賢者とはつまり……【40】
2016/01/13 22:19
──で?
俺は祭壇に設置された、宝石台座のような置物を前にしてカルロスに問いかける。
“賢者の間” って、結局なに?
その問いかけに、台座を挟んで俺の向かいにいたカルロスが顔を上げて答えてくる。
当然のことを質問されたかのような驚き顔で、身振りを交えてつつ、
「何って、見て分からないのかい? これが ”賢者の間” の試練だよ」
いや、だからさ。
俺が言いたいのは、その ”賢者の間の試練” って結局何なのかってことだよ。
そのままの答えを返されたことで、俺も思わず苛立った口調で言い返してしまう。
俺が疑問に思ったこと。
それは台座の上に置かれた一本の、指揮者が使うタクトのような古びた木の棒。
それがぽつんと置かれただけ。
石碑のような説明文があるわけでもなく、問題を解くようなヒントすらない。
俺の足元からデシデシが身軽に台座の上に飛び乗ってきて、木の棒を前足で突いて少し転がす。
おっと。
台座から転げ落ちる前に、俺はその木の棒をキャッチし、元の位置へと戻した。
デシデシが俺に向けて訊ねてくる。
「もしかして魔法が使える者だけが先を行けるってことデシか?」
え? 魔法の杖なのか? これが……
ただの木の棒にしか見えない。
「違うデシか?」
木の棒だろ?
「魔法の杖だよ」
向かいからカルロスがぴしゃりと言い直してくる。
すると、遅れてきたアデルさんが俺の隣へと来て、木の棒を手に取り観察する。
「ふむ……」
どうですか? アデルさん。
「魔法杖であることに間違いはない。しかし……」
しかし?
アデルさんが苦そうな顔で顎に手を当て、そこを撫でると、呻くように考え込んでしまう。
「ケイよ。お主、たしか魔法は──」
使えません。
「そう言っておったな。ここで魔法を使えるのは──」
「もちろん、クトゥルクに選ばれし勇者であるこの僕だけさ」
……。
キメ顔で言ってくるカルロスが妙に腹立たしい。
なんでいちいち勇者であることを主張してくるんだ?
すると、カルロスが俺に顔を向けてきて見下すような目で言ってくる。
「なんでこの僕が、今すぐにでもこの杖を取らないか、君に分かるかい?」
は? それ俺に言っているのか?
「そうだよ。君が代表して僕の質問に答えたまえ」
なんで俺が?
2025/01/03 19:07
不満を露わにする俺の口元を、アデルさんが片手で遮って塞いでくる。
「よい。ここは吾輩が答えてみせよう」
……。
勝ち誇った笑みを俺に見せつけてくるカルロス。
彼の狙いはきっと俺を馬鹿にすることだ。
ふと、俺の隣でデシデシが会話に割って入ってきて、さも当然とばかりに答えてくる。
「きっと使い方が分からないから傍観しか出来ないってだけデシよ」
無言で。
俺はデシデシに向けて賛同の拍手を送る。
「違う! そうじゃない、僕は──」
「吾輩も同意見である」
「くっ──!」
顔を真っ赤にしてカルロスが怒りはらんだ形相で俺を睨みつけてくる。
え? なに?
「馬鹿な愚民どもに説明してやる。賢者とはつまり、広範囲の知識を有する有能な学者のことだ。それも神殿庁に選ばれるほどのエリートくらいにな。
ここは所謂 “賢者の間” だ。即ち。この杖を僕がいきなり使ったりしないのは、賢者の知識を以ってこの杖で正解となる魔法を生み出せということだ。
だから僕は今一生懸命考えているんだ。分かったかい? 愚民ども」
拳を台座に打ち下ろすカルロスに向け、デシデシがぽつりと一言。
「そんな賢者のように難しく考えていたらボク達ここで餓死してしまうデシ」
「うむ。愚民は愚民なりに数を打って前に進むしかない。そうであろう? ケイよ」
すみません、何も考えていませんでした。
急に話を振られて、俺は即座に謝罪した。
カルロスがムッと表情を曇らせて反論してくる。
「数を打つのはいいけど、魔法が使えるのはこの僕だけだ」
2016/01/13 22:19
あ。じゃぁそれなら、と。
俺とデシデシとアデルさんは、互いの顔を見合わせて同調すると、ダチョウ俱楽部よろしく並みにどうぞどうぞと魔法の杖をカルロスに差し出す。
カルロスが自慢の金髪を癇癪気味に搔き乱して言ってくる。
「いいかい? 愚民ども。もっと賢者らしく慎重に考えるんだ。
ここはダンジョンだ。一歩間違えればまた最初からやり直しさせられる。
最悪、村からやり直さなければならないかもしれない。
せっかくここまで進んできたというのに、やり直すなんて僕はもう懲り懲りだ」
2025/01/03 20:20
いや、逆に村からスタートするのがありがたいんじゃないのか?
村に戻れば、もしかしたら案内人2人と会えるかもしれない。
鼻で笑ってカルロス。
「あの気の狂うような会話をまた繰り返して、せっかくここまで歩いてきた道をもう一度歩き直して、階段上って、遺跡の入り口に行って、海蛍を確保して、馬鹿みたいな会話を繰り返して──それをもう一度みんなでやろうと、君はそう言うのかい?」
あ……うん。たしかに俺もそれは面倒くさい。
「吾輩もだ」
「ボクもデシ。もう気が狂いそうになって頭がどうにかなりそうデシ」
「じゃぁ決まりだな、愚民ども。僕がこの高貴な知恵を振り絞って考えてやる。
だから少し静かにしたまえ」
※
2016/01/13 22:19
しばらくの間カルロスを祭壇に放置して。
暇だった俺たちは広間の付近に散らばっていた金貨を拾い集め、それを近くの壷に入れるというボランティア活動みたいなことをしていた。
事の発端はアデルさんで、この広間のことに妙に詳しく、この壷に入れられた金貨は儀式で人柱として犠牲になった人々の魂を鎮めるため、浄化とされる金を用いた物を壷に入れて天へと送り出したという話を俺たちにしてくれた。
金貨には国の紋様と王の肖像を刻むことで、その魂がどこ出身かの調べとなる意味が込められているらしい。
祈り子の儀式では頻繁に金貨の取引がなされ、この祭壇で使われていたとの伝承が残っているらしいが、アデルライジ王政権時代ではある一つの部族を最後に完全に廃止されたと云う。
──ということは。もしかしてこの遺跡は、最後に残った部族の……
俺のその言葉にアデルさんが頷く。
「さよう。祈り子というのは精霊巫女となる若き娘のこと。
ここで儀式を受けて精霊巫女となった娘は、村のしきたりとして、生涯国の結界を守る贄として献上されておった」
精霊巫女ってことは、もしかしてミリアも?
「うむ。前王の父──アデルライジ王は何人もの村の娘が結界の贄として送られてくることを嘆き、これを廃止とした。しかし、娘たちの命には限りがあり、代々継がなければこの国の結界が消えるのも事実。
アデルライジ王は困り果て、クトゥルク様にもこのことを相談されていたようだが、あの頃はちょうど魔王ルシファーを失った魔族の配下がクトゥルク様を恨み、あちこちで攻め込んできていた時。
本来ならばミリアは精霊巫女にならずに済んだであろうに、時代が時代だった故にミリアは最終的に精霊巫女となる道を選んだのだ。
そのミリアを国へと献上してきた最後の部族というのが、吾輩たちが居るここ──つまり、このダンジョンもあの村も、ミリアの故郷だということだ」
え、ミリアの故郷が、なんで砂海の底に沈んで──
「前王に聞いた話だが、魔族から真っ先に狙われるのは精霊巫女を輩出する村。娘を贄とすることもそうだが、アデルライジ王はその村の安全のことも気にかけておった」
じゃぁもしかして、故郷が砂海の底に沈んでいるのも……
「アデルライジ王政権時、一度この国は激しい攻防の末に危機に瀕したことがある。ギリギリのところで神殿庁からの多大な増援により滅亡を免れたが、それが間に合わずに襲撃を受けてしまったのやもしれぬ。この村が最後の部族だっただけに、標的とされた可能性は充分にある」
【行け。お前の背は我が軍が守ろう】
ズキン、と。
俺は突然脳を走る鋭い痛みに、思わず片手で頭を押さえてその場に蹲る。
あの時聞こえてきた声だ。
おっちゃんとの墓参りに行った時に風に乗って聞こえてきた声。
「ケイよ、どうしたというのだ?」
「大丈夫デシか? K」
……!
流れる冷や汗。
激しく鼓動する心臓。
薄くかかる靄と歪む視界。
全然記憶にないけれど、でもたしかに、遠い記憶のどこかでこの声を聞いたことがある。
【こっちのことは気にせず行けよ。精霊巫女は命を賭してでも我がルグナード軍が必ず守ってみせる。だから安心して行け】
顔も何も真っ黒に塗りつぶされた記憶の中で全然思い出せない。
けど、俺はこの人を知っている気がする。
俺の背を──守りきれない場所を、俺の代わりに守ってくれているかのような。
いったい記憶の中のこの人は……誰、なんだろう……?
痛みからようやく解放されて、俺はそのまま床に昏倒して気を失った。
※
2025/01/03 21:46
あれからどれほど寝ていただろう。
意識を取り戻して目を開けば、祭壇の上でまだカルロスが賢者モードで杖を見つめて唸っていた。
俺は半眼で呆れたように呟きを零す。
つーか、まだ考えていたのかよ。
「Kが目を覚ましたデシ! 良かったデシ!」
「ケイよ、大丈夫か?」
あ、うん。ごめん……。あれ? なんで俺、こんなところで寝てたんだ?
倒れたままの床から静かに身を起こして、それを心配そうにアデルさんが支え手伝ってくれた。
「急に気を失って倒れたのだ。もう大丈夫なのか? ケイよ」
あ、うん。全然何ともない。スゲーなんか頭がスッキリした感じがする。
ミント飴でも舐めたかのようなスッキリとした目覚め。
えーっと、さっきまで何を考えていたんだっけ、俺。
「無理をするでない、ケイよ」
「起きて大丈夫なんデシか?」
うん。なんかごめん、心配かけたみたいで。全然平気。大丈夫。
そう言って俺は証明するかのごとく立ち上がって服についた埃を手で払った。
つーか……
俺は流すように視線をカルロスへと向ける。やれやれとお手上げして溜め息を吐きながら、
アイツはまだそこで考えているのか?
「そうデシ。そろそろいい加減にしてほしいデシ。退屈デシ」
「みんなで様子を見に行ってみるか?」
うん。そうする。
アデルさんの問いかけに、俺もデシデシも頷きを返した。
特に何もない




