おっちゃんはしつこいくらいに傍に居る【23】
禁止
2014/01/05 19:18
──明日。
それがいつ来るのか、空の見えない洞窟内の村にいる俺には見当もつかなかった。
だからこそ疑心暗鬼を生ずるには充分な時間だったと言える。
いつの間にか村から姿を消してしまった村人。
シン、と静まり返った家々から話し声なんて一切聞こえてこなかった。
そんな静けさも相まって、俺たちの心は次第に焦りと不安でソワソワとし始めていた。
とある民家の裏手で。
蓋の上の魚を頭に乗せたまま、俺はその場で膝を抱えて蹲り、重い溜め息を吐いた。
デシデシがまだ戻ってこない。
現状を説明する為に一度、俺とデシデシは重軽傷の仲間が体を休めている家──納屋のような大きさの家を間借りしている──各三ヶ所に足を運んだ。
いや、実はですね、今俺たちが置かれた現状がこうこうこんな感じでして、みなさんこれからどうします?
なんて、気軽に話しかけられる雰囲気ではなく。
重傷者に置いては意識がなくてただ虫の息のような呼吸だけしている状態の、まさに生か死かを迫られた一刻を争うような危険な状態だった。
とても話しかけられるような雰囲気ではないと察した俺とデシデシは、そんな彼等に励ましの言葉しか掛けられなかった。
その後──。
俺はそのままの足で一人抜け出してここに来て座り込み、みんなにどう話を切り出そうか答えが出せずに今に至っている。
デシデシはというと、仲間の現状に心が病んでしまい、その場に放心状態で座り込んでいたのでそっとしておいた。
俺はゼルギアの言葉を思い出す。
そうだ、ゼルギア達はそんな彼等を一人でも救おうとここから脱出する方法を探しに行ったのだ。
それがいつ戻ってくるのかなんて俺には想像もつかないし、これからどうすればいいかの判断さえ上手く下せずに時間だけが虚しく過ぎていく。
カルロスは今頃どうしているのだろう。
そんな疑心暗鬼が脳裏を過ぎり、そんなことを考える自分が情けなくて失望さえしてきた。
残された仲間に話を切り出すと言い出したのは俺自身だ。
あんな雰囲気の中で話を切り出せば、混乱が生じるのはおろか、全員の答えがもらえないのは目に見えて明らかだった。
助かる者だけを助けるか、それともこのままゼルギア達が戻って来るのを信じて待ち続けるか。
どちらにせよ、重傷者が一人でも息を引き取った時点で俺たちは終わりだ。
いったいどうすればいい? おっちゃんならこんな時──
無意識に脳裏に浮かんだおっちゃんのこと。
俺は顔を埋めて微笑する。
喧嘩別れをしたまま別行動をとっても、結局はおっちゃんの判断に頼っている。
こんなのまるで俺が、自分の意見が通らなくて駄々を言うただのガキみたいじゃないか。
『クソが抜けてるぞ、クソガキ』
ふいにかけられたおっちゃんの声に、俺は思わず顔を上げて辺りを見回した。
俺のすぐ目の前で、仁王立ちして佇むゼルダさんが居た。
やはりまだ中身はおっちゃんらしく、ゼルダさんがおっちゃんの声で俺に声を掛けてくる。
『まだこの村に居残り続けるつもりか?
カルロスのようになぜこの村を先に出て行かない?』
おっちゃんはこのことを知っていて、あの時俺にあんなことを言ったのか?
そうぽつりと問う俺に、おっちゃんがさも当然と言ってくる。
『お前にこういう判断はまだ早すぎる。心に傷を負う前に──』
もう充分今まで体験してきたよ。この世界に来る度に俺の心はボロボロだ。
『お前はあの時、”最初の頃と比べて俺が変わった” と言っていたが、お前も最初の頃と比べるとずいぶんと変わったな。
所詮この世界は俺が夢で見せたゲームの世界。
この世界の住人がどうなろうと、お前はお前自身の本来の世界にログアウトする。
お前はいつからこの世界の住人に、こんなにも感情移入するようになったんだ?』
……。
おっちゃんのその言葉は、俺の心臓をえぐり取るような精神的ダメージを与えてきた。
『そいつぁ悪かったな。俺だってお前の言葉にはひどくショックを受けた。お互い様だ』
この砂崩しダンジョンっておっちゃんが俺に仕掛けてきた罠なのか?
おっちゃんがお手上げして肩を竦め言ってくる。
『何の得があって俺がお前にそんなことをしなければならない?
俺はそもそも何もしていないし関係もない。巻き込まれたのはお前自身だ。
お前の親友を助け出す件も、ミリアを助ける件も、ギルドの奴らを助ける件も、白騎士騒動に巻き込まれる件もそうだが、俺は一切何もしていない。
ただお前を助けようと手を貸しているだけだ。そこを誤解するな』
だけど……
『俺のことがまだ信じられないというのか?』
……。
俺は無言で頷きを返した。
秘密にしていることが多過ぎるし、俺を平気で利用してこようともしてくる。
それに加えて誰かを犠牲にしてでも俺だけ先に村から出そうすることも正しい判断とは言えない。
それでも最終的に俺はおっちゃんに頼ってしまう。
『だから、お前はいったいどうしたいんだ?』
みんなでここから助かりたい。俺だけ助かるなんてそれは嫌だ。
『何かの偶然とはいえ、砂崩しダンジョンの最後のひとすくいの砂はお前のものらしいが、お前は──』
要らない。
俺は首を横に振って即拒んだ。
頭をポリポリと掻いて、困ったようにおっちゃんが言葉を返してくる。
『そうか。まぁ、そこはお前の好きにしろ』
俺はいったいどうすればいい?
ゼルギアの代理なんて俺には無理だよ。
このままゼルギアの帰りを信じて待ち続けて何もしない自分が怖いんだ。
『怖いなら何かをすればいい』
何かって、例えばどんな?
『さぁな。そこは砂塵の騎士にでも聞いてくれ』
そういえばカルロスもアデルさんも砂塵の騎士の物語がどうとか言っていたけど、おっちゃんはその物語の結末って知っているのか?
『俺がバッドエンドだと言ったら、お前は信じるのか?』
信じない。
『なら、なぜ俺にそれを聞いた?』
何か良い解決方法ってあるのかなって、そう思ったんだ。
『物語ってもんは自分で作るモンだ。たとえ物語の筋書き通りの解決方法をしたとしても、その結果が必ずしもハッピーエンドだとは限らない。
お前は ”砂塵の騎士” という物語の中を生きているんじゃない、今このリアルを生きているんだ。
誰が主人公でもない、みんなが主人公だ。
たとえ結果がバッドエンドになったとしても、それはそれで受け入れろ。
少なくともこんなところでウジウジ座り込んでいる選択が、お前の望む良い解決方法に繋がるかっていうと、俺は疑問に思うがな』
……なぁ、おっちゃん。俺さ、時々おっちゃんのことが分からなくなるんだ。
信じて良い人なのか、それとも悪い人なのかって。
『信じる信じないはお前の勝手だ。
お前の判断で俺を信じたのならその責任を俺に押し付けてくるな。
俺は俺のやりたいようにやる。何度お前に罵られようと見捨てる見捨てないは俺の勝手だ』
分かった。
元気を取り戻した俺はその場から立ち上がった。
頭の上に置いていた蓋と魚を手に取り、その魚を再び蓋の上に乗せると、グッと片手に拳を握っておっちゃんに告げる。
俺、ゼルギア達が戻って来るまでの間に何か出来ないかもう少し考えてみる。
だからおっちゃん、俺に手を貸してくれ。
ゼルダさんが顎に手を当て、困った素振りで首を傾げて考え込む。
『手を貸してやりたいのは山々だが──』
え?
『いつまでもこんな姿でお前と接触を続けるのもなぁ』
え、なんで? 何か問題でもあるのか?
『もし砂崩しダンジョンの砂が崩れた場合、その時点で俺はお前とバトルしなければならなくなる』
……あ……うん。俺もちょっと、それ思った。
ピンと何かに閃いたのか、おっちゃんが手をポンと打ってピッと人差し指を立ててくる。
『よし、こうしよう。お前もうちょっとこっちに来い』
え?
俺は一歩おっちゃんの傍へと近づく。
『まだだ、もっとグぅーッと傍にだ。近くに来い』
え? まだ?
手招かれるままに俺は首を傾げつつも、ゼルダさんとの距離を微調整ながらに詰めていく。
けっこう接触するギリギリまで近づいたところで、俺は満足したゼルダさんにギュッと優しく包みこむようにハグされた。
あーもうこんな時間なのか。




