海底遺跡ダンジョンの攻略法2【38】
2025/01/03 08:24
海底遺跡ダンジョンの攻略法──その二、【ダンジョン内では言い争いをしないこと】。
遺跡内の奥へと向かって歩いている時だった。
ふいに、俺の隣でカルロスがぼそりと言ってくる。
「 ”賢者の間” 。次に始まるとすれば、きっとそれだ」
賢者の間?
怪訝に首を傾げて問いかける俺に、カルロスが言葉を続けてくる。
「本で読んだんだ。僕はこの物語の全ての内容を暗記できるまでに読み込んでいる。
だから当然、この先で待ち受ける試練も僕は知っている」
なんでそれを俺に……?
「君に協力するといっただろう? どちらにせよ、このダンジョンを抜け出すためには僕たち全員の一致団結が必要だ」
なんか急に勇者らしいことを言って──
俺が何気に言ったことがカルロスを不快にしたらしく、顔を顰めて怒ってくる。
「君はつくづく僕を不快にしてくる。僕に喧嘩を売っているのかい?
僕はクトゥルクに選ばれし勇者だ。勇者らしいとはどういう意味だい?」
……。
売り言葉に買い言葉。
俺もカルロスのその言い方にカチンときて思わずその場に足を止めた。
カルロスも不機嫌な顔付きで足を止めてくる。
そして喧嘩が勃発。
は? お前こそなんだよ。その程度のことでいちいち突っかかってきて。
俺は別にそんなつもりで言ったわけじゃねぇよ。変な風に解釈するなよ。
「この僕を愚弄する気か? クトゥルクに選ばれし勇者であるこの僕を」
「け、喧嘩はやめるデシよぉ」
仲裁に入ってくるデシデシ。
そして俺たちのことに気付かず先を進む案内人。
明かりが薄くなっていくことよりも負けたくない気持ちが、今在る状況への理性を失わせていた。
デシデシが案内人の背中と俺たちを交互に見やってオロオロする。
そんな喧嘩はすぐに収まる。
後ろから体全体で俺とカルロスをド突くようにして押し、アデルさんがブルドーザーのごとく俺とカルロスを両脇に挟んで回収し、そのまま前へと運んでいく。
少し苛立つ口調で、俺たちを叱ってくる。
「喧嘩はやめるのだ、二人とも。こんなところで言い争って何になる?」
「……」
……。
アデルさんの威圧に思わず無言になる俺たち。
互いに気まずく顔を逸らす。
たぶん、一番苛立っているのはアデルさんなのかもしれない。
アデルさんが言葉を続けてくる。
2016/01/13 21:10
「見よ、前を。案内人から離れれば命はない。あのランタンの明かりが届かぬ範囲では未知の魔物がうようよしておる。
せっかくここまで進んできて、また村からのやり直しは無駄に疲れる。そう思わぬか?」
ごめんなさい、納得です……。
俺は素直に謝ったが、カルロスは謝罪の言葉を口にすることなく、無言でアデルさんの腕を払うように抜き出て、とっとと前を足早に進み始めた。
なんだよ、アイツ。
「ケイよ」
え、あ、はい。
「そう怒るでない。耐えよ。それが勇者というものである。
お前さんも勇者を目指した身ならばカルロスの心情も察するがよい」
いや、あの、アデルさん。俺、一度も勇者を目指すと言った覚えは──
「吾輩はしかと、お前さんの言葉を覚えておる」
はぁ……そうですか。
さっぱり記憶になかったが、この場はそれでスルーしておこう。
俺は曖昧に首を傾げながらもアデルさんの言葉を受け入れた。
「さきほどのカルロスの言っていた物語のことを、お前さんに少し話しておこう。
この物語の主人公は三人の仲間とともに迷宮遺跡に通じる門をくぐり抜け、この遺跡の入り口に到着する」
ここに来るまでにそれらしい門ってありましたっけ?
「ない」
はぁ、そうですか……。
「そこで待っていた一人の魚人族の案内を受けて、主人公たちは次なる試練へと向かうことになる」
……。
言われて俺は前を見つめた。
どう見ても、前を行く案内人は二人だ。
アデルさんは自信満々に俺に言って聞かせる。
「そう。今まさにあの物語の筋書き通りに──」
二人です、アデルさん。案内人は二人居ます。それに門もなかったし
「それでよい」
良いんですか?
「うむ。主人公たちは案内人とともに次なる試練── ”賢者の間” へと辿り着き、そこで案内人からこのダンジョンの説明を受ける」
説明って……いや、これ、ゲームランドのアトラクションか何かですか?
「む? お前さんが言うその ”あとらくしょん” とは何かね?」
あ、いや別に。
思わず口から漏れ出てしまった異世界の言葉に失言を感じ、俺は慌てて視線を逸らして口籠る。
すると俺の足元でデシデシが口を挟んでくる。
「Kは元々ジャングル育ちデシ。スライムを飼い慣らすほど野性人間デシ。時々魔物も手玉にとれるデシ。たまに意味不明なことを言ってくるデシけど、それはKのジャングルでは常識なんデシ」
「常識か。たしかに吾輩もジャングルの常識は知らぬ」
……。
いや、つーかどこの近未来なアマゾネス・ジャングルだよ。未知過ぎて逆に俺も知りてぇよ。と、俺は内心でそっと思った。
話の途中で。
前方と歩いていたバニーガール姿の大男と魚人のミアが足を止めてくる。
カルロスもそこで足を止めて、次いで俺たちもそこで立ち止まる。
え? もう次の試練に着いたのか? 全然先が真っ暗だけど……
ずっとさっきから同じ道。
先を眺めても、さっきと同じで、まだ続いているように見える。
暗いからだろうか?
すると、バニーガール姿の大男が俺にランタンを手渡してくる。
え……?
何気に流れでそれを受け取って。
俺はどうしていいか分からず呆然と固まる。
バニーガール姿の大男が、俺に向けて人差し指を振りながら、
「案内はこ・こ・ま・で。ここから先にある試練にはあなた達だけで進むのよ。
あなたとの約束は果たしたわ。さぁ、この胸に飛び込んできて約束のちゅぅぅぅぅー……」
そう言って、バニーガール姿の大男が唇を尖らせて、俺に向かって両腕を広げて覆い被さるように向かってくる。
それを隣からミアが力強く横に押し退ける。
「ねぇお兄ちゃん達」
ありがとう。助かったよ。
小首を傾げるミア。
そんなミアに俺は爽やかに礼を言う。
ごめん、気付いてないならいい。とにかくありがとう。助かった。
「変なお兄ちゃん。ただ邪魔な奴を横に押し退けただけなのに。
ねぇねぇそれより聞いて」
ぴょんぴょんと楽しそうに飛び跳ねて、ミアが俺に上機嫌で言ってくる。
「お兄ちゃん達が無事にこのダンジョンの試練を全てクリアしてくれたら、ミア達村のみんなの呪われた魔法が解けて、地上に戻ってまた人間としての生活をすることが出来るの!
それが出来るのはお兄ちゃんだけだから、だから村の掟を破ってここまで案内したんだよ。
だから絶対頑張ってね、お兄ちゃん達!」
「え?」
と、驚き顔でカルロス。
どうやら物語にそんなことが載っていなかったのか初耳だったらしい。
アデルさんも身を乗り出してミアに訊いてくる。
「それは本当なのか? お前さん達はまさか──」
「ボク頑張るデシよ! 絶対このダンジョンをクリアしてみせるデシ!」
え、あの……すごく疑問に思うことがあるんですけど──
「ちょっと! せっかくボーイと良いところだったのに何してくれるのよ、この小娘!
さぁボーイ! もう一度この胸に、かもぉぉぉぉぐはっ!」
向かってくる寸前のところでカルロスから横に突き飛ばされて、バニーガール姿の大男が地面とキスをする。
「それはどういうことだい? もっとその話、詳しく訊かせてくれないか?」
「吾輩にもその話を訊かせよ。もしや、お前さん達は──」
「誰も先に行かないんデシか?」
あの……俺からちょっと質問させてください。
謙遜ながらに俺は静かに挙手をするも無視される。
わいのわいのとミアにすごい剣幕で迫りくるカルロスとアデルさん。
先に行きたいデシデシ。
困惑し、子ウサギのようにして身を小さくして怯え、涙目で答える魚人のミア。
「だってパパがそう言ったんだもん。ほんとだもん。嘘なんてついてない……」
「ごめん、そうじゃない。僕が言いたいのは──」
「訊かせよ、お前さん達はもしや──」
「先に行かないんデシか?」
あの、誰か……
俺は頬を掻きながら言葉を遠慮していると、急に背後から何者かが俺の体にしがみついてくる。
そして俺の耳元で、男の声がそっと囁く。
「あなたの話を私が聞いてあげるわよ」
ぎゃあああッ!
まさかさっきまで地面に倒れていたはずのバニーガール姿の大男が、ゴキブリ並みに俺の背後に回り込んできてバックハグしてくるなんて想像だにせず。
背後が暗闇だった上に、明かりの中なら安心とすっかり警戒心なく油断していたところからのいきなり強い力で抱きつかれたこともあり、俺は背筋に悪寒を走らせるとともに驚きのあまり絶叫し、反射的に──というか無意識に手持ちのランタンを放り捨てた。
あ……。
手元を見てハッとした時にはすでに遅く。
暗闇に閉ざされる視界。
遠くで音を立てるランタン。
海蛍が遺跡の外へと逃げていく。
そして、暗闇の中で俺たちは──……




