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Simulated Reality : Breakers【black版】  作者: 高瀬 悠
【第一章 第三部序章 後・下編】 砂塵の騎士団 【下】
279/313

海底遺跡ダンジョンに入場料は必要ですか?【44】

はい。ここまで付いてきている人、安心してください。

あともう少しで一息つけます。いや、自分が。


2025/01/11 15:12


「カタ……クト……コトコト……カタク……ココ」


 ……?


 気が付いて、俺はそっと目を開いていく。

 光も差し込まない真っ暗な闇の中。

 本当に目を開けているのかどうかも疑わしくなってくる。

 でもたしかに、目に感じる瞬きをしているという動作。

 眼球を動かしたところで、右も左も上も下も何も分からない。

 風もいつの間にか肌に感じなくなっていた。

 ここはいったいどこだろう?


 うっ……。


 少し体を動かせば全身に痛みが走る。

 俺は思わず顔を歪めて呻き声を上げた。

 背中側に感じる地面の感触。

 どうやら落ちた瞬間に無防備に体を叩きつけてしまったようだ。

 だがしかし、結構な距離を俺は落ちた気がする。

 この痛み程度で済んだのは本当に奇跡に近い。

 まるで、躓いて転んで倒れた程度の軽い痛みだ。

 そっと足を動かしていき、手探りで地面へと触れ、そこを掻き掴む。

 岩のように硬い土の感触。

 俺はそのまま体を動かし、寝返りしながら少しずつ上半身を起こしていった。

 この程度の痛みなら、骨折も打撲もしていないだろう。

 俺は辺りを見回し、仲間の姿を目で探した。

 暗くて何も見えない。

 みんな無事だろうか? そして、近くにいるのだろうか?


「クト……コトコト……クト」


 え……?


 まただ。

 俺のすぐ近くで、擬音語を口で言っているような聞き馴染みの無い声が聞こえてくる。

 男性でもなく女性でもない、子供でも無ければ老人でもない。

 なんだろう。

 物音というよりも、まるで獣が変な声で鳴いているような──いや、いったい……なんだ? 人の声か? 誰かいるのか? それとも魔物か?

 俺は警戒気味に辺りを激しく見回す。


 すると、ボウっと。

 浮かび上がるような仄かな明かりが俺の周囲を照らす。

 俺はびくりと身を震わせ、恐る恐るその明かりへと顔を向けていった。


 ……。


 そこにいたのはランタンを片手に掲げた一匹の小さな魔物の姿だった。

 緑色の両生類のような平たい丸顔をしており、眼窩から大きく隆起した眼球には瞳孔もなく全体的に黄色く染まっている。鼻や耳は低く広がり目立たない。人間のように安定した直立二足歩行をし、足元は靴、そして黒いローブを身に纏っていた。ローブの裾から見えるサンショウウオのような太い尻尾。水掻きがついたような手にはそれぞれの道具を持っており、片手にランタン、そしてもう片手には──


 ……!


 俺はそれを見て、逃げ腰に地面を這って数歩距離をとった。

 その手に握られていたものは包丁のような刃物。

 しかも殺意のある逆手持ちだ。

 魔物が一歩、俺へと歩み寄る。

 俺は近づいてきた分だけ後ろに這って距離を置いた。


「……」


 ……。


 魔物が俺をジッと見つめてきて、口を開かずぽつりと言う。


「クトコト……コト」


 ……。


 この生物の鳴き声なのだろうか?

 それにしては何ともわざとらしい擬音の言葉だ。

 人語を話せるけど、あえて話さない。

 例えるなら俺が猫に「にゃあ」とわざとらしく言っているような感じだ。

 俺は無言で威嚇しながらその魔物を見据える。

 野生の熊と対峙しているような気持ちで、急に逃げ出したりせず、距離を置きながら観察する。

 ようやく、魔物が人語で俺に話しかけてくる。

 口は閉じたまま、幼声と老人を混ぜたような声音で。


「下等なる人間種族の言葉を介せねば我らの交わす古代語をも理解出来ぬのか? アレクシエルよ。

 ──いや、人間種族が言う『クトゥルク』という名で呼ぶべきか?」


 え……?


 それ、俺に言っているのか?

 辺りを見回してみたが、俺以外に人の気配はない。


「どこを見ておる?」


 ……もしかして俺に、言っているのか?


 俺は思わず自身に指を向けて問う。

 すると魔物はこくりと頷き、ランタンを俺に向けてきた。


「他に誰が居ろうというのだ?」


 いや、あの……


 俺は気まずく頬を掻いてその魔物に言った。


 たぶん人違いだと──


 言葉半ばで、魔物がフンと笑ってくる。

 どこでどういう風に笑っているかは不明だが、少なくとも声は笑っていたように思える。


「その身にクトゥルクの光を宿しながら本人ではないと、何を言うておる」


 違う! この力は成り行きで俺がもらってしまったんだ。

 俺、この世界の人間じゃないし、誰にどう返していいか──


「返す? その心臓を誰に返すというのだ?」


 心臓……?


「長きもの間、人間種族に囚われ、ついに記憶をも失ったというのか? クトゥルクよ。なんとも愚かで哀れな末路よ。

 森羅万象を統べし古代種族の最高位たる長でありながら、下等なる人間種族に情をかけるからそうなるのだ。下等なる人間種族を信じるべきではない。彼奴等は非力が故に我らの力を欲する愚かで醜き怠惰と欲望の塊なのだ」


 ちょ、ちょっ……ちょっと待ってくれ。話が全然見えない。

 そもそも俺はクトゥルクって奴じゃない。

 その人に似ているのかもしれないが完全に人違いだ。

 俺は異世界から来た異世界人で、ただ成り行きで、ある人からこの力を渡されただけなんだ。


 そう、疑うとしたらあのおっちゃんだ。

 あのおっちゃんが何者なのか、俺は全然知らない。

 きっとあのおっちゃんの正体が “クトゥルク” って奴なのかもしれない。

 俺はあのおっちゃんに騙され利用されているだけの、ただの囮の駒でしかないんだ。

 こうして俺に全てを押し付けることで、その間おっちゃんはのんびり高みの見物をして逃げ回っているってわけだ。

 誤解であることを必死に説明しながら、俺は過去にギルドでおっちゃんと会話をしたことを思い出す。


【返すよ、おっちゃん。この力】


【残念だがこの力はお前にしか適合しない。

 クーリングオフ期間は過ぎた。諦めろ。本当に残念だ】


【押し売り業者か、てめぇは!】


「……」


 ……だから、つまり、そのぉ……俺は、何も知らずにこの力を受け取ってしまって、その人の囮にされているっていうか……本当に無関係なんです。


 必死で説明したが、納得している手応え──というか、何を言っても反応がない。

 俺も次第に俯きながら語尾を萎ませ、相手の顔色を窺うようにして言葉を失う。

 すると、ようやく頭を傾げて魔物が問いてくる。


「渡された、というのは? いつ、どのように譲り受けた?」


 いや、それが俺にもよく分からなくて、いつの間にかこの力を受け取っていたというか……


 そう。全ての始まりは、俺がこの世界に初めてログインしたあの日だ。

 ある日突然、おっちゃんが俺に話しかけてきて、気付いたらこの世界に来ていて、そして無理やりこの変なゴタゴタに巻き込まれていた。


【できることか。じゃぁ俺が今から指示してやっからその通りにやれ】


【何をする気だ?】


【お前の中に封印しておいた一部の能力を解放してやる。

 まぁこれをやることで変な事件に巻き込まれるかもしれないが、勘弁な】


 そして未だに、この力をおっちゃんに返す方法が分からずにいる。

 魔物の質問に対して返答したにも関わらず、相槌もなければ反応もない。

 ただ無言でその場を微動だにせず、俺をじっと見てくるだけ。

 本当に、まるで俺が魔物の置物に怯えて命乞いしている頭のおかしい奴みたいだ。


 ……。


 魔物が一歩、俺に近づいてきた。

 俺はまたさらに一歩、逃げ腰で退いて魔物から距離を置いた。

 なんだろう、この死のカウントしてくるような感覚。

 ゲームなら早めに狙って全力で倒しておかなければゼロカウントで一気に全滅させられそうな恐怖だ。

 魔物がぼそぼそと俺に言いながら、ゆっくりと一歩近づいてくる。

 俺も一歩分の距離を後退し、一定を保つ。


「実際に譲り受けた記憶がないならば、()()()()と虚言を聞かされただけで、その言葉を一方的に信じただけではあるまいか?」


 いや……まぁ……えーっと……


 また一歩と、魔物がどんどん近づいてくる。

 俺も相手の歩に合わせるように後退し、一定の距離を保つ。


「まだあの人間種族どもに言葉巧みに騙されていることにも気付けぬというのか?

 クトゥルクの力はそもそも誰にも譲れぬ心臓そのもの。

 我には、人間種族がクトゥルクの脅威を利用するために知恵を絞ってそう言い聞かせているだけにしか聞こえぬが、それでもまだ、その人間種族の言葉を信じ続けるのか?」


 ……違う!


 俺は激しく片腕を払って魔物の言葉を否定した。


 俺は元々異世界人で、いきなり声が聞こえてきてこの世界にログイン出来て、何も知らずにこの力を無理やり預かってこの騒動に巻き込まれているだけで、全然関係な──


()()()()()封印しておいた一部の能力を解放してやる】


 封印? そういえばいつから?

 おっちゃんの声が聞こえてきて、この世界にログインして、クトゥルクの力を初めて使ったのはあの街が最初だ。それ以前におっちゃんと会った記憶すらない。それなのに、なぜ俺の中にクトゥルクがあるとおっちゃんは気付いていた? 今にして思えば、何かがおかしい。あの時すでに俺はクトゥルクの力を持っていたというのか?

 思い出せば思い出すほど、俺はおっちゃんに騙されているような気がして体が恐怖に震えた。

 魔物が俺に問いかけてくる。

 また一歩と近づきながら、


「本当に、心の底から無関係だとそう言い切れるのか?」


 ……。


 俺は現実を否定するように首を横に振って後退を続ける。

 震える声を絞り出して、


 ち、違う……。俺はこの世界の住人じゃない。向こうの世界での記憶もあるし、生活してきた実感もある。本当は向こうの世界にログアウトしないといけないんだ……この世界から。


【どうせゲームの世界のことなんだろ? ここが俺の現実。ここが俺の居る世界だ】


【だーから、お前はこっちの世界の人間だっつってんだろ】


【もういいよ、その話は】


【あのなぁ。俺の話はちゃんと素直に聞き入れておくべきだ。たまに()()()()()を言う時もあるからな】


 それを思い出した瞬間、俺は言葉を失った。

 ……本当のことって、いったい何?

 後退する背が壁に当たって、俺は息を呑んでその場に身を固めた。

 魔物がゆっくりとどんどん俺に近づいてくる。


「この世界で、いつまでその仮染めた人の姿の化身を続けるつもりなのだ? クトゥルクよ」


 違う……! 俺はクトゥルクなんかじゃない!


 俺の視線が、魔物の手に持つ包丁に向く。

 そこに映る俺の姿。

 しかし、その姿はみるみると変貌していき、禍々しくも醜い化け物が映し出される。

 それを見た俺は心の底から叫ぶようにして悲鳴をあげた。

 合わせるようにしてそこに映る化け物も叫んでいる。

 魔物はクツクツと笑って告げた。


「その心臓が憎悪に染まりし前に、記憶を取り戻して本来の姿に目覚めよ。クトゥルク」





 ※




 揺すり起こされて、俺はハッと目を開いた。

 がばっと勢いよく身を起こして激しく辺りを見回す。


 え? あれ……? あの魔物はどこに……?


「魔物……?」


 揺すり起こしてきたであろう犯人──カルロスが、元気な俺の姿に安堵して溜め息を吐き、自慢の長い金髪を手で掻き上げる。


「ずいぶんうなされていたようだけど、悪い夢でも見たのかい?」


 夢……?


 俺は呆然とカルロスへと顔を向けて首を傾げる。

 カルロスがお手上げして言う。


「魔物なんて居たら僕も君も、今頃喰われて死んでいるところだよ。

 君には感心する。ランタンを用意周到に持ってここに落ちるなんて大した奴だ」


 え……?


 気付いて目を向ければ。

 俺がついさきほどまで倒れていたその手元にランタンがきちんと置かれている。

 そのランタンに海蛍を食べて光る相棒のスライムが入っていて、俺を心配そうに見つめていた。

 俺はそのランタンを、そっと手にとって見つめる。


 いや俺……知らない。ランタンなんて、あの時 “賢者の間” に置きっぱなしで──


 言葉半ばでカルロスがやれやれと呆れるようにお手上げしてくる。


「ケイじゃなければ誰がそんな丁寧にそこに置いてランタンを準備してくれるというんだい?

 海蛍を食べたスライムが入ったランタンなんて、君以外に誰も触れられないよ」


 ……。


 ランタンを見つめて、俺は気落ちした声で呟く。


 違う。俺は……化け物なんかじゃない。


「え? 何か言ったかい?」


 ……。


 本気で訊き返してくるカルロスに、俺は静かに首を横に振った。


 いや、なんでもない……。


 そして顔を上げて微笑し、カルロスに問いかける。


 他のみんなは? 近くにいるのか?


 カルロスが首を横に振って悲し気な声で答えてくる。


「分からない。僕が目覚めた時、君はそこで一人で寝ていて、君の近くにはランタンが置かれていた。その明かりがあったからこそ、僕は君を見つけることができた。

 もしアデルさんもデシデシもどこかで目を覚ましていたならば、僕のように君の明かりを頼りにここに近寄ってくるはず。

 でもそれがないということは、まだどこかで気を失っている可能性がある。

 それがどこかなんて、この暗闇の中では確認できないけど」


 ……。


 たしかにカルロスの言う通り、周囲を見回せば闇の中。

 ランタンの仄かな明かりで目視できるのは、岩のように硬い土と、ここがとても深い谷底であるということ。

 見上げて俺はカルロスに言う。


 呼びかけは?


「いや、まだしていない」


 ……。


 俺は大きく息を吸うと、アデルさんとデシデシの名を叫んだ。

 よほど深く大きな谷底なのか、俺の声はどこまでもエコーのように辺りに響いていた。

 しばらく反応を待つも、返答はない。

 カルロスが俺の腕の服を引いて言ってくる。


「まだ気絶しているのかもしれない。共に捜そう、ケイ。

 君がそのランタンを持って歩いてくれ」


 うん、分かった。──ところでカルロス、お前怪我とかしていないか?


「大丈夫。僕も幸い無傷だ。もしかしたらアデルさんもデシデシも無傷なのかもしれない。

 それよりも魔物の襲来が心配だ。急いで見つけよう」


 うん。


 俺は頷いて、ランタンを手に立ち上がる。

 カルロスも俺に続いて一緒に傍に立つ。

 ランタンの明かりから離れないように。

 俺たちは慎重に目で周囲を見回しながら、谷底の続く先へと進み始めた。




 ※




 しばらく歩き続けて。

 俺たちはふと足を止める。

 部屋一つ程度の広さの深い谷だと思っていたが、どうやら違ったようだ。

 行き止まりの壁なんて見当たらない。

 むしろまだ無限に続いているようにも感じる。

 闇のせいなのか、目印もない道だとどれだけ歩いてきたかの距離が分からなくなってくる。

 だいぶ歩いてしまったのか、それともまだそこまで歩いていないのか。

 どこまで進んでも同じ風景。

 まるで遭難したかのように迷いが生じる。

 俺はカルロスに言った。


 アデルさんもデシデシの姿がまだ見当たらないけど、もしかして逆方向に居たとかじゃないよな?


 カルロスが答えてくる。


「その可能性はある。どうする? ケイ。引き返すかい?」


 ……。


 俺とカルロスはともに背後を振り返った。

 引き返すにも同じ道。同じ風景。

 前に進んでいるのか、それとも後ろに進んでいるのか不安になってくる一本道だ。

 俺はカルロスに言う。


 一旦引き返そう。カルロスが近くに居て、他の二人がこんなに離れて落ちるはずがない。


「僕も君のその判断には同意する」


 うん。


 俺は頷き、そしてカルロスとともに元来た道へと振り返る。

 そのまま俺たちは元来た道を歩いて戻り、さきほどよりも長く道を歩き続けた。

 2025/01/11 22:34




 ※




 2025/01/12 09:13

 どれだけ歩き続けただろうか。

 元居た場所を通り過ぎたのか、そこからまたさらにどこまで歩いたのか。

 それすらも俺等の中で曖昧だった。

 だんだんと不安だけが込み上げてくる。

 相変わらずアデルさんの姿もデシデシの姿も見当たらない。

 カルロスが一緒に居てくれたことが俺の中でとても心強かった。

 もし俺一人だけだったら、きっと色々と不安で発狂していたと思う。


 ありがとう、カルロス。お前が居てくれて助かったよ。


 俺の口から自然とその言葉が零れ出る。

 カルロスも照れくさそうに微笑ながらに言ってくる。


「実は僕も礼を言いたい。暗闇を一人で居ることが昔から苦手なんだ。もし君が居なかったら僕は今頃、不安で発狂していたことだろう」


 俺もお前と一緒のこと考えていた。肝試しとか、小学校の頃の遠足でみんなとはぐれたりすると不安になってくるよな。


「あー……ごめん。 “えんそく” ってなんだい?」


 あー……。


 語尾を濁して、俺はつい向こうの世界の友達な感覚でカルロスと話してしまい、気まずくなった。思わずその場を誤魔化そうとして嘘を口にしてしまう。


 その……俺がまだジャングルで生活していた時の話だ。大人の後をついていきながら、みんなで密林のジャングルを冒険する、そのぉ、なんだろう。そういう授業みたいなやつ。


「ジャングルで生き抜くための授業か」


 あー、うん。まぁ……そんなとこだ。


 視線を逸らしてハハと空笑いして。

 俺はさりげなく話題を変える。


 けっこう歩いたよな? 俺たち。なんでアデルさんもデシデシも近くに居ないんだろう。ここまで歩いてくる中で見落としたのかな?


「もう一度、今ここで、僕と君とで二人の名前を叫んでみないか? もしかしたら反応があるかもしれない」


 うん、分かった。


 俺とカルロスで同時にその場に足を止めて。

 そして息を大きく吸い込む。

 ありったけの声に出して、俺とカルロスは一緒になって、アデルさんとデシデシの名前を叫んだ。

 暗闇の谷底にどこまでもエコーのように響き渡る俺たちの声。

 それを何度か繰り返す。


 ……。


 静かにして待ってみたが、二人からの返事は戻ってこない。

 カルロスが不安そうな顔で俺に言ってくる。


「どうする? またここで引き返して、もう一度二人を捜してみるかい?」


 うん。そうしよう。きっと見落としたのかもしれない。


 俺がカルロスの意見に同意した時だった。

 踵を返したカルロスが何かに躓いて後ろによろけた後、「あ」と何かに気付いたように足元を見る。

 そしてガコン、と岩と岩が擦れるような何かのスイッチが入るような重い物音。


 え?


 カルロスが俺を見て、気まずく笑って謝ってくる。


「ごめん。今、僕が何かを踏んだ気がする……。もしかしたら何かのスイッチだったかもしれない。踏んだ後に……それがゆっくりと重く沈んでいったんだ」


 ……。


 それ確実に何かのスイッチだと思います。

 俺は嫌な予感がするとともに愕然とした顔でカルロスを見た。

 ぎこちなく笑って誤魔化すカルロス。

 そんな時──。

 遠く前方の天井付近から何かキラキラと輝く物が降り注いでいるのが見えた。

 なんだろうと、俺とカルロスでしばらく目を凝らしてそれを見ていると、そのキラキラとした輝きはだんだんとこちらへと向かって雨のようにして天井から降り注いできている。

 そして……。

 刃物が擦れるような物音を響かせながら、付近の地面にそれが突き刺さった時。

 俺とカルロスはようやくそれが氷柱の形をした殺傷能力のある凶器だと気付いた。

 足が竦む俺。

 いち早く反応を見せるカルロス。

 無言でほぼ反射的に俺の腕を掴んで引っ張り、その場を駆け出す。

 さきほどまで俺たちが居た場所に突き刺さる複数の氷柱。

 まだ立て続けに、天井から降り注いでくる。

 前方に逃げるようにして駆けながら、俺はカルロスに言う。


 まだアデルさんとデシデシが──


「そんなこと心配している場合じゃない! 今はとにかく二人の無事を祈って逃げるのが先だ!」


 ……。


 頷いて、俺はカルロスと一緒にとにかく前方を走り続けた。




 ※




 はぁはぁはぁ。

 とにかく闇雲に走って走って走り続けて。

 ようやく氷柱が落ちて来なくなって静かになった時。

 俺とカルロスは口と肩で荒息を繰り返しながら、よろよろとした足取りでその場に崩れるようにして座り込んだ。

 ……良かった。どうにか無事に助かった。

 昔、短距離走のタイムを競って、全力で友人と走り抜けた時のことをふと思い出す。

 乱れた呼吸で声が出せない代わりに、俺はカルロスに向けて拳を向けて相手の健闘を称える。

 無言で、カルロスも声が出ない代わりに俺に拳を向けてきて、互いに突き合わせるようにして軽く重ねて健闘を示してくる。

 しばらくの間、互いに息が整うまでぐったりと項垂れるように座り込んだままで。

 ふと。

 少し呼吸が落ち着いてきたところで、カルロスが俺の肩を軽く叩いて呼んでくる。


 え、何?


「向こう。明かりが見える」


 ……。


 カルロスが指し示す先を見やれば。

 まだだいぶ距離があるものの、暗闇の中にたしかに大きな一枚岩を人工的に削って作ったと思われる簡易な入り口があった。

 その通路を壁沿いに奥へと導くように、篝の灯が幾つか飾ってあるのが見える。


 もしかしたら──


「もしかしたら先に、二人は、そこに、いるかもしれない」


 ……。


 まだ乱れた息のまま。カルロスが俺の言葉を遮り、そう言ってきた。

 とりあえずはまだ呼吸は乱れたままだが体力は少し戻ってきたような気がする。

 俺とカルロスはともにその場から立ち上がって、その明かりへと目を向けた。

 カルロスが俺に言ってくる。


「どうする? 行ってみるかい?」


 うん、行こう。


 俺は頷いて、カルロスとともにその入り口へと歩き出した。




 ※




 入り口へと辿り着いて。

 俺とカルロスは驚きのあまりその場に呆然と固まる。

 その入り口にひっそりと静かに佇んでいたのは、一人の魚人族の男──ミアの父親のゼルダさんだった。

 ゼルダさんが落ち着いた声音で俺たちに言う。


「ここに辿り着くまでに随分遅かったな。待ちくたびれて危うく化石になるところだった」


 そう言って、ゼルダさんは凝った首や肩をパキパキと鳴らした。

 カルロスが驚き目でゼルダさんに指を向けて問いかける。


「え? なんでこんなところに魚人の案内人が……?」


「ミアからそう説明を受けなかったか?」


【パパがすでに先の試練で待っているから、詳しいことはそこで訊いてみて】


 あ。


 俺は思い出してゼルダさんに指を向けた。

 そして訊ねる。


 もしかして、先の試練ってここ?


「いかにも。苦情があるならあの案内人の二人に言うといい」


 ……。


 俺はゼルダさんのその言葉を聞いて、ふと何かに気付き真顔になる。

 そんな俺をよそに、カルロスが手振りを交えて不安そうにゼルダさんに問いかける。


「聞きたいことがある。ここにアデルさんという男とデシデシという黒猫が来なかったか?」


「彼らはすでにこの先で保護している。運べる人数にも限界があった。目印となるランタンを置いて、後で保護に向かうつもりだったが、君たちは自らの足でここまで来たようだ」


「あーなるほどね。それでケイのところに丁寧にランタンが置かれていたのか」


 ……。


 納得するカルロスの隣で、俺は表情を変えずにゼルダさんを睨み据える。

 反応しない俺に、カルロスが不安に思い、訊ねてくる。


「さっきからどうしたんだい? 二人がこの先で無事に保護されたというのに、喜ばないのかい?」


 ……。


 俺は次第に表情に怒気を孕ませ、そして両手をきつく握りしめて力強い足取りでゼルダさんに近づいていく。


「……」


 顔色一つ変えることないゼルダさん。ただ黙って俺が傍に来るのを待ち受ける。

 俺がゼルダさんの傍まで辿り着いた時。

 足を止めて向かい合うと、俺はゼルダさんに向けて空いた片手の拳を振りかぶり、そして思いっきりそれをゼルダさんの顔に向けて叩き込んだ。

 もちろんその行動は読まれていて。

 俺の振るってきた拳を平然とした顔のまま片手で受け止め、ゼルダさんが落ち着いた声音で俺に言ってくる。


「何をする?」


 ……。


 俺はゼルダさんに向けて内心で語りかける。


 お前はゼルダさんなんかじゃない。おっちゃんなんだろ?


 するとゼルダさんが急に解すように柔らかい表情になって微笑してくる。

 俺の頭の中に聞こえてくるおっちゃんの声。


『よく気付いたな。どこで俺のミスに気付いた?』


 ゼルダさんはミアのことを ”案内人” 呼びなんてしない。

 それに村の掟も絶対に破らない人だ。俺を村の掟に従って助けてくれたように。


『なるほどな。お前もここに来て随分と成長したようだ』


 俺、おっちゃんに訊かなければならないことがたくさんある。


 俺が内心でそう言うと、何かを察したのか、おっちゃんが鼻で笑って答えてくる。


『誰に何を吹き込まれたか知らんが、どうやらお前は何かに気付いちまったようだな。

 答えられることには答える。だが答えられないことには答えないし、教えない。

 最初にこの世界に来た時から、俺はお前にそう言い続けてきたつもりだが?』


 知ってる。だからこそ俺はおっちゃんにずっとこのことを訊き続けるつもりだ。


『真実というのは自分の目で確かめるしかない。誰のどの言葉を聞かされたところで、それは虚言かもしれないし、虚言じゃないかもしれない。

 嘘や幻想に惑わされて自分を追い詰めるより、まずは自らのその足で、その目で、真実を見つけろ』


 ……。


 俺は拳を緩めてゼルダさんから退いていく。

 カルロスが不安と心配に入り混じった顔で俺の傍に駆け寄ってくる。


「いったいどうしたんだい? ケイ」


 ……。


 俺は首を横に振って答える。


 いや、なんでもない。二人がこの先で無事でいるなら行くしかない。


「もちろんだ。行こう、ケイ。次の試練へ」


 カルロスもまた頷きを返して、入り口の奥へと続く回廊を指し示した。

 すると。

 俺たちの二人を裂くようにして、ゼルダさんが俺に片手の平を差し出してくる。

 俺は怪訝な顔して眉を潜め、そして内心で不機嫌な声で面倒くさそうにおっちゃんに訊ねる。


 え、その手は何? 入場料か何かが必要か?


『こちらのアトラクションはお二人様で銀貨三十五枚だ』


 はぁ?


『なんだ、その態度は。お前が先に冗談言ってきたんだろうが。それに乗ってやっただけだ。

 お前がその手に持っているランタンを貸せ。案内してやる』


 ……。


 俺はおっちゃんの言葉を鼻で笑い飛ばして、手持ちのランタンをおっちゃんに譲った。

 ついでに内心でぼそりと悪態を言い放つ。


 おっちゃんの案内とか、不安しかない。


『なぜカルロスやアデルやゼルギアって奴の言葉は信じて俺の言葉を信じない? その理由というか基準はいったいなんなんだ?』


 ……。


 俺は勝ち誇った気分で微笑して、内心で静かに答える。


 それは──教えない。

 2025/01/12 12:21




この話で出てくる新キャラのことは覚えていたが、台詞を思い出すのに時間がかかってしまった。

そしてさらに風邪ひいて体調も崩していた。すまん。

一応この連休までにはこの巻を締める予定。

最後までお付き合い、よろしくおn

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