俺が決めるのか?【21】
んー(-_-)ウーム
2014/01/04 13:55
おっちゃんと喧嘩別れして家を飛び出した俺は、蓋の上に魚を載せたままデシデシの行方を捜して村をウロウロしていた。
──そんな時だった。
デシデシを小脇に抱えたカルロスが血相を変えて俺のところへと駆け寄ってくる。
そのカルロスのあまりの形相に嫌な予感を覚えた俺は、一歩身を退くようにして警戒した。
息つく間もなく肩で荒息を繰り返しながら傍に辿り着くと同時、カルロスが空いたもう片手で俺の腕をいきなり掴んでくる。
え? 何?
そう訊ねると、カルロスが「はぁはぁ」と乱れた呼吸を繰り返しながら、辺りを警戒しつつ俺に言ってくる。
「この村、何かがおかしい」
なぜそれを俺に言う?
するとデシデシが怯えるように辺りを警戒しながら会話に割り込んでくる。
「ボクはどうしたらいいデシか? K」
えーっと……何が?
イマイチ状況が飲み込めずに、俺は笑みを引きつらせつつ首を傾げる。
ふと、カルロスが俺に言ってくる。
「ところで、君がその手に持っているソレはなんだい?」
んー……。
考え込むようにして、俺は蓋の上の魚を困惑な思いで見つめた。
それを見たデシデシがとても悲しい目で訊ねてくる。
「調理中だったデシか? 生魚は鮮度が命デシ」
食べるっつーか……んー。
食べる食べない以前の問題だった。
得体の知れないモノを気軽に口にしたくないのが正直の感想である。
「そんなことはどうでもいい」
カルロスが俺とデシデシの会話を打ち切ってくる。
「とにかくこの村は何かがおかしい」
思い出したかのように、デシデシが俺の服を前足で掴んで声を落とし言ってくる。
「ボク見ちゃったんデシよ、K! ボク達を案内してくれたあの女の子が、村の外れでボク達みんなのお墓を石で作っていたデシ! 早くこの村からみんなで出るデシ! そうしないとみんな殺さむぐっ──!」
興奮し、次第に声を大きくしていたデシデシの口をカルロスが塞いで黙らせる。
そして冷静に声を落とし、カルロスがいつになく真剣な顔で俺に言ってきた。
「団長は?」
目を二、三度瞬かせて俺は答える。
ゼルギアなら、アデルさんと数人を連れてしばらく前にこの村を出たけど……
怪訝に眉を潜めてカルロスが問い返す。
「村を出た?」
いや、なぜ知らない?
「まさか団長は、僕というクトゥルクに選ばれし偉大なる勇者を除け者にして、君と勝手に話を進めてしまったのかい?」
……。
しばし間を置いて。
俺は内心で理解してポンと手を打った。
納得の笑みを浮かべてカルロスに告げる。
戦力外の俺たちはこの村に残ることになったんだ。この村なら安全だし、誰も死ぬことはない。何かあった時は俺とデシデシで対応するよう団長代理を頼まれたんだ。
「何気に君たちと同じ戦力外扱いされた僕の勇者としての立場はどうなるんだい?」
勇者なら勇者らしく、緊急事態があったなら俺に指示を求めるんじゃなくてお前が先に動くべきだろ?
「団長から代理を頼まれたのは君だろう? だったら君が先に動くべきだ」
そんな俺たちの間を裂くようにして、デシデシが塞がれた手を前足で押し退けて怒ってくる。
「二人ともどっちでもいいデシ! それより大変なんデシ、K!」
だから、何が?
カルロスが口を挟んでくる。
「今、この村にどのくらい残っているんだい?」
どのくらいって?
「人数だよ、人数! 村人以外の部外者の人数だ。
管理を任された君なら、団長から何か聞いているはずだろう?」
……。
いまいち話の内容が見えずに、俺は増々理解できず首を傾げた。
眉間にシワを寄せて口を尖らせ、ボソボソと答える。
たしかにゼルギアから仮団長的なことは一応任されたけど……。
人数を知ってどうするんだ?
話が通じない苛立ちにカルロスが舌打ちして地団駄を踏み、両手をわななかせながら歯ぎしりながらに答えてくる。
「いいから教えてくれ! 早く!」
……。
言われて俺は、落ち着いた調子で虚空を見上げ、ゆっくりと指折り数えながら頭の中で計算した。
ゼルギアの話だと怪我人は重軽傷合わせて二十人で、各三ヶ所の部屋を借りて休ませているとか。
そして俺とデシデシ、んーっと……おっちゃんと相棒は人数に含めないとして、あとは──
俺はカルロスへと視線を戻すと、人差し指を向けて微笑する。
プラス1ってとこかな。
「何気にこの僕をプラス1扱いしたね、君」
他に訊きたいことは?
割り込むようにデシデシが、身を乗り出して俺の服を掴んで泣き喚いてくる。
「やっぱり一人足りないデシ!」
怖ぇこと言うなよ。猫には幽霊が見えるとでも言うのか?
俺の脳裏を四谷怪談のお岩さんの話が過ぎって身を震わせる。
いきなりいったいなんだというんだ?
全然話が見えてこない。
「そうじゃないデシ! 墓石の数が一人分足りないデシ!」
やっぱり怪談話だった。
今まさに生死の境をさまよっている怪我人もいるというのにそんな冗談話は笑えない。
俺は真面目な顔してデシデシを叱る。
墓石がどうとかこんな時に不謹慎だろ。全然面白くないぞ、デシデシ。
「そうじゃないデシ、K!
ボク、本当にこの目で見たし、女の子にも言われたんデシ!
大変なんデシよ!」
「やっぱりそういうことだったのか」
──え?
ふとボソっと小声で呟いたカルロスの声を俺は聞き逃さなかった。
カルロスが俺にそっとデシデシを預けてくる。
……。
空いた片手でそれを受け取って。
両手が塞がった状態の俺は黙ってカルロスの様子を観察する。
ブツブツと独り言を呟きながら顎に手を当てた状態で踵を返し、立ち去ろうとする。
「だからこそ、まだこの村の住民は誰も動き出さないんだ」
動き出さない?
怪訝に俺がそう問うと、カルロスが足を止めて一度チラリと俺の顔を見てくる。
そのまま少しずつ俺たちから距離を置きながら、カルロスがブツブツと小さな声で続けてくる。
「砂崩しダンジョン──。
少し前にも話したと思うけど、僕たちの身に起こる試練があまりにも砂塵の騎士の物語にそっくりなんだ。
……いや、砂塵の騎士が現れた時点で僕たちはあの物語の登場人物にさせられているのかもしれない。
もし本当に物語の筋書き通りに事が進んでいるのなら、次に僕たちを待ち受けている試練は砂崩しダンジョンだ」
砂崩しダンジョン?
「深海遺跡のダンジョンに迷い込んだ主人公たちは、そこから脱出するために試練を潜り抜けてどんどんと遺跡の奥へ仲間たちとともに向かっていく。
少しずつ仲間を試練で失っていきながら、主人公たちは次なる試練の砂崩しダンジョンに挑むんだ。
その砂崩しダンジョンとは、入り口しかない密室の部屋の中でたくさんの石像に囲まれた祭壇があって、その祭壇の上には砂の小山が一つだけ置かれている。
そして石盤も一緒に置かれていて、その石盤には古代文字で【一人一すくいだけ砂を持っていけ】と書かれていただけ。
その砂を手に一人、また一人と仲間たちが試練をクリアして姿を消していく。
ある者は多く、ある者は少なく、砂をすくっていった。
どんどん少なくなっていく砂の量に、残された仲間たちは不安で焦り始め、それが全員分足りないと分かった瞬間、我先に砂を求めて争いが始まった。
争いで砂がバラバラになって床に飛び散って誰もすくえない状態になった時、その時点で砂を手にできなかった者たちは、動き出した石像に皆殺しにされたんだ」
……。
いくらファンタジーの物語だからとはいえ。
それを書いた作者は頭がおかしいとしか思えない。
俺は苦虫を嚙み潰したような顔でカルロスに言う。
つーか、酷い物語だなそれ。
カルロスが足を止めて真顔で言ってくる。
「状況が違うからって油断していた。もしこれが砂崩しダンジョンの試練だとしたら、これから残り少ない砂を求めて争い始めるのが今の僕たちの状況だ。
砂を手にできる人数──つまりそれは【村】というダンジョンから脱出できる人数。
残り21人に対して墓石の数は20。
この試練から脱出できるのはあと一人ということ。
その一人がこの村から出た時点で、ここの村人たちが集団で一斉に、残った者たちを殺しに来るんだ」
それは言い終えると同時だった。
カルロスが俺たちに背を向けて逃げ出そうとする。
デシデシが叫ぶ。
「卑怯デシ! 先に逃げるデシね!」
より早く。
俺は駆け出してカルロスとの距離を縮めると、思いっきり助走をつけて彼の背に飛び蹴りを見舞った。
本当に勇者かと疑うくらいに防御も避けもド素人。
きっと戦闘の訓練すらも勇者という称号にカコつけて影でサボっていたに違いない。
まともに俺の蹴りを背中に喰らったカルロスは、三流兵士並みにバランスを崩して地面に倒れこみ、そのままヘッドスライディングを決める。
俺は倒れ込んだままのカルロスに向けて声をかける。
逃げるなよ。ちゃんと話し合おう。
すぐにがばりと上半身を起こして、カルロスが俺に怒鳴ってくる。
「こ、この僕を蹴ったな無礼者め! クトゥルクに選ばれし勇者であるこの僕の高貴な背中を!」
悪い。手が塞がっていたんだ。こうするしか他に引き留めようがなかった。
「口があるだろう! この僕を蹴るとは何事だ!」
いや、お前口で言っても絶対無視しただろ?
「冗談じゃない! 墓石が一つ足りないならそれはこの僕だ!
僕はクトゥルクに選ばれし勇者であり、物語の主人公に等しき立場の人物だ。
こんなところで死ぬはずがない。
僕の墓石が建つ時はクトゥルクの勅命を受けた時だけだ。
だから! 僕がこの村から出るに相応しいんだ!」
……。
俺は無言で蓋の上に載せていた魚を手に取ると、それをカルロスの顔面に投げつけた。
「ぐはっ!」
一応避ける仕草を見せたカルロスだったが、避けが甘くて魚が顔面にクリーンヒットする。
そのまま地面に倒れ込むカルロス。
気絶したカルロスに向けて、俺は真顔で死亡フラグあるある言葉を口にする。
落ち着けよ、カルロス。
そういうセリフを吐く奴が真っ先に死ぬんだぜ?
「お兄ちゃーん!」
ふと。
背後からミアの声が聞こえてくる。
俺は不思議に思いながら背後を振り返った。
そこには笑顔で手を振りながら駆け寄ってくるミアの姿。
デシデシが悲鳴を上げて竦みあがる。
「あの子デシ! 墓石作っていた子デシ! ついにボクたちを殺しに来たデシよ!」
その割には様子が全然違うようだ。
まるで遊びに来た近所の小学生といった無邪気な感じだった。
ミアが俺の傍に辿り着く。
俺にしがみついて震えるデシデシ。
そしてミアも同じように俺の足元にしがみついてくる。
近所のお兄ちゃんでもあるまいし、なぜミアはこんなにも俺になついているのだろう。
その疑問も去ることながら──
ミアが嬉しそうにぴょんぴょん跳ねながら俺の顔色を窺うようにして、上目遣いで訊ねてくる。
「ねぇお兄ちゃん。あと一人、誰にするか決まった?」
──え?
(~ヘ~;)ウーン
Σ (*゜・゜)ハッ!そうか!




