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Simulated Reality : Breakers【black版】  作者: 高瀬 悠
【第一章 第三部序章 後・下編】 砂塵の騎士団 【下】
262/313

それ、最初に言ってくれないか?【27】

電源が立ち上がらなくなったので


2014/01/10 20:27


 ──家の中の空気が一瞬にして張り詰める。

 家の出入り口ドアを塞いでいた家具が倒れ、内側から鍵としていた頑丈な棒が真っ二つに折れたのだ。

 ドアを塞ぐ障害物は無惨に壊れ、ゆっくりとドアが開いていく。


 とても静かで。

 その向こうでは複数の魚人の魔物と化した住民が待ち構えている。

 どうやら俺たちを警戒しているようだ。

 すぐには飛び込んでこない。

 俺とカルロス、そしてもう一人の軽傷の仲間も緊張を走らせた面持ちで、ともに相手を警戒し睨みやった。

 睨みつけながら、俺たちは同時に片手で剣を軽く振って鞘を落とし、刃をむき出しにしておく。

 いつ襲ってきても迎え撃てるようにする為だ。

 息の詰まるような緊張感。

 互いの牽制がしばらく続く。


『家の周りを囲まれたな』


 ……。


 緊張か、恐怖か。

 おっちゃんのその言葉に、俺は片手に持つ柄をぎゅっと力強く握りしめる。

 もう片手には蓋の上に魚。

 いざという時は魚を落として蓋が盾に──


『魚は落とすな』


 なんで?


 俺は内心で問い返す。


『お前の集中力を保つ為だ。戦闘中は蓋の上の魚を落とさないことに集中しろ』


 いや無理。そんな余裕ないし。


『大丈夫だ。俺の言った通りにやればいい。戦闘は俺がやるから、お前は絶対に蓋の上の魚を落とさないことだけを考えろ』


 それだけでいいのか?


 俺のその問いかけに応えるように、俺の体が勝手に動く。

 おっちゃんが俺の体を動かしているのだ。


『余計なことは考えなくていい。後のことは俺に任せろ』


「K……ぼ、ボクはどうしたらいいデシか?」


 声を震わせながらデシデシが俺の足にしがみついてくる。


「ななな、何か言って欲しいデシ……こ、怖いデシよ……」


 無音なる時間。

 互いに牽制状態が続く。

 開始のキッカケがあるはずだからそれを見逃さないようにしないと。

 思えば思うほど、戦闘慣れしていない俺は緊迫に張り詰めた無音の時間に恐怖を覚えていった。

 無意識に、柄を持つ手が恐怖で小さく震える。

 その震えを止めようとして、俺はさらに柄を力強く握りしめる。


『落ち着け。深呼吸をして気持ちを整えろ。平常心になるんだ』


 俺はおっちゃんに言われた通りに深く呼吸をする。

 ゆっくり、1回、2回……と。

 おっちゃんが頭の中で言葉を続けてくる。


『目の前の敵を恐れるな。気持ちを強く持て。お前が緊張すると俺の調子が狂う。

 いいか、俺を信じてリラックスしろ。一つでも呼吸が乱れれば大怪我に繋がる。お前の痛みは俺にも直結する。

 俺はお前に命を預ける。だからお前も俺に命を預けてこい。

 なーに、大丈夫だ。こういう場数は嫌というほど踏んできている。全てを俺に任せろ』


 ……分かった。


『──と、その前に。お前の足にしがみついているデシデシをどうにかしろ。巻き込まれるぞ』


 ……。


 体勢はそのままで、俺はデシデシに声だけ投げる。


 悪い、デシデシ。離れてくれないか?


 耳と尻尾を弱々しく垂らして、デシデシが俺の服から手を離し、一歩二歩と後退する。

 うるうると目に涙を溜めながら、


「ごめんなさいデシ、K。ボクそんなつもりじゃ──」


 大丈夫だから。


 俺は目前の敵から視線を逸らし、デシデシを見やると微笑して言葉を続ける。


 俺がみんなのことを守るから。必ず。


『守れるか否かはお前の集中力次第だ。敵から目を逸らすな』


 ……。


 俺は視線を戻して、再び目前の敵を睨み据える。


『今から大事なことをお前に伝える。耳の穴掻っ穿ってよく聞け。

 お前の中にあるクトゥルクの力は一切使わず、反射神経のみでいく。

 相手は魔物だ。当然殺すつもりでお前に向かってくる。

 敵に慈悲をかけるな。余計なことを考えずに集中しろ。

 蓋の上の魚を落とさないことだけを考えていればいい。

 そうすりゃぁお前の中のクトゥルクは暴れたりしないし、意識も途中でぶっ飛んだりしない』


 なぁ、おっちゃん。


『なんだ?』


 その最後の一言って、最初に話しておくべき大事なことだろう?

 俺、今までに何回も意識がぶっ飛んでるんだけど。

 なんで今更そんなことを平気で言ってくるんだ?


『あの時のお前にはまだ無理だった。だが今のお前ならそれが出来るはずだ』


 ……。


『……たぶん』


 え?


『恐らく。”maybe” だ』


 絶対?


『いや、八割弱といったところだな』


 あとの二割の敗因って何?


『お前の集中力。それが切れた時にお前の意識がぶっ飛んでクトゥルクが暴走し、俺も制御できなくなる。

 あとはお手上げしてそっと目を閉じ、十字を切って合掌し、天を仰いでお前の意識が戻るのをただひたすら待つしかない』


 ……危なくね? それ。


『非常に危険な賭けだが今はやるしかない』


 ──。

 俺の体が勝手に動き出した。

 片手の剣を構えて駆け出し、一気に敵との距離を詰める。

 それが戦闘の開始となった。

 カルロスも軽傷の仲間も、俺に続いて突撃する。

 敵が家の中になだれ込んでくる前に。

 なるべく敵は外へと押し出しておきたい。

 危険を承知で、おっちゃんがドアの前に居た住民の魔物一人を剣で串刺してそのまま勢いを止めず、ともに家の外へと押し出した。

 ついでに他の住民も巻き添えに何人か雪崩倒す。

 家の外は魔物と化した住民達で溢れていた。

 あっという間に住民達に囲まれてしまう。

 カルロスも俺に続いて外に出たところで、俺の口を使っておっちゃんが軽傷の仲間に声を投げる。


『外は俺とカルロスに任せろ! 俺たちが囮になる! お前はドアを塞いで家の中の仲間を守れ!』


「え?」


 と、聞いてないよーといった驚き顔で俺を見るカルロス。

 軽傷の仲間が俺の言葉に従い、あっさりとドアを閉めて家の中に閉じこもる。

 カルロスが慌ててドアを叩く。


「ぼ、僕がその役目を担おう! 僕と交代してくれ!」


『お前の戦場での覚悟はその程度かよ、カルロス。

 クトゥルクに選ばれた勇者を名乗るなら先陣切って敵に飛び込め。

 三流以下の歩兵駒ごときに自分(てめぇ)の大事な戦場旗を任せる気か?』


 俺の口を使って煽り過ぎだろ、おっちゃん。


 おっちゃんが頭の中で俺に怒鳴ってくる。


『余計なモン考えるなっつってんだろ! いいからお前は集中だけしていろ!』


 反射的に。

 俺の油断を狙って凶器の水掻き手を振り回して襲ってきた住民を、横に飛び退いて回避する。

 すぐさま回避した先に居た別の住民からの攻撃を、剣を盾にして片手で防ぐ。

 おっちゃんの攻撃に対する反応の速さに慌てふためきながらも、俺は言われた通りに、片手に持つ蓋の上の魚が落ちないように何とか懸命にバランスをとることだけに集中した。


「うおおおお!」


 カルロスの雄たけびが聞こえてくる。

 おっちゃんの言葉で何かに目覚めたのか、カルロスが住民に向かって駆け出し、そのまま構えた剣を薙ぎ払う。

 一度戦いの波に乗れば、カルロスも自信がついたのか何人もの住民を相手に良い戦い方を始めた。

 おっちゃんが頭の中で俺に言ってくる。

 こちらはこちらで自身の戦闘の手を休めずに、


『戦いの機動力に乗せるまでのヘタレっぷりは親子ともども同じだな。

 さすがクトゥルクに選ばれたことだけはある』


 それ、褒めてるのか? 貶しているのか?


『覚えとけ、坊主。

 カルロスこそがクトゥルクに選ばれし真の勇者だ。それを忘れるな』


 ……。


 俺は動揺に、思わず蓋の上の魚を落としそうになった。



iPad充電したはずなのに5%だけという謎…

充電0%でこれ以上読めなくなったので今日と明日で2分割します

(充電中)

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