ダンジョン遺跡の案内人【35】
2024/12/22 09:29
俺が備蓄庫で旅立ちの準備をしている時だった。
重傷者収容の小屋の隣にある小さな空き家をリノベーションして備蓄品をそこで管理し、そこの管理を任されているギルド仲間から分けてもらった、ある程度の食料を巾着袋に詰め込む。
携帯用の武器もギルド仲間から借りて、皮袋に入った携帯用の水も受け取り、腰部分に紐で結んで装着した。
ふと、ギルド仲間の一人が何人分かの小分け食料を手に俺に訊ねてくる。
「あれ? お前一人か? 団長から聞いていた話だと数人分の食料を準備しておけと」
あー……うん。
俺は視線を落として頬を掻き、気まずく答える。
一緒に行くメンバーは一応決めてるんだけど、まだ決めていないんだ。
「ん? いや、どっちだよ。一応八人分は用意しているが増える予定か?」
いや、減らす予定。
「本当にそれで大丈夫か? 次期団長としてハリキリたい気持ちは分かるが」
んー、そうじゃないんだ。なんというか、ここを守りたいんだ。
「ここを守る?」
いつまた村人たちが襲ってくるか分からないし、もし俺たちが戻ってこられなくても第二第三で探索に行けるようにしておきたいんだ。
俺のその言葉に、彼が急に何か言いたげに顔を曇らせ、俺の耳元に近づくと声を落として言ってくる。
「言っておくが、食料も正直そこまで余裕ないぞ。重傷の奴らも先がそう長いわけじゃない。
団長が次期団長であるお前を行かせるのは、一回で確実に見つけてこいという理由を込めている。
あまり大勢を連れて行くと村に残された奴らが不安になるが、あまりに少ない人数で行って、あとのことを俺等に期待されても、それはそれでただの無駄骨になる」
……。
俺は無言で顎に手を当て考え込む。
告げた彼がノンキに口笛を吹いて、さりげなく俺から離れる。
まるで「俺何も言っていないですよ」を周囲にアピールするかのように。
そう。みんな、俺も含めて本当は内心、不安でいっぱいなんだ。
それをひた隠しにして口にしないようにしている。
「他のメンバーが決まったらまたいつでも声をかけてくれ」
あ、うん。ごめん、ありがとう。
声をかけられたことで俺はハッとして顔を上げ、そう答えを返した。
たしかにある程度の人数で次の試練に挑むべきかもしれない。
そうなると誰を連れて行くべきか余計に迷ってしまう。
俺自身、ギルド仲間が持っているスキルを全員分把握しているわけではない。
やはりここはゼルギアに一旦相談すべきだろうか。
そんなことを考えていた時だった。
ふいに背後から、アデルさんが声をかけてくる。
「待たせたな、ケイよ」
……?
俺は振り向いてアデルさんに顔を向けて言う。
あ、いえ、全然待っていた覚えはないですし、今までアデルさんどこに居たんですか?
「お前さんとその話をするのはこれでもう六度目になる」
そう言われても全然記憶にないですし、俺としても繰り返している自覚もないです。
今、備蓄庫の前では初めて会いましたよね?
「うむ。やはりお前さんに記憶はないか」
え……まぁ、はい……。
繰り返しているのはいったいいつからが始まりで、今がどの辺なのだろうか?
ただ普通に道を歩いて過ごしていただけなのに急にそんなことを言われても、と。
俺は曖昧に首を傾げて反応に困った。
「お前さん、吾輩に何か隠しごとはしておらぬか?」
え……? いや、いったい何を?
「本当は記憶があるのに、お前さん自身が試練の仕掛けであり、吾輩たちを試しておるとか」
そんな自信満々に言われても……そうなんですか、としか答えられませんが。
言葉途中で。
急にデシデシがやって来て会話に口を挟んでくる。
「この繰り返しの原因はKじゃないデシ。ボク見たデシ」
デシデシ?
突然やってきて意味深なことを言ってくるデシデシに、俺もアデルさんも驚いて目を向ける。
デシデシが俺に言う。
「Kは何も悪くないデシ。なのに最期、みんなに疑われて殺されたデシ。悪いのはあのカルロスって勇者デシ。ボク、見たデシ。Kを助けたいデシ」
……え、何が?
俺は目を二、三度瞬かせてから口端をひきつらせる。
本気でさっぱり事情が分からないし、なんなんだその俺の最期。
いったいみんなどこの時空を彷徨っているんだ?
そしてなぜ俺だけ記憶がないんだ?
混乱している俺をよそに、アデルさんとデシデシだけで話が始まる。
「どうやら繰り返しの記憶を持つ者が他にもいたようだな」
「またKだけ記憶がないんデシか?」
「どうやらそのようであるな」
「なぜデシか? 第一の試練でもKだけ特別だったデシ」
「それは吾輩にも分からぬ。ケイ本人が覚えていないのだからどうしようもない。
ケイが試練の仕掛けなのか、あるいはケイ自身が何かの仕掛けとなるスイッチを無意識に踏むか押すかしているやもしれぬ。
もう一度、ケイとともに旅立とうではないか」
いや、あの……もう一度とか言われても、俺まだ初めて村から出るんですけど。
「それは分かっておる。もしかしたらこれからお前さんが無意識に何かのスイッチを踏むかもしれぬのだ」
えー……そんなこと言われても
「それはないデシ。Kが死んだ後はまだしばらく何も起こらなかったデシ。全てはアイツの仕業デシ。ボク見たデシ」
いや、俺まだ生きているんですけど……
「だがケイが死んだ直後に罠が発動して天井が落ちてきた。スイッチを踏まなかったにせよ、ケイ自身が繰り返しの仕掛けとなっているかもしれぬ」
「それもないデシ。ボク見たデシ。Kは全然悪くないデシ。みんな騙されているだけデシ。それを証明するデシ」
キッと鋭い目つきになって、アデルさんとデシデシが備蓄庫管理の仲間に顔を向けて、一緒になって声をかける。
「ボクの分の食料と水を早く用意するデシ!」
「よし、吾輩の分も用意するが良い。ケイとともにここから旅立とう」
そして声の闖入は他からも飛んできた。
「僕の分も用意したまえ」
一斉にその声へと俺たちは注目した。
いつの間に来たのか、そこには傲慢な態度で腕組みしたカルロスが佇んでいた。
カルロスが自慢の髪を手櫛で靡かせながら落ち着いた口調でデシデシに言う。
「君たちとこの話をするのはこれで七度目だ。そこの猫君が何を見たのか知らないが、僕に対する誤解は無礼だ。
最期にそこの下民の馬鹿を殺すよう仕向けたのは僕じゃないし、罠を発動させたのも僕じゃない。犯人はもっと別の何かだ。
それをクトゥルクに選ばれし勇者であるこの僕が直々に見つけて証明してやろう」
「ほぉ。では勇者カルロスよ、お前さんの腕前をしかとこの目で見届けようではないか」
「ボクはもう騙されないデシ! Kはボクが守るデシ!」
……。
俺は眉間に指を当ててそこにシワを寄せると、ぼそりと呟く。
あのさぁ、なんか……みんな何と戦っているんだ?
つーか、ひどくね? 未来で殺されるであろう当の本人を目の前にしてさ、あーだこーだと言うけど、記憶がない奴の気持ちも少しは考えてくれよ。
俺がいったい未来で何したっていうんだ? すごく気になるんだけど。
備蓄庫管理のギルド仲間が、準備した何人分かの携帯食を持ってきながら俺を見て心配してくる。
「どうした? K。何かあったのか?」
俺だけなのか? 繰り返している記憶がないのは俺だけなのか?
すがるように俺はギルド仲間に問いかけた。
ギルド仲間の彼が退け腰になって俺に唖然と問い返す。
「は? 繰り返すって、いったい何をだ?」
だよな? 俺だけじゃないよな?
「お前の言っている意味がよく分からんが……メンバーは、いち、に、さん──他にまだ来るのか?」
「これだけでいいデシ!」
2024/12/22 12:00
2024/12/22 14:00
「どうした? デシデシ。何かあったのか?」
「何でもないデシ! 早くするデシ!」
「お、おぅ。な、なんか知らんが分かった……」
「うむ。吾輩たちのことは気にするでない。旅立ちの用意をするがいい」
「僕の分も早く準備してくれないか? 待つのは嫌いなんだ」
「……」
……。
俺とギルド仲間の彼とで顔を見合わせ、理解できずにお互いに目を点にする。
「K。お前は何も聞いていないのか?」
あ、うん。全然何も。俺にも事情がよく分からなくて。
訊かれて俺はブンブンと片手を仰いで首を横に振った。
ギルド仲間の彼が俺に不安そうな顔で訊いてくる。
「本当にK、お前……この程度の人数で大丈夫か?」
いや……決めたの俺じゃないし。
「これでいいデシ!」
「うむ」
「早く携帯する物をこちらに渡してくれないか?」
……。
三人から急かされて、ギルド仲間の彼が手持ちの携帯食などを慌てて彼等に手渡した。
受け取って。
アデルさんが野太い声をさらにデカくして俺の肩に腕を回して言ってくる。
「では行くぞ、ケイよ」
え、ちょっ……俺まだ何も計画立ててないし
「気にするでない。どうせまた繰り返すのだから、そのまま行こうではないか」
「Kはボクが守るデシ」
「君たちと一緒に連れるなんてごめんだね。僕は後から君たちの跡を追おう」
「K、やっぱりコイツ怪しいデシ! なんで別行動なんデシか! 絶対何か隠しているデシよ!」
いや、俺にそんなこと言われても……
アデルさんが立ち去ろうとするカルロスを野太い声で引き留める。
「待つが良い、勇者カルロスよ」
その言葉を受けて、カルロスが満面の笑みで嬉しそうに振り向いてくる。
「え? 今、僕のことを勇者と呼んでくれたかい?」
「勇者カルロスよ。吾輩たちとともに来てくれぬか? 試練をクリアするにはお前さんの協力が必要不可欠なのだ」
ンフフとカルロスが笑う。
その自信に満ちた笑顔はとてもとても心が弾むような嬉しさを我慢できずに溢れさせたように感じた。
自慢げの長い金髪をファサぁと掻き上げ靡かせて、
「ようやくここに来て、この僕の勇者としての実力を認める気になったようだね、愚民ども。
いいだろう。君たちと一緒に行ってあげてもいい。
どうせこの僕がいないと試練をクリアできないんだろう?」
……。
俺が密かに影で拳を握りしめると、それに気付いたアデルさんがそっと俺の拳を手で収める。
そして俺だけに聞こえる声音でぼそりと、
「もし今後、カルロスが単独で行動しようとする時は、名の前に ”勇者” と付けて呼ぶが良い。
そうすればお前さんの意にも大人しく従ってくれるであろう」
耐えられる自信がありません。
「それでも耐えるのだ。吾輩も色んな者たちを付き従えてきたが、何事も穏便にやっていくのが一番なのだ。
ケイよ、あまり感情的になるでない。吾輩たちは前に進まねばならぬのだ。
良いな? カルロスを呼ぶ時は勇者を付けると上手く行く」
……。
俺の脳裏にあの時のアデルさんの言葉が過ぎる。
【お前さんが最期に吾輩に託した、あるメッセージをな。
”勇者カルロスを見つけ、仲間にすれば良かった” と】
これはまんざらあの話も嘘ではなさそうだ。
※
準備を整えた俺たち一行──アデルさん、デシデシ、カルロス──は、村を旅立つ前にゼルギアのところへ立ち寄り、旅立ちの挨拶をする。
ゼルギア含めギルドのみんなが俺たちを祝福し、応援してくれた。
そう、俺たちはみんなをここに置き去りにするわけじゃない。
必ずみんなでこの海底のダンジョンから脱出するんだ。
そして、村を出て──。
俺はふと足を止める。
それに合わせてみんなも同じところで足を止めて俺に注目する。
空を見上げても空は無し。
洞窟内の明かりを灯すのは無数の海蛍の群れだ。
さぁいよいよ村からの旅立ち。
俺はやんわりとした笑顔で果ての無い洞窟内を見回した。
何かを悟ったように一言。
俺たち……どこへ行けばいい?
「前デシ」
「いや、右である」
「僕は左だと思うね」
……。
みんな、意見がバラバラだ。
だったら俺は誰も言っていない後ろ向きを取ろう。
俺はクルリと方向転換すると、村へと向き合った。
デシデシがぽつりと俺に言ってくる。
「戻るデシか? K」
……。
俺の脳裏をあの時きつく言われたおっちゃんの言葉が過ぎる。
【俺がこの先オリロアンでお前を心配しているのはそこだ。
引き受けるのは別に構わん。それはお前の意思であり、お前が決めたことだ。否定はしない。
だがな、後先を何も考えずに行動するのはやめろ】
そう。これがその結果だ。
旅立とうという周りの意見に流されて、俺は何も考えずに今ここに立っている。
……ちょっと自分に泣きたくなった。
もし今ここにおっちゃんが居たら、きっとボロクソに俺を貶しただろう。
「前デシ!」
「いいや、吾輩があの時進んだ道は右であった」
「僕は左に進むべきだと思うね。まだ左に行ったことがない。きっと左に正解があるんだよ」
わいわいと話の盛り上がりについていけず。
俺を省いて進む会話に、みんな記憶があってみんな良いな。
遠い目でそんなことを思いながら、俺はやんわりと笑った。
今更ゼルギアのところへ戻って相談するのもなんだかなぁ。
そんな時。
一人の女の子が俺のところへ駆け寄ってくる。
あ……君はたしか
俺は記憶を辿り思い出す。
第一の試練で出会ったゼルダさんの愛娘──魚人族のミアだった。
再びいったい俺に何の用だろう。
もしかして襲撃か?
いつでも戦闘に持っていけるよう、俺は携帯武器に手をかける。
ミアが俺の傍で息を切らして立ち止まる。
どうやら襲撃が目的ではなさそうだ。
俺は気を許して携帯武器から手を離す。
すると、ミアが近所の兄さんにでも甘えるような無邪気な笑顔になって、俺にうきうきと上機嫌に訊ねてくる。
「ねぇお兄ちゃん。やっとこの村を出る気になった?」
やっと……?
2024/12/22 19:20
俺はその言葉に首を傾げる。
もしかしてミアは俺と同じで繰り返しを体験していないのか?
そう思ったが、そういえば第一の試練からミアはこんな調子だったと考え直す。
俺はミア目線に身を屈めると、優しく笑って答えた。
ごめん、何言っているのか全然分からないから、もう少し分かるように言ってくれないか?
ミアはきょとんとした顔で俺を見つめると、可愛らしく人差し指を口元に当てて「んー」と考える仕草をする。
「なんて言えばいいのかなぁ。今までのお兄ちゃんはお兄ちゃんじゃなくて、今ミアと話しているお兄ちゃんが本物のお兄ちゃんってこと。だから話しかけたの」
……。
俺は屈めていた身を起こして、爽やかな笑顔で髪を掻き上げて天を仰ぐ。
Do you 意味?
まるで海外の言葉を聞いているみたいで意味が分からない。
ミアが人差し指をぴっと立てて言ってくる。
「次はいよいよ祭壇遺跡だよ、お兄ちゃん。でもそこへ行くためには絶対に遺跡案内人が必要なの。案内人無しで旅立てばまた同じ結果を繰り返すことになる。祭壇遺跡はそういう仕組みで部外者に入られないように守られているの」
2024/12/22 20:18
後ろの三人が同時にポンと手を打つ音が聞こえた。
俺は後ろに居る三人へと振り返る。
するとアデルさんが俺に謝ってくる。
「ケイよ。疑って悪かった。たしかにこの先、案内人無しで彷徨っていたのはたしかだ。お前さんがどうこうは関係なかったようだな」
「ボクがあの時見たものは次を繰り返す罠だったデシか。ボク、また同じことを繰り返すところだったデシ」
「僕を疑ったことを謝ってほしいな。たしかに天井が落ちてくる前に何かを踏んだような気がしたけど、無実の下民君に殺意を仕向けるなんてそんな卑下たことは絶対にクトゥルク様に誓ってしない。僕たち以外の何か別の存在を見た気がしたんだけど、どうやらそれも繰り返しの罠だったのかもしれないね」
踏んだような気がしたって……踏んだんだよな?
「仕掛けを踏んだのはお前さんであったか、勇者カルロス」
「それを黙っていたのは最低デシ」
俺たちの総ツッコみを華麗に無視して、カルロスは自慢の髪をファサぁと手櫛で靡かせた。
「さて。じゃぁ次の試練には君が案内してくれるのかい? おチビちゃん」
言われてミアがニコリと笑う。
「違うよ。ミアはパパに頼まれてお兄ちゃんにこのことを説明しに来ただけだよ。案内人は別にちゃんと存在してるから」
そう言って、ミアが何かに合図するようにぱちっと片目を閉じる。
応えるようにして、俺の服の中からモップが顔を出して俺の肩へと移動していく。
そして──。
モップが体毛の中から取り出したのは何かの胸毛だった。
2024/12/22 21:23
よし。なんかここまで無駄に駄文長くなってしまったが、まぁ良し
そしてどこかに傍点の印つけていた気がしたんだが見当たらない
まさか前話だったか?




