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Simulated Reality : Breakers【black版】  作者: 高瀬 悠
【第一章 第三部序章 後・下編】 砂塵の騎士団 【下】
257/313

信じる心【22】

前話で、人数とか密室とか

なんか混乱させてしまっているかもしれないけど

気にしないで読み進めて下さい


2014/01/05 09:35


 あと一人。

 ひとすくいの砂。

 最後の一人がこの村から消えた瞬間、残った者たちはこの村の住人から皆殺しにされる。

 それがこの砂崩しダンジョン。

 誰かを犠牲にして、誰かが生き残る。

 それが残された俺たちに課せられた試練だった。


 その最後の一人が誰なのかを、俺たちは決めなければならない。


「それはもちろんこの僕さ!」


 カルロスの振り下ろしてきた木の棒を、俺は片手で軽々と受け止めた。

 もう片手は蓋の上の魚を持っていて塞がっている。

 素人の俺でも簡単に阻止できた攻撃。

 級友とふざけて遊んだレベルに等しい。

 本当に、今までコイツは戦闘訓練を真面目に受けて来たんだろうかと思わず疑ってしまいたくなる。

 俺は半眼でカルロスに訊ねる。


 ……何の真似だ? もしかして口封じ、か?


 カルロスがぎこちない笑みを漏らして攻撃の構えを解く。

 気まずそうに木の棒を下ろしながら、


「まぁ、えっと……そのつもりだったんだけど。君、けっこう反射神経いいんだね。どこかで戦闘訓練でも受けていたのかな? ははは……」


 船でのことを合わせてこれで二度目だからな、お前のこういう奇襲。背後に立たれると何となく警戒したくなる。


「君、もしかしてけっこう根に持つタイプかい?」


 そうかもしんない。


 言って、俺はカルロスから木の棒を奪い取った。

 簡単に武器を手放したカルロスが悲鳴を上げて素手で防御を構え、身を竦める。


 いや、やらねぇし。


 興味もなく、俺は木の棒をポイとどこかへ投げ捨てた。

 足元に居たデシデシが俺に声を掛けてくる。


「みんなに知らせるデシか?」


 俺は頷く。


 この先どうするかはみんなで考えよう。


「待ってくれよ!」


 カルロスが俺の服を掴んで引き留めてくる。


「この状況がどれほど深刻なことなのかを君はまるで考えていない。

 あと一人がここを脱出したら、残った者たちは皆殺されるんだぞ?

 脱出だけじゃない。

 あと一人の重傷者が死んでも条件は同じだ。

 そんな恐怖を抱きながら団長の帰りを延々と待つなんてどうかしている。

 いつ帰ってくるかも分からないんだろ?

 呼び戻しにも誰も行けない。

 陽が経てば経つほど疑心暗鬼になって、絶対に裏切者が出るに決まっている」


 その言葉にデシデシが怒り露わに言い返す。


「ボクたちのギルドの仲間はみんな団長を信じているデシ!

 団長は絶対ここに帰ってくるデシ!」


「じゃぁいつになったら団長が帰ってくるって言うんだ?

 誰もこの状況を知らせに行けず、団長がどうやってこの状況を知ると思っているんだい?

 ここには食料もあって優しい村人がいると思ったまま村を出て行ってしまったんだろう?

 それならいつ帰ってくる?

 脱出する方法が見つかるまでかい? もし団長たちが先のダンジョンのどこかで死んでいたらどうする?

 二度とここには戻ってこないかもしれない。

 それまでこの村に残っている人たちがどれだけ待てると思ってる?

 美学ごっこな仲間意識なんて僕は絶対信じない。

 明日になれば絶対に誰かが裏切ってくるに決まっている」


「それでもボクは団長を信じているデシ! 団長は絶対戻って来るデシ!」


 ……。


 必死になって言い返すデシデシを見つめ、俺は言う。


 俺もデシデシと同じ気持ちだ。

 団長は絶対帰ってくる。──そう信じてる。


 流すようにして視線をカルロスへと転じる。

 その視線に激しく動揺し、カルロスが俺たちから身を退いていく。


「根拠もないものを信じるなんてどうかしている……」


 そう呟きながらくるりと背を向けて、どこかへ立ち去ろうとする。

 デシデシが叫ぶ。


「待つデシ! 先に逃げる気デシか!」


 その言葉を否定するように手を挙げて制して、カルロスが声を震わせながら言ってくる。


「……明日まで待つよ。でも待つのは明日までだ。

 ここに僕の仲間なんて居ない。誰を失おうと僕の心は全然痛まないから」


 それだけを告げて。

 カルロスが俺たちの前から立ち去っていく。

 その背にデシデシが苛立ちの声を投げる。


「それでも勇者デシか! 選ばれし勇者だったらもっとみんなのために──」


 デシデシ。


 気持ちを引き留めるようにして、俺は言葉半ばでデシデシに声をかけた。

 デシデシが振り返ってくる。


 もういいよ。独りにしておこう。


「けど、K! アイツ絶対裏切るデシよ!」


 明日まで待つって言ってくれたんだ。それを信じるしかない。

 俺たちは俺たちで、まずはやるべきことをやろう。


 デシデシが耳を伏せて俺に視線を転じてくる。


「みんなに……知らせるデシか?」


 それがいいと思っている。

 隠していたって俺たちだけで解決出来るわけじゃないんだ。

 みんなで考えて知恵を出し合おう。

 ギルドのみんなが良い人たちだってこと、俺は知っている。

 たとえ誰かが俺たちを裏切って一人で脱出したとしても、助かったことに心から喜べるはずがないんだ。

 俺もそうだし、デシデシだってそうだろう?

 こんな形で助かるよりも、ギリギリまで時間かけてでもみんなで話し合おう。

 もしかしたらみんなが助かる方法があるかもしれない。


 デシデシが俺にしがみついてくる。


「ボクはKの言葉を信じるデシ」


 俺もみんなを信じてる。だから──


 少し離れた場所でずっと俺たちの言動を静かに観察していたミアが、にこりと笑って言ってくる。


「生き残れるのはたった一人だけだよ、お兄ちゃん。

 それがこの砂崩しダンジョンのルール。

 みんなでこの村を出るなんて、そんなことしたらその時点でみーんなまとめて殺しちゃうよ?」


 言って、鋭い刃の武器となった水掻き手を怪しげに一舐めする。

 それはまさに過酷なサバンナで草食動物が弱っていくのをひたすら待ち続けるハイエナであるかのように。

 それを見たデシデシが悲鳴を上げて俺の後ろに隠れる。


「ボク達このままだと本当に殺されるデシよ、K!」


 ……。


 怖い気持ちは俺も同じだった。

 けど、まだ砂が完全に崩れたわけじゃない。

 それまでは──。

 俺はミアを睨み据えて言葉を返す。


「砂が完全になくなるまでは、たとえどんな言葉で脅してきたとしても、檻の中の獣でしかないんだ」


 ミアが微笑してくる。


「そう。お兄ちゃんの言う通り、それまでミア達はなーんにも出来ないの。ただずっと観察するだけ。ずっと……ずーっと永遠に」


 ゾクリとした悪寒が俺の背筋を駆け上がる。

 狩りを楽しんでいる。

 そんな風にも聞こえた。

 もしかしたら俺たちはここで本当に死ぬのかもしれない……。

 ふと、ミアが小首を傾げて俺に訊いてくる。


「どうしてお兄ちゃんはここから逃げ出さないの?

 最後の一人分はお兄ちゃんのためにわざと残しているんだよ?

 お兄ちゃんがこの村から出るのをみんなずっと待っているのに」


 え? 俺の分って……?


「そう。最初の試練でも言ったでしょ? “お兄ちゃんだけは殺さない”って。

 お兄ちゃんは特別な存在なの。まだそれに気付かないの?」


 魔物に助けられた獣使いだから……か?


 そう問いかけると、ミアがフフと笑ってくる。


「魔物が人間を守ったり助けたりするなんてあり得ないことなの。

 だけどお兄ちゃんは魔物に助けられた。

 お兄ちゃんは、まだ自分が何者かってことに全然気付いていないんだね」


 ……。


 デシデシが恨めしそうな目で俺を見てくる。


「ボクもKみたいにジャングルで育ちたかったデシ……」


 ……そういうこと、なのか?


 俺のその問いかけにミアが答えてくることはなかった。

 無言で含み笑いを浮かべ、話を変えてくる。

 水掻き手の人差し指を立てて、見えないタクトでも振るかのように上機嫌に笑いながら、


「団長の帰りを待つのもいいけど、それってものすごく気の長い根競べになると思うよ。

 あの勇者って人が言ってたように、本当に裏切らない人なんているのかなぁ?

 団長の帰りを待てる人たちってどのくらいいるのかなぁ?

 本当に、団長さん達はここに戻って来るのかなぁ?」


 ……。


 鋭い刃の水掻き手を口元に当てて、ミアがくすりと笑う。


「もしかしたら永遠に、もうここには戻ってこないかもしれないよ?

 村に来るまでの道中で知ったと思うけど、ここでは住民の案内が無いと、道も迷路で複雑に入り乱れているし、殺す仕掛けの罠だってたくさん置かれている。

 それなのに住民の案内も無しに一部の人たちだけで出かけて行ったんだよ?

 それって本当に戻って来るつもりあったのかなぁ?

 もしかしたら団長って人は、言えない何かを隠したままここを出て行ったのかもしれないね。

 例えばぁー、砂崩しダンジョンのことを知っていたとかぁ?」


「団長はそんな人じゃないデシ!

 何かあったらボク達にちゃんと言ってくれる人デシ!」


「たとえそのことを知らなかったとしても、住民の案内も無いんだよ?

 もしかしたら道に迷って村に帰る道すら分からなくなって、どこか途中で野たれ死んでいるかもしれないし、不幸にも今頃、罠にかかって命を落としているかもしれない。

 もしかしたら幸運にも先に地上に出る方法を見つけてあなた達のことなんて見捨てるかもしれないし、ここへの戻り道が塞がって、もう二度とここに戻ってこられない可能性だってある。

 せっかくあと一人生き延びられるかもしれないのに、そんなチャンスも捨てて惨めにここで餓死しちゃうなんて、本当にそれでいいの?」


「もうたくさんデシ! ボクはKも団長も、みんなを信じているデシ!」


 俺もそれに同意見だった。

 無言で頷きを返す。

 ミアが言葉を続けてくる。


「あの勇者って人はどうなのかなぁ?

 もしかしたら今頃考え直して、村を一人で出ようとしているかもしれないよ?

 先に始末しておいた方がいいんじゃないかなぁ?」


 俺はミアに言う。


 どちらにしても人数が減ることに変わりはない。

 だから俺はカルロスも含めて、みんなを信じている。


 俺のその答えに、ミアもようやく満足したのか「ふーん、つまんないの」と言ってそこで脅しを止めてきた。


「だったらずっとずっとこのまま待ってあげる。

 だけど覚えておいて、お兄ちゃん。

 ここを助かるのは()()()()だってことを」





隙間気になる

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