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Simulated Reality : Breakers【black版】  作者: 高瀬 悠
【第一章 第三部】 オリロアンの聖戦女(ヴァルキリー)
295/313

それは突然の始まり【10】

次回更新は不定期とさせていただきます。

更新出来る時は黙って更新します。

主人公の前にこっちが先に逝くことになるから…健康第一で

2025/04/13 15:40


 朝食を終えて。

 それぞれ外出用の兵士の服装に着替える為に、俺はおっちゃんの部屋へ、そしておっちゃんはリビングへと分かれて移動していった。



 部屋に着いて。

 俺は部屋内を見回す。


 なんか……薄暗いんだよな。


 カーテンで締め切られた部屋は高く昇り始めた日差しをも遮り、陰湿とした雰囲気を俺に与えてくる。

 もしかしたらカーテンとか開けて、もっと明るくすれば俺も良い夢を見られるんじゃないだろうか。

 俺は声を大きくしてリビングに居るおっちゃんへと声だけを投げる。


 なぁ、おっちゃん!


 返事はすぐにリビングから返ってくる。


「なんだ?」


 あのさぁー、ここの部屋のカーテンのことなんだけどさー。


「あぁ?」


 締め切っているけど、なんか意味があるのかなぁーって。


「カーテンだぁ?」


 うん、そう。カーテン締め切っているけど、開けていいかー?


 お互い頑なにその場から離れず、会話だけで解決しようとしている。

 

「カーテンがなんだって?」


 開けていいかーって。


「開ける? なんで?」


 いや、なんで開けないんだよ?


「あぁ?」


 いや、あぁじゃなくてこっち来てくれよ。


「お前が来い」


 はぁ……。


 溜め息を吐いて。

 俺がおっちゃんの居るリビングへと気だるく方向転換した時に、ちょうどおっちゃん自らが部屋へとやってくる。

 パンツ一丁姿でドアの前に佇んで一言。


「着替え途中なんだ。お前が来て要件言ったらどうだ?」


 そこまで脱いだんなら服着て来いよ。なんで堂々とパンイチで


「着替え遅っせーな、お前」


 おっちゃんが早すぎるだけだろ?


「要件はなんだ? カーテンがどうした?」


 開けていいかなって──


「勝手に開ければいいだろ、ンなもん。なんで俺の許可がいるんだ?」


 いつもカーテン閉めていると、なんか意味あるのかなって勘ぐるだろ。

 ほら、俺たち指名手配されているし。


「開け閉めがめんどくせーんだよ」


 え? それだけの理由?


「それだけだ。他には?」


 ない。


 俺が真顔でそう即答すると、おっちゃんが苛立たしい顔で舌打ちしてから無言でドアを激しく締めた。

 廊下からブツブツと俺に対する文句を口にしているのが聞こえてくる。


 ……。


 なんか、普通にイラっとした。


「お前の内心は筒抜けで聞こえてるぞ!」


 ……。


 本当は知っていてわざとだったんだが、まぁいいやと俺は思った。

 するとおっちゃんが無言で物に八つ当たりする音が聞こえてきて、俺は静かに耳を両手で覆った。

 触らぬ神に祟りなしってね。


「いいから早く着替えろ! 遅ぇーぞ、陽が暮れるだ……」


 ……?


 急におっちゃんの声が止まったような気がする。

 まぁいいか。

 俺はとりあえず薄暗いのはあまり好きじゃないので、カーテンを開けることにした。

 カーテンを開けて。

 明るい陽の日差しがスッと入ってくる。

 俺は思わず手で翳して影を作る。


 うはっ、眩しい。


 朝の明るい斜光に目が慣れてきた頃。

 俺の寝ていた部屋が人通りまばらの道沿いに面した場所だと知った。

 部屋の風通しを良くするために窓を開ける。

 すると、窓の下に座っていた知らないおじさんと目が合った。

 いったい誰だろう?

 俺は首を傾げつつもぎこちない笑みを浮かべ、気まずく頭を下げる。

 向こうのおじさんはというと、「邪魔すんな」とばかりに仏頂面で俺を睨みつけ、無視してくる。

 どうやら商売中だったらしい。

 大きめの布を広げてそこに商品を並べて座っている。

 

 ……。


 よし、見なかったことにしよう。

 なんとなくおっちゃんが窓を開けずにカーテンを閉めていた理由が分かった気がした。

 俺は静かに窓を閉めていった。


 ──それは突然だった。

 閉めようとした窓から聞こえてくる、ほら貝のような低く長引く音。

 船の汽笛とか蒸気で鳴らすような音じゃない。

 あれとはまた違ったボゥー、と重低音が静かに朝の街並み全体に大きく響き渡る。


 ……。


 なんだろう、すごく嫌な胸騒ぎがする。

 まばらだった目の前の道沿いの人々も、その音を耳にした時点で雰囲気が一変し、足早にどこかへ駆け出していく。

 俺の真下にいたおじさんもいそいそと商品を片付け始める。

 何人もの白騎士たちが集団となって急いで通り過ぎていくも、きっと俺のことなんて気付いていないんだろう。

 ただならぬ気配、そして雰囲気が辺りを強く支配していく。


「──」


 どこからか誰かの号令とともに、この街の高い位置にある王宮を囲う城壁から一包の砲台が火を噴く。

 それは真っ直ぐに。

 街を超えてさらに遠くの外へと飛んでいき、遠い場所に着弾。

 少しカタカタと地震のような揺れとともに地割れのような音が響く。


 え、なん……?

 

 空気もすごくどんよりと湿った感じがした。

 チリチリした乾いた空気が俺の肌を静電気のように弾き掠めていく。

 やっと目に見えるくらいの薄く黒い霧が、少しずつ増えているようにも感じた。

 なぜか知らないけど、だんだんと俺の中で興奮にも似たざわめきを感じる。

 俺の心の奥底で戦いの呼応を察したクトゥルクの力が暴れ出そうとしているようだ。

 両腕を擦って、騒ぎ出そうとする気持ちを宥めるように落ち着かせていく。


 落ち着け、俺。いったい何が始まろうとしているんだ?


 慌てて窓を完全に閉めて。

 何気なく目を向けた青空の景色。

 見た感じ、まだ平穏そうだけど、たしかに何かの人影がいる。

 

 ……。


 よく目を凝らして、その人影に注視すれば。

 黒っぽい戦闘服の格好の人物が二人。

 一人は邪気はらんだ暗黒のオーラに包まれた、いかにも魔族といわんばかりの角と尻尾を現した男性が一人。

 もう一人は──

 俺は見紛うことなく見知った人物の姿に、ハッとして思わず声を漏らす。


 え……! まさか、朝倉なのか……!


 魔族っぽい奴に指示を受けながら、朝倉が大きく深い闇の玉を生み出していく。


 魔法……!?


 この街を攻撃しようとしているのか?

 でもなんで、どうして……?

 面食らった顔で、俺は怯えるように首を横に振りながら窓から離れていく。


 ──そんな時だった。

 おっちゃんが真顔で俺の部屋に飛び込んできて急いで俺の身を抱きしめて確保すると、そのまま滑り込むようにベッドの下へと共に転がった。

 ベッドの真下でおっちゃんが庇うように覆いかぶさって俺の両耳を手で塞いでくる。


「衝撃が来るぞ、口を半開きにしろ!」


 え……?


 言われるがままに俺はポカンと口を開いて。

 カッと強い光が部屋に一瞬差し込んできたかと思うと、次の瞬間!

 最大級のハリケーンのような爆風と、震度7以上はあるのではないかと思うくらいの強い揺れが部屋全体を襲ってきた。

 もしおっちゃんがあの時俺をベッドの下に引き込まなかったら、俺は今頃無事では済まなかっただろう。


 ……。


 少しずつ振動が収まってきた頃。

 部屋にそこまでの家具が置かれていなかったこと、そして大きなベッドが幸いして、俺たちは無事だった。

 いまだにガラスの破片が落ちてくる音や、食器類が時差で次々と割れる音が響く。

 どこかの外で、誰かが呻く声や助けを求める声、子供や赤ちゃんの泣き声が聞こえてくる。

 俺の体の震えが止まらない。

 高山のような耳鳴りが今もキンと響いていて残音感があり、とても痛い。

 恐怖、疑問、ありとあらゆる複雑な気持ち、そして戦いたいと暴れるクトゥルクの力が俺の中で激しく交錯する。

 俺はしがみつくようにおっちゃんの服を握りしめた。

 心拍が急速に上がり、呼吸が乱れてくる。

 なんだかそのまま意識までもが遠のきそうになっていた。


「いいから落ち着け。大丈夫だ。ここは安全だ。クトゥルクを解放するなよ、絶対にだ」


 ……。


 おっちゃんのその言葉が俺にとってとても心強かった。

 深呼吸しながらどうにか自己暗示で、騒ぐ心を静めていく。

 少しずつ、クトゥルクの力が俺の中で落ち着いてくる。

 振動が止んでも、おっちゃんは俺をしっかりと守るように掴んで離さなかった。


 なぁ、おっちゃん。すぐ近くで人が助けを呼んでる。助けに行こう。


「まだだ。まだ終わっていない。この殺気がお前には分からないのか?」


 分からないよ、おっちゃん。


 何かに気付いて、おっちゃんが呆れるように笑ってくる。


「あぁそうか。お前にとってはどんなにトップレベルの魔族が現れたとしても全員が格下のカスってわけか。だから殺気にも値しないと」


 ……。


 酷い言われようである。


「恐らくこの程度じゃ済まない。もう一発撃ち込んでくるはずだ。クソが! 白騎士は何してんだ仕事しろ!」


 ……。


 いくら訓練を受けた兵士だろうと騎士だろうと皆生身の人間である。

 白騎士なのに企業カラーは絶対ブラック。

 おっちゃんが鼻で笑ってくる。


「お前にその余裕があるなら大丈夫そうだな。──やはりもう一発撃ってくるか」


 え……?


「さっきの衝撃がもう一回来るぞ、動くなよ」


 ──直後に。

 戦闘機が近くを掠めていくような空を引き裂く膨大な音と、激しい光。

 そして再び、先ほどの衝撃が部屋全体をトドメを刺すかのように襲ってくる。

 窓ガラスもカーテンすらも、残りも付かないほどに爆風で全て吹き飛び、家の一部が衝撃で倒壊したような轟音を立てる。

 俺たちの身を守ってくれているこのベッドはいつまで耐えてくれるだろうか。

 そんな不安が俺の中にあった。

 もし屋根でも崩れようものなら、それこそ俺たちは一たまりもない。

 1階戸建てに住んでいたのは幸いだったかもしれない。

 もしこれが高層だったならば、階下が抜けるか、階層の下敷きになって生き埋まるかのどちらかだっただろう。

 攻撃が連続することはなかった。

 

 ……。


 もう、周囲からは何の声も聞こえてこない。

 泣き声も助けを呼ぶ声すらも、何も……。


 おっちゃん……何も聞こえてこなくなったんだけど。

 俺の耳がおかしいだけだよな? みんな死んでたりとかしてないよな?


 俺を守るようにぐっと抱きしめて、おっちゃんが宥めるように落ち着いた声音で答えてくる。


「いいから何も考えるな。お前はクトゥルクを制御することだけを考えろ。クトゥルクの力が暴走すればこんなもんじゃ済まないからな」


 おっちゃん……。


「なんだ?」


 朝倉が居たんだ。俺、見たんだよ。早く止めに行かないと──


「馬鹿かお前は。今更お前がのこのこと出て行ってどうなる? 時と場合と場所を考えろ」


 でも朝倉が白騎士に捕まったら──


「安心しろ。こんな魔法をぶち込んでくるぐらいだ。それにバックにとんでもねぇ高位魔族をつけてやがる。あのレベルの高位魔族に対し、この程度の戦力しかない白騎士が、ちょっとやそっとで太刀打ちできるもんじゃねぇ。もっと白の騎士団かき集めて総戦力並みのことをしない限り歯は立たないだろう。だからリ・ザーネの魔法陣はまだ使うな。俺が指示してやる」


 うん……分かった。


「問題はいつあの高位魔族が帰ってくれるか、だ。まさかここでいきなり全面戦争を仕掛けてくるつもりじゃねぇだろうな?」


 ……。


 声は唐突に俺の頭の中に聞こえてきた。

 おっちゃん以外の声。

 今まで聞いたことのある声と、聞いたことのない知らない声。

 姿立ち位置までは分からないが、声だけで何が起こっているかは分かる。

 おっちゃんが不思議そうに首を傾げて俺に訊ねてくる。


「どうした? 何か聞こえてくるのか?」


 うん……。聞こえる。理由とか理屈とかよく分からないけど、聞こえてくるんだ。俺の頭の中に。


 そう、聞こえてくるのは二人の声。

 普通の日常的に交わされる程度の会話。

 一つは、俺の知っているミランの声。

 そしてもう一つは知らない奴の声。

 でもこの声、なんだか懐かしい。

 全然知らない奴の声なのに、記憶のどこかで、俺はこの声を知っている。


「よし。そのまま声を受け入れろ」






 ◆







 半分に、空が分かつ光と闇の世界──。

 対峙するように宙の佇む、三人の人物。


 光ある空に、たった一人で優雅に佇む英国風貴族紳士。

 対して、闇の空に無数の魔物を上空に付き従えた高位魔族が一人。

 頭の両サイドに角と、悪魔的尻尾の生えただけの人の姿を象るその魔族が異世界人を一人連れて迎え撃つ。

 黒き瞳の中に、黄色く細い瞳孔を光らせて、ニヤリと微笑するその口元から人語にて声を放つ。


「おやおや。これはどういう風の吹きまわしかな? クトゥルクに嫌われた道化の犬がそっち側に寝返るとは」


 手持ちのステッキを剣に変えて一振りし、シルクハットで顔を隠しながら貴族紳士は答える。


「どちら側になったつもりもありませんよ。私はただ守りたい者がここに居るから守っているだけのこと。

 ここは私の顔に免じて引き退ってくれませんか?

 もしこれ以上攻撃を続けるつもりならば、暇つぶしにお相手して差し上げますよ」


 その言葉に一歩踏み出す異世界人。

 己の力を過信しているためか、その異世界人は物怖じすることなく、片手に黒い闇魔法を生み出しながら貴族紳士に言い返す。


「邪魔する奴は誰でもいい。相手になってやる。

 どうせここは全部ゲームの世界だ。

 街だろうと国だろうとNPCだろうとMOBだろうと何だろうとゲームのキャラは全員まとめてこの力で消してやる。

 オレはこの世界からダチを助けたいんだ。この世界を滅ぼせばダチの命は助かるんだ。

 この世界がオレのダチの病気を悪化させる根源になっている害悪な世界だから」


 高位魔族が高らかと笑う。

 両手を大きく広げて、


「そう。この世界こそがお前の友達の病気を悪化させている根源だ。全て滅ぼせ。そうすればゲームクリアだ」


「ほぉ、なるほど。そういう事情でしたか」


 感心の声を漏らす貴族紳士に、高位魔族がニヤっと笑う。


「こういうゲームは見ていて楽しいものだ。全てを滅ぼす。実に心地よい言葉だ。

 クトゥルクが死んで、お前もちょうど退屈していたところだろう? 一緒に高見の見物をしないか? 白騎士どもが阿鼻叫喚に苦しむ様を。

 聖天使──いや、今は堕天使ミランか」


 フフと笑って貴族紳士。


「そんなことをしていると【ヴァルハラ】の門が開いて聖天使たちとの全面戦争が始まってしまいますよ」


 高位魔族が両手を広げて勝ち誇った笑みで言う。


「クトゥルクも死んだのにどうやってあの門が開くというんだ?」


 貴族紳士が手持ちのステッキを激しく一振りして払う。

 相手の言葉をも切り裂くようにして。


「私は言ったはずですよ? ここには私の()()()()()()()()、と。

 これ以上攻撃を続けるならば、相手になって差し上げますよ」


「……」


 何かを察して、高位魔族の表情から笑みが消える。

 攻撃の構えを取ろうとする異世界人を手で制し、次いで背後に率いる魔物にも退陣の合図を出す。

 そして異世界人もろとも、高位魔族自身をも、そこから霧のようにして姿を搔き消した。

 

2025/04/13 18:56

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