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Simulated Reality : Breakers【black版】  作者: 高瀬 悠
【第一章 第三部序章 後・下編】 砂塵の騎士団 【下】
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海蛍【18】

ブックマークしてくださった方ありがとうございます

心よりお礼申し上げます


2014/01/03 09:50

 駆け込んだ民家の裏手。

 人けのない、薄暗く狭い通路を少し進んだところで、俺はその民家の壁に背を預けてそのままズルズルと腰を下ろしていった。

 相変わらず理由も分からずに俺の頭の中で知らない記憶がごちゃごちゃと入り乱れ、目からは止め処なく涙が(あふ)れていた。

 悲しいとか苦しいとか、そんな感じじゃない。

 自分でもなぜこんなに泣けてくるのか理解できなかった。


 俺は(わら)をもすがる思いで身を丸めて光の球を胸に寄せて抱き締める。

 一人では解決できない難しい悩みや疑問ばかりを孤独に抱え込んで、誰かに話したいけど誰にも言えず、それでも誰かに助けを求めたかったのかもしれない。

 前世の記憶か、それともこれは俺のただの妄想か。

 自分と瓜二つの白銀髪の幻影、俺と同じ声、そして託された言葉。

 それに今、この走馬灯のように流れている記憶はいったい誰のものなんだ?

 何かを誰かに伝えなければならない気がした。

 すごく……重要な何かを。

 でも誰に? どう伝えればいいんだ?

 俺はいったい誰で何者なんだ?

 どうして元の世界に戻れないのか。

 なぜこんな辛い選択ばかりを突き付けられなければならないのか。


 帰りたい。元の世界へ……。

 本来の、自分が在るべき世界に戻りたい。

 重なるように微かに脳裏に浮かぶ優しい両親の顔、友達の顔、そして何気なく過ごしていた日常、当たり前を当たり前に過ごせていた平穏な日々。

 毎日が退屈でもつまらなくてもいい。

 あの時が一番幸せだった。


 この世界はあまりにも俺にとって地獄だ。

 帰りたいと願っても帰ることも叶わず、逃げようにもどこにも逃げられない。

 知らない奴に追われ、脅され、利用されて、見たくもない現実を直視せざるを得なくなる。

 自分の持つ力のせいで、色んな人が人生を狂わされて巻き込まれていった。

 そのせいで、死ぬはずなかった人たちが次々と死んでいく。

 止めようとした。

 けど、どうすればいいのか分からなかった。

 いつだってそうだ。

 ただ状況に流され、最後に辛い選択をせざるを得ない。

 クトゥルクという最強の力を持っているはずなのに、誰を助けることもできず、俺にはどうすることもできない。

 出来ることは自分だけを守り、守られ、そして他の人を犠牲にする……。

 それだけだ。


【今、ミリアは予言のままに生きておる】


【狂わせるということは、助かるはずだった誰かを犠牲にするということだ】


 思い出して、俺は手首へと視線を落とした。

 そこに身に着けた腕時計。

 使った魔法は、逆周時計(タイム・ラグ)

 あの時死ぬはずだったミリアは生き残り、死なないはずだった盗賊アカギは死んだ。

 全部俺のせいだ……。

 それだけじゃない。

 俺がこの世界に来なければ、オリロアンに行こうと思わなければ、船員としてあの船に乗らなければ、ゼルギアの船に乗り換えなければ。

 誰もこんなことに巻き込まれることもなかったし、きっとあのたくさんの遺体だって存在しなかったはず……。

 俺がこの世界に来て朝倉を助けに行こうとしただけで、これだけの犠牲者を出してしまうんだ。

 クトゥルクという力を持っているが為に。

 俺は本当に、このままオリロアンに向かってもいいのだろうか?

 この世界で俺は誰を信じて生きて行けばいいんだ?

 全ての結果が悪い方にばかり転がっていく気がした。


【好きにしろ、クトゥルク。タイムリミットは決まってるんだ。

 オトモダチを見捨てるも助けるも、全てはお前次第だ】


【そうやって戦場からも逃げ出すつもりか?】


【お前にとって朝倉はなんなんだよ! ダチじゃねぇのかよ!?

 お前がそこまで非情な奴なんて思わなかった! 最低な奴だよな、お前!】


【そんな気持ちでよく俺の前で”友人を助けに行きたい”と言えたな。

 お前がこれからオリロアンで目にするのはこんなものじゃない。

 もっと──残酷で非情な現実だ】


 最低な奴だ……俺なんて。

 こんな力、受け取らなければよかった。


 俺がそう懺悔に身を丸めて泣いていると。

 ずっと傍で見守ってくれていた相棒のスライムとモップが、俺の顔横でサンドイッチするかのように、ぎゅっと寄り添い(なぐさ)めてくれた。

 そのことで俺は増々涙が止まらなくなった。

 相棒たちからのヒーリングの魔法だろうか、これ。

 今までごちゃごちゃに流れ込んでいた知らない記憶がスッと頭の中から消えて行ってなくなっていく。

 襲われていた激しい頭痛も次第に緩和していき、いつもの俺の記憶だけが残り、気持ちが落ち着いてくる。

 安堵というか、とても穏やかな溜め息が俺の口から自然と零れた。

 それと同時に俺の頭の中であの時おっちゃんに言われた記憶が蘇る。


【何もかも一人で背負い込もうとするな。誰かに脅されたら真っ先に俺に言え。いいな?】


 そうだ……。

 俺はこの世界で独りぼっちじゃない。


【本当に信じるべき者はいつもお前の傍に居る。今は守られることを恐れるな】


 みんな俺の傍に居てくれているんだ。

 おっちゃんのところへ戻ろう……。


 俺の気持ちに整理がついたからか、俺の手の中にあった光の球がみるみる小さく姿を変えていく。

 理由も分からずそれを手の中で見守っていると、その光の球は一匹の海蛍に変化していった。

 海蛍に成形された光の球は、やがて俺の手の中から飛び立ち、舞い上がっていく。

 別れを告げるかのごとく、俺の周りを二度旋回した後。

 洞窟の天井高く、海蛍の群れの中へと飛び去って行った。


 ……。


 呆然と、俺はそれを見守りながら──


「こんなところで何しているんデシか? K」


 ふいに声をかけられて、俺はその声主へと視線を転じる。

 まだ少し俺より奥まったところで、同じように壁に凭れて身を丸めるデシデシの姿。


 デシデシ……。


 デシデシが泣きはらした顔をごしごし前足で拭って、疲れた声で言ってくる。


「もしかしてボクのこと、捜しに来たんデシか?」


 ……。


 俺もデシデシを真似るように、泣き顔を手の甲で拭って答える。


 たぶんきっと、俺もお前と同じ心境だったからかもしれない。


「泣いている……デシか?」


 うん。さっきまで、な。……けどもう大丈夫。お前は?


「いつまでもここで泣いていても何の解決にもならないデシ」


 そう言って、デシデシがその場から立ち上がる。

 垂れた耳、垂れた尻尾で元気ない足取りで俺のところへと移動してきて、俺の体にぎゅっとしがみついてくる。


「K。いっぱい……いっぱいボクの仲間が死んじゃったデシよ」


 デシデシが悲しみを我慢できずに崩れ折れるように泣きついてくる。


「こうなることは分かっていたデシ。ボク達は討伐団デシ。

 でも……こんなの受け入れられないデシよぉ……」


 ……。


 (なぐさ)めようと俺はデシデシの頭を優しく撫でた。


 戻ろう、デシデシ。俺たちにはまだ団長のゼルギアが居るんだ。

 ゼルギアならきっとなんとかしてくれる。

 戻って彼の指示に従おう。仲間のことも。そして、これからのことも。


「カルロスって奴もここに来て、そう言ってボクを慰めてくれたデシ」


 全然予想だにしていなかったカルロスの行動に、俺は思わず驚きの声を上げる。


 え、マジで……? アイツが?


「そうデシ。アイツ、あぁ見えて意外と良いところもあるデシ」


 今は一緒じゃないのか?


「ウジウジするボクを見て、呆れてどこかへ行ってしまったデシ」


 いや、まぁ……うーん。


 上手くフォローする言葉が見つからず、俺は曖昧に相槌を打ちながら視線を泳がせて頬を掻いた。


 一応勇者らしいことはするんだな、アイツ。


「それとこれとは別デシ。全然勇者でも何でもないデシ。普通のそこら辺の貴族と変わらないデシ」


 いや、まぁ……うーん。悪ぃ、これ以上フォローする言葉が見つからない。


「それよりK。カルロスから聞いたデシか?」


 え? 何を?


 思い当たらない記憶にきょとんとする俺に、デシデシが顔をあげて俺を見つめ、言葉を続けてきた。


「アイツ言ってたデシ。

 クトゥルク様なら【天魔界(ヴァルハラ)の扉】を開いて、死者を(よみがえ)らせることが出来るって、そう言ってたデシ」


 は?


 突拍子もない言葉に、俺は思わず顔を崩してデシデシの言葉を問い返した。


※11年漬け込んでも何も変わらないが、もしかしたら20年漬け込めば、おいしい梅干しになるかもしれない……

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