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Simulated Reality : Breakers【black版】  作者: 高瀬 悠
【第一章 第三部序章 後・下編】 砂塵の騎士団 【下】
281/313

隣にいたら、たぶんあれな感じのソクラノテス【46】


 2025/01/13 14:56


 祭壇に掲げられた二つの大きな鏡。

 一つは真実を映し、もう一つは嘘を映し出す。

 どちらか本物の鏡を選んで、偽物の鏡を壊すこと。

 それが、この試練── “真実の間”。




 ミランが鏡を置いて消え去った後の試練の間で。

 残された俺たちはそれぞれの行動を開始した。


 アデルさんが鏡へと一人で近づき、その左右の鏡それぞれに片手をそっと当てる。

 手が通り抜けるわけでも透かされるわけでもない。

 両方とも、どこにでもありそうな普通の鏡。


「ふむ……」


 手を鏡から退けて、腕を組んで唸り考え込む。

 デシデシも近づいて、鏡をそっと横から覗き込んでみる。


「ボクが映っているデシ。普通の鏡デシ。──あ、こっちの鏡もボクが映っているデシ。同じデシ」


 カルロスも鏡へと近づいて行って、両方の鏡に触れる。


「呪われた魔法の鏡かと思ったが、そうではなさそうだ」


「魔法の鏡デシか? 鏡からいきなり、鳩が出たり噴水が出たり炎が出たりするデシか?」


 デシデシがキラキラとした目でカルロスにそう問うと、カルロスが困ったような笑みを浮かべて答えてくる。


「サーカスじゃないんだからそういうのはきっと出てこないよ、デシデシ」


「えー、デシ! 出てきてほしいデシ!」


 可愛らしい駄々をこねるデシデシにアデルさんとカルロスが共に笑う。

 三人とも、両方の鏡に同じ姿が映っている。

 とても楽しそうで、仲良く笑い合っていて……。

 ふと、カルロスが遠く距離を置いている俺に気付いて手を招く。


「ケイも来てみるといい」


「大丈夫デシよ。全然怖くないデシよ。普通の鏡デシ」


 い、いや……俺は遠慮しとく。ここから見てるだけでいいから。


 鏡に映らない角度にさりげなく移動済みで、さらに警戒心を持って鏡からかなりの距離を置いている。

 さきほどから心臓がバクバクしていて止まらない。

 喉はカラカラだし、口元も動揺で震えているし、何よりさっきから手汗がすごいことになっている。

 どうしよう。

 なんだか全校スピーチでステージに上がって、みんなの前で発表する時みたいの緊張感だ。

 ハッキリ言って、あれが普通の鏡のはずがないんだ。

 ミランは明らかに俺に向けて言っていた。

 真実を映す鏡だと。

 ならば──嘘をついている俺はどんな姿であの鏡に映るのだろうか。

 異世界人である時の、この世界では違和感のあるあの服装か?

 もしそんな姿で映った時は、俺はみんなにどう言い訳すればいい?


「ケイよ」


 え、ああ、あ、はい!


 俺はアデルさんに名を呼ばれ、動揺ながらに返事した。

 アデルさんが真っ直ぐな目で俺を見つめてきて、言葉を続ける。


「そんな遠く鏡の横に立って居たのでは鏡がよく見えぬであろう。大丈夫だ。怯えることはない」


 すると、デシデシが半眼ながらにアデルさんに言う。


「Kのいたジャングルには鏡なんてなかったから、きっと鏡に映ったら魂を吸われるとでも思っているんデシ」


 ……。


 デシデシの隣でカルロスが微笑して手を仰いで否定する。


「まさかそんな迷信的なこと」


「本当デシ。エルフ族は鏡を嫌うって、団長がそう言っていたのを聞いたことあるデシ」


「うむ。それは一理あるやもしれぬ。吾輩も昔、エルフ族が鏡を嫌う話は耳にしたことがある」


「へぇ……。──あぁ大丈夫だよ、ケイ。これは普通の鏡だ」


「そうデシ、大丈夫デシよK」


「鏡に映るぐらいで魂は吸われぬ。吾輩たちを見よ。無事であろう?」


 わいわいわい、と。

 和気藹々と楽しそうにみんなで話している。

 そこに映る姿はみんな変わらない姿だった。

 名を呼ばれる度に、俺の心拍数は跳ね上がり、手がかじかむように小刻みに震えた。

 なんで俺……みんなに嘘をつかなければならないんだろう。

 異世界人だってそんなの別にいいじゃないか。

 アデルさん達はきっとそんな目で俺を差別してくることはない。

 みんな、そんな人たちじゃないって俺は信じている。

 たとえこの世界で俺がクトゥルクを持っていたとしても、たぶんみんな──みんな……

 ふと。

 俺の脳裏に過ぎる、ギルドでの会話。


【違うお。そいつじゃないお。Fと同じ異世界人だお。クトゥルクの力を持っている奴だお。

 ──あれ? みんなどうしたお?】


【クトゥルク、だと? そのコード・ネームKとはどんな人物だ?】


【知らないお】


【じゃぁ詳しい情報がわかったら教えてくれ。上層部に報告せねばならん】


 今思い出すだけでも、わいわい楽しかったあのギルドの雰囲気が、“クトゥルク” という言葉を出しただけで一瞬にして重苦しく張り詰めた雰囲気に変わった。

 あの時あの雰囲気の中で、俺はすごく怖い思いをしたのを覚えている。

 もし、今回もあの時と同じようにみんなの態度が一変してしまったら、俺はどうすればいいんだろう。

 アデルさんは?

 デシデシは?

 カルロスは?

 みんなどんな反応を示してくるんだろう。

 ギルドの時はどうにか場を誤魔化せたし、今もその嘘でもって誤魔化している。

 だけど今から、それが全部嘘だと打ち明けたとしよう。

 俺がこの口でみんなに真実を打ち明けた時、みんなは俺を受け入れてくれるんだろうか?


【あんたの負けだよ! その銃は床に置きな! この時点であんたはKの守護者から外れたことになる! 今度からあたいがKの守護者を名乗るのさ!】


 俺がクトゥルクを持っていると知って突然豹変したイナさん。

 もしかしてみんな、そんな感じになってしまうんだろうか。

 

【なぁ、おっちゃん。俺、みんなにバレたらどうなる?】


【二度と元の世界に戻れなくなるのは確実だな】


 本当に確実なのだろうか? おっちゃんが嘘をついているだけなのでは?

 アデルさんもデシデシもカルロスだって、みんな俺の仲間だし、心から信頼できる良い人たちだ。だからきっと……──いや。だけどもし、イナさんの時のように、みんなが豹変してしまったら……俺はどうすればいい?

 そう思うと、俺は怖くて鏡の前に立つこともできず、真実を口にすることにも怯えた。


「ケイよ、来るがよい」


「大丈夫デシよ」


「安心していい、ケイ。魂を吸われることもなければオバケが映るわけでもない」


 ……。


 みんなが俺を呼んでいる。

 だけど……俺の足は不安と恐怖で震えていて、なかなか踏み出すことができなかった。

 手汗を拭うように服を強く掻き掴んで、俺はみんなから──いや、鏡に映ることから怯えるように、一歩その場を退いた。

 トン、と。

 その背が何かに当たって、俺は振り向く。

 俺の後ろに無言無表情で立っていたのはおっちゃんこと、ゼルダさんだった。


 ……。


「みんなのところへ行かないのか?」


 ……。


 あまりにも酷過ぎる言葉だ。

 そもそもこんな事態になってしまったのも全部おっちゃんのせいだ。


『俺のせいだっていうのか? お前は。ただ真実を知ることに怯えているだけだろう?』


 ……。


 俺は内心でおっちゃんに訊いた。


 言っちゃっていいのか? 全部。俺がクトゥルクを持っているってことも、異世界人だってことも。


『その真実をお前が受け止め切れるなら堂々と言えばいい。それが原因でお前が元の世界へ戻れなくなったとしても、それも真実だ』


 だからさ、真実って結局なに?


『嘘偽りのない、ありのままのお前自身ってことだ。そのことで永遠に天国を見続けようとも、永遠に地獄を見続けることになろうとも、それがありのままの現実だってことだ。

 誰だって永遠に地獄を見続けるのは嫌だろう?

 真実を受け入れることは相当な覚悟がいるってことだ』


 相手が真実を知ったことで豹変することも?


『お前はイナが豹変した時に真実を受け止め切れなかった。お前が受け止められないことは俺も予想していた。だから俺はお前に、クトゥルクのことは誰にも言うな、使うなと言い続けた』


 おっちゃんがそう言ってくる理由は分かったけど、なんで……俺に嘘をついてまで利用してきたりするんだ?


『全てはお前を守るためだ、と答えても。お前はそれを信じるか?』


 ……。


「ケイ」


 いつの間にか傍に来ていたカルロスに、俺はハッとする。

 カルロスは俺の腕を掴むと己の背後へと庇うように引き寄せ、俺の傍に居たゼルダさんを睨み、人差し指を突き付けて警告する。


「僕の友達に近づくな、裏切り者のブラック・シープ。ケイに何を吹き込もうと、もうケイにお前の言葉は通用しない。

 以前はクトゥルク様の加護で誰も手を出せなかったけど、今はもう違う。神殿庁はいつでもお前を処刑にできる。このダンジョンから脱出した時、僕はお前の所在を神殿庁に報告するつもりだ」


 ゼルダさんが鼻で笑う。


「報告してどうする? 神殿庁に俺が捕まえられるとでも思っているのか?

 なぜアイツ等がいつまでも俺を捕縛できないか分かるか?

 この姿が本体じゃないと知っているからだ。本体は別の場所に置いている。それをアイツ等が捜し切れないだけだ。この体を捕まえたところで、俺はいつでも逃げ出せる。無駄なだけだ」


「いつまでもそんな強がりを言っているといい。僕たち白の騎士団を敵に回すことがどれだけ愚かなことか、その身をもって知るがいい。

 ──行こう、ケイ」


 え、あ……あぁ、う、うん。


 動揺混じりに曖昧に頷いて。

 無理やりカルロスに腕を引っ張られる形で、俺は鏡の置かれた場所へと連れて行かれる。

 こうなったら腹を括るしかない。

 カルロスに腕を引っ張られながら、俺の背後でゼルダさんとの距離がどんどん開いていく。

 俺を取り戻そうとついてくるわけでもない。

 ただ黙ってその場で見守っているだけ。

 そんな中、おっちゃんが俺の頭の中で話しかけてくる。


『カルロスに真実を言わないのか?』


 俺だって心の準備というものがある。


 おっちゃんが鼻で笑ってくる。


『だったら言わないままでもいいんじゃないのか? 俺を信用しているなら俺の傍に居るべきだ。俺がまたお前を助けてやってもいい。誰だって永遠に地獄を見続けるのは怖いもんだ。二度と修復されることのない関係。さっきまで仲良かったのに急に突き放されたりすることもな』


 ……。


『もし、お前が元の世界に戻りたいと願うなら、今すぐにでも俺がお前をカルロスから引き離し、鏡の前から遠ざける。

 しかし、お前が仲間と呼べる者たちに真実を打ち明けたいと思うならば、俺はこのままお前を見送る。

 クトゥルクの力を使えば、このダンジョンからみんなを救うことは可能だ。だがその代償として、真実を知られれば元の世界へは二度と戻れないだろう。

 その覚悟がお前にはあるのか? 向こうの世界の友達を助けるためだけに、このクソどうでもいいゲームみたいな世界にお前は飛び込んだんだろう?』


 ……。


 俺はその場で足を止める。

 そのことで、カルロスが何かを察して足を止めてきた。


「ケイ……? いったいどうしたんだい?」


 ……。


 たしかに、この世界にログインするまでは、都合が悪くなったらログアウトして、また俺の都合でこの世界ログインすればいいだけだって。ダチさえ助けられたら、この力のことも誰にも言わず、使いさえしなければ全てが大丈夫だって、俺はこの世界の住民じゃないから関係ないんだって……そう思っていた。

 だけど今は違う。

 俺はもう、この世界のみんなに嘘をつきたくない。元の世界に戻れなくなるのは嫌だけど、こんな苦しい思いをするのはたくさんだ。

 この力がこの世界でみんなの役に立つなら、俺はその為だけにこの世界に来て使いたいし、みんなを助けられる力があるなら、誰も犠牲にせずに救ってあげたいんだ。

 どちらが正しいかなんて俺には選べない。だから両方を救う方法を探すんだ。

 おっちゃんが鼻で笑ってくる。


『そんな都合の良い正義のヒーローがお前に出来たなら、俺はお前に制限なんてかけたりしない。

 まぁいい。じゃぁ好きにしろ。俺はもうお前を引き留めたりはしない。お前の真実だ。お前が選べ。

 ただし、それがどんな結果になろうとも、元の選択に引き返すことは困難だ』


 頷いて、俺は口を開いてカルロスに打ち明ける。


 なぁ、カルロス。俺……みんなに言っていないことがあるんだ。

 それを今ここで話した──


「ケイよ!」


 ……。


 大事なところでアデルさんの野太い声が邪魔をする。


「いったいどうしたというのだ?」


 ……。


 今、それを言おうとしていたところです。

 覚悟に冷水を浴びせられたように、俺はタイミングを崩して気まずく口を閉じる。

 デシデシが俺の傍に嬉しそうに駆け寄ってきて、俺の足の服を前足でぎゅっと引っ張り鏡の前へ連れて行こうとする。


「Kも早く来るデシよぉ。あの鏡、なかなか面白いんデシよ」


「見るが良い、ケイよ! 吾輩の変顔を!」


 言って、アデルさんが両手で顔をぐしゃりと乱して、色んな顔のポーズを取る。

 片方の鏡にはそのままのアデルさんの馬鹿らしい変顔、そしてもう片方の鏡には、なぜかキリっとした威厳ある王様然としたアデルさんの顔が映っている。


 ……?


 いったいどういうことだ? 両方の鏡に同じものが映るんじゃないのか?


「Kもやってみるデシ。大丈夫デシ。魂なんて吸い取られないデシ。ボクなんて片方の鏡に、とっても可愛いメス猫ちゃんがボクに求婚のポーズをしてくるデシ」


 ……。


 真実っていったい何?

 俺の中にそんな疑問が渦巻く。


「え? なんでそんな面白いことになっているんだい? 僕が離れた隙に君たち、鏡に何かしたのかい?」


「それが分からないんデシ。急に片方の鏡に映るボクたちが勝手に変なことをやり始めたデシ」


「え? え? なにその面白いこと。僕も参加してみていいかい?」


「いいデシけど、何して遊ぶデシか?」


 え……いや、遊ぶ……?


「うーん、と。そうだなぁ……。よし、僕はこれを試してみよう!」


 そう言って、カルロスが我先にと俺を置いて鏡の前へと直行する。


 え……いや、ちょっと待って、みんな……遊ぶって、何?


「ほらほらデシ、Kも早く鏡の前へ行くデシよ」


 え? ちょっ……え……?


 さっきまで真剣に悩んでいた俺の青春を返してくれ。

 デシデシに後ろを押されながら、俺はそう心の中で思った。




 ※




 俺は恐る恐るといった足取りで鏡の前へと向かう。

 すでに鏡の前では片方の鏡を前に、キリッとしたカッコイイと思うそれぞれのポーズで映った後、それをアデルさんとカルロスが互いに爆笑しながら遊んでいる。

 デシデシに連れられて俺は、真横から入っていってまずは片方の鏡の前に立った。

 そこに映るのは今在るありのままの姿の俺たちの姿。

 楽しそうに笑うアデルさんとカルロス、そしてにこにこ笑顔のデシデシ。

 俺だけ……なぜか雰囲気に馴染めなくて、笑えなくて。

 なんか俺だけむちゃくちゃ暗い顔をしている。

 デシデシが俺に言ってくる。


「ほら、大丈夫デシよ。KはKとして、ちゃんと鏡に映っているデシ。魂が吸われるなんて、ただの迷信デシ」


「来いよ、ケイ。もう一つの鏡もすごく面白いんだ」


「うむ。なかなかの余興である。吾輩、こんなに騒いだのは生まれて初めてのことだ」


「騒ぎすぎデシ。大人げないデシ」


「何を言う、デシデシよ。こういうのが今の時代に必要なのだ」


「ほら、ケイ。君もその鏡だけじゃなく、こっちの鏡でも色々遊んでみるといい。

 もしかしたらこれは真実の鏡ではなく余興のために作られた惑わしの鏡かもしれない」


 ……。


 俺の中の心臓の鼓動が一層大きくなる。

 ぎゅっ、と服を強く握りしめて。

 俺はもう一つの鏡の前へと静かに足を向けた。


「……」



 ……。


 もう片方の鏡に立って。

 ──そこに映った自分の姿は、やはりと言わんばかりか。

 みんなとは違う形で映っていた。

 一瞬言葉を失って、鏡に映る俺の姿を見ながら唖然と固まるアデルさんとカルロス。

 デシデシだけが目をキラキラさせて声をあげる。


「わぁお。Kがまるでクトゥルク様みたいデシ」


 ……。


 姿形はそのままの俺だったが、髪は白銀色で、目は金色の竜眼、そして額にはクトゥルクの紋様と思わしきものがあった。

 カルロスが壊れた笑いを浮かべて、ぎこちない顔を俺に向けてくる。


「い、いやその、なんというか。あ、ああ、あのさ……た、たしかに君、クトゥルク様にちょっと似ているなぁとは思っていたけど……いや……なんで?

 そういえば君、さっき僕に何か言おうとして──」


「うむ。ケイよ、表情が固い。もっと変顔して笑ってみせよ」


 ──え?


 俺はアデルさんの意外な言葉に、呆然と問い返した。

 アデルさんがいつもと変わらない態度と表情で、俺に言ってくる。

 鏡を指差して、


「これは余興の鏡であろう? せっかくの機会だ。もっと、こう、吾輩のように変顔をしてみせよ」


 え……?


 むぎゅっと片手でアデルさんが自分の頬を強く押し潰してアヒル口にし、もう片手で豚鼻を真似て鼻先端を吊り上げる。


「こうだ、ケイ。真似てみよ」


 は?


 ドン引いて思わず逃げ腰になる俺を捕まえて、アデルさんが俺の顔をがしっと片手で掴んで変顔させてこようとする。


 いでででで!


「や、やめるデシよぉ! 変顔のクトゥルク様なんて見たくないデシ!」


「そうか。そうだよ、ここに映っているのはケイだ。クトゥルク様がこんなところにいるはずがない。危うくケイに騙されるところだった」


 いは、おへ、だまふぉーふぉふぃてつぅわへは──


 いや、俺騙そうとしているわけでは。と言いたかったが、すでにアデルさんに頬をがしっと強く掴まれてアヒル口にされているため上手く言葉を発音できない。


「駄目デシよぉ! たとえKが似ていたとしても……でも、ボク見てみたいデシ!」


「たしかに! こんな機会絶対見られるものじゃない。ケイ、そのまま鏡を向いてくれ」


 つーか、お前らなんでそんなノリノリなんだよ! と、口で言うことはできないので俺は内心で絶叫する。


「クトゥルク様にはこんな無礼を吾輩でも出来ぬが、しかしケイがクトゥルク様に似ているとあらば、こんな機会は滅多にない。ケイよ、今こそ変顔をするのだ!」


 いでででで!


 それ以前にアデルさんがなぜかすごく、うーん……なんだろう、昼休みに友達とふざけ合うようなテンションは。一応元は王様だったんだよな? アデルさんって。

 俺は変顔を無理やりやらされながら、内心で冷静にそうツッコんだ。

 みんなに言われるがままに、俺は無理やり変顔させられた顔を鏡へと向けて。

 自分の変顔よりも、それを見たみんなの様様たる驚いたようなフザケた顔ぶりに、俺は思わず心からの爆笑を漏らした。


「Kがやっと笑ったデシ!」


「爆笑するクトゥルク様を僕は初めて見た気がする……。いや、今ここにいるのはケイだけど」


「うむ。余興の鏡はなかなかに面白い物である。しかし──」


 え……?


 何を思ってか、アデルさんが急に余興の鏡を力強く掲げるようにして持ち上げると、それをそのまま床に叩きつけた。

 余興の鏡が音を立てて割れ、そのカケラが床に散乱する。

 俺も含めてみんなが驚き固まって唖然とする中で、アデルさんが俺の腕を引っ張って、そしてもう一つの鏡の前へと連れて行った。

 アデルさん、俺、そしてデシデシとカルロスが来て隣に並ぶ。

 そこに映るのはいつもと変わらない姿の俺たち。

 アデルさんが俺に言う。


「ケイよ」


 はい。


「吾輩はこれが真実の鏡だと思った。ここに映るのが本当のお前さんの姿だ。そのことに間違いはないな?」


 ……いや、あの


「良い。これで良いのだ。この姿をしかと目に焼き付けよ。お前さんは吾輩が信じた大事な弟子だ。砂塵の騎士を倒し、皆でここを脱出しよう」


 アデルさん……俺──


「ケイ。僕もこの鏡が真実の鏡だと思っている。君がさっき何を言いかけたのかは気になるけど、でもケイはケイだ。僕の大切な友だ。何も言わなくていい。そのままで居てくれたらそれで」


 カルロス……。


「Kは本当に、ボクが知ってるKなんデシよね?」


 うん……そうだよデシデシ。俺がKだってことに嘘はない。それは真実だ。


「うむ。ならばそれで良いではないか。何を打ち明ける必要がある?」


「──それはあなた方にとって、とても必要なことだと思いますよ」


 声は唐突に、俺たちの背後から聞こえてきた。

 俺たちは鏡からその声主へと振り向いて視線を向ける。

 いつから現れていたのだろう、ステッキを片手にエレガントな微笑みで佇む英国風貴族紳士の男。

 男──ミランは俺たちに向け、心無い拍手を送る。


「Bravo. 君たちは実に素晴らしい友情をお持ちのようだ。

 しかし、その鏡が果たして本当に真実の鏡と言えるだろうか?」


 ……。


 ミランが俺に向けて舌打ち鳴らしながら人差し指を横に振る。


「なぜ本当のことをみんなに打ち明けようとしない? 少年」


 ……。


 俺は唇をきつく噛みしめ、自分の服を握りしめると、そのまま顔を俯けた。

 カルロスが俺の顔を覗き込むようにして訊いてくる。


「本当のことって? いったいどういうことだい? ケイ」


 ……。


 ミランが俺の代わりに真実を話し始める。


「彼は異世界人です。ジャングルで生まれ育ったのは全て嘘。たまたま訪れたジャングルでエルフ族に出会い、黒騎士の襲撃から逃げるようにギルドの団長に助けられてギルドに流れ着いた」


 デシデシとアデルさんがミランに向けて、身を乗り出すような勢いで言い返す。


「違うデシ! 団長がそんな嘘をつくはずないデシ! ボクはたしかに団長からこの耳で聞いたデシ! KはKデシ! ボクの知っているKは出会った時からずっと何も変わらないデシ!」


「たとえケイが何も言わなかろうとも、ここに居るケイは吾輩たちの知っているケイだ!

 吾輩はケイを信じておる!」


「ぼ、ボクもデシ!」


「僕も!」


 カルロスが顔を上げてミランに言い返す。


「僕もケイを信じてる! ケイは僕の大事な友だ! どんなことがあっても、この先もずっと!」


 みんな……。


 涙腺緩んだ顔で、俺はみんなを見回す。

 ミランが微笑する。


「そうですか。どんなことがあっても……彼を友である、と。

 フフ。いいでしょう。ならば、こういうのはどうでしょうか?」


 パチンと。

 ミランが指を軽く打ち鳴らすと、俺たちの背後にあった鏡に異変が起こる。

 その異変に気付いて、俺たちは思わず背後の鏡へと一斉に注目した。

 一滴の水が落ちたかのように波紋に揺らめく鏡。

 その波紋が次第に落ち着いて、本来の鏡へと戻った時。

 そこに映っていたのは、いつもと変わらないみんなと、俺だけがなぜか醜い蛸と魚人の狭間のような姿をした化け物になっていた。

 みんなが俺を二度見して鏡に映る姿と確認して息を呑む。

 鏡から後退り驚愕する俺に合わせるように、その鏡に映る化け物も同じような姿で映っている。

 俺は怯えるように首を横に振った。


【この世界で、いつまでその仮染めた人の姿の化身を続けるつもりなのだ? クトゥルクよ】


 ち、違う……俺は、化け物なんかじゃない……!


 ミランがニヤリと笑って言ってくる。

 手持ちの角笛を高く掲げながら、


「この角笛を吹いても、君は正気でいられるかな? 少年」


 俺はそれを見てハッとする。


【ケイよ。お前さんがどういった経緯であれを手に入れたかは聞かぬが、あれはお前さん──いや、誰が持っていていい物ではない。

 あの角笛は魔を呼び寄せる角笛だ】


【魔を……呼び寄せる?】


【もしかしたらあの角笛はお前さん自身を呪蟲(デイダラ)に変えてしまうかもしれん。

 ──竜騎軍が闇の道に染まってしまったように】


 たしか、あの角笛はアデルさんが俺から奪って闇の中へと捨てたはずの物だった。

 俺は確実にそれを目撃している。

 なのに、なぜミランがそれを持っているというんだ?

 いったい何が起こってこんなことに──


【クトゥルクの魔法を察知した奴がお前をずっと付け狙っている】


 俺はようやくそこで、自分が犯した失敗に気付いた。


 そういう……ことだったのかよ。


 ミランが角笛を口へと持っていく。

 それに気付いたアデルさんが驚愕な顔で叫ぶ。


「やめるのだ! それを吹いてはならん!」


 しかし──。

 ミランは微笑しながら、その角笛を口にして吹き鳴らした。

2025/01/13 23:03




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