意味だ?」


 もしおっちゃんが、逆にそいつから俺との契約書を破棄されたら、俺は元の世界へ戻れるのか?


「……」


 ……。


 おっちゃんが俺から視線を逸らし、お空を見上げて遠い目をする。


「なかなか厳しい質問だな」


 複雑な質問をした覚えはないんだけど。単純だろ? 小学生だって理解できる質問だ。

 なぁ、おっちゃん。その契約書持っているんだったら、今すぐ破って俺を元の世界へ帰してくれないか?


「馬鹿みたいに俺が肌身離さず持っていると思うか? ここにはない。ある場所に隠してある」


 隠し場所がいっぱいだな、おっちゃん。まるで冬眠前のリスみたいだ。


「リスも非常食をどこに隠したか忘れたら意味もないが」


 ……。


 俺は笑顔を固めたまま脅迫じみた言葉を口にする。


 なぁ、おっちゃん。まさか隠し場所を忘れたとか言わないよな? クトゥルクの魔法をぶっ放していいか?


「放屁するみたいにその魔法を使うのは勘弁願いたいな。それにお前、俺とイナが争った時のことをもう忘れたのか?」


 ……。


 俺は過去の記憶を探り、思い出す。

 あれはたしかセディスの事件で、エスピオナージのイナさんと出会って──そして、


【あんたの負けだよ! その銃は床に置きな! この時点であんたはKの守護者から外れたことになる! 今度からあたいがKの守護者を名乗るのさ!】


 おっちゃんが言葉を続けてくる。


「契約書が破棄される前に致命傷を負わされると自動的に解除され、契約書が新たな守護者に移行する。特にお前は破棄されることなく永遠とたらい回しにされるかもしれん」


 いや、おっちゃん今無事じゃん。


「だからなんだ?」


 俺は笑顔を固めたまま言葉を続ける。


 それって、今から俺が、おっちゃんからその隠し場所を聞いて、俺自身で破棄することも可能なんだろ?


「……」


 図星ってやつ?


 俺がそう問うと、おっちゃんが鼻で笑ってきて、やれやれとお手上げながらに俺に言ってくる。


「おいおい。どこのサブキャラだ、お前。

 普通そういうのは、俺から情報を聞き出した後にヒーローが契約書を破りながら締めに使う台詞だろ。

 俺がそれ聞いた後で隠し場所を言うと思うか? だからお前は馬鹿なんだ」


 ……。


 まぁ、いざとなったらリ・ザーネの魔法があるからいいか。

 今ここで隠し場所をわざわざおっちゃんから聞き出す必要はないかもしれない。

 俺は素知らぬ顔で野菜スープをすすった。

 おっちゃんが半眼で呆れてくる。


「強気だな、お前」


 おっちゃんには色々と鍛えられたから。


 俺が澄まし顔でそう答えると、おっちゃんが微笑ながらに俺の肩を軽く叩いてきた。


 2025/04/19 19:38


 「お前の友達を無事に助け出せたら隠し場所を教えてやる。あとはどう使おうとお前の勝手だ。煮るなり破くなり好きにしろ」


 ……。


 絶対嘘だと俺は思った。

 おっちゃんが鼻で笑ってくる。


「俺を信じるも信じないもお前の勝手だ。あとは──」


 ──。


 言葉途中で、街のメイン通りとされる王宮へ続く大きな通りで、突然賑やかな歓声が聞こえてきた。

 まるで某遊園地のパレードを彷彿とさせるような、そんな楽し気な音楽隊の生演奏や花火が聞こえてくる。


「……?」


 え、何? 何が始まったんだ? いきなり。


 俺は挙動不審に辺りを激しく見回す。

 そんな時、付近に居た住民たちがこぞって歓喜の声を上げる。


「神殿庁からの増援部隊が到着したそうよ」


「あの鋼の騎士団と名高いディーマン様が聖女隊を引き連れてくださったらしいわ」


「おい、みんな! クトゥルク様がこの国にご到着らしい! 王宮にいらっしゃるらしいぞ!」


「本当か!」


「みんなで王宮前の広場に見に行こう!」


「希望よ! クトゥルク様はこの国をお見捨てにならなかったんだわ!」


「行こう! みんなで!」


「王宮前の広場に!」


 ……。


 まるでバーゲンセールでも始まったかの勢いで、転売ヤー並みにわいのわいのと一斉に立ち上がってどこかへ群れて駆け出していく。

 本当に、さっきまで絶望的な腐った顔で項垂れていた住民とは思えないほどに、人々の表情に笑みが戻っていた。

 老若男女、兵士までもが希望を胸に走り去る。

 それを不思議な思いで見送って。

 周囲から住民がほとんど居なくなった頃に、俺は声を落としてぽつりとおっちゃんに訊ねる。


 なぁ、おっちゃん。


「なんだ?」


 クトゥルク様が王宮にご到着だって。


「( ´_ゝ`)フーン」


 いや、あのさ、おっちゃん。ふーんじゃなくて、俺以外にもクトゥルクの力を持っている奴がいるのか?


 問うと、おっちゃんがさも当然とした顔で普通に答えてくる。


「あぁ。いるよ」


 はぁ?


「お前には言っていないが実はいる」


 じゃぁ俺って、何?


 おっちゃんの胸服を鷲掴んで激しく問うと、おっちゃんは虚空を見上げてしばし考え込む。


「……」


 ……。


 間を置いて、おっちゃんが鼻で笑って答えてくる。


「じゃぁお前は、クトゥルクの力を持つ異世界人ってとこか?」


 疑問形で返してくるなよ。いや、え、待てよ──はぁ? じゃぁ何? なんで俺、ディーマンに誘拐されかけたんだよ?

 クトゥルク様がすでに居るなら俺ビクつく必要ないじゃん。俺、この力持っていたとしても全く関係ないじゃん。

 がんがんクトゥルクの魔法とか使ってもいいはずだろ? なのに、なん──?

 

 言葉途中でおっちゃんが手で制してくる。

 うんざり気味に溜め息を吐いて、


「それがそう簡単に解決するような問題じゃないんだ。これには雁字搦(がんじがら)めに絡まった複雑な事情がある」


 複雑な……事情?


「そうだ。お前が理解し難いくらいにな。だから何も気にするな。関わらないまま向こうの世界へ戻る方がお前の幸せのためでもある」


 だったら今すぐ俺をこの世界からログアウトさせてくれ。

 本当は出来るんだろ? 俺に嘘ついて騙しているだけなんだろ?

 あの時クトゥルクを使った代償とか、俺をこの世界に留めるための嘘なんだろ?


 俺が必死になってそう問うと、おっちゃんが真顔で俯き、そして静かに首を横に振ってくる。


「……」


 ……。


「残念だが、これが真実だ。これ以上俺にはどうしてやることも出来ない」


 いや、違う。そんなの絶対嘘だ。俺は戻れるんだ、向こうの世界に。


 俺は首を横に激しく振って否定する。

 

 だいたい俺が見た現実世界の夢が本当なはずないんだ。俺は死んでなんかいないし、今もずっと寝ているだけなんだ。

 あの現実世界の夢が──え……夢?


 俺はそこでようやく自分の身に起こっている異変にハッと気付いた。

 おっちゃんから手を離して数歩後退り、そして己の口元を手で押さえて覆い隠す。

 その脳裏に過る、あの時自分が呟いた言葉。


【……夢を見たんだ。とても怖い夢。すごくリアルで、すごく怖かった……】


 違う……夢なんかじゃない。俺はなんでこんなことを言っているんだ?

 この世界が俺にとっての夢の世界のはずなのに、なんで向こうの世界が夢の話になっているんだ?

 いつの間にか俺の中で現実が入れ替わっている。

 どっちが俺にとってのSimulated(本当の) Reality(現実世界)なんだ?


 悩み追い詰められた俺は、頭を抱えてその場に蹲るしかなかった。

 そんな俺に、おっちゃんがぽつりと声をかけてくる。


「どっちの世界もお前にとっては現実の世界だ。めでたいことにどちらで生きるかを、お前は選ぶことができる。

 戦いとは無縁の平和な世界で、クトゥルクを使わずに生涯を平凡と生きるか。

 それとも戦いばかりのこの世界に身を投じて、クトゥルクの力にすがりながらもこの世界の人たちを助け、延々と生きていくか。

 お前にとって──どっちが幸せだ?」


 ……。


 選べないと言ったら嘘になる。

 本当は戻りたいんだ。向こうの世界に。

 おっちゃんが微笑ながらにお手上げしてくる。


「だったらこの件には関わるな。知らないままでいろ。

 それがお前にとって "最善の手段" となるならば、の話だが」


 ……。


 俺は静かに顔を挙げておっちゃんを見つめる。


 知らないままでいれば、俺は元の世界へ戻ることが出来るのか?


「たぶんな。保障はしてやれないがまだ希望は捨てるな。──お?」


 え?


 そして気付く、ふわふわと舞い降りてくる白い粉雪。


 ……雪? こんな真夏の季節に?


 見上げれば。

 晴天の青空から降り注ぐ、季節外れの雪がこんこんと静かに舞い降りていた。

 そっと手を差し出せば、その手に溶け込む雪。

 冷たくもなく、触れた感覚もない不思議な白い雪。


 違う──。これは……


 雪に触れて、俺はゆっくりと目を閉じる。

 それは懐かしい感覚だった。

 同調するように、俺の中にあるクトゥルクの力が呼応する。

 間違いない。

 これは俺と同じクトゥルクの光だ。

 海蛍に触れた時とはまた違った光。

 すごく弱々しいけど、たしかに優しいクトゥルクの光だ。

 目を開いて見回せば。

 街全体を包み込むように、空から降り注いだ雪のような白い光は、やがて次々と地面に溶け込んで七色の光を生み出す。

 そしてそれは不思議にも。

 全壊になっていた街並みを元通りに再生していき、まるで襲撃なんてなかったかのように、そこには普段通りの街並みを取り戻していく家々の姿があった。


 ……。


 俺は静かに辺りを見回す。

 壊れていたおっちゃんの自宅が全て元の姿に戻っていき、俺はその家の中に居た。

 もちろんおっちゃんも、リビングの壁に身を預けたままの体勢でいた。


 すごい……これがクトゥルクの魔法なのか?


 感嘆の声を漏らしながら、まるで小学生のように、俺はワクワクする気持ちを抑えられずに、家の家具やら壁に触れて、その感触を確認する。

 まるで時間が巻き戻ったかのように全てが元通りだ。

 おっちゃんがその問いかけに声だけで答えてくる。


「そうだ。しかし──」


 ……。


 リビングのドアを開けて、廊下に出たところで。

 俺は一人の成人男性のご遺体を発見し、思わずその場に身を固める。

 救われたのはそれが無傷で昏倒したようなご遺体だったこと。

 おっちゃんが言葉を続けてくる。


「お前の力と比べると全然ダメだな。時間が戻るというより、ただの修復だ。

 死んだ人の命までは再生できないし、俺のケガが治るわけでもない。それに上を見ろ」


 ……。


 俺もつられて天井を見上げる。

 おや? 天井のところどころが欠損しているぞ。


「クトゥルクの力としては不完全だ。だからこそディーマンはお前を拉致しようと狙ってくる。

 間違っても王宮に居るクトゥルクに会いに行こうと思うなよ。その時点でお前はディーマンから捕縛されるぞ」


2025/04/19 21:49

 

監督ぅ~どこ行ったんですかぁー?

戻ってきてくださいよー

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