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Simulated Reality : Breakers【black版】  作者: 高瀬 悠
【第一章 第三部】 オリロアンの聖戦女(ヴァルキリー)
286/313

下を向いていたら虹なんて見えないよ【1】

桜が咲いたらしいよ……愛猫

一緒に見る約束だったよな


2025/03/24 20:19


 リディア国、王都──オリロアン。

 大型船の甲板から見える街並みは、まるで「アラジン」に登場するようなアラビアンナイトのような架空都市に似ていた。

 遠目に見えるイスタンブールのような豪華な宮殿や、入り組むように複雑に立ち並んだ白い民家の建造物、他にも白の長いシャツワンピースのような「トーブ」を身に着けている人や、「アバーヤ」のような 白いローブに身を包んだ人も見かける。

 どこまでが現地の人かは分からないが、竜人族や人間を含め、観光客も入り混じる多種多様な民族の人たちで、街はとても賑わっていた。


 わぁ……すげぇー。


 俺にとっては初めて見る異国。

 思わず船を駆け降りて、そこに広がる風景をきょろきょろと観察する。

 俺の目の前に広がる光景は活気のいい港町だった。

 なんだろう。

 なんというか、もし俺の家族が裕福で、遠い海外旅行に日常的に足を運べていたら、もしかしたら俺の反応は違ったのかもしれない。

 俺たちが乗ってきた船以外にも、いくつもの貿易船が行き交い、接岸して停泊し、異国の積み荷が次々と下ろされていた。

 港の町並みをぐるりと見回す。

 異国情緒あふれる首都──オリロアン。

 すごく胸がワクワクしてくる。

 俺はキラキラと目を輝かせて、異国の雰囲気に酔いしれて観光する。

 頭の上でミニチュア・ジュゴン──おっちゃんが呆れた声で俺に言う。


『お前にとってのこの旅は修学旅行か? 浮かれすぎだな』


 あ、いや……ごめん。


 テンションを落として、俺は内心でおっちゃんに謝る。

 そう。俺がここに来た目的は人質にされている友人──朝倉を探し出して、一緒に元の世界に帰ることだ。

 けして観光に来たわけじゃない。

 おっちゃんがやれやれとばかりに両ヒレをお手上げして、言葉を続けてくる。


『それで? オリロアンに着いたらどこへ行けと指示されているんだ?』


 え……?


『あぁ? まさか知らないとか言うんじゃないだろうな?』


 ……。


 行けば向こうから勝手に接触してくると思った──とは言えなかった。

 あの時は本当に不意打ちの異世界ログインだったし、何の準備もしていなかったというか、俺もまさか元の世界に戻れなくなるのは想定外のことだった。


『目的とか相手の名前とか聞き出しておけと、俺は言っておいたはずだよな?

 なんで訊いていないんだ?』


 訊いたら分かるのか? おっちゃん。


『まぁ、多少はな。想像がつく』


 おっちゃん絡みの借金の取り立て屋、とか……?


『それだったらお前の友達はとっくにあの世に行っている』


 どういう世界だよ、ここ。借金取り=マフィアか何かかよ。


『俺が絡んでいるというのはそんなとこだ』


 ……。


 俺は視線を泳がせて、ぽりぽりと気まずく頬を掻いた。

 そんな俺の脳裏をカルロスの忠告が過ぎる。


【ブラック・シープのことかい? 彼は気を付けた方がいい】


 もしかして俺は関わってはいけないヤバイ系の人と関わっているのだろうか。

 たしかにおっちゃんが元暴力団関係だったとしても、それはそれで納得いく。

 俺は声を震わせてぽつりと答える。


 だ、大丈夫だよ……きっと。オリロアンに来いって言っていたから、向こうから俺に接触してくるはず。


『……』


 ……たぶん。


 頭の中で、おっちゃんがとても大きな呆れの溜め息をわざとらしく吐いてくる。


『もういい。お前に期待した俺が馬鹿だったよ』


 うわ。なんだよ、そのデジャヴ。

 どこかで聞いたことのある誰かのフレーズ。


 ──そんな時だった。

 船の甲板から聞き覚えのある声が俺を呼んでくる。

 俺は振り返って、乗ってきた船の甲板へと目を向けた。


「おーい! お前、大事な忘れ物してないか?」


 ……え?


 さっきまで働いていた船の──俺の上司だった。

 心当たりがない俺は頭に疑問符を浮かべて首を傾げる。

 いや、まさか今更──

 まさかと思いながらも俺はその上司に向けて、その場から大きな声を投げる。


 もしかしてその船で働いていた時の制服ですか?

 それだったらとっくに返しましたけどぉー!


 内心で「カルロスが」を付け加える。

 そう。ここに到着して、いざ制服を返すとなった時に俺の着ていた服が見当たらなかったし、最後どこで脱いだのかの記憶がなかった。

 するとカルロスが部下である白騎士に命じて、俺の服を現地調達して準備してくれて、カルロスから俺に友人としてプレゼントしてくれたのである。

 だから俺の今の格好は現地人と同じで白の長いシャツワンピースのような「トーブ」である。

 船の甲板から上司が苛立たしい声で叫ぶ。


「ンなもん、見れば分かる! そうじゃなくてお前、何か大事なモン忘れているだろうが!」


 ……え?


 俺は増々疑問符を浮かべて呆然とした。

 おっちゃんが頭の中で言ってくる。


『あー、なるほど。そういえばそうだったな』


 え? なんかあったっけ? おっちゃん。


 いつまでもピンと来ない俺に苛立ったのか、上司がついに手に持っていた巾着袋を掲げて俺に示してくる。


「いつまで待たせる気だ? 忘れモンを早く取りに来い、この野郎!」


 あーーーーーーーー! 給料受け取るのを忘れてた!


 俺はそれを見てつい、大声で巾着袋を指差して叫んだ。

 みんなが俺に注目してくる。

 上司が巾着袋をすぐに隠し、おっちゃんが情けなく溜め息を吐いてくる。


『最大級のバカか、お前。こんな公衆の面前で叫ぶとか』


 いやぁ、つい忘れててさ。


 ハハハと気楽に笑う俺。

 おっちゃんが呆れて言葉を続けてくる。


『まだ分かっていないようだから忠告しておくが、巾着袋を受け取った時点で気を付けろよ』


 え……?


 俺はまだこの時、自分がしたことに全然気付いていなかった。




 ※




 巾着袋を受け取った時に、上司から贈られた卒業メッセージのような最後の忠告。


【きっとお前は今日、お金の大切さについて身をもって学ぶことになるだろう】


 いや、なんだよそれ。

 冗談めいて笑っていたあの時の自分。

 それを後悔したのはすぐだった。

 頭上にいたミニチュア・ジュゴン──おっちゃんが、頭の中で真面目な声して言ってくる。


『振り返るな。前を見ろ。ゆっくり歩くな、足早に行け。

 人混みに入るな。路地裏にも行くな。

 なるべく警邏隊がうろつく賑やかな場所を行け。

 ──いや、そっちじゃない。右の道に入るな、左を行け。

 巾着袋は腰に装着したままですぐに取り出せるようにしておけ』


 うん、わかった。


 俺はコインの入った巾着袋を服の内側の腰に身に着け隠したままで、足早に道を歩いた。

 おっちゃんの言う通り、船を降りた直後からずっと、俺の後ろから付け狙って追いかけてくる三人の男性。

 明らかに俺の巾着袋を狙っていた。


『相手はただの物盗りじゃない。もし路地裏に追い込まれてもすぐに金を渡すな。いざとなったら巾着袋を捨ててその場を即座に逃げろ。

 最悪、相手は金だけじゃなくお前の命も狙ってくるだろう。

 そうなった時が可哀想だ。──相手が、な』


 いや、俺じゃないのかよ?


『意識を取り戻した時に殺人犯になりたくなければ、接近戦に持ち込むのは避けるべきだ』


 じゃぁどうすればいい? 今この場でこの巾着袋を捨てればいいのか?


『お前なぁ……簡単にそういうが、今夜の宿代とか飯代とかどうするつもりだ? 野宿で草でも食うつもりか?』


 だからどうすればいい? おっちゃん。簡単に諦めてくれるような連中でもないだろ?


 おっちゃんが鼻で笑ってくる。


『まぁな。追いかけごっこをするっつっても、背後の連中もそろそろ痺れを切らす頃だ。

 たぶんこのままだと路地裏に追い込まれる』


 どういう意味だ?


 ふと俺が疑問を抱いた時だった。

 一人の貧相な身なりの老人が俺の前に立ち塞がり、拝みながら物乞いをしてくる。


 え……?


『おっと、そうくるか』


 ど、どうすればいい? おっちゃん。


 右に避けても左に避けても、老人は前に立ち塞がって両手を合わせてくる。

 その間にも背後の連中との距離がどんどん縮まっている。

 共犯かも分からない老人を無下に押し飛ばすわけにもいかず、俺はおっちゃんの指示を待ちながら歩みを迷う。


 どうしよう、おっちゃん。巾着袋を渡せばいいのか?


『やれやれ。仕方ない。そうするしかないな。他に手段があれば別だが?』


 思いつかねーよ。


『お前が上司に罵倒されながらコキ使われながら、夜の甲板磨きやらジャガイモ剥きやらで地味に稼いだ金だ。お前の好きにすればいい』


 心の傷を抉ってくるなよ! 渡し辛くなるだろ!


 おっちゃんが頭の中で意地悪く笑ってくる。


『またここでイチから今夜の宿代と飯代を働いて稼げばいい。お前が体を張って一人でな』


 なんか他に良い解決方法ないのかよ、おっちゃん!


 俺が両手をわななかせて内心で叫んだ時だった。

 ふいに横から俺に体当たりしてくる一人の子供。

 俺は予期せぬ衝撃でよろけて地面に座り込み、子供はそのままどこかへと走り去っていった。


 ……え?


 あまりの突然の出来事に、俺は地面に座り込んだまま呆然とする。

 走り去る子供の後ろ姿は見た目六歳ほどの男の子だった。

 身なりも貧相で、泥まみれているようだった。

 追いかけていた連中がサッと散る。

 さっきまで居た老人も通行人に紛れて居なくなる。

 俺はハッとして慌てて腰に手を当てる。


「ぅげッ! 無い! やられた!」


 さっきのぶつかった男の子は俺の巾着袋を奪うため。

 そして俺を突き飛ばしたのはすぐに追いかけてこないようにするためだ。

 全てを悟った時、俺は反射的にあの男の子を追いかけていた。

 おっちゃんの忠告すらも無視して……。




 ※




 息を切らしながら、俺は遠目で男の子の姿を捉えた。

 俺が追いかけてきていることに気付いた男の子が、慌てて路地裏に入って逃げる。

今までこの世界で過ごしてきた、俺の過酷な体験を馬鹿にしないでほしい。

 あんなに必死で稼いだ金をそう簡単に手放してたまるかよ!


『悪かった! お前のスイッチを後押しした俺が悪かった! だからもう追うのはやめろ! 金は俺がどうにか工面してやるから!』


 無視して、俺は男の子に向けて叫ぶ。


 俺がどんだけ上司にコキ使われて苦労したか分かってんのかー!


 路地裏に入って直後、刃物を持った怪しげなマッチョな男が俺を待ち構えていたようだったが、地下ダンジョンで戦闘に慣らされていた俺は、叫びとともにほぼ条件反射で男に蹴りを見舞って吹っ飛ばした。

 もちろん俺は普段から体を鍛えていたわけではないから、普通ならそう吹っ飛ぶはずがない。

 たぶん恐らくクトゥルク的な不思議な何かが、何等かの形で俺の体に影響していると思われる。

 どこにでもいる普通の細見の少年ごときの蹴り一発で、簡単に吹っ飛んでいく男を見て、目を丸くしてその場に固まる荒くれた屈強な男たち。

 どんどんと路地裏に突き進む俺を、怯えるように道を開けて、ただ遠巻きに優しく見守ってくれている。

 男の子もそれに驚いたらしく、土地勘があるのかさらに奥へ奥へと入り組んだ迷路のような道を手慣れた感じに逃げていく。

 ──そして。


 ……。


 肩で息を切らしながら血走った眼で。

 俺はその場に足を止めるしかなかった。

 ……見失ったのである。

 おっちゃんが頭の中で俺にぽつりと言ってくる。


『……気は済んだか?』


 全然。


『そうか。お前もよく頑張った。俺がお前を褒めることなんてなかっただろう?

 だからもう……諦めてくれないか?

 金なら俺が工面してやるって言っているだろ?』


 俺がおっちゃんから受けた仕打ちはこんなもんじゃない。

 諦めたらそこで終わりだ。

 だから──絶対取り返す!


『いや待て。なぜ上司から俺に矛先がすり替わっている? 何を取り戻そうとしているんだ? お前は』


 たぶん……金!


『おい、なんだ今の間は? 何を一瞬迷った?』


 ……居た、見つけた。


 俺は見失った男の子の姿を見つける。


『もういいから諦めろ。帰るぞ』


 ……。


 恐らく向こうは俺が見つけたことに気付いていない様子だ。

 警戒気味に辺りを見回して、そしてマンホールのような蓋を開けてそこへと入っていく。

 きっと男の子の体が汚れていたのはそれが原因なんじゃないかって俺は思った。

 しばらく時間を置いてから。

 俺は気付かないフリをして男の子の後を追いかけて地下の穴へと入っていった。




 ※




 男の子が俺の巾着袋を片手に嬉しそうに突き進んだ先に、女の子が座り込んでいた。

 事情を知って俺は足を止める。


 ……。


 どんな理由があれ、こんなこと許されることじゃない。

 叱って取り戻すべきか、それとも──


 ……。


 色々考えて、俺は元来た道を引き返すことにした。

 その物音に気付いてか、男の子が俺に向けて喚いてくる。


「しつこい奴だな、お前! そんな良い服着ているくせに、こんな金くらいでここまで追いかけてくるなよ!

 お前にとってはこんな金、寝ていても勝手に入ってくるような微々たる金なんだろ!

 港で金をちらつかせる馬鹿貴族のくせに!」


 ……。


 たしかにそれは俺にも非がある。

 服にしてもただの貰い物だ。

 俺は振り向いて男の子に言う。


 必死に働いて稼いだ金だったから追いかけた。それだけだよ。


「なんで働いてるんだよ? 貴族じゃないのか? お前……」


 俺は貴族でも何でもない。ただの異世界人だ。その金はお前にやるよ。


「異世界……人?」


 男の子の後ろに隠れていた女の子が、恐る恐る顔を覗かせて俺を見て口を開く。


「あたし、知っているよ。昨日ここで会ったよ、お兄ちゃんとは別の異世界人」


 え……?


 俺は思わず驚き目で問い返す。


 俺とは別の異世界人だと……?


 女の子は嬉しそうに元気よく頷いてくる。


「うん。その人が昨日ここで、あたしにパンを恵んでくれたの。その異世界人の名前も聞いたよ。

 たしか “アサクラ” っていう名前だった」


 ──!


 俺の体に電撃が走るような衝撃的な言葉だった。


2025/03/25 23:58


お前のGOサインはいつもわかりにくいんだよ、監督!

カキーン!

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