息してない……。【26】
身じゃねぇ見だよ。
2014/01/10 19:20
「息……してないデシ」
始まりはデシデシのその一言だった。
一人の重傷者の口に前足を当てた状態で、声を震わせながらデシデシがぽつりと呟く。
え?
「いつから?」
「分からないデシ。気付いたら──」
その場に居た俺とカルロスが表情を強張らせ、急いでデシデシの元へと駆け寄った。
カルロスが首元の脈を、俺は心臓の鼓動を確認する。
やがて静かに。
俺とカルロスは上体を起こして互いにアイコンタクトをした。
デシデシが耳を倒して不安そうに訊いてくる。
「ボクの気のせいだったデシか……? 変なこと言ってごめんなさいデシ。
さっき急に大きく息を吸い込んだ後に呼吸が聞こえなくなったから、ボク、気になって──」
俺はデシデシの口をそっと手で塞いだ。
何もしゃべらなくていい。
次いで俺は軽傷者の仲間に首を横に振って伝える。
その俺の表情とジェスチャーを見て、軽傷者の仲間は口に手を当て泣き声を押し殺すと、そのまま天を仰いで胸の前で両手を組み、他の人たちに聞こえないよう小さな声で亡き仲間に囁く。
「ガゼイ……先に逝った仲間たちによろしく伝えてくれ」
そして静かに祈りを捧げた。
俺もデシデシも一緒になって亡き仲間に静かに黙祷を捧げた。
カルロスは、というと。
血も涙もないほどあっさりとした態度でその場から腰を上げる。
「僕は備蓄が置いてある部屋の、あの窓を何かで塞いでくる。君は──」
そんなカルロスの肩を掴んでその場に留め、俺は首を横に振る。
あの窓を塞げばその時点で住民に気付かれる。
カルロスが声を最小限に落とし、髪を振り乱しながら両手をわななかせ静かに俺に怒鳴ってくる。
「そんなのいつかは住民に気付かれるに決まってる! アイツ等は常に僕たちを監視しているん──」
言葉半ばで。
外から激しい物音が聞こえてくる。
襲われているんだ、きっと。
でも襲われているのはこちら側の家じゃない。
途端に俺とカルロスは無言で互いに目を合わせると、急いで備蓄物を置いている部屋へと駆け出した。
※
俺とカルロスは競うようにして体を密着させ同時に窓に張り付いて外の様子を窺う。
つーか、邪魔だろ、近ぇーよ退けよ。
「ここは僕に任せて君は窓を塞ぐ物を探したらどうなんだい?」
ドン、と。
再び激しい物音が聞こえてきて、俺とカルロスは口を閉じて窓に張り付き、外の様子を確認する。
襲われているのは少し離れの家。
一部の重傷者と軽傷者が籠城している家だ。
あの家だけが先に、住民から襲撃を受けている。
魚人族の魔物へと変貌してユラユラぞろそろと生気の無い歩き方で家の周りに集まって、襲撃して、まるでゾンビ映画を生で見ているかのようだ。
俺は呟く。
なんであの家が先に襲われているんだ?
カルロスが声を殺して答える。
「僕が花瓶を届けた窓が何か頑丈な物で塞がれている。もしかしたら向こうが先に誰か死んでいたのかもしれない。
きっとそのことで焦って窓を塞いだことで住民に気付かれたんだ。
さきほどの君の判断は正しかったと言えよう」
いや──
俺は首を横に振って、下した判断を否定する。
どの道、墓石の数はこれで揃ったんだ。ここも時期襲ってくるはずだ。
言葉と同時に、この家の塞がれた出入り口から叩くような物音が聞こえてくる。
俺とカルロスは思わずその方向へと視線を転じた。
ドンドンガタガタと。
まるで暴動でも始まったかのような物音だ。
そんな中──。
俺は殺気にも似た直感を覚え、窓へと視線を戻す。
その窓に生気の無い魚人の魔物化した一人の住民がこちらを見ていた。
反射的に危険を察し、俺はカルロスの肩を掴んで咄嗟に窓から避難する。
危ない!
直後に、住民が窓を拳で打ち砕いてくる。
窓の破片が飛び散り、床に散乱する。
反射的とはいえ咄嗟に窓から離れたことが幸いし、俺たちに怪我はなかった。
カルロスがすぐに行動に出る。
手短に置いていた大きなテーブルをちゃぶ台返しして垂直に立て、それで窓を急いで塞ぐ。
窓から侵入しようとしていた住民はそれで防げたものの、カルロスが全体重をかけて塞いだままでその場を動けなくなっていた。
カルロスが俺に怒鳴ってくる。
「傍観している暇があるなら君も手伝ったらどうだ!」
わ! ごめん!
俺は察して慌てて自分よりも背丈の高い戸棚──中身は事前に空っぽにしたがそれでもかなり重い──を全力で手押ししてじわじわと移動させ、カルロスがその場を抜けるタイミングに合わせて一気にそこに押し込む。
あとはカルロスも一緒に手伝って奥まで押し込み、不安定だったテーブル家具を戸棚家具の重さで固定し頑丈に保った。
しばらくドンドンぐらぐらと叩かれた衝撃で揺れていた家具だったが、住民が諦めたのかやがて物音も揺れも無くなり静かになった。
「諦めてくれた、か……?」
カルロスの呟きに俺は頷く。
これでしばらく大丈夫だと思う。だけどもうここは離れよう。
この部屋を出入口ドアごと塞ぐんだ。
そしたらまた時間稼ぎになる。
俺の言葉にカルロスも同意し、すぐさま手に持てるだけの備蓄品を持って部屋を移動していく。
俺も遅れて、蓋と食料となる魚を忘れずに手にして、持てるだけの備蓄を持って部屋を移動した。
※
重傷者がいる部屋へと戻ってきた俺とカルロスに、デシデシが泣きながら駆け寄ってくる。
「怖いデシー! ついに殺しに来たデシよぉ!」
俺はデシデシを厳しい口調で叱る。
いいからデシデシ、お前は俺とカルロスから備蓄品を受け取って奥に置いてくれ。
俺の叱りにハッとしたように、デシデシが涙を拭いて真顔になる。
「わ、分かったデシ!」
そう言って、デシデシが俺とカルロスから備蓄品をそれぞれ受け取って──
『おっと、その魚は渡すな。蓋もだ』
え?
デシデシに渡す寸前で、おっちゃんが俺の頭の中で言ってくる。
『後々お前の役に立つ。蓋と魚はお前が持っていろ』
理由は?
『実践を交えながら話す。今言えるのはそれだけだ』
いや、後回しにするんじゃなくて今話してくれ。
内心でおっちゃんにそう言ったのだが、おっちゃんが俺の体を繰って魚と蓋以外の備蓄品をデシデシに渡す。
その間背後では、俺の行動の遅さに痺れを切らしたカルロスが一人で備蓄部屋に通じるドアを近くにあった重い家具──念の為にあらあじめ外から準備しておいた──で塞ぎ始める。
カルロスを手伝う軽傷の仲間。
それをよそに、案の定デシデシが小首を傾げて俺に訊いてくる。
「その魚、どうするデシか? 食料にするんじゃないんデシか?」
いや……えっと……──武器にするんだ。
俺の代わりにおっちゃんが俺の口を使ってそう答える。
「武器に、デシか? それ魚デシよ?」
素手で戦えって言うのか?
すると。
家具をドアに固定し終えた軽傷の仲間が、俺の話し声を聞いて察したのか、あらかじめ奥に隠していたであろう三つの剣を持ち出してきた。
その内二つを、俺とカルロスに向けて放り投げてくる。
俺とカルロスでそれぞれ受け取って。
軽傷の仲間が俺たちに言ってくる。
「その武器は元々重傷者の仲間が使っていた武器だ。
何かの時のためにと、ゼルギアの指示で住民に気付かれないようこっそり床下に隠しておいた。
あと2ヶ所の離れも同様に隠してある。まさかこんなところで必要になるとはな。
相手が魔物だと役に立たないかもしれないが、素手で戦うよりはマシだろう」
ありがとう。
礼を言う俺とは反対に、カルロスが目を細めて卑下た感じで剣を鞘から少しだけ引き抜く。
恐らく刃の状態でも確認しているんだろう。
「……」
剣を鞘に戻して、カルロスが溜め息を吐く。
「ウラヌスの鍛冶師がこれを見たら、僕を同情してさぞ嘆き悲しむことだろう。三級品以下だが無いよりはマシだ」
言いたい放題だな。
デシデシがぼそりと半眼でツッコむ。
「ウラヌスの三級品なんてどのギルドでも手が届かない武器デシ。大型船が買えてしまうデシ。使わないならそれ返してほしいデシ」
前足を差し出してくるデシデシに、カルロスがフンと鼻で笑う。
「たしかに無いよりはマシだからね。勇者であるこの僕が直々に使ってやろう。感謝するがいい」
「感謝とかしないから不満があるなら仲間の武器を返してほしいデシ」
カルロス、お前ちゃんと戦闘出来るのか? 以前、船に居て襲われた時に──
「僕を誰だと思っているんだい? 能ある鷹は爪を隠すっていうだろう?
本当の実力っていうのは実践でこそ見せるものだ」
俺に剣を渡して前線に押し出して盾にした挙句に敵にやられて拉致られといてよく言うよ、とは口に出して言えなかった。
「口から漏れ出ているよ。とにかく戦闘は僕に任せたまえ。
勇者であるこの僕がいるからにはクトゥルク様の加護にも等しい。
なんといってもこの僕は──」
一際激しい物音が家に響いて。
俺たちに緊張が走ったのはその直後だった。
今週は連夜で趣味れ祭り!
修正とか諸々気にしなければ今週?くらいはまだ全然大丈夫。いけるいける。
気になるのは保存データがいつまで見れるかってことだけだ




