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Simulated Reality : Breakers【black版】  作者: 高瀬 悠
【第一章 第三部序章 後・下編】 砂塵の騎士団 【下】
283/313

◆降臨【48】

この巻の完結まで用意しました。

今日中にこの巻を終わらせる。

誤字脱字その他諸々あってもスルーすることが大切だ。

もう目が心臓が無理……ぁぁぁぁぁ!


 ◆




 2025/01/18 09:19

 英国風貴族紳士──ミランの顔つきが変わる。

 今までの余裕で笑っていた表情をスッと消して、真剣に張り詰めた表情になる。

 シルクハットの位置を片手で整えて深く被り直し、誰にでもなく呟きを落とす。


「背水の陣。ついに出てきましたか、クトゥルク。

 私はこの瞬間をずっと待ち望んでいましたよ」


 ミランの言葉を表すかの如く、鏡が波紋のように揺れ、鏡の中から一人の見知った少年がゆっくりと抜け出てくる。

 服装は少年Kが来ていた時のまま──姿形はKそのままだったが、髪色は白銀色に染まり、瞳は金色の竜眼となり、そして額にはクトゥルクの紋様が表れていた。

 水色スライムが入ったランタンを片手に、鏡の中から何食わぬ顔で抜け出してきた一人の少年。

 祭壇の地へと降り立ち、仲間たちへと顔を向ける。

 鏡の中から出てきた平然と出てきた少年を見て、立ち竦む仲間たち。

 その足元には()()の遺体が血まみれで倒れていた。

 アデルとデシデシは状況が読めずに驚きと戸惑いでオロオロと困惑し、カルロスにいたっては鼻で笑うという、それぞれの思いを表情に浮かべている。

 カルロスが少年に向けて声をかける。

 その声はカルロス本人の声ではなく、別人の声だった。

 謝罪の意を込めて片手を軽く挙げながら、


『最後の賭けに出るしか方法はなかった。ミランは本気で俺を殺すつもりだったようだ』


「……」


 無言無表情のまま少年は、カルロスの傍で倒れている遺体に目を向ける。

 魔物の血とは別に、ミランとの一瞬の闘いの際に負った致命傷となる自身の傷跡残る体で、そこに倒れて絶命した魚人族ゼルダの姿。

 魚人族のような魔物ならば、致命傷を負っても無限に再命できたであろう。

 しかし、ミランの持つ剣が特殊なモノであったが為に、その再命は不可能だったようだ。


『全てがギリギリの選択であり、奇跡のタイミングだった。カルロスが俺に言い迫って腕を掴まなければ、今ごろ俺は死んでいたところだ』


「……」


 少年が歩を進め、動き出す。

 祭壇を降り、カルロスの傍へと近づく。

 そして、無言のまま片手に持っていたスライムの入ったランタンをカルロスに手渡す。

 カルロスは申し訳なくそれを受け取って。

 少年がカルロスに向けて、ようやくその口を開いた。


「別にお前がどういう選択をしようが、それはお前の勝手だブラック・シープ。

 ただし、その選択をしたが為の大事なものを失う覚悟はしておけ。

 アイツがお前の指示を待っている。

 お前の声が届くまで、ずっと声を掛け続けろ。──それを忘れるな」


『……』


 すると、恐る恐るといったようにデシデシが様子を窺いながらも不安な顔して少年へと歩み寄っていく。

 人の型といい服装といい、Kと同じだったからだろう。

 倒れている魔物と少年を何度も見比べ困惑しながら訊ねてくる。


「あの……本当にKなんデシか? 今まで鏡の中に隠れていただけデシか?

 でもボク、たしかにこの目で見たデシ。Kが魔物に変貌する瞬間を。

 でも今、ボクの目の前にクトゥルク様そっくりのKがいるデシ。

 だったらこの魔物は、いったい誰だったんデシか?」


 少年は微笑する。

 そして、優しい声音でデシデシのその問いかけに答えた。


「誰でもない。その魔物こそがお前たちの呼ぶ “K” だ」


 途端に、デシデシが耳を伏せて目に涙で潤ませ、怯えた表情で問いかける。


「やっぱりKは死んじゃったデシか……?

 じゃぁ、ボクの目の前にいるのは本物のクトゥルク様デシか?」


 ようやく冷静さを取り戻したアデルが、少年に向け、無言で片膝を落として地に着け、片手の拳を胸に当て、深く頭を垂れて敬礼する。

 しかしデシデシだけは少年の足元にしがみついて泣きながら懇願する。


「ボクの目の前に居るのが本当に本物のクトゥルク様なら、Kをクトゥルクの力で復活させて欲しいデシ! クトゥルク様ならそれが出来るってボク聞いたデシ!

 Kはボクの大事な友達なんデシ! 他にも死んだギルドの仲間もみんな、復活させて欲しいデシ! お願いデシ!」


 必死に頼み込むデシデシに、アデルが慌てて体勢を崩して駆け寄り、腕に抱き締めて少年からデシデシを引き離す。


「デシデシよ耐えよ、それは可能だが願ってはならぬ! ならぬのだ……!」


「なんでデシか!? クトゥルク様ならみんなを生き返らせることが出来るデシ! 全部元通りになって、こんなダンジョンから脱出して、また前みたいに笑ってみんなと暮らしたいデシ! もう一度──ボクもう一度、Kに会いたいデシ!」


 少年が口を開く。


「もし、その願いを叶えるとして。

 その代償にお前の命と引き換えると言ったら、お前はその命を差し出すのか?」


「そんなの嫌デシ! ボク、みんなに会いたいデシ! Kに会いたいデシ!

 ボクの命と引き換えじゃなく、(とき)を戻してほしいデシ!

 こんなダンジョンからの繰り返しじゃなく、船の中でみんなと笑いあっていた──あの(とき)に戻してほしいデシ!」


「デシデシよ耐えよ、無礼にも程がある。それは願ってはならぬのだ……!」


「なんで願ったらダメなんデシか!? クトゥルク様はボクたちを助けてくれる神様デシ! それなのに、なんで願ったらダメなんむぐっ!」


「それでもならぬのだ、デシデシよ。耐えよ……」


 デシデシの口をしかと手で塞いで。

 アデルは肩を震わせて大粒の涙を流しながら、その胸にデシデシを抱きしめ続けた。

 2025/01/18 11:44

 2025/01/18 15:14

 少年がアデルへと声をかける。


「アデルライジ王の意志を継ぐ子孫よ。時代が変われどお前たちは賢明だ。

 だからオレはその声に耳を傾け、相談に乗っていた」


 アデルが顔を上げて少年を見る。


「クトゥルク様……」


「解決してやれなくてすまない。だがいつかは──(とき)の流れが解決してくれるだろう。

 お前たちのその賢明な意志を継いでいけば、きっと道は開ける」


 無言で。

 アデルはその言葉に頭を垂れた。

 そのアデルの腕から抜け出して、デシデシが寂し気に少年に問いかける。


「Kには……もう二度と会えないデシか? ボク達、このままずっと永遠にこのダンジョンから出られないデシか……?」


 少年が微笑し、人差し指を立てる。

 それを教鞭のようにして振りながら、


「二者択一。デシデシとアデル、お前たち二人に最後の試練を与える。

 ──目を閉じろ」


 少年にそう言われ、アデルとデシデシは大人しくその指示に従い目を閉じる。

 確認して、少年は言葉を続けた。


「これからお前たち二人に、ある一つの “問いかけ” を提示する。

 回答は口に出さなくていい。目を閉じたまま心の中で答えるんだ。

 もし、Kの復活の願いを叶えてやるとして、お前たちの前に二つの宝箱を用意したとしよう。

 一つはとても貧相で小さな小さな宝箱。

 もう一つはとても大きく豪華な宝箱だ。

 もちろんどの宝箱を選んでもKを復活させることが出来たとしよう。

 そこでお前たちに “問いかけ” だ。

 もしお前たちがKの立場だったとして、Kならどちらの箱を選ぶと思う?」


「そんなの決まってるデシ!」


 目を見開き、興奮に身を乗り出して言うデシデシに、アデルが落ち着くよう宥める。

 目は閉じたままで、デシデシの体をぽんぽんと優しく叩きながら、


「デシデシよ、言われたであろう? 回答する時は目を閉じて心の中で、だ。

 吾輩もKがどれを選ぶかは分かっておる。きっとそれはお前さんと同じ答えであろう」


「分かったデシ」


 アデルとデシデシは軽く目を閉じて、しばしの間、静かになる。

 少年がそっと手首から黒い霧状の靄に包まれたモノを外して、それを二人の前に掲げる。

 黒い霧状の靄はやがて腕時計へとその姿を変えていく。


「Kが見つけたこの魔法なら、お前たちを望みの場所へと導いてくれるかもしれない」


 少年は目を閉じて呪文を紡ぐ。

 Kが独自に編み出したその未知なる魔法を。


「──逆周回時計(タイム・ラグ)


 少年が掲げ持つ腕時計の針が一瞬止まった。

 そしてすぐに、逆回りの音を立てて時を刻んでいく。

 すると倒れていた魔物の遺体が白く仄かな光に包まれ始めた。

 それと同時に、アデルとデシデシの体も白く仄かな光に包まれ、その姿が風景に溶け込むかのように次第に薄れていく。

 目を開き、少年が小さく笑みを零す。

 誰にとも聞こえない声で呟く。


「良かったな、K。この世界の者たちに愛してもらえて。

 こんなにも仲間に信用してもらえているお前が正直羨ましいよ……」


 ふわり、と。

 まるで海蛍が舞うかのような光の粒子となって、二人と魔物の姿はそこから姿を消していった。

 合わせるように、少年が持つ腕時計も光の粒子となって溶け込んで消えた。

 アデルとデシデシ、そして魔物が消えたその場所を少年はただ黙って見つめる。

 少年の後ろから、カルロスが顔を渋めてお手上げする。


『何をそんな大袈裟な。俺はこんなにもお前を信用してやっているというのに、俺からの愛情じゃぁ物足りないってわけですか? ゲス神様』


 少年が頬を引きつらせて言う。


「やめろ。今背筋がぞわっとした」


『そういう意味で言ったんじゃないんだけどな』


 フッと少年が笑う。カルロスへと振り向いて、


「さて、と。あとは残った年寄り者同士、昔の話にでも花を咲かせるとしますか」


『誰が年寄りだ、コラ。俺はまだ若い。長老クラスの天使と神様の寄席に付き合わせんじゃねぇ。俺とお前らの年代格差が天と地なんだよ』


「……」


 少年がミランへと顔を向ける。

 相変わらずミランはただ黙って佇んだまま、何もしてくることなくこちらの動向を注視している。

 少年が呆れるようにお手上げして鼻で笑う。


「オレが鏡から出た後もこんなにも気長にゆっくりと話して隙だらけだというのに、一切の攻撃をしてこないとはな」


『よく言うよ。隙を狙って攻撃してきても、無傷のまま笑って倍の返り討ちにしてくるくせに』


「攻撃されると反射的につい手が出てしまうんだ。攻撃してくるときはなるべく予告して来てくれると優しく反撃してやれるんだけどな」


『窮鼠、戦闘象を噛む……か。

 手加減がレベル違いのお前なら、笑いながら優しく鼠を踏み潰してきそうだな』


 少年が手を差し出す。


「堕天使相手に手加減が必要だと思うか?」


 カルロスがその手を軽く叩いて、その後二人は拳を突き合わせる。


『俺を殺そうとした奴だ。全力で行こう』


「久しぶりにオレとの連携playといきますか。お前の体が鈍っていなければの話だけどな」


『何をおっしゃるゲス神様。お前こそ体を動かす前の準備運動が必要なんじゃねぇのか?』


 ……。


 二人して真顔で沈黙して、ミランを睨み据える。

 少年がぽつりとカルロスに言う。


「ミランの狙いはオレだ。

 オレがこの体で大きな力を酷使続けるとKが昏睡から目覚めなくなる。

 ある程度したらKに声をかけて叩き起こせ。

 Kを呼び起こせるのはお前だけだ。

 この世界の未来はお前の手にかかっている」


()()()()の具体的な指示は?』


「ない。直感でやれ」


『……』


 カルロスが無言で溜め息を吐いて、やれやれとお手上げして首を振る。


『ある程度がどのタイミングか知らんがいつものことだ。引き受けよう』


 カルロスのその言葉を聞いて。

 少年は黙ってそこから歩き出した。




 近づいてくる少年に、ミランはステッキを虚空に消してシルクハットをちょいと掲げて挨拶する。


「Miracolo.

 これはごきげんよう、クトゥルク様。ずっとこの瞬間を待ちわびていましたよ。

 再びここであなたと巡り合えたことに感謝する」


 少年は足を止め、ニヤリと笑ってミランに言う。


「なぜあの武器を消した?

 魔物を再起不能にする武器でオレを攻撃してくればいいのに」


 ミランが掲げたシルクハットを深くかぶり直して微笑する。


「またまたそんな御冗談を。魔法はおろか、あの武器ですら傷一つあなたにつけられないことを知っていてそんなことを言う」


 少年が鼻で笑って肩を竦める。手振りを交えながら、


「じゃぁ丸腰でオレと戦うつもりか? 言っておくが手加減無しだ」


「それは困りましたね。生憎私はあなたに抵抗できるだけの術を持ち合わせていません。あなた様の前では、ただ口先だけの道化に過ぎませんから」


 スッと少年が笑みを消してミランを睨みつける。


「言いたいことはそれだけか?」


「どうやら相当あなたを怒らせてしまったようですね」


「一応忠告はしていたはずだが? ミラン。二度とオレの前に現れるな、と」


 ミランが両腕を大きく広げて、少年の前で無防備を曝け出す。


「私を殴りたいのでしょう? どうぞ好きなだけ殴ればいい。攻撃したところでどうせあなたには傷一つ付けることが出来ない。ならば攻撃するだけ無駄だということ」


 少年が微笑する。人差し指をぴっと立てて、


「そうか。分かった。では遠慮なく」


 少年の言葉と同時に、ミランの体が見えない何かに強く掴まれたようにして引っ張られ、背後の壁へと吹き飛び、弾丸のようにしてその体を深くめりこませる。

 土煙と振動、衝撃音。

 壁にはその激しさを物語るほどの大きな亀裂が入って、今にも崩れそうで崩れないバランスで保ってパラパラと欠片だけを地に落とす。

 やがて土煙が薄まり。

 壁の穴奥にめり込んで糸切れた人形のようにぐったり首を落として動かないミランの姿が露わとなる。

 それを程よく距離を置いた場所から見ていたカルロスが、青ざめた顔を恐怖に引きつらせて軽蔑の声を漏らす。


『元聖天使相手に相変わらず容赦ねぇスパルタだなオイ。俺だったらとっくに死んでるぞ』


 少年がミランへ向けて声を荒げる。


「立て、ミラン!」


 その声を受けて。

 めり込んだ壁の向こうからミランが少し動きを見せる。

 どこかに吹き飛んでしまったシルクハット。

 短めの癖残る髪を震える手で掻き上げながら、ミランが笑う。

 顔を上げて、頭からだらだらと流れ出る血。

 それが落ちてポタリポタリと地を濡らす。

 ミランは血で染まった己の手を見つめ、そして現状を理解できないとばかりに軽く手を払って、信じられないといった口調で絶望の声を漏らす。


「なぜ、あなたに会うことを望んではいけないのですか?

 こうするしか他にあなたと会う方法が思いつかなかったんです」


 その場から動くことなく、少年がミランに向けて手を差し出してくる。


「お前が持っているその角笛を返してもらおう」


「……」


 ミランは大人しく虚空から魔の角笛を出現させると、それを手に握りしめ、そして少年に向けて投げつける。

 角笛は弧を描いて飛んでいき、少年はそれを手の中へと受け取る。

 少年がその角笛を自分の襟元へと向けて差し出すと、そこから毛むくじゃらの生き物がごそごそと出てきて、裸手を伸ばし、少年から角笛を受け取る。

 それを体毛の中へと隠し、再び毛むくじゃらの生き物は襟から服の中へとごそごそ戻っていく。


「そこまでしてオレと会って、お前はこの先どうしたいんだ?」


「……」


 ミランの傷が少しずつ癒えていく。

 それが天使として永遠に生きゆく者の運命(さだめ)

 終わることのない命。

 壁にその身を預けて呆然と天井を見つめ、ミランはぽつりと答える。


「私はただ、真実を受け入れるのが怖かった。

 たとえあなたから追放を言い渡され闇に堕ちたとしても、真実を拒み、覆したかった」


「……」


 少年は黙し、ただミランを見つめる。

 ミランは情けなく絶望に満ちた表情で傷の癒えた顔を片手で覆い隠し、涙を零す。


「クトゥルクの光が異世界へと持ち去られ、光が消えたこの世界を、私はどう愛していけばいいのですか?」


「……」


 少年はしばし顎に手を当て考え込み、そして、その視線をカルロスへと向ける。

 視線を向けられて、カルロスがびくりとして身をたじろぐ。


『なぜ俺に視線を向けてくる?』


 少年が困惑の表情を浮かべて首を傾げ、カルロスに問う。


「オレは……この問いかけにどう答えてやればいい?」


『ンなこと俺が知るかッ! 自分で考えろよ!』


 改めて少年がミランへと振り返る。

 そして、真顔となり言葉を告げる。


「お前がどんな手を尽くしてこようが、この真実を変えることはできない。

 たとえクトゥルクの光がこの世から消え去ったとしても、また次の希望の光が必ず現れる。それを信じて待てば──」


 ミランが鼻で笑う。

 顔を手で覆い隠したままクツクツと肩を震わせて笑い。

 次第にその声を大きくして、壊れたような表情で興奮気味に高笑う。

 言葉を止めて黙り込む少年。

 不安そうにそれを見つめるカルロス。

 ミランが完全に傷の癒えたその体をゆっくりと起こして立ち上がっていき、ふらつく足取りのまま少年へと向かって歩み寄っていく。

 求めるように片手を伸ばしながら、


「信じて待つ……? ならばなぜ、新たな光は今も現れないのですか?」


 少年の傍へと辿り着き、その片腕を荒く掴み上げる。


「あなたは嘘を言っている。だから──」


 ミランに片腕を掴まれようとも少年はそこから動じない。

 少年は首を傾げて冷酷な眼差しで答える。


「だから何だと言うんだ? お前は」


 言葉と同時に、ミランの体は再び見えない力で大きく吹っ飛び、背後の壁にぶつかってめり込んだ。

 再び巻き上がる土煙と衝撃音。

 壁全体に大きく亀裂が入って天井が斜めに傾き、今にも崩れ出さんとしていた。

 天井からパラパラと降り注いでくる欠片。

 カルロスが声を荒げる。


『もういいゲス神! 加減を考えろ! それ以上やるとこの部屋全体が崩れるぞ!』


「立て、ミラン!」


「……」


 土煙の中からゆっくりとミランがふらつく足取りで現れる。

 口端から流れる血を指で拭き取って。

 死にそうなまでの顔つき、そして荒息を肩で繰り返しながら、少年をじっと見据える。

 ミランは壊れたような笑いを浮かべながら少年に言う。


「これが、あなたから私への答えだというのですか?」


 少年が呆れるように手で払って答える。


「そう思うなら勝手にそう思えばいい」


「私とあなたの溝は延々と深くなっていくばかり。なぜそれを埋めようとしないのですか?」


「お前が嘘と真実を求めてくる限り、オレは永遠とお前を突き放す。それだけだ」


「それを求めることがこの私の罪だと、そう言うのですか?」


「他人を不幸に突き落とし、犠牲にしてでも得ようとする真実を正義だと主張するならば、お前は間違っているよ、ミラン。

 それはお前のただの自己満足であり、欲望を満たす為だけの快楽に過ぎない」


 ミランの表情からスッと感情が消える。

 次第に完治していく傷。

 体勢を立て直し、ミランは背筋をぴっと伸ばすと冷徹な眼差しで少年を見据えた。

 虚空からその手にシルクハットを出現させ、その頭にシルクハットをそっと当てる。

 位置を整え、顔を隠すように深く被り直す。


「そうですか……。私は真実を追い求めることに手段を選ばないことを罪だと思いません。

 なぜなら真実は常に一つだからです。

 真実を嘘で覆い隠すことが本当にこの世界の為でしょうか?

 答えはNO.

 それを知ることがこの私の罪であり快楽だと言うのなら、たしかにそうかもしれませんね」


 ミランが片手を大きく振り上げる。

 それと同時に部屋全体が時空に歪んで七色に輝き、変貌を始めた。




 まるで今までの風景の全てが幻であったかのように、そこには何の置物もない闘技場のように広く大きな四角いレンガ組みの部屋が現れた。

 その中心地へと立つ三人。

 ミランが無言で指を軽く鳴らすと、床に二つの波紋が広がり、そこから二つの大きな砂時計が出現した。

 一つの砂時計には、底に生きたまま精霊巫女──ミリアが座り込み、上から落ちてくる砂を浴びながら、内側からそのガラスを必死で叩いている姿。

 もう一つの砂時計には、底に小さな姿で敷き詰められた大勢の魚人族が、内側からガラスをみんなで必死に叩いて助けを求めている姿。

 その砂時計を天秤にかけるかのごとく左右に並べた状態で、ミランが少年に向けて笑みを浮かべながら問いかける。


「あなたが過去に選んだ真実を、もし、もう一度ここでやり直せるとしたならば。

 果たしてあなたはどちらの真実を選びますか?」


 カルロスが少年の元へと駆け寄りつつ、ミランのやり方に唖然とする。


『オイオイ。これが選ばれし天使様のやり方ですか?』


「正確には堕天使だ」


 少年がそう訂正する。

 どこか体調の悪そうな声音で。

 それに気付かず、カルロスは頭を抱えるように片手で前髪を掻き上げて、少年に言う。


『なぜミランの天使称号を剥奪しない? お前が剥奪さえすれば、奴はただの人間に成り果てて俺でも楽勝に倒すことができ──……ん? おい、いったいどうした?』


 蒼白じみた顔で頬に冷や汗を伝わせながら、少年が支えを求めるように、背中側からカルロスの服を強く掴んでくる。

 少年が内心でカルロスに語り掛ける。


(そのまま言葉を続けろ。このことをミランに悟られるな)


 カルロスが焦りの表情を浮かべながらそのまま言葉を詰まらせ、内心で泣き喚く。


『いきなり無茶振りしてくるな! そんな状態のお前を隣にして俺にいったいどうしろと?』


 何かに気付いたミランが勝ち誇ったような笑みでフッと笑ってくる。

 顔を隠すようにシルクハットを深く被って、


「なるほど……。そういう裏を、ずっと私に隠し続けてきたわけですね」


 少年が具合悪い顔を引きつらせながら無理やり微笑する。


「ヤバいな。どうやらミランに勘付かれたようだ」


 事情の見えないカルロスが動揺ながらに問う。


『いったいどういうことだ?』


(ミランの称号を剥奪するような大きな力を使うことは出来ない。使えばKの体に全て負担がいく。そうなればKは元の世界に戻ることが難しくなってくるだろう。

 かと言って、このまま長くオレがこの体を使い続ければ、Kの昏睡はその分だけ長くなり、Kの脳から出す指令を受けなくなったこの体はやがて生命維持機能を失い死に向かう。

 Kが脳死すればオレ自身も意識を保つのが次第に困難になってくる。

 クトゥルクの力を保持したままのこの体は、意識が無いだけのただの生きた屍となって、この世界の色んな奴らの手にたらい回しにされることだろう)


『余計俺にどうしろと?』


(お前の声で早くKを叩き起こせ。その間のことはオレがどうにか囮になって稼ぐ。急いでくれ)


 声を潜めてカルロスが少年へと耳打ちする。


『だがクトゥルクの力を上手く使えないアイツを叩き起こしたところで、この状況をどうすればいい? ミランが大人しくこの場を退くはずないだろ?』


 もはや有利を確信したミランが大きく両腕を広げてショータイムを始める。


「どうしましたか? クトゥルク様。

 久しぶりの再開なんですから、もっと私と長く楽しもうではありませんか」


『お前はこのままミランの相手をし続けろ。俺にミランの相手は無理だ。格が違い過ぎる。ミランさえお前が引き付けておけば、その間に俺があの砂時計を二つともぶち壊す。その程度なら何も難しくはないはずだ。Kを起こすのはそれからでも遅くない』


 額に冷や汗を浮かべ、どうにか意識を保ちながらも少年は苦し気に言葉を返す。

 鼻で笑って、


「ミランがそう手緩いことをしてくると思えないな」


 その言葉にミランが笑う。


「もちろん。当然ですよ、クトゥルク様。

 あの砂時計の中の者たちが砂に埋もれて死に行くのが先か、それとも私が砂塵の騎士となり、どちらか片方の砂時計の床を崩すのが先か。

 ──いざ尋常に勝負といきましょう!」


 ミランの姿が惑わしとなって時空を歪ませ、その歪みに溶け込むようにしてミランの姿が変わっていく。

 巨大な長剣を右手に掲げた、重装備の金色鎧をまとった一体の砂塵の騎士となって。


2025/01/18 23:49



休憩を挟んで、次の更新はたぶん20時かその辺になるとおもう

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