なんでそんなことになっているんですか?【34】
2024/12/15 18:43
「俺は賛成だぜ、団長」
「俺もだ、俺も」
薬壷を片手に。
俺が重傷者収容の小屋へと足を踏み入れた時だった。
偶然聞こえてきたゼルギアとそのギルドの仲間たちが話し合う声。
何を話していたのかは分からなかったが、他愛もないふざけた話ではなさそうだ。
もっと何か真剣な──ギルドの内輪会議だろうか。
その会議に俺は呼ばれていないし、すでに俺抜きで始めた会議だとしたら、俺は部外者のままで会話に参加しない方がよさそうだ。
だけど……。
さりげなく聞き耳だけは立てておく。
俺が来たことに気付いていないのか、薬壷を頼んだ当の本人──ゼルギアは、俺に背を向けたままで、向かい合わせにいる仲間たちへと問いかけ続ける。
「他に反対する者はいないか?」
……。
シン、と静まり返る室内。
誰も挙手する者は居らず、みんな真面目な顔で団長に注目している。
俺はそっと会話の邪魔にならないよう、忍び足ながらにゼルギアのところへ歩み寄り、ある程度近付いたところで、話し合いが終わるタイミングを待って足を止めた。
「じゃぁ決まりだな」
ゼルギアが手を一度叩いて話を締める。
俺の存在に気付いたデシデシが俺の傍に来て足にしがみつき、やたら怖いキラキラした笑顔を向けてくる。
「おめでとうデシ、K」
……。
当然俺は訳分からず顔を顰める。
は? 何が?
ようやくそこで俺の存在に気付いたゼルギアがくるりと振り向いてきて、俺がそこに居たことに驚く。
「おっと、悪い。気付かなかった」
そのまま流れるような仕草で俺に肩にポンと手を置き、真面目な顔で言ってくる。
「お前の気持ちはデシデシから聞いた。よく決断してくれたな。
みんなで話し合った結果、お前を正式にギルドの次期団長として迎えることにした」
……。
無言で。
俺は思わず片手の薬壷を滑り落としそうになった。
慌てて薬壷を握りしめて、動揺ながらに声を震わせてゼルギアに言い返す。
え……いや、え? ちょ、ちょちょ、ちょっと待ってください。
俺、まだそんなこと引き受けるなんて一言も──
バンバンと強く俺の腕を叩きながら、ゼルギアが宥めるような笑顔で言ってくる。
「何をそんな動揺している? 大丈夫だ。すぐに団長になれとは言わない」
いや、そうじゃなくて──
俺は慌てて退き腰でゼルギアから離れ、拒絶の意思で激しく首と片手を同時に横に振った。
待ってくれよ、ゼルギア。そんな急に決められても──俺に次期団長なんてそんな責任重いことを無理だよ。
それに、俺まだギルドに入って間もないし、みんなのことやギルドのことをちゃんと理解出来ているわけでもない。
新入りの俺に、将来のギルドを任せるとか、急にそんなこと──普通はもっとこう、俺がここに入ってきた時点で「俺は反対だ」とかの声が聞こえてきて険悪なムードになってもいいと思うのに、なんでみんな……
ゼルギアが仕方ないとばかりに肩を竦め、もう一度ギルドのみんなへと振り返って問いかける。
「ではもう一度みんなに問おう。
今ここでKが次期団長となることに反対する者は居るか? 居るなら挙手してくれ」
……。
シン、と。
みんなして意の固まった顔で俺を見つめ、誰も挙手なんてしない。むしろ──
「いや、全然」
「むしろKなら歓迎だ。実力はこの目で見た」
「俺もだ。Kの実力なら文句ねぇ。あんな斬っても斬っても死なないゾンビみたいな恐ろしい魚人の魔物がうようよとする中を果敢に自ら外に出て、剣一つで戦おうなんて誰も真似出来ねぇよ」
「そうそう。俺なんて団長無しで ”もうダメだ” って絶望して震えてたのにさ、Kが外に出て戦ってくれたのを見て、俺は勇気をもらったんだ」
「俺もだ。立て籠もるのが精いっぱいだったのによぉ、みんなを守る為に一人で命張って囮みたいなことして、魚人の魔物を俺たちから引き離したんだぜ?」
「そんなの出来る奴は団長かKくらいだ」
「うんうん」
そして俺に向けて、みんなが拍手を送ってくる。
デシデシも、ゼルギアもだ。
唖然と口を開けたまま固まる俺の手から、ついに薬壷が力なく滑り落ちた。
貴重な薬壷が床に散らばる直前で。
気付いたデシデシが慌ててスライディングしてその薬壷をキャッチして守る。
それどころじゃない俺は、動揺してわたわたと焦りながら両手を振り、口早にみんなに言う。
え……ちょっ、みんな待って。もっと冷静になろうよ。
俺まだ全然そこら辺にいるような鼻垂れたガキみたいなモンだし、みんなの方が大人じゃんか。いざという時の正しい状況判断とか咄嗟に思いつかないし、ゼルギアみたいにみんなを引っ張っていける自信なんてないよ? ギルドで仲間にしてもらってからみんなで一緒に仕事したこともないし、日も浅いし、戦闘経験とか全然慣れてなくて、それに──
ゼルギアが口を挟んで言ってくる。
「一緒に仕事? そんなの今やっているじゃないか。なぁ、みんな?」
「団長が認めるなら異論はないぜ」
「K以外に適任はいない」
「Kが次期団長なら俺は歓迎するぜ」
「俺もだ」
「俺も俺も」
ちょ……みんな……本気で言っているのか?
一同に笑顔で頷いてくるギルドの仲間たちに、思いっきり動揺しまくる俺。
ゼルギアが俺の肩をポンポン叩いてくる。
「何をそんなに動揺しているんだ? みんながお前を認めている。もっと堂々としろ。
年齢なんて関係ない。ガキだろうが年寄りだろうが女だろうが新入りだろうが、適した奴が次期団長になるべきだ。
そうだろう? みんな」
送られてくる拍手。
これは絶対に断れない雰囲気だ。
……。
そしてどこに居たか、ギルドの一員であるかのように紛れ込んでいたアデルさんが野太い声で推しの一言。
「さすがは吾輩が見込んだ愛弟子である。勇者として、吾輩はとても誇り高いぞ。
ケイの実力なら吾輩も推薦状を出し認めよう。ケイにはこのギルドの次期団長として、皆を引っ張っていくだけの素質がある」
……。
俺は無言で眉間に指を当てて唸り考え込む。
ハッキリ言って、俺は一言も勇者を目指しているとは言っていないし、アデルさんに弟子入りした覚えも一切無い。それこそアデルさんと一緒に勇者としての修行も、冒険も、辛く苦い経験も薄いというか、全く記憶にない。
なぜだ? 何かがおかしい。
いったいなんでこんなことになってしまっているんだ?
アデルさんの言葉が場を締める痛恨の一撃となり、俺は晴れてギルドの次期団長を名乗ることになったのだった。
※
……。
俺の気のせいだろうか。
今、時計の針の音が聞こえてきたような──
※
『お前はそれで本当にいいのか?』
──え?
あれから。
俺とゼルギアとギルドの主要メンバー、そしてアデルさんだけを残して、他の仲間はそれぞれの持ち場へと散り。
俺たちは部屋の隅へと移動して、今後どうするかについての作戦会議を話し合っている途中だった。
ふと俺の頭の中に聞こえてきたおっちゃんの声に、つい癖というか……何気なく声に出して返答をしてしまい、ゼルギアへと目を向けてしまう。
ゼルギアが不思議そうな顔で俺を見てくる。
「どうした? 何か質問でもあるのか?」
問われて、俺は慌てて手を振ってその場を誤魔化す。
あ、いや……ごめん。なんでもないんだ。俺のことは気にせず、そのまま話し合いを続けてください。
「遠慮することはない。次期団長として、気になることがあるなら言ってくれ」
あー……いや、えっと……。
気まずく頭を掻いて視線を逸らし、俺は何か上手い言い訳をしようと必死で思考をフル回転させる。
その間にもおっちゃんからの容赦ない言葉が頭の中に飛んでくる。
『なぜ次期団長を引き受けた? 断る事ならあの場で出来たはずだ。
なぜそれをしなかったのかと訊いているんだ』
……。
内心で舌打ちして。
場の空気を読まない、順番を待たない自己中なおっちゃんの質問に、俺は正直うぜぇと思った。
まるで先生からの説教中に顔に飛んでくる虫並みにイラっとする。
俺がそう思うと同時に、おっちゃんが不機嫌に舌打ちしてくるのが聞こえてきた。
あ、しまった。
俺の内心はおっちゃんに筒抜けで聞こえているんだった。
後悔したがもう遅い。
溜め息を吐いて。
俺は一旦考える素振りを見せながらゼルギアの質問を保留し、先に内心でおっちゃんの質問に答える。
なぁ、おっちゃん。それ今答えないとダメなのか?
後でゆっくり相談しようと思ったんだ。
今は大事な会議しているから、後で話したいんだけど。
『なぜ参加している? お前自身、次期団長になることを望んでいるのか?』
……。
再度、若干の苛立ちを溜め息に変えて。
俺は内心で答える。
いや、だからさ。その質問に今答えないとダメなのか?
おっちゃんとは後でちゃんと話したいんだ。
『話す? 俺と何を話すというんだ? お前はもう引き受けた。今更辞めますなんて言える雰囲気じゃなくなっているだろうが。
相談しようにも、もう手遅れだ。
やりたくないならやりたくないと、あの時ハッキリ断るべきだった。
それをお前はやらなかったんだ。
それはなぜか。
お前が上手い言い訳を考えようとしたからだろう? お前にとって都合の良い言い訳をな。
次期団長だって? そんなモン引き受けてどうする? お前は本気でこの世界に生涯居続けるつもりか?
お前はこの世界に何しに来た?』
ダチを助けたい。それは分かってる。この世界に住むつもりもないし、次期団長なんて俺だって引き受けるつもりはなかった。もしかしたらここを脱出した時に、きっとみんなもう一度考え直してくれると思ったんだ。ここに居る間だけ引き受けて、みんなの希望になればってそう思ったんだ。俺だって一生懸命やっているんだよ。けど──
『ふーん。そうか。それでどう、砂塵の騎士を見つけるつもりなんだ? 倒す方法や居場所を探す方法を考えているのか?』
だからそれを今、ゼルギアたちと話し合っているんだよ。
いちいち俺の思考を邪魔しないでくれ。
『俺がお前に訊いているのはそこだ。
なぜ彼等と話し合う必要がある? 次期団長を引き受けなくてもお前が単独で行動すれば済む話だ。なぜそれが分からない?』
あーもう! 俺だって色々考えているんだよ!
この村の住民が襲ってくる条件のこと、おっちゃんだって分かっているはずだろ?
俺が勝手に単独行動すればどうなるかなんて、そんなのカルロスを見れば分かるだろ?
みんなと一緒に協力しないとここから脱出なんて無理なんだよ。
俺だって馬鹿なガキじゃないんだから、そんなこといちいちおっちゃんに言われなくても分かってるよ!
『何をそこまでムキになって言い返す? みんなと協力するだけなら次期団長になる必要なんてない。そうだろう?
もう一度先ほどの質問を繰り返してお前に問おう。
なぜ次期団長を引き受けた? 答えろ』
……。
何も言い返せなかった。
図星だった証拠だ。
本当は何も思いついていないし、どうすればいいかなんて分からない。
『俺がこの先オリロアンでお前を心配しているのはそこだ。
引き受けるのは別に構わん。それはお前の意思であり、お前が決めたことだ。否定はしない。
だがな、後先を何も考えずに行動するのはやめろ。
次期団長を引き受けて、お前はどうするつもりだ? その意見を俺に聞かせろ』
……。
一旦気持ちを落ち着けて。
冷静になって俺は、内心でおっちゃんに言い直す。
いや、ごめん。おっちゃん……そうじゃないんだ……。
なんか状況に流されたって言うか、俺自身でも上手く決断できなくて……。
ただ、俺に断る勇気がなかった。それだけなんだ。
この先どうするかなんて何も考えていない。
2024/12/15 20:06
2024/12/16 21:15
『……』
……なぁ、おっちゃん。
『なんだ?』
どう決断するのが正解だったんだろうな。おっちゃんが俺の立場だったら──
『もちろん断った。だがお前は引き受けた。それはなぜかと問いている』
断ったところで──
『断ったところでどうなったと思う?』
……。
俺がいつまでも黙ったままでいたせいか、ゼルギアが心配そうに俺を見てくる。
「どうした? K。何か不安なことでもあるのか?
どう質問していいか分からないならそのままの気持ちを言ってくれればいい。
誰も何もお前の言葉に気を悪くする奴はいない」
ごめん、ゼルギア。そうじゃないんだ……。
その……なんというか……
俺は首を横に振って口ごもる。
納得のいかない顔のゼルギア。
俺のせいで作戦会議がなかなか進まない。
会議に集った仲間たちの表情に、少しの疲労感が窺える。
そんな時だった。
突然、アデルさんが何かを思いつく。
ポンと手を打って、
「よし、ここは吾輩に任せるが良い。吾輩に良き考えがある。ケイのためにひと肌脱ごうではないか」
その言葉を残し、アデルさんが早々とその場を後にして立ち去る。
……。
「……」
突然のアデルさんの言動に、全員の目が点になる。
そして。
ゼルギアが肩を竦めてお手上げし、場を仕切り直してアデルさん抜きで話を進める。
俺へと顔を向けてきて、一言。
「お前に異論がなければこれで会議を締めるが、お前はこのやり方に問題はないな?」
……。
俺は全く記憶にない内容に目を瞬かせて、地蔵のように身を固める。
……え? 今、何の話をしていました? 俺たち。
ゼルギアが肩を竦めてお手上げし、答える。
2024/12/18 22:06
「今まで呆として話を聞いていたのか?
今度は俺がここに残って、俺の代わりに次期団長のお前が、ここにいる仲間を何人か連れて脱出口を探しに行く。──というところまでだ。
その際に誰を連れて行くかで、お前が何も言わなくなったから、責任重すぎたかと俺も今考え直していたところだったんだが」
え?
作戦会議どころか進み過ぎた話の内容に、俺は思わず二、三度瞬きして目を丸くする。
全然記憶に無い話の内容だった。
そんな俺の反応をよそに、ゼルギアがアデルさんの出て行った方向を見つめながら、
「ちょうど今、アデルって奴が何か良い案を思いついたと出て行ったが──」
そこで一旦言葉を止め、ゼルギアが溜め息を吐いてお手上げながらに肩を上下させると、軽く笑いながら言葉を続ける。
「まぁとりあえず、彼がここに帰ってくるのを待とう」
あの……ゼルギア。その話なんだけど
「ん? どうした?」
……。
なぜそんな話になっているんだろう。
ゼルギアが会議を開こうと俺と何人かに声をかけて集まって、話し合いが始まったところまでは覚えている。
いつから?
俺の中でゼルギアと話し合った記憶が無い。
いったい何が起こったというのだろうか。
俺が質問を上手くまとめられずに言い迷っていたせいか、ゼルギアが微笑ながらに俺の頭をくしゃりと撫でてくる。
「まぁ無理もない。いきなりこんな責任の重い話をしたんだ。気楽に考えてくれ。俺から仕事を頼まれた。そう思ってくれて構わない。俺もすぐに引退するわけじゃないしな」
「じゃぁそろそろご隠居ってことッスか? 団長。お疲れさまッス」
仲間の一人が冗談交じりにそう言う。
それにゼルギアが笑いながら言葉を返す。
「バカ言え。俺のギルドだ。早々手離してたまるか。不甲斐ないお前らを急に任されたKの身になってみろ。隠居はお前らをビシバシ鍛えてからだ」
「厳しいッスね、団長」
みんなで笑って。
俺もそんな楽しい雰囲気に呑まれて思わず一緒になって笑みを零す。
ゼルギアが俺に言ってくる。
「食料や戦力などを考えても、まぁこれがベストだろう。
出口探索についてはKとデシデシとアデルって奴と、あとは──」
メンバーはそれだけでいいよ、ゼルギア。
俺の言葉にゼルギアが心配して言ってくる。
「何を言っている。もう少し戦力がないと、この先どんな魔物が潜んでいるか──」
俺は大丈夫。それよりもこの村に残る人数が心配だ。
いつ、またこの村の仕掛けが発動して住民が襲ってくるかも分からないから。
2024/12/21 10:55:14
「無理はするな。出口探索は早ければ早い方がいい。それだけ多くの仲間を助けることができるからな」
……。
俺の中でふと疑問が生まれる。
本当に、俺がこの村を出て脱出方法を探すことでみんなが助かるのだろうか、と。
あのさ、ゼルギア。
「どうした?」
俺、思ったんだけど……本当にこのまま俺が先に進んでもいいんだよな?
みんなをここに置き去りにするなんてこと──
言葉途中で、ゼルギアが俺の口を片手で塞いでくる。
少しの苛立ちと戸惑い。
見ていてそんな、心の内を明かすかのような表情だった。
「今は余計なことを考えるな。誰だってここに残ることは不安だ。
信じて先に進むしか他に方法がない」
※
しばらく待ってもアデルさんがなかなか戻ってこなかったので。
俺たちは一旦解散し、俺はゼルギアに言われた通りにこの村を旅立つ準備をするための行動を開始した。
携帯できるだけの食料と水、あとは身を守るための簡易武器の所持。
そして……。
考えに迷って、俺はふと立ち止まる。
俺の脳裏をスポーツカー並みのスピードで、勢いよくバニーガール姿の魚人の魔物が通り過ぎていく。
……。
眉間に指を当てて、判断に迷うことしばし。
……。
俺は奴に頼らざるを得ないのだろうか、と。
服の中からモップが出てきて俺の肩へと移動すると、その体毛の中から何かの胸毛らしき毛を取り出そうとしているのが見えた。
俺はそれを手で制して止め、無言で首を横に振った。
まだそれを決断する時じゃない。
そんな時だった。
アデルさんが俺を見つけて声を掛けてくる。
「待たせたな、ケイよ」
ずっとみんなで待ってたんですよ? アデルさん。急にどうしたんですか?
「ふむ」
俺の顔をマジマジと見つめた後、何かに納得するようにアデルさんが腕を組んで唸ってくる。
いや、ほんとどうしたんですか?
頬を掻いて、俺は反応に困る。
するとアデルさんがぽつりと俺に言ってきた。
「どうやらその様子から察するに、やはりお前さんはあのことを何も覚えておらんようだな」
……何がですか?
「お前さんとこの話をするのも、もう四度目になるか」
え……?
俺は目を点にして驚く。
もしかして俺たち、また──
「そうだ。繰り返しておるのだ。同じ刻をな。
もうこれでお前さんと吾輩は五度目の挑戦をしておる。
それなのになぜかお前さんは何も覚えておらんのだ。不思議とな」
いや、え……?
俺は狼狽えて動揺し、自分の体の異変を確認した後に辺りを見回す。
全くといっていいほど何も変わっていない。
もうあの試練は終わったはずですよね?
それに俺、繰り返している自覚が全然──
「そこが吾輩も不思議に思っておる。
数人の仲間とともに村を出て、先を進み、次なる試練を受けた。
しかし仲間は死に、吾輩も力尽きてお前さんだけが生き残ったところで記憶が途切れ、またこの村からのスタートを繰り返す」
この先の試練っていったい……?
ガハガハと豪快に笑って、アデルさんがあっけらかんと暢気に答えてくる。
「それが吾輩もよく覚えておらんのだ」
え?
「お前さんに訊けば何か分かると思ったのだが、どうやらその様子だとお前さんも何も覚えておらんようだな」
覚えていないというか……そもそもこの村を旅立ったことすら記憶にないんですが。
「ふむ。そこから記憶も逆戻りしてのスタートとなるのか。
お前さんが何も覚えておらんことにはこの先の試練をクリアは苦難だな。
吾輩は二度目にしてお前さんに品を変え仲間を変えて提案してきたが、いかんせん、これがなかなかに同じことを繰り返すのだ」
繰り返すっていったいどうやって……?
「それが吾輩にもよく分からぬ。死んだ者たちも生き返っておるし、吾輩も生き返り、そしてお前さんに記憶がない。だからどういう仕組みで繰り返すのか正直よく分からぬのだ」
は、はぁ……そうですか。
俺は生半可な返事をしてアデルさんの話に相槌を打つしかなかった。
アデルさんのよく分からない話は続く。
「四度目にして吾輩はお前さんに次期団長を辞め、ゼルギアとやらを探索に行かせることを提案し、それを実行した。──そしてこれが結果だ」
どうなったんですか?
「ゼルギアとやらは数人の仲間を連れて行ったきり戻らず、それを待つ間に村に残された者たちの数がどんどんと減り、村人からの襲撃が始まり、吾輩を含めこの村に残った者たち全員が全滅した」
……。
「不思議なことにそれを何度となく繰り返すのだ。この刻、この場所からな。
まるで正しい回答を吾輩たちが得るまで、それを導き出すまでな」
正しい回答と言われても、俺には記憶が──
「あぁそうだったな。お前さんは何も覚えておらんのだったな。そして今のところ吾輩だけがそれを覚えておる、と……ふむ。
何度となく繰り返す中で、吾輩はどうも気になるのだ。
お前さんが最期に呟いていたあの言葉を。
何か真実を知って隠しておるというか、なぜこうなったのかを知っていたかのような意味深な言葉と素振りだった。
“全ては俺があの力を持っていたせいでみんなをこんなことに引き込んでしまった” とか何とか……そんな後悔か懺悔かを呟いていたようだった。
お前さんに何か心当たりはあるのか?」
……。
俺は内心を隠すようにアデルさんから視線を逸らした。
すると慌てて手を振ってアデルさんが言い換えてくる。
「おっとすまん。今はまだ覚えておらぬことかもしれぬ。
吾輩が言ったことは忘れるが良い」
……。
ごめん、アデルさん。と内心で話せない事情を謝りながらも、俺はアデルさんに目を向ける。
アデルさんが話を戻すようにして、嬉しそうに人差し指を立てて俺に言ってくる。
「ケイよ、聞くが良い。
吾輩はついに四度目にして試練を抜け出す方法が分かった気がするのだ。
お前さんに次期団長を辞めるよう勧め、村に残るよう提案し、それを実行した時のことだ。
村人の襲撃に遭う最中、仲間もどんどん死に、吾輩とお前さんが生き残っていたのだが、お前さんが吾輩を庇い、事切れるのを見守っていた時の話だ。
お前さんはもちろん覚えておらんだろうが、吾輩はたしかにこの耳で鮮明にあの時お前さんが言ったことをよく覚えておる。
お前さんが最期に吾輩に託した、あるメッセージをな」
メッセージ?
「ふむ。”勇者カルロスを見つけ、仲間にすれば良かった” と」
それ絶対俺の言葉じゃないです。
俺は強い確信を持って真顔でアデルさんに即答した。
「いや、しかし」
絶対違います。
「だがたしかに、吾輩はお前さんの口から──」
俺は死んでも絶対にアイツを ”勇者” と呼ばないし、認めない。
2024/12/21 12:38
2024/12/21 13:15
卓球の玉をスマッシュで打ち返すがごとく、俺は全力でアデルさんの言葉を即時否定し続けた。
俺がそう返してくるであろうと分かっていたアデルさんは、まぁまぁと宥めて言葉を続けてくる。
「仮に吾輩だけがこの先の試練の記憶を持っているとするならば、それがここを脱する鍵となるやもしれん。何もせずにただ繰り返すよりも、試してみようと思わぬか?
ケイよ。ここは吾輩に任せるが良い」
……。
そもそも任せるも何も、先に進んだ記憶がないのだから何度も同じ結果を繰り返しているという実感がない。
だけど……。
俺は記憶を辿り、思い出す。
【今、何の話をしていました? 俺たち】
【今まで呆として話を聞いていたのか?
今度は俺がここに残って、俺の代わりに次期団長のお前が、ここにいる仲間を何人か連れて脱出口を探しに行く。──というところまでだ】
たしかに途切れているというか、俺の記憶を疑うべきおかしな部分がある。
ゼルギアたちとそんな話をした記憶がなかったが、ゼルギアは確実に俺と話していた。
アデルさんの話もあながち嘘ではなさそうだ。
「そういうわけでケイよ。
今度は勇者カルロスを仲間に入れてこの先を進んでみようではないか」
それ、俺に拒否権はありますか?
「お前さんがそう言うと思ってな、すでに吾輩がひと肌脱いでカルロスと話しをつけてきたところだ。
勇者カルロスも吾輩の話を信じ、快く引き受けてくれた。
これで無事に試練をクリア出来ると吾輩は思っておる」
……。
よく目を凝らしてアデルさん越しに遠目で見やれば。
ここから離れた民家の、壁と壁の間からチラリと、こちらの様子を窺っている自称勇者カルロスの姿。
その俺を見る表情が、何とも嬉しく満足感に溢れながらも見下し、卑下た高笑いしているようかのだった。
俺はアデルさんにアイツの笑顔の理由を訊いた。
あの、アデルさん? カルロスにはどんな話で仲間になるよう説明したんですか?
「吾輩はただ、お前さんから最期に託された言葉を彼に伝えたまでだ。
彼は二つ返事ですぐに仲間になってくれたぞ。すごく嬉しそうにな」
その喜びは絶対違う喜びだと思います。あの顔から察するに。
俺はこれから来るであろう疲労感を覚えて、絶望的なまでに顔を手で覆ってそう呟いた。
彼をあなたの仲間に入れますか?
はい以外の選択肢が見当たらないのは何かのバグなのだろうか、と思いながら。
2024/12/21 14:10
薄い記憶だが、たぶん、そういう話だったと思う。




