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Simulated Reality : Breakers【black版】  作者: 高瀬 悠
【第一章 第三部序章 後・下編】 砂塵の騎士団 【下】
277/313

Where there is a will, there is a way. ─それぞれの事情─【42】


2025/01/04 23:04

 祭壇を見れば床も天井も無い暗闇。

 背後──入ってきた出入り口へと振り返れば、その場所は頑丈な壁で塞がれて出られそうにもない。

 サイドは人柱の人たちに囲まれるようにして挟まれて、抜け道とかは無さそうだ。

 そう。俺たちは完全にこの密室的空間に閉じ込められてしまった。

 デシデシが己の尻尾を抱きしめて、ふるふると涙目で震える。


「ボク達ここで死を待つしかないデシか?」


 ……。


 アデルさんも俺に言ってくる。


「ここで命を絶てば、もしかしたら村か入り口にまた戻れるやもしれぬ。どうする? ケイよ。

 お前さんの先ほどの魔法で吾輩たちを滅してみてくれないか?」


 そんなの出来ないよ!


 俺は癇癪的にアデルさんに言い放った。


 たしかにこうなってしまったのは俺の責任だけど、でも俺、みんなに魔法を撃つなんて、そんなの出来ない! そんなことにこの力を使いたくないんだ!


 その瞬間、俺はあの時カルロスのドラゴンに言い返したことを思い出す。


【白き神よ。あなたは何をそんなに恐れているのです?】


【恐れる? 恐ろしいよ。使えば使うほど俺の目の前でどんどん誰かが犠牲になって死んでいく。もしクトゥルクが誰も死なせず、平穏で平和的な優しい魔法だったならば俺は使うよ、当然】


 ……。


 ぐっと片手に持った魔法の杖を胸の前で握りしめ、俺は首を横に振る。

 あの時そう誓ったんだ。俺はこの力を絶対そういうことには使わないって。


 カルロスがお手上げしながら溜め息を吐いてくる。


「じゃぁこの状況を君はどうするつもりだい? 僕なら、うーん……そうだな。

 ここで命を絶って、もう一度、村か遺跡の入り口からのリスタートをしてみるかな」


 なぁみんな、なんかおかしいよ! 俺もそうだけど、みんな死に慣れ過ぎておかしくなってる!

 もし、これで入り口からリスタートしたとして、そこの入り口が塞がれたままだったら?

 もし……最悪の場合、このままリスタートもなく生き返らなかったら?

 俺嫌だよ、そんなの! みんなを攻撃するなんて、そんなこと出来ない!


 無言で、アデルさんが俺の傍に歩み寄ってくる。

 そして俺が握りしめた手を、アデルさんがそっと優しく両手で包みこんで、軽くぽんぽんと叩いてくる。


「たしかにお前さんの言う通りかもしれぬ。吾輩たちは繰り返しに慣れ過ぎてしまって、死を当たり前に感じてしまっているのかもしれん。

 それがこの “賢者の間” の試練。今のお前さんの言葉は、吾輩が読んだ砂塵の騎士の物語に出てくる主人公そのままであったぞ」


 え?


 俺が顔を上げてアデルさんを見ると、アデルさんがカルロスへと言葉を投げる。


「──そうであろう? カルロスよ」


 鼻で笑って。

 カルロスはクルリと俺たちに背を向けて答える。


「たしかにその通りだよ。だからこそ僕はずっと考えていた。

 その物語の主人公はたしかにそう言っていた。

 だけど、あの物語で読んだ ”賢者の間” の試練はこういう謎解きじゃなかった。

 もっと殺伐とした仲間割れだった。

 だからこそ、魔法の杖を見た時に、どんな魔法がこの試練のクリアとなる答えなのだろうと、ずっと考えていたんだ」


 カルロス……お前──


 言葉途中で、カルロスが真顔で俺に人差し指を向けて忠告してくる。


「勇者らしいことを言う。その言葉を僕に向けて二度と言わないでくれ。

 僕の一番嫌いな言葉なんだ。

 僕はクトゥルクに選ばれし勇者だから、勇者らしいことを言うのは当然だ」


 ……。


 俺は思い出す。


【クトゥルクに選ばれし勇者って名乗るの、自分で言っていて疲れないのか?】


【正直疲れるよ。たまにそのプレッシャーで、ここが押し潰されそうにもなる】


 あぁそっか。俺、無意識にカルロスにプレッシャーを与えてたんだ。

 俺はそう気付いて、カルロスに謝った。


 なんか、その……ごめん。カルロスはカルロスのままで……その……普通でいいからさ。


 こういう時ってどんなことを言って謝れば彼を傷つけないのだろうか。

 上手く言葉が見つからなかったが、俺は精一杯の今の気持ちをカルロスに伝えた。

 するとカルロスが俺へと振り向いてくる。

 ズカズカと足早に近づいてきて、俺から魔法の杖を取り上げる。


 あ。


「どの道死ぬならもう少しここで生き足掻けばいい。

 君が魔法を上手くコントロール出来ないのは今のでよく分かった。今度は僕がやる番だ。君はそこで傍観すればいい。クトゥルクに選ばれし勇者であるこの僕が、魔力尽きるまで色々試してみる」


……。


 なんだろう。いつものカルロスの言葉だったけど、でも以前のような嫌味や見下すような言い方じゃなく、普通の言い方というか、会話だったように思える。

 俺の手から奪った魔法の杖を手に、カルロスが元祭壇のあった場所──天井も底も見えない暗闇の空間へと近づいていく。

 そして、床が残るギリギリのところで足を止めて、魔法の杖を肩越しにぴしっと振りかざして構える。

 その立振り舞いが、いかにも本場というか、魔法使いっぽいカッコイイ構え方だ。

 カルロスが魔法の呪文を唱えようと口を開く。

 そして、唱えようとした寸前で──


「あっちぃ……ッ!」


 突然魔法の杖が発火して杖全体が燃え、カルロスはその熱さから思わず魔法の杖を取り落としてしまった。

 カルロスが慌てて拾おうとしたが、床ギリギリのところに立っていたこともあり、魔法の杖は自ら発火しながら床に落ち、そして床をバウンドして、あっという間に暗闇の底へと落下していった。


「……」


 ……。


 それを見て、言葉を失う俺たち。

 尽くす手立てはもうなくなってしまったのだろうか。

 カルロスが恐る恐る俺たちへと振り向いてくる。

 誤魔化すように咳払いを一つ。

 両手で整髪し、肩の燃えカスを丁寧に払い落としてから。


「……」


 ……。


 なぜか悲しみの目を俺に向けてくる。

 俺はそれに半眼で答える。

 

 いや、別に責めてねぇよ。なんで俺を見てくるんだ?


 空笑いして、疲れたように片手でお手上げし、カルロスが言ってくる。


「どうせ笑いたいんだろ? 笑えばいい。この僕の無様を」


 ……。


 俺は真顔になってカルロスを心配する。


 手。火傷してないか?


 鼻で笑ってカルロス。

 両手を軽く挙げて、俺に見えるようにしてひらひらと振る。


「この程度、別に大したことないよ。怪我したとしても魔法で治癒できる」


 すると、アデルさんが俺の傍を離れてカルロスへと歩み寄っていく。

 身振りながらにカルロスに問いかける。


「この先、何か方法はあるのか? カルロスよ」


 その問いかけに、カルロスがお手上げするように肩を竦めて鼻で笑う。


「残念だけど、今のところ何も思いつかない。僕がやろうとしていたことは見ての通り、失敗した」


「ふむ……」


 唸りながら腕を組み、アデルさんがカルロスの隣で足を止める。

 そして暗闇の底となる真下を見つめながら、


「先ほど落とした杖を呼び戻す魔法はないのか?」


「そんなことが出来れば僕はとっくにやっている」


「なるほどな……。ならば仕方あるまい」


 俺とデシデシは一緒になって、カルロスとアデルさんの居るところへと駆け寄り、そして天井も底も見えない暗闇の空間──元、祭壇があった場所を恐る恐る覗き込んだ。

 真下を見やると、俺の全身、そしてデシデシの体毛が風で揺れる。


「風が下から上に吹いているデシ」


 ……。


 俺は暗闇の底なし天井を見上げる。


 どっちが上で、どっちが下なんだ? いや、右か左か方向が逆に──


「そんな怖いこと言わないでほしいデシ」


 あぁごめん。


 俺は慌ててデシデシに謝る。そして、カルロスを見やって質問する。


 重力を考えれば、下は下だよな。だけど下から風が吹くってどういう状況なんだ?

 下が出口として下が地上に繋がるのか?

 そうなると俺たちは今どういう状況で重力が働いているんだ? 魔法か?


 カルロスが念を押すように俺に指を向け、先に謝罪の言葉を口にしてから話し出す。


「先に言っておくけど怒らないでほしい。これが僕なりの話し方なんだ。

 君の馬鹿な質問にはつくづく呆れるが、君の言うことには一理ある。

 下から風が吹くのはどう考えてもおかしい。普通じゃない。もし、下に脱出口があってそこから風が吹き上げていたとしても、重力(グラビティ)の魔法のことを考えずに僕たちは他の方法を探るべきだ」


「飛び降りてみる、デシか?」


「どのくらいの高さがあるかも分からないのに飛び降りる気かい? 黒猫君。死にに行くようなものだ。正気じゃない」


「死んだらリスタートすればいいだけデシ」


 デシデシ、俺さっきも言ったけどさ、もしリスタート出来なかったらどうする?

 とりあえず一旦、死ぬこと前提に考えるのマジでやめようぜ。

 生きて次の試練に行くことを前提に考えを切り替えるんだ。


「うむ。今まさに、それを吾輩が言おうとしていたことだった」


 言おうとしてたんですか? アデルさん。


「お前さんもなかなか良い事を言う。それでこそ吾輩の弟子だ」


「君のその意見には賛同するけど、それは何か思いついての発言かい?」


 ……。


 カルロスに問われて、俺は苦い顔をして笑みを浮かべた。


 いや、ごめん。マジで何も思いつかない。けど、最悪な結果は除外して考えた方がいいかなって……


「それは確かに君の言う通りだよ。だけど──」


「みんな見るデシ! 真下に燃えている魔法の杖が見えるデシ!」


「え?」


 え?


 どこどこ? と、俺たちは床に身を屈めて恐る恐る暗闇の真下を覗き込んでみた。


 ……。


「見えぬ」


「無理だね。全然見えない。君は?」


 いや、俺も無理。そういえば猫って活動が夜型で狩りをするから、夜目が利いて遠くの獲物も見えるんじゃなかったっけ?


 するとデシデシが驚き目で俺を見て、問いかけてくる。


「そうなんデシか? K。ボク朝から活動しているし、どちらかというとベジタリアンデシ」


 じゃぁごめん。俺の今言ったことは忘れてくれ。


「ふむ……。しかし、暗くて何も見えぬな」


 なぁデシデシ。


「なんデシか?」


 お前がその見えるって言う、燃えている魔法の杖からここまでの距離って目測で分かりそうか?


「分からないデシ」


 あ、うん。そうだよな。

2025/01/05 01:17

2025/01/05 08:30

「他に方法は?」


 いや、お前も考えろよ。少しは。


「考えているさ。君と一緒にしないでくれ」


 はぁ?


「吾輩の前で喧嘩はやめるのだ。見苦しいぞ、二人とも」


「……」


 ……。


 すると、デシデシが耳を伏せて気まずく目を潤ませながら恐る恐るといった挙動で手をあげてくる。


「ボクから一言いいデシか?」


 喧嘩する俺たちの邪魔するのが怖かったからかは分からないが、デシデシが怯えていた。

 どうぞどうぞ、と俺たちはデシデシに注目してそれぞれの仕草でもって発言を促す。


「ボク思ったんデシけど、もしこの下が底なしの闇なら魔法の杖は見えなかったと思うデシ。

 目測では分からないデシけど、ここに来るまでの階段って上ってきたデシよね? 地上とここの高さくらいが距離じゃないんデシか? よく分からないデシけど」


 あ、なるほど。


「いや、待つがよい。その判断は危険かもしれぬ。目に見えるもの──例えば明かりがあり、付近の建物やそういった階段を見ることが出来ると距離を測るのは容易いかもしれぬが、闇は何を物差すものもない。

 闇とは常に吾輩たちの心を惑わす。

 人によっては距離が近くに感じて安心したり、遠くに感じて恐怖を覚えたりもする。

 もし仮にこの遺跡内部に地下が存在したとしたら、安易な決めつけは命を危険にさらすであろう」


「……」


 ぽくぽくぽく、ちーん。といった音が聞こえてきそうな顔で、デシデシの頭がだんだん横へと傾いていく。

 デシデシが俺に言ってくる。


「Kはこのおっさんが何を言っているのか分かったデシか?」


 あぁうん。だいたい言っていることは分かった。


「わぉ。すごいデシ。さすが賢者デシ」


 いや、賢者と言われるのはちょっと何か違う気がする。


 俺は曖昧の笑みを浮かべて頬を掻いた。

 そんな隣でカルロスが急に叫んでくる。


「あー! 分かったぞ!」


 うぉッ! びっくりした。なんだよ、突然。


 カルロスが目を大きく見開いて、そしてただならぬ形相で俺の両肩をがしっと掴んで激しく揺すってくる。


「合ってるんだよ、この方法で! 全部正解なんだよ!」


 え、なん、ちょっ、


「君が祭壇を吹っ飛ばした方法も、僕が魔法の杖を持ってそこに立つことも、魔法の杖が燃えることも、この下で燃えていることに気付いたことも全部! 全部これで正解なんだよ!」


 正解……?


 ようやく揺すりから解放されて、俺は怪訝に首を傾げた。

 その脳裏にふと、ある言葉が過ぎる。


【うーんとね……。たしかにあの遺跡の中に砂塵の騎士が居るんだけど、でも会えるのはだいぶまだ下】


 あ。


 思い出して俺は何かに閃いて指を鳴らし、カルロスを見やって人差し指を立てて言う。


 そういえばあの時、あの案内人のミアって子が言っていた気がする!

 砂塵の騎士は下だ! 確実にこの下に居る!


 俺とカルロスは勝利を確信してお互いに笑みを浮かべると、無言で片手を掲げてハイタッチした。


 なんだよ、お前やるじゃねーかよ。


「そっちこそ。君が最初にあれをやらなかったら、正直僕も誰も気付かなかった」


 ふいにアデルさんが咳払いしてくる。

 俺とカルロスはともにアデルさんへと注目する。


「盛り上がっているところに水を差すようだが、この先をどうやって下へ降りる気なのだ?」


「その解決策ならケイが重力の話をした時に言ってくれた。それで僕は閃いたんだ」


 え……お前。今、初めて俺の名前を口に──


 意外だった。今まで俺のことを名前で呼んだこともなかったのに……。

 カルロスが微笑して俺に手を差し出してくる。


「君のことを色々誤解していたよ。仲直りの握手だ。今度から君のことを ”ケイ” と呼ばせてくれ」


 あ、うん……。俺の方こそ、なんか色々お前のこと誤解してごめん。


 俺も照れくさく笑みを浮かべて手を差し出し、握手を交わした。

 カルロスが言葉を続けてくる。


「君は僕が認める優秀な賢者であり、一人の立派な兵士だ。

 もしここを無事に脱出して兵士に志願する気があれば、赤の騎士団の本拠地を訪ねて僕の紹介だと言ってくれ」

 

 あ、うん。分かった。


 カルロスが俺の肩を軽く二度叩いて、そしてアデルさんに顔を向けて話しを戻す。


「最初はケイの質問を馬鹿な質問だと思っていた。だから僕は重力(グラビティ)の魔法以外のことを考えようと提案した。でもその考えは間違っていたんだ。

 風以外のエレメンタルは干渉できないと思っていたけど、ここには床があり、重力がある。

 未知の砂海の底ではあるけれど、もしかしたら試してみる価値はあるかもしれない」


 アデルさんがフッと肩の力を抜いて微笑んでくる。

 そしてカルロスの肩をぽんぽんと叩いて、


「勇者カルロスよ。吾輩の前言を撤回させてくれ。

 他を認めるその気持ち。吾輩は感動した。

 お前さんは立派に成長を遂げたようだ」


「え……この僕が?」


「実はお前さんの家の事情は噂に聞いて知っておる。

 青の騎士団と深く激しい対立関係にあることもな。その環境の中でお前さんがそういう風に育ってしまったのも仕方なきこと。

 ここではもう勇者としてのプライドも貴族としてのプライドも張らなくても良い。ここで過ごす間だけでもケイと同じ、普通のどこにでもいる青少年で良いのだ」


 途端にカルロスの顔が険しくなる。怪訝に眉を潜めてアデルさんに問いかける。


「そういう情報は王族しか知らないはずだ。あんた、いったい何者なんだ?」


「吾輩か? 吾輩は元、この国の王であった者だ。お前さんなら吾輩の王としての名を思い出せば、吾輩の事情も何もかも分かるであろう」


「え!?」


「えーッ!」


 ……。


 俺は元々アデルさんが王様だったってことは知っていたが、デシデシもカルロスも顎が外れんばかりに驚愕し、後ろに仰け反ったままの姿勢で硬直する。

 驚かない俺に何か察したことがあるのか、ぎこちない動きでデシデシとカルロスが俺に一斉に視線を向けてくる。


「Kはこのこと知っていたんデシか?」


 あ、いや……うん。俺たまたま来ていた【水の都(シーシャ・タ)】で偶然アデルさんと会って、色々あってアデルさんの騒動に巻き込まれた時にアデルさんの正体を知ったっていうか……。


 デシデシが俺に駆け寄ってきて、足元にしがみつき、あうあう泣きながら喚いてくる。


「たまたまってなんデシか! どういう過ごし方すれば偶然で王様に会えるんデシか!?

 しかもなんで今までこのこと黙っていたんデシか! 僕失礼なことをいっぱい言ったデシ!

 ここを出たら速攻打ち首にされてしまうデシよ!」


「その心配はない、デシデシとやらよ。

 吾輩は元・国王の身。しかし今は追われるべき罪人の身なのだ。

 ケイが吾輩のことを誰にも話せなかったのも、裏にそういう言えない事情があるからなのだ。だからケイを責めるでない」


 カルロスがぽつりと言う。


「しかし、もし本当にあんたが、僕の知るこの国を統治したアデル王であるとするならば、アデル王は国を追われた際に殺されて死んだはず。僕は今、幽霊を見ているとでも言うのか?」


 デシデシが悲鳴をあげる。


「ひぃッ! 幽霊デシか! この遺跡を彷徨う王様の幽霊デシか!」


 俺は頬を掻いてげんなりとした口調で二人に言う。


 さっきも話したようにアデルさんとは【水の都(シーシャ・タ)】で出会ったって言っただろ? この人は幽霊でもなんでもない。本当に王様本人なんだよ。


 するとアデルさんが俺を見て、あっけらとした顔で言ってくる。


「もしかしたらお前さんと会った時から吾輩は幽霊だったのかもしれぬ」


 え……?


「うむ。冗談だ。なかなか素直な反応でよい」


 俺は無言で肩を滑らせた。

 アデルさんがカルロスへと視線を戻して言葉を続ける。


「事情は兄が──この国の現ガミル王に直接訊くとよい。兄は事の全てを知っている。お前さんならば話してくれよう。

 吾輩は今、出生を偽り勇者アデルとしての別の道を生きておる。吾輩はもう王ではない。王であったあの時の吾輩は死んだのだ。民もみな、そう思っておろう。

 あの船に乗って王都へ向かったのも、王の座を取り戻す狙いではなく、ただの……父王と母の最後の墓参りだ。両親を失ってからまだ一度も墓参りをしておらぬのだ。それが終われば二度と王都へ顔を見せるつもりはない。

 もし、神殿庁の騎士団一つをこの国に在中し、お前さんが勇者としてこの国を守ってくれるというのであれば、この国の結界は必要なくなり精霊巫女のミリアは晴れて自由の身となる。

 どうかガミル王と話し合い、この話を引き受けてはくれぬか?」


 カルロスが真顔でアデルさんに言う。


「悪いけど、その話をきっとまとまらない。

 一つに竜騎軍の存在。神殿庁からは援護という形でしかこの国に騎士団を派遣できない。それで前王とは話がついている。

 一つに僕は赤の騎士団であり、この王都は青の騎士団の管轄下であるということ。神殿内部の事情はここでは割愛するけど、僕が口出しできるようなことじゃない。勇者祭りには参加させてもらったけど、それは青の騎士団の鼻をあかす為だ。それ以上介入すれば僕が親に怒られる。

 そして最後の一つに、この国の結界がなくなるわけじゃない。精霊巫女の務めを完全に廃止することなんて不可能なんだ。替えの巫女なんて神殿庁にいっぱい居る。その彼女がこの国に派遣されてくるだけだ」


「なんと……! では前王の父とクトゥルク様との話が長引いていたのは──」


「そういう事情もある。結界はどの国にも色々あったけど、精霊巫女の結界が何よりも最強で強力だ。だからこそ彼女たちの階級も優遇もそれなりに神殿庁の中では高い。僕たち騎士団も精霊巫女の存在無しでは黒の騎士団にも魔物にもまともに対応できないんだ。彼女たちの派遣にしてもそれなりの交渉が必要になってくる」


「むむ……。そのような事情があったのか。たしかにそう簡単に話が進みそうにもないな」


 ……。


 カルロスとの話し合いで神妙な面持ちで唸り考え込むアデルさん。

 俺とデシデシは話に入れずに完全に蚊帳の外の存在だった。

 

 なぁデシデシ。二人が何話しているか理解出来るか?


「ボクはギルド以外のことはさっぱりデシ。でもすごく大事な話をしているのはたしかデシ」


 うん。だよな? 二人に話しかけるのはもう少しタイミングを待った方がいいかな?


「カルロスがKの言葉をヒントにこの試練の間の謎を解いた話がずっと気になっているデシ」


「あ」


 やっと外部扱いされていた俺たちの存在を思い出したのか、カルロスが指を打ち鳴らしてデシデシに人差し指を向けてくる。


「話が逸れてすまない。猫君、えーっと……君の名前は?」


「でしでしデシ」


「デシデシ君」


「デシデシでいいデシ。なんか用デシか?」


 すると、カルロスがデシデシの傍にツカツカと足早に近づいてくる。


「デシデシ、君に協力してほしいことがある」


「いいデシけど……なにするデシか?」


「それとケイ、君にも協力をお願いしたい」


 え? 俺も?


「吾輩の協力は要らぬのか?」


 寂しそうにぽつりと言ってくるアデルさん。

 カルロスがアデルさんへと振り向いて微笑する。


「ぜひアデル王にも協力を願いたい」


「王は付けずともよい。アデル、呼びにくければケイのように ”アデルさん” と呼んでもよい」


「ではアデルさん。あなたにも協力を願いたい。僕に良い考えがある」


 なんか……


 俺はぽつりと漏らす。

 デシデシが俺を見上げて問いてくる。


「どうしたデシか? K」


 なんかさ、アイツ……変わったよな。すごく良い方向に。なんか良い感じに話しかけやすくなった。


「あの王様が言ったようにカルロスにも色々事情があったと思うデシ。きっと心の中ではボク達と友達になりたかったと思うデシ」


 じゃぁ、今からはみんな友達ってことで。


「ボクとKは前から友達デシ」


 あーうん。分かってる。アデルさんもカルロスもデシデシも、みんな俺の友達。


 俺はそう言って微笑し、足元のデシデシを抱き上げた。




 ※




2025/01/05 12:24

2025/01/05 13:54

「ぐぬぅぅぅぅっ!」


 ぐおおおおお! 無理無理無理無理もう無理限界だ!


「耐えよ、ケイよ! 男であろう!」


 そういう問題じゃない!

 こうすることに何の意味があるっていうんだ、説明しろカルロス!


 俺とアデルさんは、二人掛けベンチくらいの大きさの長方形に象られた床を、必死になって腰ほどの位置でキープし二人がかりで抱えていた。

 アデルさんはどうか知らないが、俺にとっては大変な重労働である。

 俺とアデルさんは顔を真っ赤にして足をガクつかせる。

 協力とはいったい何なのか、友とは何なのかを一瞬、賢者モードで考えてしまった。


 答えろ、カルロス!


 当のカルロスは、というと。

 いまだに床に指で落書きみたいなことをしている。

 振り返りもせず、謝るように片手を掲げ、カルロスが言ってくる。


「ごめん、もう少し待ってくれ。そのままキープだ」


 ふざけんな、カルロス! こんなクソ重い物を持たされるこっちの身にもなってみろ!


「あともう少しで完成するから頑張って。それを床に置いてしまったらまた作り直しになる。せめて祭壇が残っていたら、それを持たずに済んだんだろうけど、君が壊してしまったから段差となる場所が他にないんだ」


 説明はいいから早くしろ!


「ケイ。君が僕に説明を求めたんだろう? その言い方はないよ」


 分かったからもっと急いでくれ! 早く! 俺の体力が限界なんだよ!


「これだから賢者は体力が無くて困る。僕が代わってあげてもいいけど、生憎、この魔法陣は僕にしか描けない」


 お前絶対こんなん持ったことねーだろ! いいから早くしてくれ! こっちはもう手が痺れて限界なんだよ!


「分かってるよ。もう少しで完成するからそのままキープ」


「ボク、本当にここに座っていていいんデシか? 二人に迷惑かけている気がして──」


「あぁデシデシはそこに座ったままでいいんだよ。

 精霊に、これから僕たちが階段を作ろうとしていることを伝えないと、ベンチが出来たり新たな床が出来たりして誤解が生じてしまうからね」


 どう見ても階段じゃねぇーだろ! デシデシがそこに座っている時点でベンチじゃねぇーか、ただの!


 俺たちが持つ石床の上で、そこにちょこんと座っていたデシデシが気まずく俺たちに謝ってくる。


「やっぱりボク、二人に申し訳ないデシ。一回ここを降りるデシ」


 わあああ! 馬鹿デシデシ、動くな! ストップだ!


 アデルさんも限界に呻く。


「重さの比重が変わるとバランスが取れぬ。デシデシとやら、吾輩たちを心配するならそこに座っておれ」


 早くしろ、カルロス! 急いでくれ!


「そんな急かないでくれ。失敗したらまた最初から作り直しだ。

 それとケイ、たしかに君の言う通り、それはベンチに見えるかもしれない。

 本来は三人がかりで、持ち手二人と階段を上ろうとする足上げ一人がワンセットの体勢でキープし続けなければならない。

 しかし、僕はこの魔法陣を床に描かないといけないし、デシデシはその高さだと後ろ足が届かない。

 君たちがもっとデシデシの後ろ足が届くくらいの膝下くらいをキープしてくれるなら、恐らく確実に階段を作れるんだろうけど、その高さだと君たち二人に危険が伴う。

 片方が石から手を離した瞬間、もう片方が石と床の間に指を挟む事故へとつながるだろう」


 もういい分かった、分かったから早く完成させてくれ!


「よし」


 そう言ってカルロスがようやく床から顔を上げて俺たちへと振り向いてくる。

 額の汗を拭って、グッジョブとばかりに親指を立てて、


「完成した」


 いいから早くしろ、お前!


「そう慌てない慌てない。もう少しでその石も軽くなるからそのままで待っていてくれ」


 慌てろよ! こっちはもう限界なんだよ!


 カルロスが真顔になって俺たちの持つ石へと片手を翳してくる。

 その手に宿る光のオーラ。

 カルロスが呪文を唱える。


「大地の豊穣と安寧を司りし精霊の王ランドヴェーテルよ。

 この魔力の等価交換とし、我が望みし物を授けよ。

 グラビティ・スカーラ!」


 え……。


 俺とアデルさんが見守る中で、ふっと持っていた石が光に包まれて消え去った。

 石が消えたことで、そこに座っていたデシデシが落下し、猫らしくきれいな着地を果たす。

 俺とアデルさんは急に軽くなった手を見下ろし、そして顔を見合わせる。


「どこへ消えたというのだ?」


 さぁ。俺にもさっぱり分かりません。


 するとカルロスがフフンと鼻を鳴らして自慢の髪を掻き上げてから、祭壇の場所に指を向ける。


「あそこだよ」


 え!


「何!」


 一緒になって振り向けば。

 祭壇のあった場所にきれいな石の階段が上へと向かって組みあがっていた。


 ──って、オイ! 上じゃなくて下だろ! 上る階段作ってどうすんだよ!


 俺は両手をわななかせてカルロスへ向け叫んだ。

 カルロスがやれやれとお手上げして溜め息を吐く。


「そう喚かないでくれよ。階段をひっくり返せば下に行く階段が出来上がるだろ? アーチ状や螺旋状にならなかっただけでも感謝してほしいところなのに」


「そんなことが可能なのか、カルロスよ」


 え? 出来るのか? そんなこと。


 目を丸くする俺とアデルさんに向けて、カルロスが鼻を高く突き上げて笑ってくる。

 そして大きな車輪のようなバルブを締めるようなエア動作でカルロスが両腕を大きく円形に回すと、まるでVRでも見ているかのように、カルロスの動作に合わせて階段が時計回り回転し、下に下りる階段へと転じていった。

 ドスンという重く鈍い音とともにそれを完成させて、カルロスが俺たちに向けて鼻を指で擦り、自慢げな笑みを見せつけてくる。


「この僕を誰だと思っているんだい? クトゥルクに選ばれし勇者──カルロスだぞ」


 マジかよ、お前すげぇな!


 今まで聞いていた馴染みの台詞が、いつもなら腹立たしく思っていた俺も、こればかりは本気でカルロスをすごいと思った。

 しかもけっこう大きく、高さにしてもビル十階ほどはありそうな非常に重そうな石の階段である。

 それを宣言通りに下へとひっくり返してしまったのである。

 カルロスが長い金髪を手で払って言葉を続けてくる。


「宮廷魔術師同等の魔力を持つこの僕に、不可能なんて言葉はない」


 ……。


 なんだろう、この ”吾輩の辞書に不可能の言葉はない” みたいなフレーズ。

 よく分からないけど、とにかく魔力的に全然まだ余裕ってことなんだろうな。

 でももうちょっと原始的じゃなく近代的に完成できなかったんだろうか。

 そんなことが──


「そんなことが出来るのであれば、吾輩たちが石を持っていた意味というのはなんだったのだ?」


 あ。


 俺が言いたかったことを代わりにアデルさんが言ってくれた気がした。

 カルロスがお手上げながらに肩を竦め、言ってくる。


「魔法の杖があれば話は別だったんだけど、杖が無い時はこうするしかないのさ」


「ふむ……」


 ……。


 人が万能なのか、それとも杖が万能なのか。

 それが俺の中でもやもやと謎に包まれていた。




終わらないので引き続きいつか時間ある時に更新していきます

今夜に続きを更新できるか不明

無い時は今のところ1/11から1/13の間の更新を予定しています

つーか長いよ、1話分の文章が。

分割すればよかったorz..

ルビがおかしかったり誤字脱字あったら笑ってください

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